伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第48話 試作行程:2回目

 

 翌日、ニルたちは再びマグナスの工房を訪れた。

 今日も裏口から入ると、マグナスとステラが既に作業を始めていた。

 

「おはよう、マグナスさん。それとステラも」

「おう、来たか」

「おはようございます、ニルさん」

 

 今度はステラにも早めに挨拶して、ニルはマグナスの座っている作業台に近づいた。

 マグナスは作業台の前に立ち、腕を組んで難しそうな顔をしている。

 その視線は真剣で、コールを見つめながら頭の中で何かを設計してはバラす、を繰り返しているかのようであった。

 

 ニルもコールを眺めると、その姿が少し変わっていた。

 どうやらマグナスは、昨日の夜のうちに手ヒレを完成させてくれたらしい。

 昨日の夜までは紙で象られてるだけだった手ヒレはキチンとした金属に変わっており、胴体から伸びるオリハルコン性の回路も繋がっている。

 

「おお……またちょっと進んでるな。今日は何をしたらいいんだ?」

「お前さんは、まずはこれだ」

 

 そうしてマグナスに渡されたのは、昨日板金を――【登竜門】と呼んでいた、金属の鱗を組み合わせた構造を追加された、ゴールの手甲であった。

 

「魔力を込めて、持ってみろ。軽くなってれば成功だ」

「……おお? 確かに軽くなってる」

 

 ニルはマグナスに言われるままに、ゴールの腕鎧を魔力を込めて持ち上げた。

 すると、確かに重さを感じない。

 

「これ凄いな。防具に組み込めば売れるんじゃないか?」

「軽くするのに魔力を食うし、魔力が切れたら構造自体がデッドウエイトになる。壊されて機能を失っても致命傷だし、これを商品というのはワシの矜持が許さんわ」

 

 感動しているニルに、マグナスは笑ってそう答えた。

 

『ですが…… これは、非常に凄い技術です』

「勿論だ。実用化できていないだけで、十分に凄い技術である自負はある」

 

 驚いているクロードに得意げに答え、マグナスはニルに向き直る。

 

「とりあえずニルは、疲れるまで魔力を注いでくれ。それで効率をザックリ図る」

「了解。持っとけばいいんだな」

「で、ガルスなのだが……まずは、ワシの仮定を聞いてみてくれんか?」

 

 ニルにそう指示を出しながら、マグナスは腕組みを解きながらガルスを見た。

 その後ろではニルが「確かにこれ、ちょっとしんどいかも……」とぼやいて、クロードに『大丈夫なのでしょうか?』と心配されている。

 

「ガルス。お前さんに聞きたいことがある」

「俺にか?」

「ああ。お前さん、ゴールの短剣を持ってるだろう?」

「持ってるけど…… それが何だ?」

 

 ガルスは、少し身構えている。

 昨日マグナスが言っていた、「ゴールの鎧を叩く」のを本気でやらされるのか、と若干身構えているようだ。

 

「いや、構えんでも良い。色々考えてみたんだが…… ゴールの武器を使うのに必要な『火入れ』をワシなりに仮定してみた」

 

 ギシリ、と。

 床を軋ませながら、マグナスは椅子に座る。

 

「ゴールの最後は、ステラから改めて聞いた。その上でだが、おそらく……ゴールの武具を『魔法具』として使うには、『同質の炎』を継承させる必要があるのではないか、と思った」

「同質の炎? やっぱ叩くのか?」

「叩く事から離れろ。炎を継ぐイメージだ」

「ガルスさんって、たまに凄い雑ですよね」

 

 ガルスの質問に、マグナスとステラは呆れている。

 

「お前さん、ゴールの短剣を使って、ゴールの鎧を何回も攻撃したんだろ?」

「ああ、かなり本気で攻撃したな」

「火は灯ったか? 鎧でも、武器の方にでも良いが」

「ああー…… 確かに、何も変化してない」

 

 ガルスがそう言って、マグナスはそうだろう、と確信を得たように頷いた。

 

「やはりな。逆に、変化したのはいつだ?」

「ゴールの攻撃を受けた時?」

「そう、その筈だ。そして……もっと細かく言えば、炎を纏ったゴールの攻撃を受けた時、だったはずだ。どうだ?」

「……たしかに、その通りだ」

「そして、それ以降は炎は魔力を吸って炎を出す…… つまり、熔鉄本来の性質を取り戻している、と想像できる」

 

