伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第2話 クロードの願い:前編

 

『解決策を提示します』

 

 そんな文字と共に、古ぼけて汚れた画面に次々と文字が流れ始める。

 大破壊によって失われるよりも昔、長命種の口伝にしか残っていない類の技術が、今、ニルヴァードの目の前で稼働する。

 そんな事実に、彼は少しだけ状況も忘れて胸を高鳴らせてしまった。

 

『状況を整理します。

 1.あなたは魔物に追われている。

 2.仲間とはぐれている。

 3.出口が分からない。

 4.外には魔物が居る。

 推奨行動順序を提示します。まず――』

 

 ――まず、なんだと言うのか。

 

 気になっている先を区切られるように、文字が途切れた。

 画面が一瞬明滅し、文字が乱れる。

 ノイズが走り、意味不明な記号が表示される。

 

 ――壊れた? このタイミングで?

 

 ニルヴァードは反射的に画面に触れようとして手を伸ばす。

 しかしその寸前で、下手に触ってしまったらまずいかもしれないと思い直し、何も言わずに手を引いた。画面に触れようとした手を口元に当て、息をのんで様子を見守る。

 

『エラー。再起動中。お待ちください』

 

 画面に、意味のある文字が流れた。

 それを見た時に感じたのは興奮か、あるいは不安だったか。

 少なくともAIからの答えが出ずにいた数秒の沈黙が、嫌に長く感じられた自覚が芽生える程度には、続きが気になっていたのは事実である。

 

『――申し訳ありません。長期間の休眠状態により、一部機能が不安定です』

 

 怪しい挙動をしていた画面の中で、会話の続きが流れ始める。

 動き始めた文字は、まだ運が尽きていないらしいことを表していた。ニルヴァードは安堵の息を吐き出して、じゃりっっと砂を踏みながら腕を組み直して画面を見つめる。

 

『改めて。この施設の緊急避難経路は3つ存在します。

 第一経路:メインゲート――崩落により使用不可。

 第二経路:排気ダクト――あなたの体格では通行困難と判断。

 第三経路:旧運搬路――利用可能性87%』

「旧運搬路……87%か……」

 

 表示された可能性に、ニルヴァードは呟く。

 利用可能性という表現が少し気になる所ではあったが、87%というその数字を信じるのであれば、どんな賭けでも十分に高い。

 

『旧運搬路への誘導を開始します。

 この末端から7メートル先、左の壁に緊急脱出用の扉があります。

 パネルを3回連続で叩いてください。機械式ロックが解除されます』

 

 AIからの指示を、ニルヴァードは黙って頭に叩き込んだ。

 ニルが黙っている間にも、明滅する画面の中で文字は続いていく。

 エラーを出さないでくれよと考えながら、ニルは はやる気持ちを抑えるように、画面の文字をじっと眺め続ける。

 

『注意喚起:運搬路には防衛システムが現存している可能性があります』

「……やっぱり防衛システムはありえるのか」

『追加質問です。あなたは――』

 

 そこまで表示されて、文字が途切れた。

 またエラーか? と感じたものの、画面の表示は安定している。しかし、文字は流れない。……まるで、言うかどうかを悩んでいるような……そんな不思議な静寂が、周囲を包む。

 

 ニルヴァードは、何を言ってくるのだ? と考えを巡らせながら、次の言葉を待って画面を見つめる。しかし結局その先は表示されず、数瞬の沈黙を経て画面には再び文字が表示された。

 

『――質問を消去します』

 

 書かれていることはありがたいのだが、質問を消去します、の一文が、AIが出した結論らしい。

 どんな質問をするつもりだったんだと言葉を続けようとしたが、既に画面には文字が流れ始めていた。完全に聞くタイミングを逃したニルヴァードは、頭に浮かんでいた幾つもの疑問を解消する事無く文字を見る。

 

『旧運搬路に侵入後、右手方向に向かって直進。突き当り付近に、侵入時に使用したものと同様の緊急脱出用の扉があります。

 解除方法も同様です。それらを使用し、脱出表示案内に従いメインホールへと向かってください。施設からの脱出が行えます。

 あなたの生存を優先してください』

 

 そこで、画面の動きは止まった。

 今度こそニルヴァードが質問をしようと口を開こうとすると、そのタイミングに被せるように文字が流れた。

 

『ああ、それと――』

 

 と。

 まるで人間が思い出したかのような間の取り方に、彼はこのAIが、ただのAIには見えなくなってきていた。

 やはり、妙に人間臭い。そんな挙動をするAIに、ニルヴァードは開きかけた口を閉じて苦笑に変えて、思わずといった感じに、いつもの軽口を叩いてしまう。

 

「お前、ほんとに管理AIなのか? 実は誰かが俺を見てて、こっそりアドバイスしてくれてるとかじゃなく?」

『肯定します。この施設の管理AI、CL-4UD3です』

「いや、本気で疑った訳じゃないんだが……まあいいか」

『肯定します。あなたは私を本気で疑っている訳ではないと推測が可能です』

 

 その文字を見たニルヴァードが内心で「え、そう言われると逆に疑うんだけど」なんて言葉が思わず漏れるも、画面には『改めて、追加情報を提示します』と文字が流れていた。

 この少しズレたやり取りが、妙に心地良い。まるで相棒(ガルス)と話しているような肌感覚が、己でも気づかぬうちに焦っていた彼の緊張を解きほぐす。

 

