伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第12話 廃村探索:前編

 朝日を遮る森の中をしばらく歩いたその先に、それは存在していた。

 

 並みの動物が乗り越えるには難しい程度には立派だった、ぼろぼろになった防壁に囲まれた廃村。

 生い茂った木々による薄暗さの所為だろうか。破棄された建物は朽ちている割に風化は見られず、鬱蒼と生い茂った緑だけが打ち捨てられた歳月を物語っている。

 崩れた防壁の内側からは何処からか水が湧いているらしく、水浸しに近い状態だ。隙間だらけになり苔生した石積みの隙間からは、さらさらと澄んだ水が溢れ出している。

 浅瀬に生える水苔の表面をきらきらと光らせ、透き通った浅い水溜まりを作りながら大地を湿らせていた。

 

 

 ――現実よりも御伽噺の中にこそ在りそうな景色の中、ぱちゃりぱちゃりと水苔を踏みしめる音が小さく響く。

 

 

「ここです」

「思ってたより近かったな」

「まあ、普段から来てる場所ならこんなもんだろ」

 

 水の流れを遡る様に、下流の側から三つの人影が木陰の中から姿を現した所であった。

 

 一番先を歩くのは、美しい黒髪と紫色の瞳が特徴的な美少女、ステラ。

 彼女の後ろには夕焼けのような赤い髪と背負った空色の大剣が特徴的な青年、ニルヴァードが。そしてニルヴァードよりも一回り体格の良い青年ガルスの二人が、控えるように続いている。

 

「俺は何時でも行けるぞ」

「同じく。ステラちゃんはどうだ?」

「私も大丈夫ですよ」

『20秒ほど呼吸を整える事を推奨します。二人に比べると軽微なレベルですが、ステラのパフォーマンスの低下が確認できます』

「らしいぞ。クロード先生が言うんだ、ちょっと休憩しとこう」

 

 先を急ぐ――つもりはないのかもしれないが、クロードは三人に少し休憩をするように提案する。ニルはクロードの指示に従い、バッグから水入れを取り出しステラに差し出す。

 

「飲むだろ?」

「いただきます」

 

 受け取った水を口に含んだステラの様子を横目に、ニルは自身の調子を確かめるように腰に差したロングソードに手を伸ばした。軽く握って重さを確かめ、次に背負った短槍の位置を確かめる。

 

「すみません、今度こそ大丈夫です」

『パフォーマンスの復調を確認。問題ありません』

 

 ステラから返され、ニルは水入れをバッグに仕舞う。

 

 今度こそ、準備は万全。

 改めてニルは朝の森に満ちる冷たい空気を大きく深く吸い込んで、吐き出す吐息が溜息にならないように浅く長く吐き出す。

 

「――良し、んじゃ行くか」

 

 そうして静かに気合を入れ直した四人は、崩れて久しい門を踏み越え廃墟へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 ――――水は崩れた大通りを抜けた先、村の中央にある崩れた噴水から湧き出していた。

 

 透き通った水と壊れた噴水。

 巨大な何かが暴れたらしく、石畳は派手に砕けて地面が隆起している。錆の浮かんだ機械生命体(アーティファクト・クリーチャー)が水の中に幾つか沈み、それに根を下ろした水草が日の光を浴びて力強く生を謳歌している。

 

「へぇ……こりゃ珍しい。水上葉まで育ってるグロフィラか」

 

 ニルが口にしたのは、透き通った水の中から顔を出した水上葉の名であった。

 水中と水上で形を変えたそれは、柔らかそうな葉で日の光を受けるように広げている。青々と生い茂った葉の中には薄緑色の花が咲き、独特の匂いを発しながらゆらゆらと風に揺れている。

 

『ニルにも薬草の知識があるのですか?』

「ちょっとだけな。奇麗な水源でしか見つからない薬草だから、場所によっちゃ採取依頼があるんだよ」

「ええ、そうです。これが欲しかったんですよ」

 

 ぱちゃりと水面を踏み締めて進んだステラは、花の部分を触らないよう葉を捲って裏側を確認した。

 

「うん、状態も良いですね」

「てことは、ここの水は見た目通りに綺麗な訳か」

「はい。良い場所でしょう?」

 

 綺麗な水源にのみ群生するとされるグロフィラ草。

 ゆっくりと成長するその水草は、その身が水の上まで至ると美しい薄緑色の花をつけるのだ。

 

 それが環境を汚染する機械生命体(アーティファクト・クリーチャー)の残骸に根を下ろして生きているという事は、ここがこのような状態になってからそれなりの年月が経過している事を分かりやすく物語っていた。

 

「あ――」

 

 グロフィラ草を綺麗な水ごと瓶に入れて懐に仕舞ったステラは、何かに気付いたように小さな声を上げて立ち上がった。どうやら何かを見つけたらしく、歩調を早めてる。

 

