伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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長かったので前後編で分割しました。
内容は変わってません。


第16話 亡霊騎士を追って2:前編

 

 マグナスの家を後にした四人が宿屋の重い扉を開くと、昼時の賑わいが引いた後の、少し弛緩した空気が漂っていた。

 

 窓から差し込む午後の光が、カウンターを柔らかく照らしている。

 どうやら昼食を終えた客たちは、既に殆ど去っているらしい。静かになった店内には、人もまばらで音も少ない。

 

 そんな宿屋のカウンターの奥では、デウェが手慣れた様子で机を拭いている。

 声をかけるなら丁度良い、そんなタイミングだった。

 

「デウェさん。ちょっと聞きたい事があるんだけど、時間大丈夫か?」

「見ての通りさ。忙しい時間が終わったところだ、構わないよ」

 

 ニルの言葉にデウェは、ゆっくりと四人に向き直る。

 彼女の顔は普段通り、人好きのする笑みを浮かべていた。

 

「……なんだい、何かあったのかい?」

 

 しかしニルたちの雰囲気が随分と真剣な物だったから、何事かとばかりに笑顔を引っ込めたデウェは、すぐに真面目な表情に切り替わっていた。

 

「はい。ゴールさんって騎士について、何か知ってたら聞きたいんです」

「ゴールかい。随分と珍しい名前が出てきたもんだ」

 

 ステラの言葉にデウェは手に持っていた布を置くと、どう話をしたものか、と考えこむように難しい顔をした。

 そうしてしばらく考え込んでいたデウェであったが、机を拭いていた布をゆっくりと置きながら、彼女は口を開いた。

 

「……マグナスのやつからでも、何か聞いたのかい?」

「実は――」

「ああ、待ちな。とりあえず座りなよ。……長くなるんだろ?」

 

 ステラから話を聞く前だったが、デウェの判断は的確だった。

 ニルたちに椅子に座る様に勧めると、彼らの前に水の入ったコップをコトリと置いて、自らもカウンターの向こう側に腰掛ける。

 

「デウェさん、すまん。助かるよ」

「構わないよ。さ、話を聞かせておくれ」

「はい。実は、今朝の話なんですけど――――」

 

 そして、ステラは先ほどまでの経緯をデウェに説明した。

 

 廃村で短剣を見つけた事。

 

 オルビアンに帰ってきて、キーラにゴールの話を聞いたことを。

 

 そしてマグナスからも、ゴールについての話を聞けたことを。

 

「――それで、ゴールさんって人を探そうと思って。お父さんは、入れ替わりの激しい冒険者より、デウェさんに聞くのが良いだろうって教えてくれたんです」

「なるほどねぇ…… まあ確かに、その辺の冒険者よりは詳しいとは思うけどね」

 

 デウェの言葉に「おお!」と嬉しそうに反応する面々だったが、反面に彼女の顔は少し渋い。

 期待が高まるニルたちとは裏腹に、あまり期待するなという感情が表情に書いてあるのが見て取れる。

 

「喜んでもらって悪いんだが、その辺の冒険者よりは知ってる程度だ。役に立つかは分からないよ?」

「内容は何でも良いんだ。とりあえず情報が欲しい」

 

 要するにデウェは“知っている事はあまり多くない”と言いたいのだろう。彼女の声音は、その辺の冒険者よりは知っている“程度”の部分を強調している。

 しかしニルは何でも良いから教えて欲しいのだと頼むと、デウェは「本当に大した情報じゃないんだがねぇ……」と、少しばつが悪そうにしながら口を開いた。

 

「私が知ってるのは、大体半年に1回ぐらいの頻度で『森で鎧姿を見た』とか『鎧姿と鉢合わせたが襲われなかった』とか。そんな話を聞く程度さ。他はまあ、見かけた場所の話ぐらいかね」

『――亡霊なのに、襲ってこないのですか?』

 

 デウェの発言に、いち早く反応したのはクロードだった。

 その声音には、かなり深い疑問の感情が乗せられている。クロードの言葉を聞いたデウェの方が、そんなに驚く事なのか? とばかりの表情を浮かべているぐらいだ。

 

「なんだい、そんなに驚く事だったのかい?」

『いえ……驚かせてしまって、すみません。私の思考認識では亡霊――死者は、生者を襲うのが常識だったので。もしかしてこれは、間違った知識なのでしょうか?』

「あってるとは思うぞ。でも今の反応、程度が違うんじゃないか?」

「だな。俺も何となくそう思った」

『程度ですか?』

 

