あれから一週間経った。その間にあったことと言えば、この世界が『マテリアル・コード』であると確信が持てたくらいだ。
なんでわかったかだが、その理由はこの期間で読んだ本から来ている。
まず最初にこの都市の名前が"カザン"というところが一点。これだけではまだ確信が持てなかったが、『黒オークでもわかる魔力属性と魔法』と『鍛冶と錬金術の歴史』に載ってた情報が俺の持つ知識と見事に合致した。
確信するに至った理由を整理するとこうなる。
「属性は火・水・土・風・雷とそのどれでもない無属性の六つ」
「魔法の三原則は成・纏・放」
「錬金術とは金を錬成しようとした技術であり、その骨子は物体の変化を促進させることにある」
特に魔法の三原則はかなりクリティカルな話題で、『マテリアル・コード』における魔法はまさにこれで構成されている。大前提として魔法を繰り出すには"成"で設計図を描き、その次に"纏"で身に纏うかそれとも"放"で相手に向けて放つかを決める。ゲームでは容量的に流石にきつかったのか一つの魔法に纏うか放つかの二択が用意されていることはなかったがな。
しかし、そう考えると親父が紹介してくれるっていう女の人がゲームに出てくるキャラの場合、いくつかアタリがつけられるな。確か、桃髪で長身、言い回しが学者みたいだったはずだ。で、俺に稽古をつけてくれることを考えるとそれほど力強いタイプではなく技術で戦うキャラクターだろう。
そう考えていると家の外から「おお!来たか!」という声が聞こえてきた。デカい鍛冶場を管理する親父は金属を打ち付ける音に負けないほど声が大きい。例え屋内に居てもはっきり聞こえる。ただ、熱が引いて思わず抱き締められた時は耳元で鼓膜が破れるかと思ったが。
来ていた衣服を手で払って整え、靴を履いて玄関のドアノブに手をかける。火山灰がしばしば降り積もるここでは、家に上がる時に靴を履いたままだと灰で床が汚れるとかで裸足になるのが作法となっている。現代日本に住んでいた身としては親しみしかない風習で大変気が楽だ。こっちに来て不安に思ったことの一つは靴を履いて家で過ごすことに馴染めるのかだったからな。
もちろん工房では分厚いブーツを履かされる。
そうして外に出る準備を整えてから扉を開ける。開けた視界の先には親父と事前に聞いていた通りの女性が立っている。明るい桃色の髪は短く切りそろえられているが、毛先は外へ跳ねている。身長は172㎝くらいだろうか。着こんでいるコートは玄武岩に似た煤けた黒といった感じで、黒い街並みも相まって浮き上がっているような印象さえ覚える。
見た感じ、多少若いが、原作で見た姿とそれほど相違ない。彼女はこちらに気づくと軽く手を振って挨拶してきた。
原作で見た彼女は保有する固有の性質上、相手を強制的に動かし隙を作ることに長けていた。そうして作り出した隙を縫って急所を刺し貫く。テクニカルな動きを要求されるだろう『接着』を上達させるのにこれほど合っている人材もいないだろう。
「まずは挨拶だな。俺はエルデという。あなたがフェル、さんだな?」
「あぁ、話は君の親父さんから聞いているよ。それと敬称はつけなくて良い。気楽に話してくれて構わないよ」
そう言って握手を求めてきたフェルは友好的な色を目に浮かべてそう言った。
―――――――
話は少々脱線するが、冒頭で語ったように『マテリアル・コード』には五つの属性とそれ以外、という大まかな括りがある。その「それ以外」、つまり無属性に位置する魔法は割と多い。身体のパフォーマンスを上げる身体強化や、魔力を持って壁とかを作る結界、後は再生魔法とか回復魔法とかだ。俺の『接着』もまた無属性。無属性の固有は結構な割合でギミック性を持つことが多いのだ。
さて、話を戻そう。