「っと、いきなり走るなって」

「大丈夫、そこですから」

 

 ニルがステラを追いかけようとした瞬間――要は殆ど移動しないまま――すぐに立ち止まって腰を落とした。その視線の先には、真っ白な花弁を下に向けて咲いている花がある。

 

 ――小さくて、かわいらしい。まるでステラのような花だ。

 

「……見た事ない花だな」

「ええ、珍しい花なんです」

 

 初めてみる花への疑問を浮かべるニルに対して、ステラは嬉しそうに笑みを浮かべている。

 彼女はポケットから小瓶を取り出して蓋を開けると、花弁の下へと近づける。そうして「こうやって花弁を叩いてやれば……」と言って、ちょんちょんと花の頭を叩いてやると、首を振る様に花が揺れて透き通った琥珀色の蜜が瓶へと零れる。

 

「へぇ……この大きさの花が蜜を出すのか。珍しいな」

『ガルスの疑問を肯定します。この大きさの花が出せる蜜の量ではありません』

 

 見た事のない種類の花から零れる蜜にガルスが疑問を投げて、クロードの言葉がそれを補強する。

 

「これはゴールの蜜っていうんです。魔力を蜜にする凄い花なんですよ」

「へぇ、そんな花があるのか」

「クロード、高負荷処理でスキャンしてみたらどうだ?」

『ステラの説明を聞き、実行中です。……たしかに、非常に高密度の魔力が含まれているようです』

 

 ステラの言葉にガルスが感心し、ニルはクロードへスキャンを勧める。そしてスキャンを実施していたクロードの言葉に、ステラは「おお!」と、嬉しそうな声を上げながら立ち上がる。

 

「クロードさんにはこれの凄さが分かりますか!」

『肯定します。自然発生したと言われるより、人工物である、と説明された方が納得できる密度です』

「……そんなに凄いのか?」

『はい。同体積比での魔力密度は、現在常備中のポーションの約7倍です』

 

 クロードの言葉に、ニルとガルスはぎょっとした感じでクロードを見た。

 クロードの言葉を信じていないから――ではない。彼がスキャンを誤らないと知っているからこその驚きだ。

 

「ポーションの7倍? それ、もはや劇物ってレベルじゃねえのか?」

「……何とも言えんが、その量でも重度の魔力酔いにはなるだろうな」

「素材を原液のまま使う訳ないじゃないですか! 薄めて使うんですよ!」

 

 かなりの衝撃を受けている二人に、ステラが慌てて口を開く。彼女の言葉に二人は「ああ、そりゃそうか」と安堵の息をこぼす。

 

「てことは、薬の原料なのか」

「ええ、まあ……そうらしいです」

『薬とは別の使用方法があるのでしょうか?』

 

 ニルの言葉に歯切れが悪く答えるステラに、クロードの疑問が重なる。

 

「キーラさんが調合できる、凄いお薬の原料になる。……らしいです。私も、その薬を見た事が無くて」

 

 ――そう言ってステラは、半分ほどまで蜜が溜まっている小瓶を太陽の光に掲げる。

 

「キーラさんには、この瓶が一杯になったら、調合の方法を教えてやる、て約束してもらってます。……もう、一年以上は前の話なんですけど」

「一年でそれだけしか見つけられてないのか?」

「いえ。見つけられないといいますか…」

 

 ステラが少し高めに掲げた小瓶は、ニルの目線程度の高さにある。

 そこまで大きな瓶ではないのに、それが一杯にならない。幾らなんでも不自然ではないかとニルは疑問を浮かべるが、ステラは「うーん」と腕を組む。

 

「花自体はたまに見かけるんですよ? ただこの花、さっきみたいにお辞儀したように花弁が下がってないと、蜜を出してくれないんです」

 

 「ここにある花も、前に来た時にはまだ上を向いていました」と言葉を続けるステラに、ニルは「なるほど。場所が分かってたから、気付くのが早かった訳か」と、納得と共に頷いた。

 

『魔力密度が特定の閾値を越えなければ、蜜という形状にならないのでしょうか?』

「え? えーっと……すみません。詳しい事はちょっと…… キーラさんなら、知ってるかもですけど」

『問題ありません。回答ありがとうございます』

 

 歯切れの悪いステラの返事に、クロードはすぐさま質問を取り下げた。

 

「他にも採取したい薬草はあったりするか?」

「そうですね…… ちょっと考えさせて貰えますか?」

「おう、勿論いいぜ」

 

 とりあえず目的の薬草を採取したステラにガルスはそう言うと、ステラは「何かあったかな……」と思案を始める。

 

