伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第44話 採取が終わり

 

 砂嵐を抜けた魔導船は、静かに砂漠を走っていた。

 

 第二駆動の甲高い音は、再びゴウン、ゴウンという低い音に戻っている。

 第二駆動のままではあるが速度はかなり落ちており、先ほどまでの激しい疾走が嘘のように穏やかだ。

 

「はぁ……終わったのか」

「短かったけど、これは疲れるわ」

 

 時間にしてみると、ほんの少しの出来事であった。

 しかし、精神的な疲労は凄まじい。

 ニルはようやくと言った感じの表情で手すりから手を離し、ガルスもようやくまともな呼吸ができるとばかりに息を吐く。ステラは手すりに体重を預けるように、背中を押しあてていた。

 

「お疲れ様です、皆さん」

『ステラは大丈夫ですか?』

「確かに疲れたんですけど…… どっちかというと、驚き疲れました」

 

 ステラがそう言って笑うと、周りの冒険者たちからも「違いない」と笑い声が漏れた。皆、同じように疲れた顔をしている。

 純粋に疲労した者。驚いて手が止まっていた者。振り落とされそうになって冷や汗を流した者。色々と思うところはあったのだが、しかし今回の出来事を一言に纏めると、「凄かった」が適切だろう。

 

「お前ら、よくやってくれたな! 今日の収穫は大成功だ! さあ、戻るぞ!」

 

 ダリオの大声に、甲板の上から歓声が上がる。

 やり切ったと脱力している者もいるし、一息つかせてくれと水を飲む者もいる。そしてダリオが豪快に笑いながら、甲板に転がされた大量の鉱石を上機嫌に指差し何かを言おうとした。

 

 その瞬間、であった。

 

 —―ずざぁぁっ、と。

 

 鉄錆の砂漠の中から、小さな砂嵐がこちらに向かって動き始めていた。

 

「……いかん、うまく行き過ぎたか!」

「うまく行き過ぎたってなんだよ!?」

『もしや、皆が言っていたやりすぎの状態ですか?』

「それだ! これはあいつらの餌でもある! 根こそぎ取ったら、当然だが狙いはこっちになるんだ!」

 

 焦ったようなダリオに、ニルが声をかける。

 そんなニルとは対照的に、クロードは思い当たることがあったらしく、幾らか冷静に状況を分析していた。

 

「適当な量を捨てていけ! ただし、捨てすぎるなよ!」

「どれぐらいだよ!?」

「1/3は捨てとけ! あとは様子見て追加だ!」

 

 ニルの言葉にダリオが答え、緩やかに進んでいた魔導船たちが、再び青白い光を上げて移動を始めた。

 向かう先は、鉄錆の砂漠の外の荒野。鉱石鯨を追いかけた時は反対に、ダリオ達は小さな砂嵐から逃げるように砂漠の外縁に向かって疾走を開始する。

 

「この第二駆動で逃げ切れないのか!?」

「無理だ! 鉄錆の砂漠の外に出たら、普通の移動速度に戻ってすぐに追いつかれる! 追いつかれてからじゃ遅い、さっさと捨てろ!」

 

 マグナスの言葉に、ニルたちは慌てて甲板の上に転がる採取物を放り投げた。

 ガラガラ、ゴロゴロ、と。

 

 そうすると小さな砂嵐は採取物に群がる様に動きを止める。幾つかの筋がニルたちを追いかけて砂漠を走っていたが、暫く追いかけると距離が詰まらないことを悟ったのか、弧を描くような動きで進行方向を反転する。

 

「大成功が成功ぐらいになったな!」

「これで成功なのか……」

「誰も死んでないし、採取物は持ち帰った。これが成功じゃなくて何が成功になるんだ?」

 

 ダリオにそう言われ、ニルは言葉に詰まる。逆にステラは、はっと気づかされたようにに「……言われてみれば、確かにそうですね」と、納得しながら頷いている。

 

