魔法少女?いえ、 魔 王 少 女 ですが   作:そうだ人間、辞めよう

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出会い

『久遠の明かり』の施設前には、早朝だというのに既に百人近い人々が集まっていた。

 受付だと思われるところにも、長い列が出来るほどだ。

 

「すごい人……」

 

 マオは目を丸くした。

 これだけの人間が、同じ方向を向いて祈りを捧げる光景は、圧巻であり異様でもあった。

 

「さぁ真緒、まずは受付を済ませましょう」

 

 母は慣れた様子で列に並ぶ。

 その間に、パイプオルガンのような重厚な旋律に合わせ、広場にいた人々が一斉に歌い出した。

 

「――光あれ、久遠の彼方より――」

 

 合唱だ。

 数百人の声が綺麗に重なり合い、森の木々を震わせる。

 美しいハーモニーだが、歌詞の内容には「救い」や「浄化」などが所々に挟まっていて、やはり宗教色が強い。

 朝の爽やかな森の中で行われるその合唱は、どこか現実感を欠いた舞台のようにも見えた。

 

 受付を終えた母は、ある人物を見つける。

 

「あら、あれは笹山さんね」

 

 黒いスーツに身を包み、片目に傷のある強面の男。

 教祖の側近であり、この教団の実質的な運営を取り仕切っているとされる人物だ。

 

 彼は信者たち一人一人に頭を下げ、丁寧な言葉遣いで対応している。

 

「ようこそお越しくださいました。本日の講話は十時からとなっております」

 

 見た目に反し、その人物は穏やかで物腰も低かった。

 母が嬉しそうにマオの手を引く。

 

「ほら真緒、あの方が笹山さんよ。あんな見た目をしているけど、とっても紳士的な方なの。私達も挨拶に行きましょう」

 

 母はマオを連れて笹山の方へと歩み寄る。

 そして笹山の前まで来ると、パッと明るい笑顔を作った。

 

「笹山さん、おはようございます!」

 

「おや、神田さん。おはようございます。今日もお美しい」

 

「やだ、笹山さんったら、こんなおばさんを揶揄ったらダメじゃない」

 

 そうは言うものの、やはりマオの母は満更でもない様子だ。実際、娘であるマオが美少女であるのと同様に、その親である母も美人だった。

 

 笹山は柔和な笑みを浮かべた。

 

「あ、そうそう、今日嬉しいことに私の娘が興味を持ってくれて、一緒に来てくれたんです。紹介しますね、こちらが娘の……」

 

 母は誇らしげに振り返り、背後を示した。

 

「……あれ?」

 

 そこには、誰もいなかった。

 ついさっきまで後ろを歩いていたはずのマオの姿が、忽然と消えていたのだ。

 

「ま、真緒……?」

 

 母はきょろきょろと視線を泳がせる。

 パニックになりかけた母の肩に、笹山がそっと手を置いた。

 

「ははは、あなたの娘さんは初めて来られたんだ。この大勢の人と熱気に圧倒されて、一人で森の空気でも吸いたくなったのではないですか?」

 

「そ、そうかしら……。でも……」

 

「まぁ、過保護すぎるのも良くないですよ神田さん……大丈夫です。ここら一帯は安全なところですから」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、施設の二階、一番奥にある控室。

 

 そこは、この教団の象徴である「神子」、凪葵の部屋だった。

 広々とした室内だが、置かれている家具は必要最低限のものばかり。ベッド、机、椅子。飾り気のない殺風景な部屋だ。

 凪葵は一日のほとんどをこの部屋で過ごす。

 信者の前に姿を現すのは、一日一回行われる「救済」の儀式の時だけ。それ以外は、教祖である父や世話係の笹山以外との接触を禁じられている。

 

 そんな籠の鳥である凪葵にとって、唯一の慰めは絵を描くことだった。

 窓際に置かれた机に向かい、スケッチブックに鉛筆を走らせる。

 描いているのは、窓の外に広がる深い森。

 この部屋には描くべきモチーフが極端に少ない。だから自然と、窓越しの風景ばかりを描くようになった。おかげで森の描写だけは、プロ顔負けの腕前になっていたと凪葵は自負している。

 

 カサカサ、と鉛筆の音が静寂な部屋に響く。

 森からは鳥のさえずりが聞こえ、それがBGMと化す。

 凪葵は心地よく絵を描いていた。

 

 その時だ。

 

 ガチャリ。

 

 不意にドアノブが回り、ドアが開いた。

 

 父や笹山なら、入る前に必ずノックをする。それ以外の人間がここに来ることはあり得ないはずだ。

 なのにどうして……。

 

 凪葵はビクリと肩を震わせ、振り返った。

 

 そこに立っていたのは、凪葵と同じ年頃の少女だった。

 艶やかな黒髪のロングヘアをなびかせ、大きな瞳をぱちくりとさせている。

 

「あ……」

 

 少女と目が合った。

 少女は「しまった」という顔をして、慌ててドアノブを握り直した。

 

「ご、ごめんなさい! お手洗い探してたんだけど、部屋間違えちゃって!」

 

