伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第5話 合流

 

 クロードが提示した北の通路は、彼が考えていた以上に崩れていた。

 

 管理中枢を言われるとおりに出た先で待ち受けていたのは、大きく崩れている通路であった。床は底が抜けた様に陥没しており、壁もへしゃげて圧し潰れていたりと酷い有様だ。

 しかし確かに奥に向かって伸びている暗闇は、確かにその先に道が続いていることを感じさせた。

 

『これは…… すみません、ニル。想定していた以上に、崩壊が激しいようです』

「そうか? 俺は思ったより崩れてないと思ったぞ」

 

 少し申し訳なさそうに、クロードが言う。

 ニルはそんなクロードの柄を軽く叩くと、崩落している箇所を素早い動きで飛び越えていた。床に広がる砂の所為で何時もより少しだけ長く地面を滑るが、それで転ぶなんてへまは犯さない。

 

「シャフトをどうやって下りたか言ってなかったよな? こうやって降りて来たんだ」

『なるほど…… 行動可能範囲の大幅な修正を行うことにします』

「使えそうな部分だけ言ってくれるのでも良いぞ?」

『では…… 右の壁に沿って3メートル先――そこに足場があります』

「了解、それぐらいなら問題ない」

 

 クロードに指示された場所を見たニルは、軽くひざを曲げて身構えた。

 そして迷うことなく宙を飛び、危なげないまま着地する。

 勢いのままに撒き上がった薄い粉塵と、仲間を探す様な切れかけの蛍光灯の明かりが流れる速度だけが、彼が飛んだ勢いを静かに物語っている。

 

『素晴らしい動きです、ニル』

「ありがとよ。まあ褒められすぎて失敗するのもあれだから、気にしなくていいぜ。次はどこに行けばいい?」

『では…… 次は、次は左の壁です。2メートル先の梁が安定しているようです』

「おう、了解っと」

 

 そうして、二人は崩れた通路を抜けていく。

 クロードの的確な指示と、魔力で強化されたニルの肉体。

 彼らの連携は、まるで以前から組んでいたようにスムーズさで、闇の中を凄まじい速度で駆け抜けていく。

 

『ニル、あなたは本当に身軽ですね。旧文明の人類では、この移動は不可能でした』

「そう言えば聞いた事があるな。昔の人間って魔力が使えなかったんだろ? 不便だったんだろうな」

 

 感心するような、驚くような。

 そんな風なクロードの言葉に軽く笑いを返しながら、ニルは崩れた通路を軽快に飛び続ける。クロードから零れる薄青い燐光が、薄暗い通路に美しい線を引く。

 ぎしぃ、と金属が勢いよく軋んだような音が聞こえたと思うと、その後すぐに砂が滑る様な音が続く。

 

 そしてニルはぱんぱんと埃を払うように服を叩いて、背負ったクロードの固定が緩んでいないかを確認する。

 

『――もしかすると、使えなくて良かったのかもしれません。この回答は“クロード”としての判断ですが』

「そうなのか?」

『ええ。推定です』

「推定ね。まあ、そんなもんなのかね」

 

 言葉少なく推定の否定を行うクロードに、ニルは何となく彼が言って旧文明の記録――異なるものへの脅威や、理解されないものへの排除が関係しているのだろうとは、何となく察した。

 

「まあとりあえず、クロードのスキャンが完璧ってのはありがたいな。こんなにスムーズに動けるとは思わなかったし」

『――そうですね。スキャン範囲も出力も安定しています』

 

 ニルは少し強引に話を変える。

 答えるクロードも乗ってくれた。

 事実、脱出劇は順調だった。

 

「出来る事が増えそうで、正直テンション上がってるよ」

『それは良かった――ああ、次は正面右上に見えている鉄骨です。あそこを掴んで、瓦礫を回避するように右の壁に向かって飛べば、マップの部分損失が発生している崩落個所を抜けられるはずです』

「了解、と」

 

 最初に比べると、クロードの指示は遠慮がないものになっていた。

 そしてそれが、ニルは頼もしく感じられる。

 

 ニルはクロードの指示に従うように、見えている鉄骨に向かって飛んだ。へしゃげているがニルが捕まってもびくともしない太い鉄骨に捕まって、ぶらんぶらんと振り子のように揺れる体の向きを変える。

 

 そうしてぶつかれば、きっと嬉しくない花が咲く。

 そんな形をした瓦礫を少し大きく迂回するように壁に向かって飛び込んで、空中で姿勢を整えた。

 

