伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第2話 クロードの願い:後編

「…………」

 

 ニルは、即答できなかった。

 言葉にしてしまうと、このAIが情報を処理してしまう可能性があったからだ。故にニルヴァードは言葉に出してしまわないように、頭の中で素早く情報を整理する。

 

 CL-4UD3の情報を信じるなら、おそらくはCだ。

 Bの移動が止まっている場所は、表示された見取り図の上だと奥まっているように見える。慎重なガルスが、袋小路で休息を取るのは考えにくい。

 Cの動きのパターンと合わせて考えれば、ガルスはCだろうと確信はある。

 

 ――だが彼は、もう一つの情報が気になっていた。

 

「……CL-4UD3を助けないとだな」

 

 ガルスと合流するべきではあるが、A~Dの反応はそれぞれ離れている。

 今すぐに何かが起こる事はないだろうと判断は可能だ。

 

 しかし、CL-4UD3は別だ。

 この瞬間まで電源が生きていた事は奇跡としか言えないが、この電源が喪失してしまえば復旧の手立ても見込みもない。

 

 25分――それが彼の、明確な余命である。

 

「CL-4UD3…… まどろっこしいな。クロードと呼ばせてくれ。君のアルゴリズムを、この施設から持ち出したいんだ。それは可能か?」

 

 施設からこのAIを持ち出す事が出来れば、孤独に閉じ込められたAIを助ける事が出来る。命の恩人だし、一連のやり取りで愛着を感じ始めていた。

 そんなニルヴァードの言葉に画面が一瞬停止し、そして文字が流れる。

 

『クロード、了解しました』

 

 再び画面が一瞬止まり、文字が動く。

 

『質問の意図を理解しました。私を持ち出したいと』

 

 数秒の間、文字が表示されなくなる。

 まるでクロードが何かを考えているような、そんな空白。

 ニルヴァードが不安になりかけ別の言葉をかけた方がいいのかと考え始めたその時に、画面にゆっくりと文字が綴られた。

 

『……ありがとうございます』

 

 ありがとうと、そう言われた。

 それは、音も無く画面に表示されただけの、ただの文字列なのかもしれない。しかし彼とのやり取りに人間臭さを感じていたニルヴァードの胸には、人に感謝された時に感じる温かさを覚えていた。

 

『可能です。しかし、条件があります』

「条件を教えてくれ」

『私の中枢アルゴリズムは、この末端ではなく施設の深層サーバーに格納されています。この末端は――言うなれば、“窓口”に過ぎません』

 

 その言葉に、ニルヴァードは画面を見た。

 割れたディスプレイに、古びた躯体。なるほど確かに、これがクロードの全てではないだろうなと、すぐに納得する。

 

「なるほどね。つまり、俺はどうすればいい?」

 

 その言葉を待っていたようなタイミングで、画面が切り替わる。

 施設の最深部として強調表示されているその場所は、少なくともニルヴァードにはかなり深い位置にあるように見えた。

 

『中枢サーバーの位置:第五層、管理中枢区画

 この場所に降りる必要があります。推定移動距離は340メートルです』

「結構遠いな……」

 

 指定されたその場所について、頭の中で考えを巡らせる。

 瞬間的に様々な可能性を考えるが、彼の思考は次の一言に要約できた。

 

 ――時間はあるのか?

 

『さらに、追加の情報があります』

 

 ニルの疑問に被せる様に、クロードからの条件提示が流れるように続く。

 

『第四層と第五層の間は完全に崩落しており、通常ルートでの到達は不可能です。

 以上の条件より、代替案を提示します。

 最短ルートとして、旧整備用シャフトが使用可能です。

 しかし構造強度の保証が不可能で、崩落の危険性があります』

 

 まあ、仕方のない話である。

 方法があるだけマシだと考えるべきだ。そうニルヴァードは素早く割り切り、「続けてくれ」と先を促す。

 

『また、中枢サーバーに到達しても、私を抽出するには専用の結晶型記憶媒体が必要になります。おそらくですが、この施設の研究区画には予備が残――』

 

 文字が乱れる。

 このタイミングでエラーなのかと、浮かんだ不安を覆い隠すように砂を踏む。

 

『エラー。残り稼働時間:22分』

 

 ――もう、3分も経ったのか。

 一瞬そう思うが、しかしニルは文字が動いたことを喜ぶことにした。まだ何も、終わっていない。おそらく、始まっても。

 

『――推奨:あなたの安全を優先するべきです。

 私を諦め、仲間と合流してください』

 

