伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第53話 最終調整

 

「さて。それじゃあ、最終調整に入るか」

 

 マグナスの言葉に、ニルたちはこくりと頷いた。

 

「てわけ、コール。お前も外に出るぞ」

 

 同時にコールは、そんなマグナス言葉に手ヒレを動かしたように見えた。

 タイミングが良かったのか、それとも本当に返事をしたのか。

 もしかすると愛着からそう見えてしまうのかもしれないが、ニルたちにはどうしてもコールが喜んでいるように見えてしまう。

 

「くそ、この野郎め」

 

 ぐいぐいとニルが頭を撫でると、ステラにそうしていたようにコールの頭が上下する。

 

「ニルやってると、苛めてるみたいに見えるな」

「うるせぇ。思ってても言うなよ」

 

 ガルスに入れられた茶々に笑いながらそう返し、ニルたちは工房を出て、裏にある開けた場所に向かった。

 そこなら、誰にも迷惑はかけない。

 

 そして移動しているニルたちの後ろについてくるように、コールはゆっくりと体を動かしながら空を泳いでいる。

 時折炎を吐きながら、しかしコールの動きは安定している。

 

「よしよし、ちゃんとついてくるな」

「可愛いですねぇ……」

 

 マグナスもステラも、コールの動きに満足げに頷いている。

 ニルとガルスはお互いに視線を合わせて笑う。

 

「あれ、絶対違う意味だよな」

「二人とも満足してるし、別に良いんじゃね」

『可愛いのもついて来ているのも間違っていませんしね』

 

 軽口を言い合いながら裏の土地に出る。

 

「ニルたちもよく見ておけよ? それじゃあコール、とりあえずぶつからないように泳いでみろ」

 

 マグナスの言葉を受けて、コールは体を大きく動かし始めた。

 目の前の空気を飲み込むように、口を開けて閉じる動作を繰り返す。そのたびにニルが組み込んで欲しい、と提案した第二駆動の構造の回転速度が上がるのか、こぅ、こぅっ、と本物の鯨が鳴くような音を上げている。

 

「おお、結構速いな!」

 

 馬と同じか、少し遅いぐらいの速度だろうか。

 ヒレを動かし方向を整え、尾ビレを力強く波打たせて空を駆ける。

 鋼の鱗の内側からは口の開閉に合わせてごうっ、ごうっ、と炎を吐き出し、時折背中の小山から炎を拭き出す。

 

 意外と小回りも効くらしく、固そうな体の割には小器用に体を傾けて旋回したり、左右に体を振りながら向きの調整も行えるようだ。

 

「おお! 速いな!」

「荷物持ちには勿体ないぜ、こりゃ」

 

 少なくとも、歩く速度についてくるのは大丈夫だろう。

 ステラが望んでいたように、街中での運用も問題無さそうに見える。

 ニルとガルスは、コールの動きに感心している。

 

「色々詰め込んだから少し心配だったが、機構の脱落に分離もなさそうだな。うまく噛み合っとる」

『登竜門の角度が自動調整されているのなど、素晴らしい設計です。あれによって、より生体的で滑らかな駆動が可能になっているのかと』

 

 感心したように声を上げるクロードであったが、マグナスはきょとんとしてクロードを見る。

 

「そんな機能知らんぞ?」

『そうなのですか?』

「ああ。お前さんが追加した学習部分じゃないのか?」

『なるほど…… 役に立ってくれているのなら、嬉しいものです』

「クロード、お前もわかってるな」

 

 クロードの柄をニルがコツンと叩き、皆でニヤリと笑う。

 そうしているうちにもコールは少し高い位置を何周か回っていたが、ステラの「そろそろ戻ってきてくださいよー!」という言葉を聞いて、ゆっくりと彼らの元に戻ってきた。

 そしてそのまま、体の熱を冷やすようにステラの周りをゆっくりと回り始めた。吐き出していた背中の炎も、徐々に納まってきている。

 

「何と言いますか…… 散歩みたいで楽しいですね、これは!」

 