 クロードの疑問の言葉に、ニルとガルスが頷き答える。

 彼らはお互いの顔を見合わせ頷き合うと、そうだなぁ、とばかりに口元に手を当ててたり腕を組んだりしている。

 何かいい言葉はないかと、記憶の中から言葉を探しているようだった。

 

「俺たちが思う亡霊ってのは、大体考える力なんか無いんだよ。なんて言ったらいいのかな……熱に浮かされてる? とでも言えば良いのか? そりゃ襲われる事もあるけど、なんというか『近くで動いてたから攻撃した』以上の意図がないというか」

 

 難しそうな顔で説明するニルに、「なんて言えばいいんだろうな?」と言いながらガルスに視線を向ける。

 すると彼の視線を受けたガルスも、どういったものかとばかりに頭をかきながら、難しそうな顔をして言葉を続けた。

 

「……虫が近づいてきたら、とりあえず叩くじゃん? あんな感じっていうのか。近づいたら攻撃されるけど、離れたら何もしなくなるというか……」

 

 ニルもガルスも、絶妙に具体的ではない。

 二人ともが、説明が難しいようなぁ、とばかりに煮え切らない表情をしており。そしてお前が説明しろよ、とばかりにちらりちらりと互いに視線を飛ばし合っている。

 

『索敵範囲が狭い……とは、また別なのでしょうか?』

「そうかもしれんが……俺も詳しく知らんからな」

 

 クロードの疑問に答えられないニルは、助けを求めるような感じでデウェとステラに視線をやった。

 

「ちなみにだけど、ステラとかデウェさんは知ってたりする?」

「すみません。私も全然知りません……」

「私もだよ。亡霊が何を考えてるのかなんて、知ってる訳がないだろう」

「まあ、そうだよな」

『なるほど、了解しました。話の途中ですみません、デウェ。ニルたちも』

 

 クロードの謝罪を聞き、デウェは「私は構いやしないよ」と軽く笑う。

 その間にステラは息を吐きながら、コップに注がれた水を一口飲んだ。プルンとした唇が湿ったから、その一口だけでステラの元気が回復したようにすら見えるのだから、不思議なものだ。

 

「それで……鎧姿を見た場所の話で良かったかね?」

『はい、問題ありません』

「まずは……ステラがよく行く廃村から少し奥に進んだ所に、小さな湖があるんだ。そこで見かけるって話は聞くね」

 

 デウェが口にした場所は、予想外と言えば予想外の場所だった。

 ニルは「へぇ、結構近いとこでも見かけられてるんだな」と言って頷いているし、ガルスも「その割には問題になってないんだな」と、少しばかり不思議そうに首を傾げて相槌を打っている。

 

 二人ともが、考えていた予想からは外れたらしい。

 ふぅんとばかりに腕を組むと、新しく理屈を考え始めたのか、少しばかり待ちの姿勢強くなったような感じになった。

 

『ステラ。デウェの言う場所にはゴールの蜜は生えているのでしょうか?』

「えっと……すみません。分からないです。あの廃村より奥には、なるべく入らないようにしてまして」

「そういや、廃屋の中も探索してないって言ってたもんな」

「だな。まあ、そこに関しては仕方ないだろ。デウェさん、どんな湖なんだ? 見間違いとかするようなやつだったり?」

 

 ニルに話題を振られたデウェは、とそこは心配するなとからりと笑う。

 明らかに軽いその雰囲気は、見間違うことなどないと確信がある者特有の気安さのようなものが滲んでいた。

 

「行けばすぐに分かるけど、景色の良い場所だ。見ればすぐに分かるから、見間違うことは無いよ。町の若い連中ならしってるさ」

 

 そんなデウェの言葉を区切りに、各々が思考を纏める様に少しばかりの空白が生まれる。

 ニルとガルスは真剣な表情で思考を回しており、ステラはそんな二人の回答を待っている様子だ。

 クロードも考えているらしく、何も喋らず静かなものだ。

 

 その所為で少し会話が途切れかけるも、対人経験が豊富なデウェは、会話の空気が完全に途切れる前に口を開く。

 

「あとは、そうだね…… 当たり前の話だけど、その湖で絶対に見かける訳じゃないって話は追加しとくよ。他にも森の中のあちこちで見かけって話は聞いた事があるから、まあ廃村より奥でうろついてるんだろうね」

「……ステラちゃん、ゴールの蜜ってのは森の中に点在してるんだよな?」

 

 デウェの話を聞いたガルスが、ステラに確認の言葉を投げる。

 