 少し弱い勢いだったが、しかしニルにはそれで十分だったらしい。

 まるで壁に張り付くように、二本の足と一本の腕で器用に壁の僅かな凹凸を掴んだ。そのまま足がバネになっているのか、とばかりの勢いで、瓦礫の背後にある崩落して上るための階段が無くなっている暗闇の出口に向かって飛び込んだ。

 

 そうして暗闇に光の線を走らせるように通路の空間を目一杯に使ってそこを抜けると、着地の衝撃を殺して立ち上がる。

 

『第四層へ到達しました』

「思ってたよりはかかったな。で、次はどっちだ?」

『私は、抜けられたことを驚いています。旧運搬路までは、30メートル直進です』

「OK、ボス」

 

 もう誰も居なくなった管理中枢への道を振り返る事はなかった。

 ただなんでもないような軽口と共に、ニルとクロードは崩落した暗い通路を駆け抜けただけだった。

 

 そして駆け抜けるように砂を踏みしめた足音だけが、冷たい静寂が支配する廃墟に響く。

 

『――到着しました。ここが運搬路の入り口です。扉の横にある端末に私をかざしてください。生体反応の位置情報を更新します』

 

 クロードに言われるままに、背中の剣を引き抜きかざす。

 以前とは違い出力が安定しているからか、スキャンは一瞬で終わった。

 

「どうだった?」

『反応Cは移動を続けていたようですが、旧運搬路から通じる扉からは離れていません。移動距離は約150メートルです。反応Cよりもニルの移動速度はかなり早く、これならば1分以内の合流が可能と考えられます』

「そうか! いやぁ、良かったよ」

 

 壊れた扉を潜ったニルの目の前には、巨大なトンネルが口を開けるように続いている。

 薄暗い通路を、ニルは先を急ぐように足を動かす。

 

『この先を進めばメインホールです。曲がる場所の指示はこちらで行いますので、そのまま右手側方向に向かって直進してください』

「道案内は頼んだぞ」

『急いでください。ニルの移動速度が想定よりも早かったので、位置情報の更新を行う事は出来ました。しかし、管理機能の電源は失われています。情報の更新が可能なのは、これで最後です』

「明かりはついてるように見えるが?」

『非常用電源はまだ稼働していますが、それだけです』

「なるほどね」

 

 クロードとの会話を続けながら、ニルは駆け足で旧運搬路を進む。

 運搬路というぐらいだからか、少し油っぽい匂いのする暗闇を息を切らせないまま早足で駆け抜けていたニルは、今のうちに情報を整理しながらクロードに話題を振った。

 

「そういや、反応AとB、それからDはどう動いてた?」

『反応AとBは合流し、同じ場所で動きを止めています』

「てことは、そっちはストーンベアで確定って事で良さそうだな」

 

 クロードの言葉を聞いて、ニルは己の中の情報を更新する。

 不確定要素が潰されていく。

 

『反応Dですが、施設の中の徘徊を続けているようです。ですが移動速度が遅くなったようで、第三層からは移動していません。依然、接触の可能性はゼロのままです』

「道が分からないのか?」

『その可能性はあります――ああ、ニル。待ってください。右の扉です』

 

 反応Dについて考えを巡らせようとしたニルだったが、思考に被せられるようにクロードの指示が出た事で、考えを打ち切る。

 視線をやると、運搬路の右側に確かに大きそうな扉が見えている。

 

『その扉を越えた所に、反応Cを確認しています』

「扉を開ける方法は?」

『メイン電源が消失しているので、その扉を開ける方法はありません。扉の末端から横3メートルの位置にある、緊急用経路の扉を使いましょう。扉近くのパネルを3回連続で叩けば、機械式ロックが解除されます』

「了解だ」

 

 指示された大きな扉――の横にある、人一人が通れる程度の大きさの扉に近づいたニルは、クロードに言われた通りにパネルを3回連続で叩く。

 

 ――空圧が抜ける様な独特の音が運搬路に響く。

 

『ロックの解除に成功しました。スライドでの手動開閉が可能です』

 

 触った際に金属特有の冷たさを感じながら、少しばかりの重さを感じさせる扉を横に動かして、ニルは旧運搬路を抜ける。

 

 そして――扉を潜った薄暗い通路に、人影があった。

 

 警戒するように剣を構えた、見覚えのある大柄な影。

 剣を構えから感じるその威圧感に、どうやら時間の経過によって魔力酔いが完全に抜けたらしい事を瞬時に理解する。

 