 ステラがワシワシと頭を押さえると、コールはいつものように頭をしゃくった。

 

「予備の心臓交換も試してみるか」

 

 マグナスの提案に、ガルスは「そうだな、教えてくれ」と頷いた。

 ニルとステラも「了解」と頷いて、マグナスの動きに注目する。

 

「コール、ちょっと止まってくれ。心臓の交換だ」

 

 マグナスの言葉にコールは動きを止めて、地面に腹を付けた。

 手ヒレを使って背中を反らす様な姿勢を取っているので、胸の部分にある心臓の取替は可能だろう。

 

 しかし……そうしていると、陸に打ち上げられた魚のような愛嬌のある姿にも見えてしまう。

 とはいえ地面に横たわって炎を拭き出してもいる訳で……そちらをメインに見てやる、本物の「鋼の小山」のようにも見えてしまう。

 本当に、不思議なデザインである。

 

「【心臓の交換】と言えば、こんな感じで地面に降りて待機してくれる。空中でバッテリーを外したら重さを打ち消せなくなって落ちてくるから、絶対やるなよ?」

 

 言い聞かせるようにニルたちそう教える。

 彼らが頷いたのを確認してから、マグナスは「よし」と言ってコールの方を向く。

 

「心臓を外すぞ」

 

 マグナスはコールの胸部から心臓を取り外した。

 カチリ、と小さな音がして、心臓が外れる。

 コールの鱗の下から吐き出されていた炎が弱まり、呼吸とでも言うべきものが しん、と静まる。

 

「そして、火が完全に消える前に予備を取り付ける」

 

 マグナスはコールの背中から予備の心臓を取り出し、胸部に嵌め込んだ。

 腕の動きに合わせるように、コールの胸元から再びカチリ、と音が聞こえる。

 心臓が固定され、再びコールの呼吸が再開される。

 

 ——ごぅ、と。休止していた小山の中に、再び炎が立ち上る。

 

「こんな感じだ。外した心臓は、背中に付けてやれば良い。クロード、こっちも問題ないか?」

『はい。予備の心臓でも動きは安定しています。同様の活動が可能かと』

 

 念のために、といった感じにマグナスはクロードにそう聞く。

 クロードからの保証が出た事で、マグナスも納得したのか「よしよし」と満足そうに頷いている。

 

「ほんとにすぐに交換できるんだな」

「これならどんな状況でも簡単に交換できそうだわ」

「そうだろう? 活動時間も長いし、困る場面は多くない筈だ」

 

 ニルとガルスも、心臓の交換の手軽さを見て満足らしい。

 マグナスと共に三人で、納得する様に頷いる。そして「ああ、そう言えば」と、言い忘れていたことを思い出したように、口を開く。

 

「今後はどうなるか分からんが、完全に火が消えてしまったら、また短剣を使って火入れをする必要が出るかもしれんから、そこだけ注意してくれ」

「なるほど、そっちも了解だ。その時は頼んだぜ、ガルス」

「俺がやるのかよ」

『私は手伝いますよ、ガルス』

「クロードは流石だぜ、ニルより頼りになるわ」

「おい、酷くね?」

 

 軽口を言い合いながら笑い合っている四人は、これで満足らしい。

 

「でも、付けっぱなしなのも憧れますねぇ…… 切り替えみたいな感じで、心臓を取り外さないままってのはできないの?」

 

 ただ、ステラは少し不満らしい。

 いや。不満というよりは、要望ぐらいの感じだろうか。

 うーんと頭を悩ませながら、再び宙に浮かんだコールの頭をゆっくりと撫でている。

 

「切り替え方式か…… 無理じゃないが、今は素材が足りんな」

『特殊な素材が必要なのですか?』

「特殊と言えば特殊だが…… まあ、オリハルコンのことだよ」

 

 回路の切り替え。

 ステラの言葉を聞いてクロードは旧時代の精密構造を思い浮かべるが、マグナスは違うと笑って否定する。

 