 そう言ってバタンとドアを閉めようとする。

 その瞬間、凪葵の口から思わず言葉が漏れた。

 

「……可愛い」

 

 それは無意識の呟きだった。

 同年代の、しかも同性から見ても、その少女は圧倒的に可愛かった。

 男にも女にも見える中性的な顔立ちの自分にコンプレックスを抱いている凪葵にとって、少女らしい華やかさを持つ彼女は、どこか眩しく見えたのだ。

 

 その声が聞こえたのか、閉まりかけたドアがピタリと止まる。

 隙間から少女が顔を覗かせ、少し照れくさそうに頬をかいた。

 

「え……? あ、ありがとう……?」

 

 少女は嬉しそうにはにかんだ。

 そして、その時、少女の視線は凪葵の手元にあるスケッチブックに止まった。

 

「ねぇ、それ。何か描いてるの?」

 

「え……あ、うん。風景画……」

 

 凪葵はおずおずと、今描いている最中のページを見せた。

 精密に描写された森の絵だ。

 それを見た瞬間、少女は目を大きく見開いた。

 

「すっごい! 上手!!」

 

 少女は閉めようとしたドアを再び開き、部屋に入ってくると、スケッチブックをまじまじと見る。

 

「これあなたが描いたの!? 写真みたい! ねぇ、あなた何歳?」

 

「……十三歳」

 

「私と一個違いね! 私は十四。同じくらいの年齢でこんなに上手い人、初めて見たわ!」

 

 素直な称賛の言葉。

 凪葵は少し戸惑いながらも、首を横に振った。

 

「いや……上手いのはこの窓から見える森の風景画だけだよ。……ボクが普段いていい場所は、ずっとこの部屋だから、その窓越しで見てるここばかり描き続けてるんだ。それ以外はからっきしなんだ。他にも色々描いてみたいけど、デッサンする対象がないから……」

 

 自嘲気味にそう言うと、少女はキョトンとした顔をした。

 

「ずっとこの部屋にいるの?」

 

「……うん。ほとんどはここ。一日に一回、ホールでボクを慕ってくれてるみんなの救済の時間以外は……」

 

 言いながら、凪葵はハッとした。

 しまった、と思った。

 父からは「神子としての威厳を保て」「俗人と馴れ合うな」ときつく言われている。こんな初対面の、しかも迷い込んできた部外者に、自分の境遇をペラペラと喋ってしまった。

 それに「救済」なんて言葉も建前だ。本心では慕ってくれているなんて思っていないし、あれを救済だなんて心の底からは思いたくなかった。

 

 だが、少女はその言葉に過剰に反応した。

 

「え!? もしかして……母さんに聞いてた『神子さま』だったの!?」

 

 少女は慌てて姿勢を正し、頭を下げた。

 

「す、すみません、そうとは知らずに……! 私、神子さまを見るのは今日が初めてで……!」

 

 その反応を見て、凪葵は心の中で小さく溜息をついた。

 

(そうか……この子も信者の一人なのか)

 

 なんで当たり前のことに気づかなかったのだろう。ここにいるということは、そういうことなのだから。

 こんな同年代の少女までもが、この狂信的な集団の一部なのかと思うと、胸が締め付けられるような感覚に陥った。

 自分もまた、この少女を食い物にする一人なのだ。

 

 気まずい沈黙が流れる。

 凪葵が視線を逸らそうとした、その時だった。

 

「あの……」

 

 躊躇いがちに、少女が声をかけてきた。

 

「もし、失礼だったらすぐ謝るんですけど……」

 

 少女は上目遣いで凪葵を見つめ、いたずらっぽく言った。

 

「描くものがないなら……私がモデルになってあげましょうか?」

 

「え……?」

 

 予想外の提案に、凪葵は目を瞬かせた。

 

「で、でも……お父さまには、信者の人には一日一回のお披露目以外の時は交流するなって言われてて……見つかったら怒られるし……」

 

「それだったらもう、こうやって私と喋ってる時点で遅いですよ」

 

 少女はニカっと笑った。

 その笑顔は、この部屋の淀んだ空気を吹き飛ばすように明るくて、無邪気だった。

 

(……やっぱり、可愛いな)

 

 凪葵はその笑顔に目を奪われた。

 こんな表情豊かな人を描けたら、どれだけ楽しいだろうか。

 森の風景ばかり描いていた鉛筆で、別のものを描けるかもしれない。

 

 一度そう思ってしまうと、もう断ることはできなかった。

 凪葵は決心して小さくコクリと頷いた。

 そして、ふっと表情を緩めた。

 

「あの……僕からひとついい? ……僕は君より年下なんだから敬語じゃなくていいよ。さっきみたいにタメ口で話してよ」

 

「本当? それは助かるわ、私敬語使うの苦手なの。じゃあ……よろしくね、神子さま」

 

 少女が茶目っ気たっぷりに言うと、凪葵ははにかんで首を振った。

 

「ボクの名前は凪葵。だから凪葵でいいよ」

 

「分かったわ、ナギ!」

 

 少女は元気よく手を差し出した。

 

「私はマオ! よろしくね、ナギ!」

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