伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第18話 必要な物

 

 息を切らしながら廃村に辿り着いた四人は、慎重に周囲を確認してから大きな廃屋に――ゴールの武器を見つけた鍛冶屋の廃屋に滑り込み、身を潜めた。

 

 ニルは廃屋を満たす冷たい空気と、肺の中の熱い空気を入れ替えながら、周囲を見回した。

 鎧の重たい足音は、聞こえない。少なくともニルの耳に聞こえるのは、三人の呼吸音と、少しばかり場違いな水音だけだった。

 

「……とりあえず、撒けたってことで良いのか?」

『広域スキャンでも反応はありません。撒けたと判断して良いかと』

 

 ニルの言葉に、クロードが静かに同意する。

 いつもと変わらない調子のクロードの言葉に、緊張で少しだけ固く強張っていた空気が弛緩した。

 

「……でもゴールさん、追いかけて来てましたよね」

「だな。俺も気になってた」

「俺もだよ。まさか追いかけられると思わなかったわ」

 

 一旦は距離を離す事が出来た。

 少なくとも、今この廃村にはニルたち以外が出す音はない。

 しかし最後に見たゴールはニルたちのことを追いかけるように動き出しており、依然として逃げ切れたとの断定が難しい状態は続いてる。

 

『ですが、ゴールのスキャンはできました。彼のエネルギー――力のようなものは観測できませんでしたが、物質としての「ゴールの鎧」の観測には成功しました。間違いなく、ガルスが持つ短剣と同じ素材です』

「そこはまあ、朗報か……」

『そうなります。追跡の可能性を否定はできませんが、ゴールの不意打ちは防げると判断できます』

 

 クロードの言葉に、三人は大きく息を吐いた。

 心許なく見えていた石積みの壁が、ようやくそうではなくなったように見えた。そう思える程度には、膨らむように張り詰めていた緊張がゆっくり抜ける。

 

「てことは、いきなり隠れてる家ごと吹っ飛はされるってことはないか……」

「なんか、前提がおかしい気もするけどな」

「でもまあ……すごい力でしたもんね」

 

 クロードの言葉に、ニルは大げさに安堵の息を吐いた。

 ガルスが呆れたようなツッコミを入れ、ステラはガルスに同意した。しかし彼女の同意は、ニルの言いたいことも十分に分かると言った感じの声音である。

 

 ――はぁ…… と。

 

 深呼吸か溜息なのか分からない、三人の息が重なる。

 とは言え、悲観的な話ばかりでもない。

 クロードのスキャンによって、不意の遭遇は考えなくても良くなった。それは間違いのない朗報で……状況を整理できる時間が作れた事実を指していた。

 

『――まずは、ステラが言いかけた言葉を聞かせてもらえませんか?』

「そうだ。悪い、ステラ。余裕が無くて聞けなかったけど、あの時に何を言いかけたんだ?」

 

 冷静に状況を整理するクロードの言葉を聞いて、ニルもそう言えば、と言った感じでステラに言葉を投げかけた。ニルの言葉を聞いたガルスも頷いており、待ちの様子を見せている。

 

「えっと……皆も色々あると思うのですが、私からでいいんですか?」

『私のスキャンは、今回あまり役に立っていません。状況分析による推測は可能ですが、あくまでも推測になります』

「俺もクロードに賛成だ。とりあえずあの場を切り抜けることに必死だったから、まだイマイチ考えが纏まらん。何でも良いから取っ掛かりが欲しい」

「すまん、俺もだ。ずっと狙われてたニルよりは見れてると思うが、殆ど無視さされてたしな。逆に的外れになるかもしれん」

 

 クロードは冷静に判断しており、ニルとガルスも素直にとりあえず話の骨が欲しいと認めた。

 少し冷えた頭と状況のおかげで情報を整理できるようになったものの、整理するべきそのものが現状では「殆ど何もわかっていない」ことしか分かっていない。

 ニルにしてもガルスにしても、そしてクロードですら、やらなければならないことは理解しつつも、大したことは言えなかった。

 