「欲をかき過ぎるなよ、若いの! 長生きの秘訣だぜ!」

「了解だよ、キャプテン」

「おうよ。死ぬまでは覚えときな!」

 

 今度こそ遠ざかっていく砂嵐に胸をなでおろすニルたちに、ダリオは成果物が減ったことなど全く気にしていないように豪快に笑う。

 いや、事実として彼らは全く気になっていないのだろう。砂漠を抜けて荒野へと侵入した砂漠渡りの船団からは、歓喜を叫ぶ絶叫だけ聞こえている。響き渡るその声には、残念だったなんて気持ちはこれっぽっちも混じっていない。

 

「さあ、今度こそ帰還だ! お前ら、今回も感謝するぞ!」

 

 歓喜の声にこたえるように、ダリオの言葉が響く。

 同時に鉄錆の砂漠を駆け抜けていた音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 甲板に吹き付けていた風も、先ほどほど鋭くはない。

 ダリオの大声が響いたわけではないが、魔導船の上に張り詰めていた空気は、少しずつ緩んでいった。

 

「……とりあえず、甲板の掃除だな」

 

 ガルスがそう言って、足元に溜まった砂を軽く蹴る。

 乾いた音と一緒に、赤錆色の砂が船の上から流れ落ちた。

 

「凄いですよね、これ」

 

 ステラは苦笑しながら、手すりに積もった砂を払う。

 払った先からは、また細かな粒が落ちてくる。

 

「あの砂漠を走ったら、こうもなるだろ」

 

 ニルはそう言いながら、甲板を見回した。

 鉱石の積み方が少し崩れているのが目に入る。

 

『あちらは積み直すのでしょうか?』

「やらなくて良いんじゃないか? どうせ下ろすだけだし」

「寝る場所は確保しとかないとだろ」

「そうですよ! 場所取りしておきましょう、場所取り!」

「後は港まで戻るだけじゃね?」

「なら休憩場所でもいいって」

 

 誰かが豪快に笑うでもなく、何かに深刻になるわけでもない。

 ただ、それぞれが自分の立ち位置に戻り、手近な場所を整え始めていた。

 賑やかな朝の時間を通り過ぎた魔導船は、穏やかな速度で荒野を進むのだった。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 日が傾き終わってしまう前に、魔導船は昨日の同じ時間にたどり着いた港町にたどり着いていた。

 違うのは、海路で足を踏み入れたか、陸路で足を踏み入れたかぐらいの違いである。昨日と変わらぬ様子で店の前に置かれた「砂漠渡り歓迎」の文字が、今では何とも心地良い。

 

「昨日は飯が食いたかったが、今は風呂に入りたいわ」

「私もです」

「贅沢すぎだろ、お前ら」

 

 ニルの言葉にステラが同意し、ガルスは呆れるようにそう言った。

 

『私は刀身と持ち手の洗浄を要求します』

「クロードのは贅沢じゃないな、部屋に帰ったらやるよ」

 

 冗談なのか本気なのか。

 クロードがそんな事を言って、ニルは笑ってそう答える。

 

「おいお前ら、報酬の話だから最後に聞いてけ!」

 

 解散しようとする冒険者たち——ニルたちを含む——に待ったをかけるように、ダリオの声が響いた。

 

「改めてになるが、鉱石鯨の採取物ってのは『精錬するまで組成が分からん』 だから依頼書の通りだ。お前らは、持ってきた屑鉄の重さだけ、好きに持っていけ」

「ざっくりだなぁ。細かいのは良いのかよ?」

「どう見ても取り分が多かったら分かるんだから、これで良いだろ。だから、まだ解散するなよ?」

「……なるほど。まあ、確かにそうか」

 

 冒険者から疑問の声が上がるが、ダリオの言い分に納得したらしくすぐさま疑問をひっこめる。

 

「精錬前の鉱石なんか貰っても使い道に困る、てやつはうちが買い取っても良い。護衛を含めて7日分の行商依頼に、少し色を付けたぐらいの額だ。細かい交渉は、こいつらとやってくれ」

