伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第34話 出発

 

 バルトランとの会話を終えた翌朝。

 宿屋の二階にある簡素な部屋で、ニルたちは手早く出発の準備を進めていた。

 

 ガルスは丈夫な皮帯が幾つも付いた頑丈な背負い袋の様子を確認し、ニルはガルスの物よりも幾らか小さい腰袋を用意している。

 ステラは荷袋の中身を一つずつ確認し、そしてクロードは卓上に広げられた地図を眺める様に最終確認を行っていた。

 

『行程データのパターン構成は完了しました。何時でも行けます』

「おう。遅れるようならすぐに戻るから、頼んだぞ」

「というか、まだ行くって決めた訳じゃありませんからね」

 

 ニルとクロードのやり取りに、ステラがむすっとした様子で言葉を返す。

 

「でも半日以上たったけど、暴竜の瞳ってやつは見かけなかった。頻度が高くないと考えなら、ギリギリなんとか……ては思わないか?」

「だな。あの後に町でやった聞き込みでも、装備回収に行った冒険者が死ぬ方のは珍しい、とは言ってたしな。ホントかどうか分からんが、信じるなら悪い話じゃない」

『そうですね。この依頼の生き残りが居るからこそ、鉄嶺の町でこの依頼が発信されていることが、噂レベルで知られているとは考えられます』

 

 ニルの言葉に、ガルスとクロードが同意する。

 しかしそんな三人と違い、ステラは納得できないらしく反対の姿勢を崩さない。

 

「……そういう問題じゃありません。どう見たって危ないですよ、あれは」

「ステラの言いたいことは分かるんだが、報酬がなぁ……」

「行商人のおっさんも、金を積むなら馬車を空けといてやるぞ、って言ってたしな。この依頼の成功後に慣れてる感はあったぜ?」

「だから、そう言う話じゃありませんって。やれる理由を聞いてるんじゃなくて、どう見ても危ないからやめましょうって話です」

 

 むすっとした表情のステラは、ニルとガルスの言葉とは前提が違う。

 二人のように、どうすればやれるの話ではない。そもそも大前提として「危険だから近寄らないようにしよう」という、酷く全うな考えが彼女の主張のベースにある。

 

『……ステラの主張を聞いていると、マグナスの言葉を思い出します』

「正気であれば引き返す、てやつか?」

『はい。私はあの光景を見ても、恐怖よりも困惑が勝っています。ですが生物的思考で考えるなら、近づかない選択が間違いなく「正常」です』

「確かになぁ。というか、クロードが恐怖を感じてないって話、今知ったんだが」

 

 クロードの言葉に、ニルが驚いている。

 そんなニルの横では、ガルスも同様に驚いていた。

 

「俺もだよ。それを言われると、一気にやらない方が良いんじゃないか、って思えてくるんだが……」

「だから、私は最初からそう言ってるじゃないですか……」

 

 クロードの言葉に、ガルスが正気に戻ったように否定の方向へ流れかけた。知らずに報酬に目が眩んでいたのではないかと、今更のように気が付いたかのように。

 そんなガルスの様子に、ステラは今更気が付いたのか、といった感じで若干呆れている。

 

「ニル、やっぱやめとかないか?」

「……やめといた方が良いと思う?」

「やめときましょうって」

『私はニルの判断を尊重しますよ』

 

 反対2、中立が1である。

 クロードの「実は俺、怖くないんだよ」的な発言を聞いて、ニルの内心も一気に反対へと傾いている。勿論、まだ踏み込む気概は消えてはいないが、だいぶ萎びたのは事実であった。

 

「……とりあえず、バルトランさんの話を聞かないか? 装備品を持ち帰るって話じゃなくて、ゴールの武器の話を聞いて終わりでも良いし」

「確かに、それぐらいが落としどころとして無難かもだな」

「ですね。それぐらいにしておきましょうよ」

 