「という訳で。すまんがステラ、頼めるか?」

「そういう事なら、分かりました」

 

 三人にそう言われて視線を向けられたステラは、少しだけ緊張して「ちょっと自信はないんですけど」と、軽い感じの前置きをしてた。しかしそれでも迷うことなく、彼女はその思いをはっきりと言葉にする。

 

「ゴールさんって、もしかしてなんですけど。私を狙ってませんでしたか?」

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 ――ギシリギシリと。鎧の奥で何かが軋む。動くたびにすり減る様に。

 

 あの面影。

 あの、白い花。

 いつかの、約束。

 

 ――もう誰にも聞こえない音が、静かに静かに軋んでいる――

 

 透き通った瞳との。

 夜を纏う髪との。

 あの誰かとの、約束。

 

 

 ――錆が剥がれる。固着した何かが――

 

 ああ。

 そうだ。

 果たすのだ。

 

 ――――約束を。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「ちょっと待て。なんでそういう考えになったんだ?」

 

 迷いなく紡がれたステラの言葉を、ニルは、はてなと言った感じの疑問で返した。

 否定したいような、強い口調ではない。ただステラが何故そう考えたのかを、ニルは理解できていなかったが故の疑問であった。

 

「えっと……すみません。具体的な理由がある訳ではなく……なんとなく、そう感じたぐらいと言いますか……」

 

 そしてニルの疑問へ答える程の根拠を、ステラは持ち合わせていなかった。

 そもそも彼女がそう思ったそれを一言で表すのであれば「何となくそう思った」程度の、緩い感情がその根拠だったからだ。具体的な説明を求められても、出来る訳がない。

 

『――私は、ステラの意見は可能性としては考慮するべきだと思います』

「まじか。クロードなら具体的に説明できるだろ。なんでそう思った?」

 

 しかしステラの援護は、以外にもクロードから飛んできた。

 ニルはやはり疑問を投げかけるも、クロードは彼の言葉に『ステラの意見を補強する推測は二つあります』と答えると、呼吸を整えるように少しの間を置いてから言葉を続ける。

 

『一つは、ステラを「捕獲」しようとしている可能性です』

「捕獲? ステラをか?」

『はい。ゴールは拳による攻撃の後はニルに……もしくは、ステラにですが。「手」を伸ばしていました。あれが攻撃の予備動作ではなく、捕獲を目的とした意思表示の可能性はあり得ます』

「あー……たしかに。言われてみたらそれ、あり得てもおかしくないな」

 

 捕獲。なるほど、確かに全く考えていなかった可能性である。

 言われてみると、と言った感じにクロードの推測をニルが同意した。

 当の本人であるステラも、なるほど、と言った感じに頷いているが、しかしガルスだけは「ちょっとまて」と言って、考えを整理する様に腕を組む。

 

「でもそれ、ゴールがステラを「捕獲」する理由がなくないか?」

『理由は不明です。私のスキャンではゴールが動く原理は分かりません。エネルギーの補給ではない、という推測すら不可能です。この推測案はあくまでも「ゴールの目的がステラであった場合」の仮定の一つです』

「ステラも、心当たりはないんだよな?」

「……言われて考えてみましたけど、多分、無いとは思うのですが……」

 

 ステラの言葉の歯切れは悪いが、心当たりなどある訳がない。そもそもの話、そんな心当たりがあったのなら、とっくにそれを言っている。

 深掘りしたガルス自身も「まあ、そりゃそうだわな」と、腕を組むのをやめて頭をかくしかない。ガルスの動きで揺れた水面だけが、答えられないことを聞くなとばかりに彼を責めているようだった。

 

「クロード、もう一つの推測は?」

『二つ目は、ステラが持つ神の酒を狙っている可能性です』

「あー! たしかに、それあり得そうですね!」

 

 そして今度のクロードの言葉には、ステラが激しく同意していた。

 絶対それだよと全身の雰囲気で表現する、まさに答えを見つけましたと言わんばかりの反応である。

 