「あ、はい。森の浅いところにも生えていますけど、深い場所の方が生えていますね」

「廃屋の裏で新しいゴールの蜜を見つけてたけど、水辺で生えやすいとかは?」

「多分ないかと…… 基本的に、どこでも見かけます」

『水辺に生息している方が、蜜の再取得までの時間が短い可能性はどうでしょうか?』

「いえ、それもないと思います。廃村で採取したゴールの蜜も、取れるようになるまで二か月ぐらいかかってますし」

「まいったな。つまり、森の中全体から探さないとダメな訳か」

 

 ガルス、ニル、クロードの順番で、思い思いに考え付いた疑問をステラに投げてみるものの、全てが見事に空振りする。

 結論は森の中全体から探す必要があるというもので、一旦導き出した結論に、ニルは「これは面倒そうだな」とばかりに渋い顔を作る。

 

「クロードさんのスキャンで探せないのでしょうか?」

『私の広域スキャンはエネルギー体の検知を基本性能にしています。生体反応は熱エネルギーとして検知が可能で、機械生命体と有機体は熱源反応の大きさでの推測識別も可能です。しかし私は「亡霊」をスキャンした事がありません。高負荷処理による解析処理スキャンを実行すれば今後の識別は可能かもしれませんが、現時点での識別は難しい可能性が高いです。また、亡霊が解析不可能なエネルギーで動いている可能性もあります』

 

 ステラの質問にクロードは返答を返すも、ステラは「えっと……」と言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせる。

 そんな彼女の様子を見ながら、ガルスは笑って補足を入れた。

 

「要するに『一目見るまで探せません』て意味だよ」

 

 かわいらしく混乱するステラを見ながら、ガルスがクロードの言葉を纏めた。そしてそんなガルスの言葉を、ステラ――とニルも、納得するように頷いている。

 

「へぇ、そういう意味だったのか」

「なんでお前も分かってないんだよ」

「途中から耳に入らなかった。なんかすまん」

 

 あまりにもなニルの言い分に、ガルスは「こいつそういうやつだったわ」と言った感じに呆れている。

 しかしニルからすれば、いつものことらしい。ガルスの呆れたような視線を気にする様子は殆どない。逆にステラの方が、ニルの方を大丈夫なのかと見ているぐらいだ。

 

『なるほど。確かにニルが教えてくれたように、ニルとガルスの反応を推測する事によって冗談の幅が広がります』

「やったな、クロード。また進化してしまったじゃないか」

「なんかすまんな、ステラ。パーティー抜けるとか言わないでくれ」

「い、いえいえ! これぐらいでは抜けませんから!」

 

 そしてこれは、クロードなりの冗談だったらしいことが明かされた。

 ニルは笑いながら水を飲み、ガルスは呆れながらステラに謝る。

 最後にステラがワタワタと手を振っている。

 そんな四人のやり取りを見て、デウェは「仲良くやってるみたいだね」とからからと笑った。

 

「時間取らせて悪かったよ、デウェさん。話を聞かせてくれて助かった。ありがとう」

「これぐらいなら構わないさ」

 

 そこで話が終わったと判断したのか、デウェの纏う空気から真剣さが幾分か抜けた。コップに注がれていた水をぐいっと飲むと、ことりと机の上に空になったそれを置く。

 

「構わないついでにお願いしたいんだけど、マグナスさんのところの情報も纏めて作戦会議と行きたいんだけど、この席そのまま使って良いかな?」

 

 そんなデウェに倣い、ニルも一口で水を飲み切ると、椅子の座りを直してからそう聞いた。

 しかし流石に真面目な話が長かったのか。彼は緊張を吐き出すように息を吐き、筋を伸ばすように少しだけ体を動かしている。

 

「それなら二階の部屋を使うと良い。かかってる札だけ使用中にしといてくれ」

「使わせてもらっても良いのか?」

「商隊が商談で使うような部屋さ。誰も使ってないなら使ってくれて構わないよ」

『応接室のようなものですか』

「そんな立派なもんじゃないけどね」

「なんにしても助かるよ。ありがとう」

 

 ニルの言葉に満足げに頷いたデウェは「それじゃあたしは掃除に戻るから、何かあるなら言いに来な」と言って、置いていた布を持って席を立った。

 

「んじゃ部屋使わせてもらうおうぜ。飲みもんいるか?」

「俺は要らん」

「私は欲しいですね!」

『不要です』

「クロードは要らんだろ」

 

 ニルが笑いながらクロードの柄をコツンと叩くと、彼は改めてステラの飲み物をデウェに頼んだ。

 そうして注がれたカップを手に持つと、四人は改めて二階に移動を開始するのだった。

 

 

 

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