現在、第二アリーナ更衣室。
HR終了直後の各学年クラスからの情報先取の尖兵をかいくぐり、途中で軽い自己紹介や雑談を交わしながら、時間ギリギリにようやく第二アリーナの更衣室へと到着した。
到着したと同時に時間がギリギリである事を確認した一夏は一呼吸の内に制服とTシャツを脱ぎ捨てる。将輝は着替えながら一夏の行動にシャルルがどういった反応を見せるのかちらりと見ると…………何事もなく普通に着替え終えていた。
(原作じゃ慌てふためいてたから、こっちはどうかと思ったけど、やっぱり違うか。これはもう本格的に原作と全く同じの人は千冬さんや山田先生くらいか、後可能性厨)
もしここでシャルルが動揺を見せていれば、実に手っ取り早く正体がわかっただろう。だが流石に潜入するともなれば多少の訓練はしているのが普通というものだ。
「うわ、二人とも着替えるの超早いな。なんかコツでもあるのか?」
「俺は初めから着てるから」
「僕も同じかな。女子と違って、僕達は時間がかかるし」
「だよな。引っかかるから」
引っかかる、というのはもちろん男性の下半身にあるアレだ。何せISスーツは肌にしっかりと張り付くので、着ようとすれば引っかかるのは当然の事だ。
「そればっかりは仕方ないよ」
これもシャルルは笑って流した。それは苦笑や誤魔化しの類いの笑みではない自己紹介の時と同じような笑みだ。
「よっ、と。よし、行こうぜ」
「ああ」
「うん」
三人とも着替え終えて更衣室を出る。グラウンドに向かう向かう途中で改めて一夏はシャルルを見た。
「そのスーツ、なんか着やすそうだな、どこのやつ?」
「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、殆どフルオーダー品」
「デュノア?デュノアって何処かで聞いたような……」
「僕の家だよ。父がね、社長をしてるんだ。一応フランスで一番大きいIS関係の企業だと思う」
「へえ!じゃあシャルルは社長の息子なのか、道理でなあ」
「うん?道理でって?」
「いや、なんつうか気品「其処までだ、一夏」将輝?」
一夏の言葉を中断させるように将輝が言葉を挟んだ。
「あまり勝手に決めつけるのはよろしくないよ、シャルルにはシャルルなりの家庭事情もあるだろうし」
「……悪い」
その言葉には若干非難の色が感じ取れる。そう言われた一夏は一瞬自身の家庭の事を思い出し、苦虫を噛み潰したかのような表情になる。
「ありがとう、将輝。僕、あんまり親とは仲が良くないから、正直助かったよ」
シャルルは将輝にだけ聞こえるようにそう口にした。将輝はそれに対し、無言の首肯で返事をする。その時、ちょうど第二グラウンドに到着した。時間を見てみると授業が始まる五秒前だった。
着いたとしても授業開始時までに並んでいなければ、千冬の愛の鞭もとい制裁は免れない。そのため、三人は全力疾走で何とか一組の列の一番端に加わる。
「随分と遅かったな」
なんの因果か隣には箒がいた。その言葉にはやや呆れの色が聞いて取れる。因みに箒の呆れの対象は将輝達ではなく、女子達に対してだ。
「ところで将輝。一つ聞きたいことがあるのだが」
「ボーデヴィッヒさんの事でしょ?面識なんてないし、今日初めて会ったよ」
「やはりか。となるとどう考えても……」
「うん。一夏と間違えてる」
将輝の答えにこれまた箒は呆れたように溜め息を吐いた。箒は初めから疑っていた。唐変木な一夏はともかく、将輝は女子に恨みを買うようなタイプではない。しかも将輝は一人っ子だというのに「あの人の弟」と言った。そうなると導き出される結論は一つ。ラウラの思い違いだ。
「おまけにボーデヴィッヒさんには間抜けの烙印を押されてるし、一夏の評価は無条件で上がってるし、これならいっそ叩かれた方が良かったかもしれない」
「訂正する気はないのか?」
「訂正……ね」
将輝は苦笑しながら反対側の最後列にいるラウラを見る。ラウラはその視線に気づいて一瞬こちらに視線を向けるが、すぐに前に向き直した。
「あれでは話を聞く耳は持っていなさそうだな」
「そういう事。ここは大人しくあっちから近づいてくるのを待つよ」
尤も。そのタイミングに切り出そうとしても、話す前に戦いに発展する可能性は大いにあるが、現状はそれを待つしかないのが事実だ。何せ、此方から話しかけたところで聞く耳を持たないのだから。
其処で二人の会話は終了し、一組と二組のメンバー全員の前に立つ千冬へと視線を向けた。
「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