 ちぐはぐな覚悟が地に足を付けたように、ここにきてようやく具体的な方針が固まってくる。いつものような軽い雰囲気を取り戻しながら、空気はどこか締まっていた。

 しかしそれは、ある意味当たり前の事であった。空に浮かんだ黒い穴のような歪みを見ている以上、気持ちが緩むことなどあり得ない。

 

 

 ——四人が再びバルトランの元訪れると、彼は昨日と同じ場所に座っていた。

 

「答えを聞かせてもらえるか?」

「その話なんだけど……この武器の話を聞かせてもらう、てのが報酬でも良かったりするかな?」

「武器の情報? 私に答えられるようなものなのか?」

 

 ニルの発言に、バルトランは少し困惑したようだった。

 そんなバルトランに答える様に、ガルスが「ああ、こいつなんだが」と言って、腰からゴールの短剣を取り出して机の上に置く。

 

「装備品依頼の話を聞いた商人から、バルトランさんたちが集めてる装備に似てる、って話を聞いてたのを忘れててさ。もし知ってるなら教えて欲しいんだ」

「情報に対価がいるって話なら、そっちも合わせて教えてくれ」

 

 ニルにしてもガルスにしても、「何か知っていればいいかな」ぐらいの軽い気持ちでそう聞いた。しかしゴールの短剣を見たバルトランは、かなり驚いている。

 

「これは……ガルス君、これをどこで?」

「森の中の廃村さ。ちょっと前の探索で手に入れたんだ」

「確かめさせてもらっても?」

「勿論構わないよ」

 

 ガルスの言葉を聞いたバルトランは、少しだけゴールの短剣を確認した。そして「間違いない」と呟いて、机の上に戻す。

 

「私が探して欲しいと依頼している【鉄の国の装備品】と同質のものだ。現物は鉄の国の外には存在していないのかと思っていたが…… 分からんものだな」

「なにか分かるのか?」

「ある程度は分かる。その素材――【熔鉄】というのだが。私たちが集めようとしているのは、それで作られた制式装備だ。そして、君のこれはオーダーメイドだろう」

 

 バルトランが何かを悩む様な、難しそうな顔で腕を組む。

 

「制式装備……つまり、量産品ってことか?」

「そうだ。だが性能は尋常ではない。これを持っているなら、説明は不要だろうが」

「魔力を吸って炎を噴き出すんだよな」

『それと、炎が物理的な形状と重さを持っていたようにも見えました』

 

 ガルスの言葉に、バルトランは「それだけではない」と口を開く。

 

「この熔鉄の火は、鉄に命を吹き込む事ができたそうだ」

「鉄に命を吹き込む? どういう意味だ?」

「私もこの技術が現存していた当時は若造で、詳しい事は知らないのだ。ただ鉄の国は、その力を使って【月の台地】と呼ばれる場所でその地の民と友好を結んだ、と聞いた事がある」

 

 そこまで語ったバルトランは難しい顔で腕を組んだまま、一拍置くようにギシリと座り直して言葉を続ける。

 

「……本来の依頼の話とは関係が無くなってしまうが」

 

 バルトランは窓の外——鉄の国の方を見つめた。

 

「大鐘楼の礼拝堂には、【月の台地】の民との友好の証である【日の盃】が残されている筈だ。武器の本当の性質を知りたいなら、何かしらの助けになるかもしれん」

『【月の台地】…… そして【日の盃】ですか……』

「詳しくは分からないんですよね?」

「口伝のおとぎ話のようなものだからな。私よりも年が上なら何か知っていたのかもしれないが、もうほとんど残っていない」

 

 バルトランの声は、いつもより低かった。

 

「あの盃は……鉄の国が滅びる前、最後まで大鐘楼に飾られていた。……君たちに聞かれるまで忘れていたくせに、思い出してしまえば懐かしい。不思議なものだよ」

 

 寂しさを含んだ自嘲するようなその言葉に、ステラが息を呑む。

 

「もし君たちが行くのなら——」

 