「おいガルス、ステラと一緒に居たいからって仕事増やそうとするなよ」

「おいニル。お前こそ、そういう言い方をするんじゃねぇ。俺は善意で言ってるんだよ。クロードからも何か言ってやってくれ」

『了解しました。ステラ、右手側にある苔のような植物はどうでしょうか? 魔力含有が多いように思いますが』

 

 ガルスの言葉を受けてクロードはステラに言葉を振ると、ガルスは「そっちに言うのかよ……」と目元を覆いながら溜息を吐いた。そんなガルスを見て、ニルは「あてが外れたな」と、からからと笑う。

 

「これは…… 薬草には使えませんね」

『そうなのですか?』

「はい。この苔は水分が多すぎて、乾燥させる過程で魔力が抜けてしまうんです。機械生命体(アーティファクト・クリーチャー)の餌にはなりますけど」

 

 一応、魔力が抜けた後のこの苔を肥料として畑に混ぜ込んだりして、土質の保湿性を向上させたるために使う事もある。だがそちらに関しては、あまり吹聴する特性でもない。

 

『なるほど……特性を知らなければ、選定は難しいという事ですか』

「クロードさんのスキャンも万能じゃないんですね」

『一部を肯定します。私の知識が不足している場合、スキャンには成功しても質問への適切な回答が難しい場合があります』

「クロード、別にガルスの真似してカッコつけて答えなくても良いんだぞ。お前さん、流水とかを挟んだスキャンも苦手だろ」

「やれやれ。AIも色気づくお年頃か」

 

 クロードの言葉に、ニルとガルスの軽口が刺さる。

 

「クロードさんって水の中のスキャンが出来ないんですか?」

『一部を肯定します。水と空気の境界で流体密度の変移が発生するため、スキャン性能が著しく低下します。勿論、高負荷処理でスキャンを実行する事は可能です』

「なるほど……」

 

 クロードの言葉を聞いたステラは少し考える様に腕を組むと、何かを思いついたらしく「いい考えが浮かびました」と手を叩く。

 

「折角ニルさんたちが居ますし、ちょっとこの廃村を探検してみませんか?」

「ほほう……詳しく聞かせてもらおうか?」

 

 ステラから出たその言葉に、面白そうなことを言い出したなとばかりにニルが食いつく。

 

「ここには何度も来ているんですけど、実は廃屋の中には入った事が無くて…… 一人じゃ危ないから、外で薬草を取るだけだったんです」

「なるほど。俺たちが居るから探検できるってわけか」

「はい! それに、廃屋の中にも薬草があるかもしれませんし」

「それ良いな、面白そうだ」

「だな。クロード、頼めるか?」

『問題ありません。私も楽しみです』

 

 ガルスが一番に食いつき、ニルも乗る。

 クロードも乗り気のようで、話はすぐに纏まった。

 

「臨時パーティー、結成ですね!」

「パーティーリーダーはステラで良いぞ」

「だな。俺もニルがリーダーじゃない方が良い」

「それ、わざわざ言う意味あるか?」

「結構重要じゃね? お前も、俺がリーダーじゃ嫌だろ」

「なるほどな。一理ある」

『この提案をしたのがステラです。私もステラがリーダーである事に賛成します』

「んじゃ、賛成3って事で。ステラ、よろしく」

 

 軽い感じでニルが会話を締める。

 流れるようにパーティーリーダーに指名されてしまった事に、ステラは目を白黒させて戸惑った。

 

「え、えぇ…… 私がリーダーなんですか?」

「暫定でな。臨時じゃないなら、ほんとにリーダーでも良いぜ」

「ステラは今リーダーだし、ふざけるなって言っても良いぜ?」

『ステラ、この二人の実力は確かです。探索場所は自由に指定してください』

「むぅ…… なら、とりあえず、あそこから行きましょう」

 

 ステラが少し緊張した様子で指さした先には、比較的綺麗な廃屋があった。

 崩れた壁と二つに折れた屋根。苔生しているが閉まっている窓。壊れてはいるようだが、閉じられている木製の扉。

 

 ――要するに、人が入った形跡のない廃屋である。

 

 ステラが選んだ廃屋に目線をやったニルとガルスは、真面目そうな表情でお互いに顔を見合わせて、頷き合ってからステラを見る。

 

「ステラさんよ」

「な、なんですか……?」

 

 二人の真面目な表情に、少しだけステラが身構えた。

 

「良いセンスだ」

「文句なしだ、リーダー」

『私も同意します。良い選択です』

 

 そう言って笑ったニルが廃屋に向かい、そしてガルスも。

 そんな二人の背中を追うように、ステラが続く。

 

「――私が先に入りますからね!」

 

 初めて踏み込む廃屋の中。

 小さな冒険を前にした彼女の声は、嬉しそうに弾んでいた。

 

 

 

 

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