昼休み、将輝、一夏、箒、セシリア、鈴、シャルルは屋上にいた。
普通、高校の屋上といえば、様々な理由で立ち入り禁止区域なのだが、ここIS学園ではそんな事は一切ない。それどころか、美しく配置されている花壇には綺麗に花が咲き誇り、欧州を思わせる石畳が落ち着いている。それぞれ円のテーブルには椅子が用意されていて、晴れ日の昼休みともなると女子達で賑わうのだが、今日はシャルル目当てなのか、女子達は学食の方に向かっている。そしてシャルルはここにいるのだから、なんとも言えない状態だ。
「折角の昼飯だし、大勢で食ったほうが美味いよな。それにシャルルも転校してきたばかりだし、仲良くなるにはやっぱり一緒に食べるのが一番だ」
うんうんと頷くのはこの席をセッティングした一夏。確かに食を通じて、友好関係を築いていこうという思考は彼なりに考えた方だろう。しかし将輝としては全く褒めてやれなかった。それどころか寧ろ殺したいとすら思っていた。
それはそれぞれの手に握られている弁当箱が原因だ。
IS学園は全寮制なので、弁当持参にしたい人の為に早朝のキッチンが使えるようになっている。因みにそれはプロが使用しているかのような最高設備ばかり。流石は国家直轄の特別指定校と言わざるを得ない。
そして各々の手にはどう考えても一人では食べきれなさそうな量の弁当。今日も学食のつもりだった将輝と初日なのでやはり購買か学食で済ませようとしたシャルルと鈴に作ってもらった一夏は持っていない。
「はい一夏の分」
「おう、サンキューな、鈴」
差し出されたタッパーの中に入っているのは酢豚とご飯。綺麗に五対五に分けられているところを見ると鈴の気遣いが垣間見れる。
「将輝。私も作ってきたぞ」
「ああ。ありがとう、箒」
渡された弁当箱を開ける。中身は卵焼きにおひたし、鮭の塩焼きに唐揚げにアスパラベーコン。とどれも将輝が好きなものばかり。箒が一週間ほど前に弁当の内容で好きなものを聞いたのはこの時の為だった。強いて言うなら、二人きりで食べたかったというのが本音ではあるが。
ここで終わってくれるのであれば、どれだけ良かったか。まだ一人残っている。
「将輝さん。わたくしも今日は偶然朝早く目が覚めまして、こういうものを用意してみましたのですが、宜しければお一つどうぞ」
開かれたバスケットの中には見るからに美味しそうなサンドイッチが綺麗に並んでいる。見た目と味が比例しているなら、良かったのだが。将輝は今程原作知識がある事を悔やんだ日はない。
キャラの性格やストーリーに誤算という根底の部分に大きな変化が見られているというのに、些細な事は殆ど変わっていないこの世界。原作ではセシリアの料理は毒物を通り越して、ある種の兵器だった。味覚を破壊する為に用意された見た目が美味しそうというフェイクを被ったナニカ。流石に某ラノベに出てくる方のように死を垣間見る事は無いが、意識が飛ばない分、ダメージを感じる時間は長い。
味が悪いのは仕方がないといえば仕方がない。何せセシリアは由緒正しい名家の生まれ。包丁を握った事も食材を選んだ事もないと言われても頷ける。見た目がいいのは本を見てなのだが、原作での彼女は見た目を意識し過ぎて、味が取り返しのつかない事になるのだ。おまけに素人特有の「特別な味付け」がさらにそれを加速させる。
「?どうかなさいましたか?」
「い、いや、何でもないよ。取り敢えず貰っておくよ」
分かっていても、断る事など出来ない。『偶然』と言ったが、もし彼女がわざわざ自身のために起きて作ってくれた可能性も捨てきれない以上、それはあまりにも無慈悲というものだ。故に食さなければならない。それがたとえ毒であったとしても。
「ええと、本当に僕が同席して良かったのかな?」
「おう。だいたい誘ったのは俺だしな。良くなけりゃ、誘わねえよ」
女子達に囲まれても一人一人丁寧に断っていくシャルルを見た一夏は「これでは昼飯もままならなさそうだな」と丁寧の二乗対応でお引き取りを願い、昼食に誘った。セシリアや鈴という同じ年代の同じ代表候補生がいれば話にも花が咲くだろうという考えの元、行動に至ったのだが、相変わらず謙虚なままだった。
「何はともあれ、男子同士仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、まあ協力していこう。わからないことがあったら俺か将輝に聞いてくれよーーーーー俺はIS以外で」
「一夏にはもっと勉強が必要だな」
「してるって。多過ぎるんだよ、覚える事が」
「ようはそれじゃ足りないって事よね」
「うっ……!わかってるよ」
鈴の鋭い指摘に図星を突かれた一夏は不貞腐れたように返事をする。鈴の言う通り、足りないことは自覚している。代表候補生のセシリアと鈴、束の妹である箒はともかく、いくらその道を志していたからとはいえ、同じ男子の将輝と知識的な部分では未だかなりの差がある。それは将輝の猛努力の結果で、それでも二人の差は日に日に縮まっているのだが、一夏はそれを知らない。
「気を遣ってくれてありがとう、一夏」
「まあ、これからルームメイトになる可能性もあるしな。ついでだよ、ついで」
「十中八九、一夏だと思うけどね。俺の部屋って改造されたせいで病院の個室みたいになってるから」
無人機襲撃の後、その時の傷はとても軽いものではなかった為、将輝の部屋はその時の名残で半ば病院の個室と化してしまっていた。そしてそれにより部屋の広さは必然的に狭くなり、二人で生活をするにはなかなか難しい状態となっている。以上の事から、シャルルが個室でない限り、一夏と同室になるのは必然的だった。
そんな話をしながらも将輝の箸は凄まじいスピードで進んでいた。どれをとっても「美味しい」の一言に尽きる。箒の女子力の高さに内心歓喜をしているが、その横にあるのはセシリアのサンドイッチ。食べなければならないが本能がそれを拒んでいる。しかし、美味しいものというのはすぐになくなる。ものの数分で弁当箱は空になり、残されたのはバスケットのみだ。
「箒、美味しかったよ。また作ってね」
「あ、ああ!お前が良いなら何時でも作ってやるぞ」
「さて、次はセシリアのを貰おうかな」
開けたバスケットからサンドイッチを手に取る。やはり見た目は完璧としか言いようがない。口に近づけて、さりげなく匂ってみても異常はない。これならいけるかも?と思う自分がいるが、それの三倍くらい騙されるな!と言っている自分がいる。かと言って、今か今かと将輝が食べるのを心待ちにしているセシリアがいる以上、例えそれが冥界へ誘う毒物だとしても食べなければいけないのが、男の哀しい性だ。
(ええい!ままよ!)
