伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第37話 次の冒険へ

 

 逃げるように鉄の国を離れた四人は、鉄嶺の町へとたどり着いていた。

 入り口には見覚えのある荷馬車が止まっており、これまた見覚えのある商人が馬の手入れを行っていた。

 ニルたちが商人に気付いたように、向こうもニルたちに気が付いたらしい。彼は「おう、お前らか」と軽い感じで、手をあげた。

 

「背中の荷物を見る限り、帰りの馬車には乗れるみたいだな」

 

 行きの馬車と変わらぬ調子で話しかけてくる商人に、ニルたちは改めて「生きて帰れた」ことを実感した。

 

「……あんたが甘く見るな、て言ってた意味がよく分かったよ」

「よく分かって、なのに生きて帰れてるなら良かったじゃないか」

「でも二度とごめんだぜ、あれは」

「私もです……」

『……私も、この依頼を再度受けるのは反対します』

 

 商人の軽口に、ニルたちは疲れたように言葉を返す。

 やる気を見せていたニルも、ガルスも、ステラだって。当然クロードもそうなのだが、彼ら全員の意見は、「もう二度と行きたくない」で一致していた。あの黒い穴の近くには行きたくないのだと、皆がそう思っている。

 

「それでもやり切ったじゃないか。しかも、そんなに装備品を抱えているし。知ってるやつが見れば、軽い英雄だぞ?」

「その英雄は命知らずの馬鹿と紙一重だって、今だったら言えるわ」

 

 溜息を吐くようなニルの言葉に、商人は「間違いないな」と笑って答える。

 

「まあ、なんにしても戦利品をバルトランさんに見せてきな。報酬を乗せるつもりで馬車は空けとくから、急がなくていいがな」

「了解だ。帰りは頼む」

「今の予定なら、3日後にオルビアンに向けて出発の予定だ。まあ、ゆっくりしな」

 

 そうしてひらひらと手を振る商人と別れ、ニルたちは改めて鉄嶺の町へと戻って来た。

 石畳の上を、民家の間の通路を、人が動いている。

 目に見える活気は少ないのかもしれないが、そこには命の息遣いがある。風が吹けば音がして、同時に食べ物の匂いだって漂ってきている。

 

 —―寂れてはいるが、確かにこの町は生きている。

 

 初めて見た時とは少しだけ印象の変わった町に足を踏み入れて、ニルたちはようやく一息を吐くのだった。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 再びバルトランと顔を合わせた四人は、探索の流れをバルトランに説明した。

 

 騎士団の武器庫以外には何もなかったこと。

 騎士団の武器庫から、熔鉄製の鎧を持ち帰ったこと。

 

 そして――大鐘楼が闇に覆われていたが、日の盃を持ち帰ったこと。

 

 話をしながらニルとガルスは、ずっしりと重たい熔鉄製の装備品を並べ、最後にガルスが机の上に日の盃をコトリと置いた。

 

「――まあそんな感じで、これが日の盃だと思う。よく分からんけど、魔力をため込んで周りを暗くする? みたいな性質があるみたいだった」

「そのような効果があったとは……君たちにはすまないことをした」

 

 バルトランはガルスが机の上に置いた日の盃を眺めた後、綺麗な角度で頭を下げた。

 

「私の知っている話では、この盃は『月夜』を再現するのだ、という噂があったのだ。もっと詳しく話をするべきだった」

「謝られるような話じゃないから、頭を上げてくれ」

「そうだよ、終わった話だし。それよりもバルトランさん。月夜を再現するってのは、どういうことなんだ?」

 

 バルトランの謝罪を受け入れたニルとガルスは、バルトランの言葉に疑問を投げた。その言葉を聞き、バルトランは「謝罪を受けてくれたこと、感謝する」と言って頭を上げて口を開く。

 

「月の台地の民は、友好の証として『彼らの月夜を送った』と聞いた事がある。おそらくだがこの盃は、魔力を消費して『夜空』を再現する魔道具(アーティファクト)だったのだろう」

『ですが、あの場に術者は居ませんでした。それでも起動し続けていたのは何故でしょうか?』

 

 バルトランの説明を聞いたクロードが疑問を返すと、彼は「推測になってしまうが」と前置きを入れてクロードの質問に答える。

 