「いや、ちょっと待て。ステラ、神の酒は今どこにある?」

「え? 服の内ポケットですけど」

「それ、外から見えるか?」

「あ……たしかに見えませんね」

 

 ステラは胸元に視線を落とすが、外からではそこに何かが入っているのかは伺えない。当然、ニルにも見えていない。

 そんなステラに、ニルは「そうなるだろ?」と、視線を落としながら腕を組んだ。記憶をたどって、或いは整理する様に。彼の視線は、静かに揺れる水面の上を小刻みに動いている。

 

「てことは、だ。ゴールがクロードのスキャンみたいな事をやれないなら、ゴールはステラが薬を持ってるのを知らないって事になる筈だ」

『ですが、ゴールの鎧の内側は伽藍洞でした。物理的な機能にもエネルギー反応にも頼らない、何かしらの認識方法を持っているのは間違いありません』

「でもそれ、どう認識してるか、なんて分からなくね?」

 

 ニルの言葉に、クロードの補足が刺さった。

 確かにその可能性はあるのだが、しかし続けられたガルスの言葉が全てであった。どうやってかこちらをしているのは不明なままだが…… とはいえ、それは話が逸れている。これは、大事な話ではない。

 

 この話を切っ掛けにして手繰り寄せた記憶の断片たちを組み合わるように、それぞれが己の中で改めて考えを整理する。

 そうして少しの間だけ静かになった屋内に、肌を冷やす様な涼しい風が柔らかく吹いた。それを切っ掛けに、ニルは口元に当てていた手を放す。

 

「……そう言えば今の話を聞いて思ったんですけど、私を狙ってるんじゃなくてニルさんを狙っていたんじゃないですか?」

「うん? 俺をか?」

 

 なんで俺を? と言った感じで、ニルは疑問を浮かべる。

 そんな疑問の視線を受けながら、ステラは「はい」と小さく頷いた。

 

『ステラ。ニルの持ち物はスキャンしていますが、特別なものは何もないと推測できます』

「すみません、言葉が足りませんでした。ニルさんというか、ニルさんの背中にいるクロードさんを狙っていたんじゃないでしょうか?」

 

 ステラのその発言に、クロードすら一発で納得した。

 ニルとガルスは確かにそうだと、腹を抱えて笑っている。

 

「これが冗談なら、クロードはかなり場を和ませられるようになったな」

『いえ――私も、自分の事を失念していました。どうやら、私は自分を「人である」と定義することに違和感が無くなっているようです』

 

 四人は、完全に何時もの陽気さを取り戻していた。

 適度に緊張を吐き出して、丁度良い感じに張り詰めた雰囲気を皆が感じながら、クロードは『場が和んだのであれば良かったです』と、嬉しそうに言葉を付け足した。

 

「つまりはあれか。ニルかステラかは知らんけど、『二人のどっちかが何かしらのゴールの気を引くものを持っていた可能性が高い』て話だな?」

『現状だとその可能性が高いと推測できます。もしゴールが何かしらの目的のようなものを持っているのであれば、ガルスを無視した事や追跡を開始した理由にもなります』

 

 ガルスの言葉を補足する様にクロードが同意すると、それを聞いたニルも「確かにな」と納得しながら頷いた。

 

「実は俺も、なんで俺ばっかり狙うんだよ、ゴールの武器持ってるのはガルスなんだからそっち狙えよ、てちょっとだけ思ってたんだよ。いやぁ、なんか納得したわ」

「なに、お前そんなこと思ってたわけ?」

「いやまあ、ちょっとだけな?」

 

 何時もの軽口を叩きながらおどけた様に手を動かすニルに、ガルスは「へぇ、そうなのか」と、呆れたような視線を投げている。

 

「なら俺も、狙われてないから楽できるな、って思ってたのを今のうちに言っとくわ。ちょっとだけ悪いと思ってたんだよ」

「狙われてないやつは楽ができていいねぇ…… ステラからも、なんか言ってやれよ」

「そうですよ、ガルスさん! ずるいです!」

「なんか文句が軽いなぁ」

「ばか。これぐらいで良いんだよ」

 

 ――四人で軽口を叩いてた、その時だった。

 