『仲間の方について補足を行います。この施設の通信網は僅かに生きています。末端に接触できれば、位置情報を共有できる可能性があります。運が良ければ、ですが』

「まじか!」

 

 改めて、と言われてから表示されたその文字に、ニルヴァードは思わず声を上げて体を乗り出して汚れた機械を触っていた。

 ガルスと連絡が取れるかもしれない。それだけでも、このやり取りが報われたような気がした。

 

『では、ご武運を』

 

 最後の文字が表示され、今度こそ画面が動かなくなる。

 冷たい感触と共に今更ながらに埃を払い、触っても何も反応しないことを改めて確認してから息を吐いた。

 

「……信じられない。本当に生きてたのか」

 

 やり取りを終えたニルヴァードは、望外の幸運と驚愕でしばらく固まっていた。己では絶対に知らない筈の情報を、当たり前のように提示してくれる。

 

「いやまて。そうじゃなかった」

 

 やり取りの興奮に流されていたが、このAI――CL-4UD3が提示してくれたのは、あくまでもニルヴァードの生存を優先して施設を脱出する方法である。仲間の――ガルスの救出が行動順序には含まれていない事に、彼は遅れて気が付いた。

 

 ――まだ、話は終わっていない。質問を続けなければ。

 

「仲間の位置は分かるか? 人種(ヒューマン)……いや、人って言った方が良いのか? 俺と同じ種族が、施設でどう動いてるか教えて欲しい」

『情報検索を開始します』

 

 ニルヴァードがクロードに改めて質問をすると、画面に幾何学模様が走り、施設の見取り図らしきものが表示される。

 

 のぞき込むようにニルがそれを眺めると、地図の詳細が目に移る。崩落によって所々が欠けているようで、施設の形状は不完全なものになっていた。

 しかしそれでも、想像していたよりもはるかに大きい。まるで地面に隠れた根のように広大に見えるこれこそが、この施設の全体図らしい。

 

『施設内の生体反応を検索中――――』

 

 もしかすると、これでガルスの位置が分かるかもしれない。そんな期待を抱きながら、ニルヴァードは口元に手を当てて次の言葉を待った。

 

『――――検出しました。生体反応を4つ確認』

「4つ?」

 

 しかしその期待は、すぐに疑問へと変わった。

 自分とガルス、そしてストーンベア。その3つの反応からあたりを付けて行こうと考えていたのに、さっそく考えが外れてしまう。

 

『反応A:現在位置から北西に220メートル。

 反応B:北東180メートル。

 反応C:南西90メートル。

 反応D:南西150メートル』

 

 表示されている情報には、どうやら自分の反応は表示では除外されているらしい。

 その事実になるほどと一旦は納得するも、表示された情報はやはりおかしい。

 

 四つの光は見取り図上では距離も方向もバラバラに見えて、まるでニルヴァードをあざ笑っているかのようで――

 

「いや、そうじゃないよな」

 

 浮かんだ不安を振り払い、ニルヴァードは改めて地図に目を落とした。

 

 まず、反応が4つという大前提がおかしい。

 これは自分とガルス以外にも、生き物が3体存在している事を示している。

 そしてそうなってしまうと、話がややこしくなる。一番近いのは反応Cだが、これがガルスである保証はなってしまう。

 

『あなたの位置はここです』

 

 その文字と共に、ニルヴァードがいるらしい位置に別の光源が点滅する。

 自分の位置を確認した事に今度こそ納得を覚えながら、ニルヴァードは改めて4つの反応との位置関係を把握した。

 

『注意事項を提示します。

 センサーは生体の熱源を感知しています。人と魔物の区別をつけていません。反応A~Dがあなたの仲間である確率の保証はありません。ご了承ください』

「……なるほど、これは仕方ないな」

 

 なんにしても、反応は4つである。

 どれがガルスなのか、少なくとも現状では判断できない。ニルヴァードの予想通りにストーンベアに子がいれば――ガルス、親ストーンベア1体、子ストーンベア2体――辻褄は合う。

 

「思ってる通りに子がいるなら、そっちの辻褄は合うが……」

 

 ――より悪く考えるなら、親ストーンベアが2体と子ストーンベアが1体の可能性が出てきたことだ。

 

『……追加情報です。反応Cは扉を開けようと試みている動作パターンを示しています。人種以外の動物は、通常、扉を“開けよう”とはしません。人である可能性が最も高いと推測が可能です』

「扉を開けようとしてるのか……なるほどね」

 

 反応Cは一番近く、そしてガルスである可能性も高い。

 ならば、まずはそこを目指すべきだろう。

 

『また反応Bは、約3分前から静止しています』

「静止、か……」

 

 もし、反応Bがガルスだったら? 魔力酔いが悪化して、動けなくなっている可能性はないのか? しかし反応Cが扉を開けようとしているのであれば、順当に考えればそちらがガルスだ。

 

 ――思考を纏めようとするニルヴァードを焦らせるように、画面が明滅して文字の処理速度が落ちる。

 

『申し訳ありません。長時間の稼働により、エネルギーの消耗が発生しています。このままでは、あと25分以内で機能停止に陥る可能性があります』

 

 そして、考える時間は少ないらしい。

 このAIが止まってしまうと、もう助けは得られない。

 

『質問です。あなたはどうしますか?』

 

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