 しかし次の瞬間の声音には、寂しさは滲んでいなかった。ゆっくりとニルたちに視線を戻したバルトランの瞳には、既に“弱さ”のようなものは見られない。

 

「――装備品だけでなく、【日の盃】も持ち帰ってくれないだろうか?」

 

 

「……なあ、行ってみないか?」

 

 長いようで短い、バルトランが作り出した沈黙を最初に破ったのは、意外なことにガルスであった。

 

「やめとこうって言ってなかったか?」

「言った。でもさ、バルトランさんの話を聞いて思ったんだよ。もしかして、俺たちがここに来たのも、何か意味があるんじゃないかって」

 

 机の上に置かれたゴールの短剣を腰に差し直し、ガルスはニルの言葉を認めながらも、自分の言葉を続ける。

 

「ニル、お前がクロードの入れ物になってる剣を買って無駄金使った所為で、あの遺跡に行くことになった。でもそれが結果的にクロードを助けられたことになったし、今は楽しくやってる。俺はよ、今この瞬間も“その類”だと思う」

「それを出されると弱いが…… でもなんだ、珍しい言い分だな」

「そうか? というか、よく考えたら全部に納得しないまま金が欲しくて冒険するとか、いつもの事だろ」

 

 重たい空気を吐き出すようにニヤリと笑ったガルスは、言いたいことは言ったぜ、とばかりに満足そうな顔で腕を組む。

 

「……すみません。私も、やっぱり行ってみても良いのではないかと思います」

 

 いかな心変わりか、ガルスの次に肯定の言葉を紡いだのは、終始この冒険に否定的であったステラであった。

 

「でも危ないかもだぞ?」

「そうかもしれません。でも、ガルスさんが言うように大丈夫なら…… いえ、違いますね。私、なんと言いますか……こういう、空気が好きじゃありません。頼まれたら、任せろって言いたいタイプなんですよ」

「だろうな、そうだろうと思ったよ」

 

 バルトランが日の盃の話を語った時点で、ステラの内心は決まっていたのだろう。ゴールの一件を知っているニルとガルスからすれば、ステラの発言はある意味自然であった。

 

「俺は元々賛成だ。二人が行けるって話なら、俺には断る理由はないぜ」

『私もニルと同意見です。この空気で反対する理由はありません』

 

 ニルたちはバルトランに向かい合うと、改めてと言った感じで口を開く。

 

「バルトランさん、聞いた通りだ。装備品の回収依頼、受けさせて貰うよ。日の盃も、回収できるなら回収する」

「感謝する、若き冒険者たちよ。このようなことしか言えないが、成功の暁には報酬はしっかりと払うことを約束しよう」

「了解だ、是非頼むぜ」

 

 結論は出た。

 バルトランの手を握ったニルたちは、出発の準備を始める。

 

「——すまない、少しだけ待ってくれ」

 

 背を向けかけた四人に、バルトランが声をかけた。

 

「一つだけ、忠告しておく。装備品の回収で鉄の国に入った者も生きて戻ったものも何人もいるが……回収のルートを聞く限り、大鐘楼の探索を終えた、と言っている者はいない。礼拝堂の見えやすい位置に安置されている筈なのに、だ」

 

 その言葉に、ニルたちは思わず息を呑む。

 

「偶然か、それとも何かが居るのか、それは分からない。だが、もしも大鐘楼に行くつもりなら、十分に気を付けてほしい。日の盃の話は、君たちが死ぬの事を天秤にかけるような話ではないからな」

「……ああ、了解だ。行くなら気を付けるよ」

 

 ニルの答えに、バルトランは静かに頷いた。

 

 四人は建物の外へ出ると、空を見上げた。

 

 黒い穴が、ゆらゆらと浮かんでは消える。

 泡のように湧いては沈む、あの不気味な歪み。

 

「……行くか」

 

 ニルの声は、いつもより低かった。

 四人は顔を見合わせると、静かに歩き出すのだった。

 

 ――鉄の国へ。

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