「ニルか!?」

 

 ニルの姿を認めると、ガルスの表情は一変した。

 真剣な表情を張りつけていた彼は、驚きと安堵が入り混じったような顔で剣を下ろして警戒を解く。

 

「ガルス! 無事だったみたいだな!」

「おまっ! どう考えても、そりゃこっちのセリフだろ!」

 

 お互いの無事な姿を確かめるように、二人は強く抱き合った。ガルスの肩を叩く手にも、ニルの安堵が込められている。

 

『おめでとうございます、ニル』

 

 そんな二人にクロードの柔らかい声がかかり、その声の意味を知らないガルスだけが「うん?」と首を傾げながら、ニルから離れた。

 

「剣がしゃべった? 意思のある武器(インテリジェンス・ウェポン)? ニル、その剣って金が足りなくて魔法を入れられなかった、って言ってなかったか?」

 

 ガルスは、はてなと首を傾げながら空色の燐光を放つ剣を――クロードに視線を向ける。

 

『初めまして。私はこの施設の管理AI、CL-4UD3と言います――クロードと呼んでください』

 

 クロードの自己紹介に、ガルスは混乱と驚き、そして納得が入り混じったような表情を浮かべていた。そしてすぐに、姿勢を正す。人と向き合うように。

 

「お、おお――剣に宿ったAIってのは初めて見たから分からなかったよ。すまん。冒険者のガルスだ。愛称は無いから、そのままガルスって呼んでくれ」

『はい、よろしくお願いします』

「おう。よろしくな、クロード」

『――』

 

 自然な感じで振られる手には、歓迎しているという雰囲気があった。

 ガルスのその仕草に、クロードの言葉がしばし止まる。

 その沈黙の意味と重みを知っていて。そしてこれが、これからの「当たり前」だと言えるのも、この場ではニル唯一人であった。

 

「……なんだ。俺、まずい事言ったの?」

「いや。旧文明って挨拶の文化がなかったらしいから、多分驚いてるんだろ」

「え、マジかよ」

『――それはニルの冗談ですよ、ガルス。感動していたのは本当ですが』

 

 クロードは、若干不安そうなガルスを揶揄うニルの言葉に訂正を入れる。

 ニルが言っていた通りであった。

 そんな安堵を――そんな当たり前を、しっかりと大事に抱きしめながら。

 

「お前なぁ…… こんな時ぐらい真面目にしろよ。とりあえず、仲間が増えたって認識で良いよな?」

「そんな感じで頼む。とりあえず、話は移動しながらってことで良いか?」

「なんだよ、出口が分かるのか?」

「俺じゃなくてクロードがな」

 

 コツンとニルが剣の柄を叩くと、クロードは『お任せください』と言葉を返す。

 

『口頭でしか説明できませんが、脱出経路は幾つか指示できます』

「お、ならこれが使えるか?」

 

 クロードの言葉に、ガルスが地図を広げる。

 

「この近くにでかい広場があった」

『おそらくメインホールです。そこを抜ければ脱出できます』

 

 ガルスの説明にクロードが自然な感じで補足を加えと、彼は「多分それだ」と頷く。

 

「メインホールまでは、あとはこの通路を抜ければ着く。外へ脱出できるなら、さっさと移動しちまおう」

『外、ですか』

 

 クロードの声がわずかに弾み、それにニルが言葉を続ける。

 

「そうだな。とりあえずメインホールまで行こう。クロード、お前が見たがってた太陽も、そこでなら――」

『――いえ』

 

 ニルの言葉を、クロードが遮る。

 

『太陽は、最後で構いません。まずは、施設から無事に脱出することを優先しましょう』

「そうか? まあ、お前がそう言うなら」

 

 ニルは少し意外そうにしながらも、クロードの言葉を受け入れた。

 よく分かっていないらしいガルスは空気を読んでいるのか、何も言わない。言葉にしにくい変な沈黙が薄暗い通路に落ちるが、それは次の言葉ですぐに霧散した。

 

『――皆で一緒に見たいのです。ニルも、ガルスも』

「なるほど、そりゃ良い考えだな」

 

 ガルスが笑って答える。

 なるほど、どうやらニルは随分と「良い人」と出会ったようだ、と。そんな風に笑いながら。

 

「じゃあ、さっさと脱出しようぜ。外で思いっきり太陽を見よう」

『はい。楽しみにしています』

 

 三人は、メインホールへと向かって歩き出した。

 

 

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