 

 ダリオが指差した方に、『砂漠渡りの船団』のグループが手を上げている。

 

「どう交渉しても構わないが、こいつらが『キャプテンが決めてる』って言ったら、細かい話はそこまでって意味だ。やり方を間違えるなよ」

「冒険者の間で交換しても良いんだよな?」

「当たり前だ。お前らの取り分は、お前らもんだ。好きにしろ」

 

 冒険者の言葉に答えたダリオは、言うべきことは離し終えた、とばかりに笑みを深めた。

 

「それじゃあ、あとは倉庫から運び出して山分けだ」

 

 しかしそんなダリオに待ったをかける冒険者もいる。

 

「ダリオさん、そっちよりどっかに風呂ないのかよ」

「そうだぜ。服も体も酷いことになってるんだが」

「鉄錆を落とす薬湯ならあるぞ。最後に底さらいして、綺麗に使うならタダにしてくれるところもある」

「おお、まじか! ありがたい!」

「教えてくれよ!」

「ならワシについて来い。うちの団のやつなら良い場所を知ってるから、誰にでも良いから聞け」

 

 いい加減に面倒くさくなってきたのか、ダリオは笑いながら声を張り上げた。

 

「聞きたいことはうちの団のやつに適当に聞け! 分からなかったら明日の朝にでも聞く! さっさと解散したいんだよ、ワシは!」

「キャプテン、俺たちも解散したいんだが」

「だがキャプテンはワシだ。面倒はお前らに頼む」

「横暴だぜ~」

「文句は明日聞く。覚えていたらな!」

「それで聞いてくれたことないだろ。いつものやつじゃん」

 

 砂漠渡りの船団の面々は、がやがやと笑いながらそんなことを言っている。

 しかしその間にも、船の倉庫から採取物を下ろして港の一区画に並べていた。彼らの動きに気付いた冒険者たちも、じわじわとそちらの手伝いを始めていた。

 

「私たちも手伝って早く終わらせましょう!」

「だな! さっさと風呂行こうぜ、風呂!」

「現金だな、お前ら」

『ニルは行かなくても良いのですか?』

「行きたいに決まってるだろ。さっさとやるって」

 

 ニルたちも、冒険者の流れに加わる。

 

「おい、ニル」

「うん?」

 

 そして人の波に合流しようとしたニルたちの背中に、ダリオが声をかけた。振り返ったそこには、快活な笑みを浮かべるダリオが立っている。

 

「冒険者やってりゃ、ユグドラ材の名前を聞く事もあるだろ。欲しくなったら声をかけな。融通してやってもいいからよ」

「ありがたいけど、なんでまた?」

「ステラが居るからじゃね?」

「え、私ですか!?」

 

 ニルの疑問にダリオの代わりにガルスが答え、ダリオは面白そうに笑いを上げる。

 

「そういうことでも構わん。まあ第三駆動って技術も開発されているらしいし、来るなら早めに来た方が良いかもな。お前らじゃ会えない場所にいるかもしれんし」

「……要するにまた来いってことか?」

「ニル。お前さん、ワシより先に言うなよ」

「話が長いのが悪い」

 

 ニルはからからと笑いながら、ダリオに手を差し出した。

 ダリオは笑みを深め、ニルの手を取り力を籠める。

 

「まあ、またこい。死んでなかったらな」

「お互いにな。無茶すんなよ、おっさん」

「キャプテンと呼びな。という訳で、キャプテン命令だ。さっさと荷下ろしを手伝ってこい」

「呼び止めたのはあんただろ」

「つまり、お前はキャプテンの言うことを聞いたってことだろ?」

『やられましたね、ニル』

 

 豪快に笑うダリオに、ニルはやられたと呆れたような表情を浮かべる。

 ガルスとステラは笑っていた。

 

 港に、潮の香りが混じった風が吹く。

 

 そうしてニル以外の四人の笑い声が、日が傾いた港の雑踏に溶けるように消えるのだった。

 

 

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