 マグナスは少しだけ頭を整理する様に、腕を組んだまま息を大きく吸い込んだ。

 そのまま大きなため息とともに空気を吐き出すと、改めてガルスに向かい合う。

 

「強力な魔法武器に、ある種のロックを掛けていることはある。そして大体、ロックの解除方法は持ち主の魔力だ。つまり『ゴールの魔力』――と同質の『ゴールの炎』とでも言うべきそれを継がせる必要がある……と、考えておる」

「なるほど。だから、ゴールの火をコールに継がせてやる必要がある、と」

「そういうことだ」

 

 ガルスの言葉に、マグナスは大きく頷いた。

 

「やってみる価値はあるだろう。どうだ、ガルス?」

「かなり消耗するんだが……これで失敗したら、また明日ってことで良いよな?」

「構わん。急いでいる訳ではないしな」

「そうだな。了解、やってみるよ」

 

 ガルスはそう言って、腰の短剣を抜いた。

 そのままコールの近くへと持っていく。

 

「俺もやらせろ、お前だけじゃキツいだろ。て訳で、マグナスさん。これ返すよ。まあまあしんどいって感じだった」

「5分ってとこか。まあ、そんなもんだな」

 

 マグナスは、そうしてニルから手甲を受け取る。

 

「私も手伝いますよ! 微力ですけど」

 

 ガルスが持ったゴールの短剣に、ニルとステラの手が添えられる。

 いつかのどこかで見た光景に、クロードの「思い出」が少しだけ疼いた。

 

『私も、重ねさせてください。今度も、一緒です』

「了解だ。四人でやろうぜ」

「ワシも混ぜろ。なんか寂しいだろ」

 

 そうして皆でゴールの武器に手を添えて、ゆっくりと魔力を流し込む。

 すさまじい勢いで魔力が吸われ、ゴールの短剣に火が灯った。

 刃に走った罅のようにも見える亀裂から、血のように真っ赤な炎が噴き出す。漏れ出す火花は脈打つように音もなくゆらりゆらりと動いている。

 神秘的な輝きがゴールの鎧に――いや。コールの命に火を分けるように、静かに揺れる。

 

「おお…… なんだか、不思議と落ち着きますね」

「そうだが…… これはきつくないか? 五人で分担してこれとか」

『この効率の悪さは、確かに使い手が少ないのも頷けます』

 

 ニルたちは、静かにその光景を見守った。

 短剣の刀身からは、静かに炎が立ち上っている。

 

「……ガルス、もういい。火が入った」

 

 時間にして、30秒も経っていないだろう。

 その短時間でかなり消耗したニルたちであったが、マグナスの一声で手を引っ込める。

 

 ゴールの短剣から立ち上っていた火に炙られた事で、コールの胴体にもその火は広がっていた。

 熔鉄という素材が持つ、罅のようにも見える特徴的な亀裂。その亀裂の内側から、かつてのゴールのように赤い炎が立ち上る。まるで枯れてしまった血管に、赤い()が通うように。

 

「これは……」

「すごい……」

 

 ニルとガルスが、惚けるようにその様子を眺める。

 心臓なきまま鼓動を刻むように、脈打つように炎の高さが上下する様子を。

 

 そして、今回はそれだけではない。

 鎧の表面を這っていたオリハルコンの金属線が、鎧の表面温度で溶けるように癒着していく。鈍い鉛色の罅割れた体に、黄金色の新しい血管が浮かび上がる。

 それはまるで、冷え切った鋼に熱い魂が宿っていくような変貌であった。

 

 ――赤い炎の血液と、黄金の輝きを湛えた美しい血管。

 

 二つの道が熱を魔力を複雑に運び、それが差となり一つの命が産声を上げる。

 

『これが、コール……』

「きれい……」

「成功だな。やはり理論は——」

 

 ——しかし、マグナスの言葉は途中で止まった。

 コールの鎧から立ち上る炎が、急激に激しくなったのだ。

 

 それはまるで、呼吸が暴走したかのように。

 苦しんでいるように、熱を逃がそうとするようにヒレを動かす。

 

「……マグナスさん。なんか、やばくないか?」

「回収と放出が不均衝なんだ」

「それってまずいんじゃないのか?!」

「まずいと言えばまずいんだが…… いや、まずいと言うよりあり得ない」

 