フェル・グラニュール。
ゲームにおいては、プレイヤーが戦いにも慣れだした中盤辺りに登場し、あることから主人公に協力するキャラクターだ。ゲーム開始前に起きたエフィメラ戦争を生き残った魔王軍の残党が君主の復活を企てていることを偶然知った主人公たちが動向を追う途中で、復讐対象が残党にいるという利害の一致からパーティーにゲストキャラとして加入する。正式加入しないことからも分かると思うが、フェルは相討ちという形で復讐を遂げる。プレイしていた時はメタ的な視点から「これ死ぬんじゃないか」と思いながらストーリーを進めていたが、正直予想通りにならないで欲しかったと苦い気持ちになった。
それはさておき、鍛冶場に併設されている試し場に来た。
ここは実際に作った武器の性能を試したり、ダンジョンに潜る鍛冶師用の修練場として運用されている。作った武器の細部に至るまで、歪みが無いか、耐久性に難は無いか確認する。そうした徹底した品質管理がこの鍛冶場を都市トップクラスまで引き上げているのだ。
当然ながら、訓練用の人を模したダミー人形も置いてあり、脇の箱や樽には失敗作であろう剣や槍が"使え"と言わんばかりに積まれていた。中を見てみると、明らかに遊びで作ったんだろうとわかるものもある。数日たてば溶かされて再利用される運命にあるが、面白い試作武器とかは面白いから、と残されている。フランベルジュを四角い形にした、みたいな剣とかあるぞ。絡めとるにはいいが耐久性が終わってそうだ。
軽く物色して状態の良いものを箱から出して並べていく。槍とか剣とか。オーソドックスな武器を選んでいく。他には、と目を向けた先に細長いものが目についた。手に取ってみると、手首よりは細いくらいの金属ワイヤーみたいなものだとわかった。
「お、懐かしいものを出したな。昇降機の貨物を固定するために使ってたワイヤーロープだな。昔はこれが主力だったんだが、技術の宿命か、今は取って代わられちまった」
勿体ねぇから残してたんだっけな、と思い出した用に呟く親父を尻目に、俺はダミー人形に向かって剣を構えてみる。漫画でよく見る両手で持って正眼で構える奴だ。
俺の固有である『接着』を活かす戦い方をしたいから、まず試行錯誤してみる。
まずは剣の持ち手、柄と手のひらの接地面に使用してみた。すると、魔力的な結合によってガッチリとホールドされたのを感じる。これなら変に振っても剣がすっぽ抜けることはないな。
「よし、まずは一発、フッ――ぐおっ!」
「思いっきり引っ張られたな」
「振った際の姿勢は改善できるとして、弾かれたら容易に態勢を崩されてしまうね。だとしたら、剣は合ってないと言える」
意気揚々と剣を振ったはいいが、ダミー人形の頭に当たった剣は斜めに弾かれ、伝わってきた振動を手全体で存分に感じながら剣に引っ張られて前のめりに転げた。本来は剣を当てた時の振動は握りを変えるとかで流し、弾かれたときはすっぽ抜けるのが、接着してたことで引っ張られて今の様になってしまったと分析される。魔物の素材の余りで作られたダミー人形を支えに起きあがりながら、すっぽ抜けないようにしたのが仇になるとは、と一人ごちた。
まぁ剣は合わなかったということで流すとしよう。まだ俺には槍がある。剣があのような形で終わった以上、嫌な予感がするが気にしないことにする。そう思って槍を握り、再度持ち手をくっつけてみる。武器に接着を使わない方が良いといわれるだろうが、うるさい、俺は得物に接着を使った時の腕が伸びたような感覚を使いたいんだ。
「せいッ!--ッ!!ぐぅううっ!?また、しびれ」
「うーん、お世辞にも合っているとは言えないなぁ。棒を振り回すようなのじゃないとすると…」
「なんだ、何か思いついたか?」
