伝説語りのニルヴァード――人工知性と歩む冒険譚   作:健康な人(ハーメルン)

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第6話 マッピング:前編

 

「そういや、クロードは魔法について知りたいんだよな?」

 

 合流した三人はメインホールを目指しながら、通路を歩いていた。

 三人が合流できたからか、それとも脱出が目に見える距離になったからか。なんにしても、その雰囲気も足取りも非常に軽い。

 

『ええ。私のデータベースには魔法の概念がありません。ニルからその概念を聞き、ずっと気になっていました。私の電源代わりにもなっていますし』

 

 クロードの言葉に、ガルスは「なるほどねえ」と納得の言葉を出したが、かなり驚いているようだった。やはり冒険者らしく興味が湧いたのか、少し興奮気味になっている。

 

「てことはクロードは、大破壊より前に作られたって事か。なんか凄いな」

「だろ? という訳で、その凄いクロードに魔法を教えてくれ。俺、マッピングの魔法使えないし」

 

 後は任せた、とばかりに説明を投げるニルに、ガルスは呆れて溜息をつく。

 

「お前なぁ。これって凄い事じゃないか、とか思わない訳?」

「あんまり。マッピングの説明してくれるなら何でも良いよ。なあ、クロード?」

『そうですね。この状況が地味なのか派手なのか、その判断が付きません』

「なら説明するよりも、見せた方が早いか。【マッピング】」

 

 足を止めたガルスが地面に手を付きそう言うと、直径2メートルほどの大きさの地図が、腰のあたりの高さで地面から浮かび上がる様に現れた。

 

『これは――』

 

 理解の出来ない――まさに魔法と言うしかない現象に、クロードは驚き反応が止まった。そんな様子を、ガルスは――ついでにニルも――どうだとばかりに、満足そうに眺めている。

 

「これがマッピングの魔法だ。俺が認識してる空間を、俺を中心に再現する。まあ、見えてなかったり気付いてなかったりする部分は表示されないんだが」

「もうちょっと説明っぽく言ってくれよ……」

 

 細かい癖に、こういう説明は大雑把すぎる。

 ニルが呆れて訂正を入れると、ガルスは「すまん」と、バツが悪くなったのか頭をかいた。

 

「えーっとだな。このマッピングの魔法は、俺を中心に半径100メートルぐらいの距離の、俺が歩いた場所を疑似的に再現する魔法だ。まあ、魔法で作った地図みたいなもんだな。縮尺は……大体1/50ぐらいだったか?」

『縮尺が正確ではないのでしょうか?』

 

 マップを視覚化する際に必要な情報が曖昧である事に、クロードは不思議そうに疑問の言葉を投げる。

 

「感覚的にはこの魔法、俺が見たイメージの立体化に近いからな。俺が作ったこの手書きの地図も、ルートは分かるが縮尺は分からないだろ?」

『それは――いえ、説明を最後まで聞かせてください』

「了解。なんかすまんな」

 

 そしてガルスは「説明を続けるぞ?」と、手書きの地図を取り出すと「例えばだが」と言いながら、マッピングと地図を照らし合わせつように覗き込む。

 

「俺がストーンベアから逃げた通路は、俺の手書きの地図には載ってない。このルートだな」

 

 ガルスに釣られるように、ニルもマッピングで作られた地図に近づく。

 ガルスが持つ手書きの地図には、確かに空白が存在している。

 

「でも、マッピングの魔法は違う。俺の意識下での空間認識と記憶を、この地図の上に疑似的に再現してるんだ。だから、ストーンベアから逃げてる最中のルートも表示される事になる」

 

 そしてガルスが指差したマッピングには、確かに手書きの地図には存在しない通路が書き込まれている。

 

「まあマッピングじゃ、俺が気付いていない道は表示されないんだがな」

『具体的には、どのような道の場合なのでしょうか?』

「よくあるのは、亀裂の先に空間がある時なんかだ。亀裂が壁の向こうに通じる道でも、俺が“亀裂”として認識してるなら通路として表示されない」

 

 具体的な説明を求めるクロードの問いに、ガルスが補足を入れる。

 そして茶化すように、そんなガルスの言葉にニルが補足を入れた。

 

「だから、普通に道を見逃す時もあるんだよな」

「それは仕方ないだろ。てか、俺じゃなくてお前が気付いても良いんだぜ?」

『――これは、信じられない技術です』

 

 何でもない事のようにやり取りするような二人に対し、クロードの声はかなり興奮していた。

 

 ――ちなみにニルはクロードを背中に背負っているから全く気付いていなかったが、クロードは現在高負荷処理でマッピングの魔法を解析していた。

 彼からすれば、そう言うレベルの魔法だと感じていたのだ。

 

「え、マジで? 俺って凄いの?」

「凄いけど、4、5人に1人ぐらいは使えるレベルの凄さじゃない?」

『いえ、認識を訂正するべきです。これは高度な空間認識能力を持ち、複雑な情報を即座に処理しなければ不可能な技術の筈』

 

 スキャンをやめたクロードは、少しの間を置いてから言葉を続ける。

 先ほどよりは幾らか落ち着いているようだが、それでもニルの背中で光る空色は、幾らか強くなっているように見えた。

 

『ガルス。あなたは、十分に“凄い”です』

「やっぱそうだよな? いやぁ、クロード君はニルと違って話が分かるねぇ」

 