 焦るニルたちに、しかしマグナスは冷静――いや、冷徹に踏み込んで様子を観察している。

 コールは苦しむようにヒレを動かし続けており、鎧の亀裂から立ち上る炎の高さも低くなっていない。しかしマグナスは、コールの機能のみに目を向けていた。

 

「どう長く見積もっても、今回の稼働時間は10秒以下だ。既に20秒を越えてということは…… おそらく、回収が消費を上回っとる。これじゃ止まらん、いくらオリハルコンの回路でも焼き切れるぞ」

「コール、苦しそうだよ!」

「たしかにそうだな。とりあえず、一回稼働を止めて……」

 

 そこまで口にしたマグナスに向かって、いつかに見た『炎の鎖』がコールの体から飛び出していた。

 

「危ないっ!」

 

 突如発生した攻撃を、マグナスの前に飛び出したガルスが短剣で受ける。

 ゴールが振るっていた時のような破壊力は、たしかにない。しかし力自慢のガルスと引き合いができるその力は、十分に「戦闘用」と言える出力を備えている。

 

「重てぇ……っ ゴールの鎧を使ってるだけはあるな、こりゃっ」

「コール、落ち着いて!」

 

 ステラがコールに手を伸ばそうとするが、炎の熱で近づけない。

 ごうっ、と近づく者を拒絶するような熱風が、コールの体から吐き出される。

 

「クロード、回路はどうなっとる!?」

 

 マグナスの問いに、クロードは慌てた様子で答えた。

 

『正常に動いています! ですが、排熱量が想定を超えています! このままでは、暴走の危険も——』

「これで暴走じゃないのかよ!?」

 

 ステラを庇いながら焦るニルの言葉に、ガルスに庇われたマグナスは「バッテリーを外せ!」と叫んだ。

 

「外し方とかあるのか!?」

「掴んで引っこ抜くだけだ!」

 

 マグナスの言葉に、ガルスは「マジかよ……」と呟いた。

 ニルと顔を見合わせるも、他に方法も思いつかない。

 

「仕方ない、やるぞ。ガルス、二人を頼むぞ」

「こっちは任せとけ」

 

 そしてニルは、熱風を掻き分けるように、素早くコールに近づいた。

 鎧のように分厚くなろうとする炎に手を突っ込み、バッテリーを掴むと……そのまま、力任せに引っこ抜いた。

 

 ——瞬間、心臓部を失ったコールの炎が弱まった。

 

 ガルスと力比べをしていた炎の鎖が輪郭を失い、ただの炎になって、音もなく空に溶ける。

 やがてコールは力を失い、動きを止めた。

 立ち上っていた炎もゆっくりと消えはじめており、吐き出していた熱風も無くなっている。

 

「止まった、か」

「すまんな、お前ら。助かった」

 

 大きく息を吐いたマグナスが、静かに謝る。

 

「いや、マグナスさんのせいじゃないだろ」

「ゴールの鎧を甘く見ておった。これはワシの設計と手順のミスだ」

 

 マグナスはコールに近づき、手を置いた。

 まだ熱を帯びているが、触れないほどではない。

 

「動きはした。だが、出力が想定以上だった。こんなことなら、最初から登竜門を付けておくべきだったか。それだけで、暴走が起こらなかったかもしれん」

『ゴールの鎧からの熱量が大きすぎたのは間違いありません。回収の方が大きくなるとは思いませんでした』

 

 反省する様に頭を抱えるマグナスに、クロードの推測が入る。

 その言葉に、マグナスはその通りだな、と難しそうな顔で頷いた。

 

「だな。まさか、ここまでとは。甘く見ておった」

『ですが、それは……出力に遊びがある、ということではないでしょうか?』

 

 悔しそうに呟くマグナスの背中に、クロードがそんな言葉をかけた。

 

「遊び……余裕か。確かに、そうなのかもしれん」

 

 コールから手を放し、マグナスは振り返った。

 その表情には真剣さとやる気が宿っている。

 

「片づけたら、再設計しよう。クロードの言う通りだ。おそらく、効率だけではうまくいかん」

 

 マグナスの言葉に、ニルたちは頷いた。

 そうしてニルたちは工房を片付け始め、改めて机を囲むことになるのだった。

 

 

 

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