『――反応を検知しました。ゴールが、こちらに接近しています』

 

 クロードの声に三人の表情が驚愕に染まると同時に、崩れかけた家屋の梁が軋む音が聞こえたような気がした。風など無い筈の廃村に乾いた音が不気味に響いたように感じたのは、錯覚か、それとも戦いの予感なのか。

 三人は真剣な表情で顔を見合わせ、お互いに頷きあう。

 

「どれくらいの時間がある?」

『対象が現在の速度で一定であれば、約3分です』

「早すぎる。真っすぐこっちに来てるレベルじゃないか?」

『移動した距離を考えれば、その可能性が高いかと』

「……これは当たって欲しくなかったな」

 

 逃げるのなら十分な時間。

 しかし同時に、何かをしたいなら不足しそうな時間でもある。長くもなく短くもない絶妙な時間に、ニルは普段の呼吸を取り戻した思考をゆっくりと回す。

 

「どうするよ。これ、多分だが逃げても追ってくるぜ」

「でも、戦うのは危ないですよ?」

『――私は、ガルスの意見を肯定します』

 

 ニルが考えている間に、ガルスは交戦を。ステラは撤退を。

 そしてクロードが交戦の選択を提示する。

 

『ゴールとは、一旦私のスキャン範囲外まで距離を取る事に成功しました。つまり、私はゴールの補足が不可能でした。しかしゴールは真っすぐこちらに向かっていると思われます。これはゴールの索敵範囲は、少なくとも私のスキャン範囲より広い事を意味しています。移動速度こそ早くはありませんが――おそらく、逃げ切る事は難しいかと』

 

 廃屋を流れる水のように自然に流されたクロードの理論的な言葉に、ニルは「まあそうなるよな」と呟いて、口元に当てていた手を組み直して結論を出す。

 

「オルビアンまで引っ張たら、それこそ大事になる。この廃村ならオルビアンまで離れてないし、逃げるのは最終手段で考えてくれ。 ――て訳で、迎撃するぞ」

 

 その決定に、三人はこくりと頷いた。

 

「とりあえず、俺は投げ槍の代わりを幾つか見繕う。クロード、手伝ってくれ」

『了解しました』

「んで、ステラにはこれを渡しとく」

 

 そう言ってニルは、腰から一つの袋を外してステラに差し出した。

 

「俺が常備してるポーションだ。この前キーラさんところで買った薬も入ってる。持ってたら使えなくなるかもしれないから、とりあえず渡しとく。俺がぶっ倒れた時は、ステラの判断で何でも使ってくれ」

「……分かりましたっ」

 

 つまり今回の戦い、ステラが生命線になる。

 それを察した彼女は真剣な表情でニルから薬の入った袋を受け取った。普段触り慣れている筈の薬が入っているのに、普段よりもずっとずっと重たく感じたその袋を、ステラは大事そうにぎゅっと胸に抱える。

 

「ステラ、俺のも渡しとくわ。ポーションは最悪投げつけてくれたら良いから、怪我したら頼む」

「はい、任せてください」

 

 ガルスも、ニルに倣ってステラに薬品類を渡す。

 

「俺はニルが武器漁ってる間に、誘い込んでゴールを埋められそうな場所を見繕うわ。意味ないかもしれないけど、まあ何もしないよりはマシだろ」

「あのっ、ガルスさん! それだと、ゴールさんが」

「撤退の時に使うつもりだから、大丈夫だ。別に最初から埋めてやるってつもりじゃないさ」

 

 ステラの静止の言葉にガルスは、悪い悪い、と言った感じで言葉を付け足した。

 

「『悲しい終わりは嫌だから』だろ? 忘れてないから大丈夫だ。とりあえず俺とニルで何とかして動きを止めるから、ステラちゃんは神の酒を守っててくれ」

「そういう事だ。まあ任せといてくれ」

「はいっ! お願いします!」

 

 ステラの声に、ニルとガルスが動いた。

 

 もうすぐ、ゴールが来る。

 

 決着の時は、近い。

 

 

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