『はい!』
一組と二組の合同実習なので声量はいつもの倍。出てくる返事も妙に気合いが入っている。
「今日は戦闘を実演してもらおう。そうだな…………凰!オルコット!」
「「はい」」
千冬の呼びかけに二人が列の中から前に出る。
「お相手は凰さんですか?」
「あたしとしては願ったり叶ったりね」
「慌てるな。お前達の対戦相手はーーー」
キィィィィン。
空気を裂くような音が上空から聞こえる。その音の在り処に全員が視線を向ける。
「ああああーっ!ど、どいてください〜っ!」
上空から手足をばたつかせながら降ってくるのは一組の副担任山田真耶。落下地点周辺にいる人間は蜘蛛の子を散らすように逃げ出すが、一夏だけ反応が遅れ、逃げそこなっていた。そして反応が遅れたということはISも起動する暇がないということ。
(あ、死んだ)
実に淡白にその事実を一夏は受け入れた。それも仕方ない事ではある。何せ気づいた時にはISの突進を生身で受けようとしているのだから。
今まさにISに乗った真耶からの突進を生身で受けようとしていたその時、ISを展開した将輝が真耶を受け止めていた。突然のこの出来事に対応出来たのは原作知識ゆえ、イレギュラーばかりだが、警戒しておくのに越したことはない。クラス対抗戦で学んだ事実だ。
「あ、ありがとうございます。藤本くん」
「いえ、当然の事をしたまでですから」
「ひあっ⁉︎」
突進を受け止めたせいか、その態勢は何処か抱きしめているかのような態勢になっている。しかも将輝の息が耳元に当たったのか、真耶は変な声を上げる。その光景に女子達は黄色い声を上げたり、羨望の視線を向けたりしている。
「さて凰とオルコット。さっさと始めろ」
「え?あの、二対一で?」
「それは少し……」
二人とも代表候補生たるプライドを持っている。いくら目の前にいる真耶が
「はぁ………仕方あるまい。凰、お前がやれ」
その気になれば二人を強引に戦わせる事も出来たが、敢えて千冬は譲った。前述の通り、二人掛かりでは一人よりも弱くなり、さらに二人がやる気をなくせば、模擬戦闘をわざわざ代表候補生にさせる意味がなくなってしまう。故に溜め息を吐き、二人の意思を尊重した。
鈴は専用機『甲龍』を呼び出すと飛翔する。
「では、始め!」
「善戦くらいはさせてもらおうかしら」
「い、行きます!」
言葉こそいつもの真耶だが、その目は今までと違い、鋭く冷静なものへと変わっている。それはとても入学試験の日、素人相手に勝手に自爆して敗北した人物だとは思えない。それに鈴のような戦闘をこよなく愛し、強者と戦う事を生き甲斐としていそうな人物から「善戦する」などという負ける前提の発言が出るというのは一夏にとって驚きだ。少なくとも、そのような発言を聞いたのは鈴が千冬と初めて邂逅し、うっかり地雷を踏みぬいた時くらいのものだろう。因みにあの時の経験から鈴は流石に相手を選ぶようになった。所構わず、相手も選ばずから場所を考え、実力差も圧倒的であるもの(例えば千冬)には挑まなくなった。
「さて、今の間に……そうだな。ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみろ」
「はい。山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後機の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体です。現在配備されている量産型ISの中では最後発でありながら世界第三位のシェアを持ち、七ヶ国でライセンス生産、十二ヶ国で制式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばないことと
「ああ、一旦其処まででいい。………終わるぞ」
千冬の言う通り、真耶の投げたグレネードを《双天牙月》で斬り払った鈴だが、その隙間を縫うように即座に持ち替えられた五十一口径アサルトライフル《レッドバレッド》で残ったエネルギー全てを削った。
「ちぇ………やっぱり勝てなかったか……」
そういう鈴は実に悔しそうな様相で地面へと降り立ち、ISを解除した。
「山田先生はああ見えて、元代表候補生だ。実力も折り紙付きだ、現在の日本国家代表と肩を並べられるのは日本では山田先生だけだろうな。わかったら、以後は敬意を持って接するように」
(そんなに強いのか、あの人⁉︎)