「暴竜の魔力で暴走したのだと思う。奴ほどの力があれば、漏れ出た魔力だけでアーティファクトが起動したと考えても納得はできる」

「……まあ、確かにそれはありそうだな」

 

 本来は、このように夜を作り続ける機能ではなかったのだろう。

 しかし暴竜のあの黄金の瞳を見てしまったニルたちは、バルトランの推測を否定しきれなかった。何があっても不思議ではないのだと、あの圧倒的な存在感を持つ瞳にはそれを信じさせるだけの圧があった。

 

「しかし、まさか本当に『夜』を作り続けていたとはな。友好の証であった日の盃が夜を作ってしまうとは…… 因果なものだ」

「バルトランさん……」

 

 日の盃を見るバルトランの表情は、複雑だった。

 本当に持ち帰ってくれたことに驚きと感動が浮かんでいるようでもあり。同時にもう戻らないものを懐かしむ様な、年相応の老人に見える静かさのようなものも浮かんでいる。その様子に、ステラもどう声をかけて良いのか分からなかった。

 

「君たちから暴竜の話を聞いた時、私が感じたのは『君たちが生きていてよかった』だった。君たちが腕の良い冒険者だと感じながら…… 私は暴竜を倒せるかどうかでは無く、暴竜から逃げられたことの方に安堵してしまった」

「それは……仕方ないんじゃないのか?」

 

 独白のようなバルトランの告白に、ニルはそう声をかけることしかできなかった。バルトランも「そうだ、仕方のないことだとも」と、ニルの言葉を寂しそうに認める。そして溜息を吐くように、認めたくないことを認める様な口調で言葉を続ける。

 

「だが私たちは、鉄の国の奪還を目標にしている。それなのに、感じた事は君たちと同じだ。……きっと心のどこかで、諦めてしまっているのだろうな。もうあの場所は、私たちの手には戻らないのだと」

「でも、無くなってなかったものもある。違うか?」

 

 独白のようなバルトランの言葉が終わるのを待ってから、ガルスはコツン、と日の盃を指で弾いた。

 

「暴竜に襲われて、途切れてたと思っていた縁が残ってた。あんなになった鉄の国の中に閉じ込められてた夜が、ようやく明けたんだ。湿っぽい話は無しにしようぜ、バルトランさん」

 

 ガルスの言葉に、バルトランは「ふっ」と笑った。

 まるで曇っていた空に少しの光が戻ったように。

 

「君の言う通りだ。すまない、湿っぽくなってしまったな」

「いいってことよ!」

「ですね! 喜んでもらえたなら、頑張った価値はありました!」

「頑張ったというか、命懸けた訳なんだけどな」

『ニル。命を懸けるぐらい頑張った、でも意味は通じます』

 

 ガルスとステラが笑い、クロードはニルの言葉にツッコミを入れた。

 戻って来た明るい空気にバルトランは笑みを深めると「では、報酬の話に移ろう」と姿勢を正した。

 

「まず、装備品は同じ重さの金と交換だ。ここは問題ないかな?」

「勿論だ。かなりの重さを持って帰れたと思うぜ」

 

 ニルが得意げにそう言うと、バルトランも頷いている。

 

「そこは、正直に言えば私も驚いたよ。二人掛かりとは言え、胴や手足などの重要な部分を持って帰ってくれていたからな。しかも、あまり回収の進んでいない斧槍の刃までだ。素晴らしい仕事だよ」

「ゴールの装備と同じ重さだって聞いて、丈夫な袋と皮帯を準備してたからな。ちょっと張り込んだけど、無駄にならなくて良かったよ」

 

 得意げなニルと違い、ガルスは苦笑している。

 口では軽いと言っているが、実際のところニルは無理をしているのは明らかだった。鉄の国を脱出する際、ニルは全力で走っているように見えたのにステラと同じ速度だった。そして、それはガルスも同じくで。

 

 要するに、前回ゴールの物を運んだ際よりも運びやすくなるよう準備をしていたし、かれの物よりも軽かったとはいえ……この装備品、重い物は重かったのだ。

 

