伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第20話 一つの噂の終わり

 

 ――あれからニルとガルスがゴールの双短剣を回収したり、その間にステラがゴールの鎧の前で思いの整理したり、と。

 

 そんな調子で四人が思い思いの時間を廃村で過ごしてから、今は一つの集団となって森の中を歩いていた。

 

 ゴールの鎧は、今は廃村に静かに膝を付いている。

 もう、その歩みが聞こえることはない。

 

「いやぁ。しかし、マジで死ぬかと思ったな」

「ああ。というか、最後のは実質死んでたわ」

『状況に助けられた、と考えるしかない結果です……』

 

 ガルスが吐き出すようにそう言って、ニルはやばかったなといった顔で同意した。クロードの声も、何時もより明らかに沈んでいる。

 ガルスはそんなクロードに「まあ、気にするなって」と気にかけるような声をかけているが、ニルはそれを笑いながら「気にするなって言ったら余計に気になるんだよ」と揶揄っている。

 

『私は、非常に無力感を感じています……』

「なら『次に生かそう』ぜ。悪い方には考えなくて良いぞ?」

「だな。『結果が全て』だ。クロードからすればこれは結果論かもだけど、俺たちはまだ死んでないぜ? な、ステラ?」

「そうですね。色々ありましたけど……誰も死んでいません。私も、それで良いんだと思います」

 

 そんなガルスの言葉に答えるステラの目は、今は少しだけ色が違った。

 夜空のように美しい紫水晶(アメジスト)の瞳は、何時もよりもほんの少しだけ赤かった。まるで炎で照らされた夕焼けのように。

 

「ほらな。気にするなって。折角感じてる勝利の余韻が台無しになるぞ?」

『そうですね…… この敗北の傷が開く事が無いよう、努力します』

「俺はクロードの言い回しの方が好きだね」

「私はニルさんの方ですかね」

「ステラ、そこは『ニルさんの方が好きですよ』って言ってくれよ~」

「なんでそういう事言うんですか?!」

 

 ステラはニルに、デリカシーがないと言わんばかりの勢いで「空気読んでくださいよ!」と食いかかっている。

 そんな二人にクロードは『空気を読む……これは確かに、諸刃の刃のようです』と神妙な感じに呟き、ガルスは「そうだろ?」と笑いながら同意した。

 

 

 町を目指す四人の喧騒が、森の中に木霊する。

 

 小鳥のさえずりが遠くに聞こえ、優しい風が肌を撫でる。

 

 森の匂いが、服に残った焦げ臭さを少しづつ薄めていく。

 まるで戦いの熱を静かに流していくように、ゆっくり、ひんやりと。

 

 ニルとガルスの軽口も、ステラの笑い声も、クロードの分析だって——その全てが、静かに森に溶けていた。

 胸に感じていた、言葉に出来ない不安さえも。

 

 今はここにない、誰かの中にあった何かの想いも――――

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 大きな冒険を終えた四人は、ゴールとの顛末をキーラに語った。

 

 ずっと何かを探していたんじゃないかということ。

 

 恐ろしい実力を持っていたこと。

 

 瓦礫から庇ってくれたこと。

 

 そして――神の酒を渡す事で、ゴールの鎧が完全に動きを止めたこと。

 

「――それで、ゴールさんの鎧は、今は廃村にあるんだ。キーラさん、どうしようか?」

 

 ステラの話を聞き終えて、キーラは静かに目を閉じた。

 

 彼女の返事は、聞こえない。

 

 店の外から聞こえる木々のざわめき、遠くで誰かが笑う声。

 棚に並んだ薬瓶が、少しだけ揺られて小さく鳴る。

 

 その全てが、キーラの沈黙を際立たせていた。

 

 ただ、何かを考えるように。

 あるいは区切りをつけるように。

 自分の中にある見えない何かに折り合いをつけるように――彼女は、静かに目を閉じ腕を組んでいた。

 

 どれだけそうしていただろうか。

 

「――…………そうかい……」

 

 そう呟いたキーラは、しばらく何も言わなかった。

 店の外から聞こえる人々の喧騒だけが、時間は前に進んでいるのだと静かに告げていた。

 

「……キーラさん?」

「いや……なんでもないさ」

 

 名を呼ぶだけのステラの問いに、キーラはようやく目を開けた。

 クロードの目には、瞼を開けたキーラの瞳の中に、少しだけ炎が宿っていたように感じられた。それはきっと、気のせいなのだろう。

 

「ステラ。ありがとうよ。あんたが無事で、よかったよ」

「――うん! ニルさんたちと……ゴールさんの、おかげだよ!」

 

 僅かにしんみりとしていたキーラの雰囲気が、ステラの言葉で霧散する。

 きっと、彼女も振り払ったのだろう。

 いつかに誰かと交わした、何かの約束を。

 

「とりあえず、ゴールの鎧は重たいだろうけど、持って帰る事をお勧めするよ。ニルとガルスなら、何回か往復すれば全部回収できるだろ。とりあえず、マグナスにでも預けときな。あいつなら、何かに使うだろうさ」

「あの村に、安置しておかなくても良いんですか?」

「あんなところに置いてちゃ、冒険者連中が持って行っちまうさ」

 

 終わった話よりも「今」なのだと。

 それで良いのかと問いかけるステラに、キーラはからりと笑ってそう答えた。

 

 話題を切り替えるべく、ニルが口を開く。

 空気を読むとはこう使うんだぞと、クロードに教えるように。しかしガルスは、そんなやつにはこう返すんだぞ、揶揄うような調子で言葉を返した。

 