因みに千冬の言葉には自身は含まれてはいない。何がどうあっても自身は第一線に復帰することはないからだ。もし含むならば、彼女は間違いなく次のモンドグロッソを制覇する事は出来るだろう。それもいともたやすく、ブランクなど物ともせずに。それ程までに彼女は圧倒的で絶対的な強さを持っているからだ。何せ生身でISと戦う事の出来る常識の通じない完全無欠の化け物なのだから。
「専用機持ちは藤本、織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では七人グループになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやる事。いいな、では分かれろ。後、男子のみばかりに集中した場合、私から特別訓練をしてやる」
将輝達男子三人の元に早い者勝ちとばかりに二クラスの専用機を除く女子総勢五十二人は走り出そうとして固まる。その後、千冬の計らいで出席番号順に分かれる事になった。
どのクラスもボソボソとおしゃべりするなか、唯一ラウラの班だけは一言も言葉が発せられていない。それはラウラの張り詰めた雰囲気。人とのコミュニケーションを拒むオーラ。生徒たちへの軽視を込めた冷たい眼差し。何より一言も言葉を発さない口。微動だにしないラウラが動くのはせいぜい視線のみ。それも値踏みをするかのようなもので、数秒後には期待はずれと言わんばかりの侮蔑の視線へと変わっている。唯一の例外があるとすれば
「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一斑一体取りに来てください。数は『打鉄』が四機、『リヴァイヴ』が二機です。好きな方を班で決めて下さいね。あ、早い者勝ちですよー」
真耶が何時もの五倍しっかりして見えるのは、さっき程の模擬戦闘で自信を取り戻した事と千冬が付け加えた言葉によるものだろう。
将輝の班は『打鉄』を持って、操縦訓練をする事になったのだが、早速問題が起きた。
一人目が装着、起動、歩行と問題なく、進んだのだ。しかしその一人目が訓練機を降りる際、立ったまま相手は装着を解除したのだ。訓練機を使う場合は装着解除時に絶対にしゃがまなければいけない。でなければ、装着する事が通常では出来なくなるからだ。何せ高さが足りない。尤も、将輝がISを呼び出して手伝えば話は別だが。
「やっぱりこれって……」
「そうですね。藤本くんが抱っこしてください。次は……………篠ノ之さんですね」
ISは既に装着解除しているが、実に目のやり場に困るその服装はISスーツのままである真耶だ。男子である以上、男の欲望が集結する双丘は当然将輝の視線を引くが、箒が隣にいた為、引き寄せられる視線を空へと向けた。
「ISは飛べますから、安全にコックピットまで人を運ぶのに向いています」
「踏み台になるというのは……」
「藤本くんがですか?安全性は抱っこする方が高いですし、何より人権的な問題が関わってきますので、それは流石に……」
「ですよねー…………夢幻」
真耶の言う事が尤もである以上、将輝は特に抵抗する事なく、夢幻を呼び出した。呼び出したのだが、箒の方に向くと何処か気まずそうな表情をした。それを見て、箒はキョトンと首を傾げる。
「どうした、将輝?」
「いや、いざ抱っこするとなるとどうすればいいか……」
「何を今更、中学の時に一度したではないか」
「それって………お姫様抱っこ?」
「う、うむ」
他の女子に聞かれぬよう耳打ちをすると箒は頷いた。あの時は強引に行い、周囲の視線など全く気にならなかったお姫様抱っこだが、今改めてするとなるとかなり気になる。いまいち恥ずかしさの基準は曖昧だが、ともかく恥ずかしい。
「将輝が嫌と言うのなら、仕方がないが」
「是非、やらせてもらう」
先程までの恥ずかしさは何処へやら。将輝は意見を五百四十度つまり一周回って反対の意見に変えた。理由は箒の何故か残念そうな顔がたまらなかったから。
「よっと」
何事もなく、将輝は箒をひょいっと持ち上げる。
「懐かしいな。この感覚」
「あれ?あんまり恥ずかしがらないんだ。意外だね」
「な、何を言う。わ、私とて恥ずかしいものは恥ずかしい……ぞ」
「先生〜!藤本くんと篠ノ之さんがいちゃついてまーす」
「だ、駄目ですよ!二人共、真面目にしてください!」
「?いや、真面目にしてますよ」
「?そうです。山田先生、私達はいたって真剣です」
((((((お姫様抱っこ状態で言われても説得力がない………))))))
おまけに何言ってんの的な顔がむかつく。将輝の班にいた女子達+真耶が満場一致で思った事だった。