「なるほど、経験が生きたと言うことか。こちらはすぐに部下に見分させよう。重さの確認に立ち会うかね?」

「いや、バルトランさんなら嘘はつかないだろ。重さの確認をしたら、3日後ぐらいを目安に準備して欲しい。町に来てる行商人のところに積み込みたいからさ」

「なるほど、この話が終わったらすぐに準備させよう」

 

 こちらは、ある意味決まっていた話だ。

 ほぼ確認のようだったので、交渉らしい交渉はなく、話は終わる。

 しかしバルトランが追加した「日の盃の回収」の報酬はまだ決まっていない。ニルたちにとって——少なくともバルトランにとっては、こちらが本番であった。

 

「それでは、日の盃の報酬だが……何が良い?」

「いや、装備品の報酬だけで十分だよ。日の盃は追加依頼みたいなもんだし」

「そうはいかない」

 

 バルトランは、きっぱりとニルの言葉を否定した。

 

「君たちは、私たちが諦めかけていたものを取り戻してくれた。それも、暴竜の瞳を見てなお、だ。これは金で返せる恩ではない」

 

 その言葉に、ニルたちは顔を見合わせる。

 ニルたち——というか、ガルスとステラからすればだが。これは、純粋に『やってあげたかったからやった』依頼なのだ。お金を払うと言われても、何となく違うように感じてします。

 しかしバルトランの真剣な表情を見れば、これは譲らないのだろうというのも分かる。

 

「だから……もし何もいらないというのなら、せめて約束をさせてくれないか。もし君たちが困ったことがあれば、いつでもこの町を頼ってくれ。私と鉄嶺の町の者たちは、君たちを歓迎する」

 

 さて困った、と。

 四人がそんな雰囲気になりかけた時に、バルトランからそんな提案が出る。ニルたちはお互いに頷き合って、笑って了承の返事をする。

 

「それは……俺たちの方こそ、ありがたい話だな」

「だな。そう言ってくれる方が、俺は嬉しい」

「私もですよ!」

『その言葉、ありがたく受け取らせてください。バルトラン』

「感謝する」

 

 バルトランは静かに頷いた。

 そうして報酬の話が終わり、四人は立ち上がる。

 

「では、3日後に」

「ああ。馬車が出るまでに、金を積み込ませてもらうよ」

 

 握手を交わし、ニルたちは部屋を出ようとした。

 

「——ニル。そしてガルス。ステラ、クロードも」

 

 四人の背中に、バルトランの穏やかな声がかかる。

 

「本当に、ありがとう。君たちのおかげで、私たちは少しだけ前を向けそうだ」

「……どういたしまして、だな」

 

 ニルは振り返って笑った。

 

「また困ったことがあったら、声をかけてくれよ」

「ああ、そうさせてもらう。……君たちもな」

 

 バルトランに似合わない軽口に、ニルたちは柔らかく笑うのだった。

 

 

 

  ◇

 

 

 

 —―そして、3日後。商人の荷馬車の前にて。

 

 金の詰まった袋が、ずっしりと馬車に積み込まれている。

 その重さに、四人は改めて今回の冒険の成功を実感する。即物的な話が全てではないのだが——やはり、報酬が目に見えるというのは、冒険者をやっていて喜びを実感する一つの目安ではあった。

 

「さて、そんじゃ出発するか」

 

 商人が手綱を取り、馬車がゆっくりと動き出す。

 

「……ニルさん、ガルスさん」

 

 皆で馬車に並んでニルたちも町を出ようとした時、ステラが静かに口を開いた。

 

「私、最初は反対してましたけど……行って良かったです」

「そうか?」

「はい。怖かったし、危なかったですけど……でも、バルトランさんの顔を見たら、やっぱり良かったなって」

 

 ステラの言葉に、ニルとガルスは顔を見合わせて笑った。

 

「まあ、お前もちょっとは冒険者らしくなったってことだな」

「そうだな。次はもうちょっと楽な依頼にしようぜ」

「賛成です!」

 

 笑い声を乗せて、馬車はガラガラと音を立てながらオルビアンへと向かう。

 

 ――鉄嶺の町が、遠ざかっていく。

 

 黒い穴が浮かぶあの空も、もう見えない。

 彼らの目の前には、青い空が、どこまでも広がっていた。

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