「まじかよ。冒険者って最悪なやつらだな。殆ど墓荒らしじゃん」

「まあ俺たちも冒険者だし、普段やってるのもほぼ墓荒らしだけどな」

『ゴールの場合、あれが墓の定義に当たるかは議論が必要かと』

「冗談だからな? 君たちが作ろうとしている空気は、非常に危険だぞ」

「分かってるって」

『同じくです』

 

 そんな三人にキーラは「バカな事言ってないで、寝るまでには絶対に終わらせておくんだよ」と言葉を投げる。

 

 彼女の声は、いつも通りだ。

 古びた薬屋の中には、いつのように笑い声が響き、染みついた薬草の匂いが静かに香っている。

 

 その香りが何時もより少しだけ甘いことを、ステラとキーラだけが知っている。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 ――そして、その日の夜。

 

 宿屋【ヒノキの止まり木】の食堂で、デウェは一人でグラスを磨いていた。

 

 

 窓の外、夜の色に沈み始めた森の方角を見つめる。

 あの森には、長い間彷徨っていた騎士がいるという噂があった。

 デウェとマグナスが名前ぐらいは聞いた事のある――そしてキーラがよく知っているなんて噂もある、一人の騎士が。

 

 今は、もういない。

 

「安らかに眠れると良いね」

 

 誰に言うでもなく小さく呟いて、グラスを棚に仕舞う。

 部屋の一つからは、賑やかな笑い声が聞こえてくる。

 ニル、ガルス、クロード――そしてステラ。

 

 あの親馬鹿が、娘を男二人の――それも冒険者の部屋に行かせている。

 

 デウェは小さく笑った。

 マグナスの考えが、手に取るように分かる。

 

 流通の要所である港湾拠点オルビアンからであれば、どこへでも行ける。

 そして、戻ってもこれる。

 

 ――きっとあの子たちは、次の冒険に向かうのだろう。三人ではなく、四人で。

 

「……さて、明日の仕込みでもするかねぇ」

 

 あの湖、今も変わらずそこにある。

 誘うための謳い文句は、ロマンティックなものへと変わるのだろう。

 それを少し楽しみにしながら、デウェは食堂の奥へと静かに消えていった。

 

 オルビアンの夜は、いつも通りに更けていく。

 がやがやとした表通りと、眠りに就こうとする裏通りを内包しながら。

 

 次の旅人たちを、優しく迎えるために。

 

 

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 ――――そして、その後に。

 

 ゴールの鎧をマグナスに預け終えた四人は、宿の食堂で今後の話をしていた。

 

「それで、次はどうする?」

「カイサリアの自由市に行くって話、まだ生きてるよな? そっちはどうだ?」

「時期的にはそろそろだけど、ちょっと頭金が不安なんだよなぁ」

 

 ゴール戦で負った傷の治療に使った薬の代金は、キーラの好意で浮いてる。

 しかし今回の冒険も金銭的な収入は現在のところは無く、数日滞在した費用だけが嵩んでいるのが現状だった。

 

「最悪は見に行くだけでも良いだろ。飯食って商品みて、次の冒険先を考えるってのもありだし」

『私も自由市は気になります』

「ほら、クロードもこう言ってるしよ」

「んじゃ行くか。商隊の護衛依頼ついでって考えてもいいし」

 

 ガルスの言葉にクロードが同意した事で、ニルも了承の言葉を出した。

 金がないと言いつつも、元々行ってみたかった話でもあるのだ。

 これだと否定する材料が、そもそもニルにはない。

 

 方針が決まった事でニルとガルスは頷きあった。

 そして改めてといった感じで、二人はステラに視線を向けた。

 

「ステラはどうする? 改めての勧誘になるけど、一緒に行かないか?」

 

 ――そう聞くニルの問いは、以前のステラが断ったものであった。

 

 しかし、今のステラは考えが変わっていた。

 ゴールとの戦闘で廃村はかなり荒らされており、薬草採取のペースは落ちるだろう。ニルたちと冒険していて気が付いたが、マグナス(お父さん)もステラの世話が絶対に必要な訳でもなかった。

 そして何より変わったのは、お金の――ニルたちへの感情だった。

 

 ――ニルの問いに、ステラは少し考えてから口を開いた。

 

「そうですね……自由市での買い物はニルさんのパーティーが奢ってくれるなら、ぜひ一緒に行かせて欲しいです!」

「ん? そんな事で良いのか?」

 

 ニルはステラから提案された随分と楽な条件を聞き、はてなと首を傾げた。

 実はステラの耳が赤くなっているのだが、髪の中に隠れているその様子を知る事ができるのは、クロードだけであった。

 しかしガルスは彼女の心情など知らずとも、これ幸いとばかりにやれやれと言った感じで言葉を引き継ぐ。

 

「いや、重要な事だろ。これは実質のパーティー加入発言と受け取れるね」

『ガルスの意見を肯定します。前回の発言と比較すると、ステラの遠慮の感情が低下している可能性が高いです』

「クロードさん、それは言わなくても良いですから……」

 

 むぅ、という感じでステラがむくれて、四人の笑い声が宿屋に響く。

 

 照れのような、羞恥のような、それでいて暖かなこの感情。

 言葉にし難いその言葉を、人は何と呼ぶのだろうか。

 少なくとも彼ら四人の中で、それはきっと同じ言葉の意味を持つ。

 

 そうして四人になった彼らは、少しだけ広がった世界へ思いを馳せていた。

 

 次の冒険は、もうすぐだ――――

 

 

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