「オリハルコンである必要もないんだが、この耐用環境に組み込む必要があるからな。オリハルコン相当の性能は欲しい。簡単に量が集められるものじゃないから、暫くはこれで我慢してくれ」

『なるほど。覚えておくことにします』

「私も、これで大丈夫。出来たらいいな、ぐらいだったから」

 

 マグナスの言葉に、ニルたちは笑った。

 

「なんにしても、これで全ての調整は終わりでいいのか?」

 

 ニルはチラリ、とマグナスを見る。

 しかしマグナスは、そんなニルの言葉を「いいや、まだだ」とニヤニヤしながら否定した。

 

「むしろ、今日の調整はここから始まる。お前ら、コールと好きなように遊んでやってくれ。それをみて…… そうだな。コールの疲れ具合を見て、微調整はこっちでするさ」

「まじかよ! 流石マグナスさんだぜ!」

 

 マグナスの言葉に、ニルたちの歓声が上がる。

 そして……コールも。

 まるでマグナスの言葉に喜んだような絶妙なタイミングで、小さく炎を吹き出した。

 

「ホントにタイミングが良いな、こいつは」

「おいニル、苛めるなよ」

「苛めてないっての。めっちゃ喜んでるじゃん」

「私には嫌がってるように見えます」

『ですが繰り返していると、本当に感情表現のような反応を返してくれる可能性はある筈です…… 私の希望も入ってますが』

「ならとりあえず泳いでくれよ、コール」

 

 そう言ったニルの言葉に、コールはゆっくりと空に向かって進んでいった。

 青空の下で小さな鋼の鯨が、ゆったりと泳いでいる。

 

 青い空と、鉛色の体。

 血のように真っ赤な炎を吐き出して…… しかし何時かの誰かのように、今度はその動きを止める事はない。

 

「やっぱり…… 私、すごく嬉しいです」

 

 ゆっくりと青空を泳ぐコールを、ステラはぼんやりと眺めていた。

 

「ああ。本当に……良いもんだ」

 

 ステラの言葉に、マグナスは笑ってそう言った。

 そうしてコールを作る挑戦は、一つの区切りを迎え――――

 

 

 

  ◇

 

 

 

 ――――そして、太陽が頂点に近づいてくると、コールの動きが大人しくなってきた。

 

 炎は相変わらず吐き出しているが、飛ぶ高さが落ちてきている。

 まるで、犬が熱くなりすぎた体を冷やしているかのように見える。動く速度は変えることなく、手ヒレを動かし口の開閉を行って熱を逃がしているようだ。

 

「よしよし…… ちゃんと、疲れたら休んでくれそうだな」

 

 火の勢いが強くなった炉のように、コールは背中をメインにした全身から火を噴き出している。ただ制御が少し甘くなっているのか、まるで息切れしているように炎の出方が不安定なようにも見える。

 

「今日はこれで終わりか?」

 

 どうやら、ニルたちの方が遊び足りないらしい。

 これはまあ、ニルたちは三人でコールが一匹なのだから、仕方ないのかもしれないが。

 

「いや。ワシらが昼飯の準備をしとる間に、コールは休憩状態にするつもりだ。休憩状態からすぐに動けるのかも見ておきたいしな」

「なるほど。確認することが多いんだな」

「言っただろう、今日の調整はここからだ、と。まだ半日だぞ?」

「じゃあ準備してくるね!」

 

 そう言って笑うマグナスの先を行くように、ステラが工房に向かった。

 そしてコールも、どうやらステラに付いて行くらしい。

 ニルたちの横を通り過ぎ、ステラと共に工房に向かってしまう。

 

「あいつめ…… コールの止め方を知らんだろうに」

「まあ良いんじゃないか? というか、昼飯どうする?」

「コールの火で肉を焼く、とかどうだ?」

「油の掃除がやばいことになりそうだから却下で」

 

 ステラとコールの後に、ニルたちも続く。

 新しい仲間と共に、彼らの日々は続いていくのだった。

 

 

 




思っていた以上に読まれなかったので、以降は休載というか、不定期更新になります。
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