 ガルスが得意げに頷く。

 ニルを見るその視線と表情には、こいつは物の価値の分からん男だな、とばかりの勝ち誇った笑みが浮かんでいる。ニルは何かを言いたそうにしているが、流石に何も言わなかった。我慢したらしい。

 

『それと、確認させて欲しいのですが』

「他にも何かあったか?」

『ニルはマッピングを使えないと言いましたが――4、5人に1人は使える、とも発言しました。という事は、この技術は“珍しい”が“異常”ではない、という事でしょうか?』

 

 クロードの言葉にニルとガルスは顔を見合わせて、同時に頷いた。

 真面目に聞かれたら、真面目に返す。ふざけた調子が多い二人ではあるが、別に空気が読めない訳ではない。

 

「まあ……10人ぐらいに声をかけたら、1人は使えるってのは間違いない」

「だな。演算ってのに関係あるのか分からないが、魔法が得意な連中なら2、3人に1人ぐらいは使えると思う。ザックリ言えば4、5人に1人ってのは、多分外れてないとは思うな」

 

 ニルがシビアに言葉を訂正し、ガルスが少し余裕をもって補正する。

 真面目に話をするときの何時もの二人のやり取りを感じながら、クロードは『なるほど』と理解を示す。

 

『――ガルス、提案があります』

「ん? 何だ?」

『あなたのマッピング魔法に、私が持つ施設の情報を重ねることはできませんか?』

「……どういうことだ?」

 

 クロードの提案に、ガルスは言葉の意味が分からず首を傾げる。その正面では、ニルもガルスと同様に首を傾げている。

 二人とも、クロードの言葉の意味が理解できていないらしい。

 

『私は施設の完全な地図データを保有しています。しかし、それを表示する手段がありません』

 

 クロードは、確かに存在するし道案内も、アドバイスもしてくれている。

 しかし声を得た代わりに本来の端末画面を失ったため、地図データを視覚的な情報として表示する事は出来なくなっていた。別に現状困ってはいないが、出来た方が便利なのは間違いない。

 

『一方、あなたのマッピングは空間を視覚化できる。もし、私のデータをあなたの魔法に"投影"できれば――』

「おい、それって――」

 

 クロードの言葉に、マッピングの魔法を使っているガルスは何かに気づいたような表情を変える。信じられないとばかりの驚愕と、確かな興奮が混じっているような表情だ。

 

「未探索の場所も、地図に表示できるってことか?」

「まじか、そんな事ができるのか?」

 

 ガルスが言ったその言葉は、ニルにとっては常識を打ち破る破壊力を持っていた。驚きながら背中を向くと、クロードは小さく『おそらくは』と、短い肯定で返事を返す。

 

『理論的には可能です。ただし、魔力の干渉リスクが考えられるのですが――』

 

 クロードが考えられるリスクを提示しようとしたが、ガルスはクロードの言葉を「それは気にしなくて良い」と遮った。

 

「このマッピングが崩れても、俺の記憶は消えたりしないからな。もう一回出せばそれで済む話だ。やってみるしかねぇアイディアだよ。俺はどうすればいい?」

 

 旧文明の技術と、魔法の融合。

 突如目の前に提示されたそんな話に、ガルスはすぐさま食い付いていた。その声音は、興奮を隠せていない。

 

『――私には魔法の知識がないので、魔法知識のあるガルスの意見も聞かせてください。現在、“私”となっている魔法合金は————』

 

 ガルスの問いに、クロードは聞き取りやすい声のトーンで返事をしていた。

 本当に、単語は聞き取りやすかったのだ。

 しかし専門用語の続くクロードの言葉に、ニルの頭は、無数の単語を意味のある文章として理解しようとすることを拒んでいた。

 

『――――ガルスは、どのように判断しますか?』

 

 クロードの言葉の意味を理解することを、途中から放棄していたニルが、チラッとガルスを見た。彼は、良い笑顔で笑っている。

 その笑顔に、ニルは同類を見つけたとばかりに笑みを浮かべた。

 

「なんか、デカい事言ってすまん。やっぱ無理かも……」

『――少しだけビリッっとするのを我慢してくれたら、マップ上に私が持つ施設情報の反映が可能と考えています。我慢は可能でしょうか?』

「よし、任せてくれ。ちょっとぐらいなら耐えられる」

 

 そして簡単な言葉に訂正したクロードの言葉に、ガルスは素早く頷いた。

 分かっていないくせに、同意して始めようとしている。普段は止める側の癖に、こういう時は感心するほど思い切りが良い。

 

「ガルス。お前も、大概切り替え早いよな」

「なんだ、褒めてんのか?」

「とりあえず、今回は助かる」

「今回もって言えよ」

『では、ガルス。私の刀身に触れて貰えますか?』

「了解」

 

 クロードに言われるままに、ガルスが刀身に触れる。

 

「いつっ……って、なんだこれ。情報が流れ込んで――」

 

 マッピングの地図が、何度か電源を落として付けるのを繰り返すように、一瞬明滅した。その様子に、ニルとガルスは反射的に一歩引くも、驚きながらすぐにその地図を覗き込んだ。

 そして――

 

「これは――」

 

 ガルスのマッピングに、今まで見えなかった通路が浮かび上がっていく。

 壁の向こうの未探索の空間。

 崩落も含めた、この施設の全容が現れる。

 

『成功です。縮尺が1/50になってしまいましたが、私の施設データを、あなたのマッピングに投影できました』

 

 三人の目の前に広がるのは、完全な施設データだ。

 流石にマッピングの範囲外までは表示されていないが、魔法と科学の完璧な融合がここにあった。

 

 

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