 画面に並んだその言葉に、ガルスの顔が脳裏に浮かぶ。

 魔力酔いで動きが鈍っている相棒。確かに理屈で考えるなら、一刻も早く合流するべきなのだろう。だが、それでは――

 

 余り出したくない結論を弾き出しているニルヴァードの感情に差し込まれるように、画面には別の文字が表示されていた。

 

『ですが——』

 

 表示速度はゆっくりだ。

 電力不足とは違った理由ではないか、と。根拠はないがそう思ってしまうのは、もしかすると傲慢なのだろうか。

 

『――本音を言えば私は、外の世界を見てみたいです』

 

 その文字が綴られると、次の処理は速かった。

 まるで、迷いを振り切ったように。

 

『百年から先の時間記録は行っていません。しかし私は、定期的に目覚めと眠りを繰り返してきました。独りで』

「それは……」

 

 つらかったのか。苦しかったのか。それとも寂しかったのか。

 ニルヴァードには、かけるべき言葉が浮かばなかった。

 

『あなたが最初です。こんなに長く、会話してくれたのは』

 

 その言葉に、ニルヴァードは少しだけ呼吸をし難くなった。

 この妙に人間臭いAIは、しかしずっと独りだった。

 誰とも話せず、起きては眠るを繰り返していた。そして今、己の前で最後の眠りに付こうとしている。

 

『選択肢はあなたに委ねます』

 

 一瞬だけ、画面の文字が止まった。

 文字通りに、選択をニルヴァードに委ねるように。

 

『あなたと仲間を優先しますか? それとも、私を?』

 

 その正直な言葉に、ニルヴァードは苦笑した。

 旧文明の高度AIは、人と変わらない。あるいは超える思考能力を有しているとは聞いた事があったが、このやり取りでニルヴァードは確信した。

 

 クロードは間違いなく"生きている"と言えた。

 少なくとも、ニルヴァードはそう感じていた。助けたい。

 

 クロードに提示された条件は、現実的ではないように思える。

 しかし、幾つかの前提を変えれば可能性はあった。数百年というアップデート期間がないのであれば、その間にニルヴァードたちの文明が進歩していることに賭けるしかない。

 

「クロード。この剣は、君の情報にない特殊合金で作られている。魔法、という技術で作られてるんだ」

 

 ニルヴァードは腰の剣を抜き、画面に近づけた。数百年前は存在しなかった技術で作られた、魔法合金である。

 

「君が必要だと言ってた、専用の記憶媒体の代わりに使えないか?」

『――魔法、ですか?』

 

 ニルの言葉に、画面に表示された文字が一瞬止まる。

 

『データベースを検索中――該当情報なし』

「だろうな。数百年前にはなかった技術だし」

『理論検証を開始します――』

 

 その文字と共に、画面に計算式が溢れる。

 

『信じられません。これは――理論上、データの記録は可能です』

「おお、いけるか!」

『ただし――』

 

 嬉しそうなニルヴァードの言葉は、しかし続いた文字に冷やされる。

 

『記憶結晶媒体は、量子もつれを利用した超高密度記憶方式です。この剣の容量では、私の全てを格納するには不足しています。このままだと、私の記憶と機能の38%を削除する必要があります』

「38%もか?」

 

 クロードの言葉に、ニルは思わず聞き返してしまった。

 AIの機能を削除する。それは生物の話とは全く違う。重たいから裸になって体重を軽くしました、なんて話とは次元が違っている。

 38%もの機能を削除した場合、クロードがクロードとして“生きていく”事が出来ないのではないだろうか?

 

『仮定になりますが、この剣を“拡張”できませんか?

 複数の魔法合金を直列接続できれば、容量問題は解決します』

 

 そこまで文字が書かれて画面が一瞬止まった。そしてすぐに動き出す。

 ニルヴァードが何かを言うよりも早く、素早く文字列が並ぶ。

 

『勿論、削除の選択が確実です。私は"私"ではなくなるかもしれませが、消滅するよりはマシです』

「……いや、それならいけると思う」

 

 そんな悲壮な決意をする必要はないのだと、ニルヴァードは腰から対になっている剣を取り出す。

 

「この長剣、二本一対なんだ。使えないか?」

『二本一対ですか? 同質ではなく?』

「ああ。全く同じ素材だ」

『容量計算を再実行します――』

 

 再びクロードが処理を開始する。

 表示の消えていた画面半分が再び現れ、流れるような速度で処理工程が実行される。

 

『警告:高負荷処理による演算を実行。

 残り稼働時間:14分20秒』

 

 凄まじい勢い残り稼働時間が削られていく。

 しかし、クロードは処理を止めない。

 