「うん、ついたよ。あの子に合いそうな武器がね。もっとも、武器というべきかは微妙なんだけど」
半ば自暴自棄になるように突き出した槍はダミー人形をぐさりと貫いた。は良いが、突いた反動というべきか、槍を伝って来る振動のなんと強かなことか…!さっきのとは違ってダイレクトに手首を破壊しに来る振動に堪らず接着を解いて手をぶらぶらと振る。胴体に槍が刺さったままのダミー人形が心なしか呆れたような顔をしているように見えた。
「やぁ、どうやら困ってるみたいだね」
「剣も槍もダメだとすると、もう拳しかないですかね…」
「それは否定しないけど、徒手空拳の前に一つ試してほしいものがあるんだ」
これだよ、と差し出してきたのはさっきのワイヤーロープ。そのまま手の上に乗せられたロープを眺め、すぐに顔を上げてフェルの方を見る。フェルは、私の見立てが間違ってなければ良く馴染むはずだよ、と親指を立てながら微笑を浮かべた。
「え、いや、えぇ?だってこれ、武器じゃないですよ」
「いいから、固有使って振ってみてよ。ほら、鞭みたいにさ。師匠のいうことは聞くものだぞ?弟子ならね」
「そんな横暴な…じゃあ、一回試してみますよ」
半信半疑ながらも、適当な長さのところで『接着』を使って振ってみる。
拡張された感覚で軽くバツ印を描くように振ってみて、次はスナップを効かせて撃ちだすように振る。ダミー人形に刺さったままの槍が目についたので、それ目掛けてロープを繰り出してみると、不思議なことにほどけることなく絡みつき、グイッと引っ張ってみるとダミー人形から槍が抜けた。抜けて転がっていく槍を尻目にダミー人形に駆け出して斜め下からロープを振ると、バコーンと音を立ててダミー人形の顎部分が少し凹んだ。
鞭って結構技術がないと自爆するような武器なんだけどな、と思いながらひとしきり振り始めていたのが、だんだんと高揚感に変わっていき、身体に馴染む感覚がした。
バッと振り向いた先にはフェルがしたり顔でパチパチと拍手をしていた。
「うんうん、やっぱり。私の目に狂いはなかったね」
「何か納得いかないですけど、そうですね」
「おや、やっぱり少年は剣とかが良かったのかな?」
「そりゃそうでしょう!剣を持って華麗に戦うとか王道に憧れてたんですよ。それがなんスか!適性が鞭って!手に良く馴染むのが余計に腹立たしいわっ!」
「ははは!まぁ確かに王道ではないね」
そう言って笑うフェルにジト目を送っていると、呆れたような表情をした親父が近づいてきた。
「王道だがなんだろうがどうだっていいが、まずそれを武器用に調整せにゃあな」
「わかったよ。まったく何がそんなに面白いんだこの人は」
「いやぁ笑って悪かったね。だって歳に反して落ち着いた振る舞いを見せたと思ったら子供らしい面が見えてね、つい。それはそうとグローエン、先端は重くしといてね。そのままだと威力が出にくいだろうから」
「おう、じゃあ俺は工房の準備をしてくる。部屋は客室を使え。落ち着いたら、飯にするぞ」
そう言いながら工房に歩いていく親父の背中を見送りながら、俺はフェル、いや師匠に向き直った。
「さて、武器も決まったことだし、明日は魔法の基礎とかやって実践しよう」
「わかりました。これからよろしくお願いします、師匠!」
俺がそう返事をすると、なにやら師匠と呼ばれたことが感慨深いのか少し嬉しそうな表情をしながらゆっくり頷いた。
「うん、良い返事だ。ところで、今日のご飯は何かな?」
「たぶん岩トカゲのステーキとシチューですね」
「シチューはともかくステーキかぁ。うーん…少年、私のを少し分けてあげよう。食べ盛りだろうしね」
明日はもっと忙しくなるぞ、頑張って世界を旅できるように強くなろう。
そう師匠と晩御飯について話しながらそう思うのだった。