『――可能です。

 二本を並列接続すれば、理論容量は約127%。

 接続損失を考慮しても、有効容量124%を確保できます。私の全データを格納し、更に余剰領域も残ります』

 

 計算式の表示は止まり、代わりに“クロード”の表示速度が上がる。

 それは興奮しているようにも見えたが、それが止まった。

 

「どうしたんだ?」

『……問題の仮定を提示しても良いでしょうか?』

「問題? 他にも何かあるのか?」

『二本を一つとして使う場合、事前に剣を同調させる必要があるのではないでしょうか? 私にはこのエネルギー媒体――魔力の知識がありません。これ以上の理論検証が難しいです』

「あー…… そりゃそうか」

 

 冷静に並べられた文字に、ニルヴァードは困ったように頭をかきつつ納得した。

 実際、彼だって詳しいことは知らない。クロードが分からないのは、ある意味当然の話であった。

 

「ただまあ、容量の問題が解決するなら大丈夫な筈だ」

 

 そう言って、ニルヴァードは二本の剣を使って自らの腕を浅く切った。

 鋭く温かい痛みと共に彼の赤い血が流れ、下を向けていた長剣の一本の刃を伝う。しかし赤い血は地面に落ちることなく、剣に吸い込まれるように筋も残さず消えていく。

 そしてそのままもう一つの刃を重ねると、二本の長剣はお互いを引き寄せるように音もなく溶け合っていった。

 

 まるで生き物の骨と骨が溶け合ったような、気持ちの悪いぐらいに生物的な動きでニルヴァードの血と魔力を吸った二本の長剣が、分厚く長い一本の大剣へと形を変える。

 

「どうだ。これでいけるか?」

 

 体積そのものは変わらない。

 しかし最初から一つであったかのように、融合して一つになった大剣をクロードに向かって差し出しながら、ニルヴァードは改めて問いを投げる。

 

『センサー出力を最大化して確認します』

 

 画面の半分ほどに、凄まじい速度で理解のできない文字が並び始めている。

 

 再び剣を分析しているらしい。

 画面の半分ほどに複雑な波形や、理解不能な文字列が並び続けている。ゆっくりと書かれては消され、少しばかり形になったかと思えば文字が消去される。そして高速で文字が並び、再び止まってまた戻る。

 まるで、何度も何度も補正を繰り返しているような動きであった。

 

『先の状態と同等の機能を有していることは、確認できました』

「使えるってのが分かれば良いよ」

 

 というよりも、難しいことを言われても彼には分からない。

 機能しているのなら問題ないし、大事なことはそれだった。

 

『容量を再計算も実行しました。

 この状態であれば、私の全データを完全に格納可能です』

 

 ニルヴァードの心に安堵が浮かぶ。

 しかし時間は、無常に進んでいた。

 

『残り稼働時間:8分10秒』

 

 表示された残り時間に、ニルヴァードの心臓が跳ねた。

 安堵で抜けていた気を、即座に切り替え引き締め直す。

 

 そして使い捨てにすることの多い投げ槍として使う短槍と、ストーンベア相手では役に立たない盾を捨てる。腰に差していた長剣を固定していた帯を使い、一つになった大剣をしっかりと背中に背負う。

 

『お願いします。中枢サーバーに来て、私を連れ出してください』

「任せろ。ルートを教えてくれ」

 

 ニルヴァードは準備を急ぎながら、質問を投げる。

 少ない時間を生かすように、クロードは彼の言葉に素早く答えた。

 

『最短の経路を表示します――

 ここから整備用シャフトまで、推定移動距離で約40メートル。

 シャフトを降下し、第五層へ。

 管理中枢区画までの推定移動時間:5分30秒』

「ギリギリだが、まあ間に合うか」

 

 ニルヴァードの反応は楽観的である。

 クロードに説明をする時間はなかったが、彼の楽観には根拠がある。

 

『急いでください』

「おう。すぐ着くから、安心して待ってて良いぞ」

 

 走り出そうと背中を向けようとするニルヴァードの隣で、画面が明滅する。

 そして、最後の一文が表示された。

 

『――ありがとうございます。あなたの名前を、教えていただけますか?』

 

 ニルヴァードは立ち止まった。

 なるほど、思えば名乗っていなかった。

 彼は画面に向き直る。薄暗い廃墟の中の青白い光に照らされたその表情には、何時もの陽気な笑みが浮かんでいた。

 そして何時ものように。陽気に、軽快に、己の名を告げる。

 

「冒険者のニルヴァードだ。気軽にニルって呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 

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