一口で地獄が終わるならとサンドイッチをまるまる一口で頬張る将輝。舌を襲う激しい攻撃に身構えるが…………
「…………美味い」
普通に美味しかった。普通にサンドイッチだった。サンドイッチと書いて殺戮兵器ではなかった。サンドイッチがサンドイッチしてた。地獄の使者ではなかった。
死の覚悟すらしていた将輝にとって普通の美味しさは感動的だった。震えそうになる声を抑え、涙が出るのを堪えながら、全てを食べ切る。
「美味かったよ、セシリア」
「それは何よりです。チェルシーから教わっていた甲斐がありましたわ」
将輝が関わったことで生じた齟齬。それはセシリアから『メシマズ』というかなり不名誉なあだ名を払拭させる事に成功していた。いくら彼女が食材も自ら選んで買ったことのない少女だとしても、三年も前から頑張れば壊滅的な家事スキルも人並みにはなる。それはセシリアの努力ゆえであるが。
「それにしても」
「?どうした、一夏?」
「男同士っていいな」
しみじみと何かを噛みしめるように言う一夏。其処には他意はないし、単純に全校生徒の中で男子二人よりも三人の方が良いという意味なのだが、何故か将輝は寒気を感じずにいられなかった。
「……男同士が良いって、あんたねぇ……」
「……不健全ですわ……」
「……馬鹿者が……」
女子トリオもまた一夏の微妙に危ない発言に白い目でそう呟いた。
「じゃあ、改めて宜しくな」
「うん。よろしく、一夏」
夜。夕食を終えて一夏とシャルルは部屋に戻ってきた。食堂では三人目の男子転校生と言うことで相変わらずの女子包囲網&質問攻めにあい、延々と続きそうなそれを適度な頃合いで切り上げてきたのだ。
そしてやはりというか、案の定、一夏とシャルルは同室になった。それで今は食後の休憩を兼ねて一夏が淹れた日本茶を飲んでいる。
「紅茶とは違って、不思議な安心感があるね、美味しいよ」
「気に入ってもらえて何よりだ。今度機会があったら抹茶でも飲みに行こうぜ」
「抹茶って畳の上で飲むやつ?あれって特別な技能が必要って聞いたけど、一夏は淹れれるの?」
「抹茶は淹れるじゃなくてたてるって言うんだぜ。俺も略式のしか飲んだこと無いけど、確か駅前に抹茶カフェってのがあるから、今度其処に連れて行ってやるよ」
「本当?嬉しいなぁ、ありがとう、一夏」
柔らかな笑みを浮かべるシャルルに、同性だとわかっていても思わずどきりとしてしまう一夏。自然体でしかも絶妙なタイミングでの優しい笑顔がその原因なのだろう。
「えーと、シャワーの順番とかどうする?日によって決めてもいいけど」
「僕が後でいいよ。あんまり汗とかかかないほうだから、すぐにシャワーを浴びなくても」
「そっか。じゃあ、ありがたく使わせてもらう。でもあれだぞ、遠慮とかしなくていいからな。何せ、男同士なんだし」
「わかってるって。それより一夏達っていつも放課後にIS訓練してるって聞いたけど、そうなの?」
「ああ。俺は他の皆から遅れてるから、地道に訓練時間を重ねるしかないからな」
「でも将輝も条件的には同じじゃないの?」
「そうなんだけど、あいつ元々IS研究者になる勉強とかしてたみたいで、知識は結構ある方なんだよ。操縦技術も俺よりあるし」
「へぇ。きっと努力家なんだね、将輝は。其処で一夏に相談なんだけど、僕もその放課後特訓に参加していいかな?何かお礼がしたいし、専用機もあるから少しくらいは役に立てると思うんだけど」
「おお、それはありがたい話だ。是非頼む」
「任せてよ」
ビシッと親指を立てて、サムズアップするシャルル。こうして公私ともに心強い味方を手に入れた一夏は、その日は同じ男子をもう一人得た安心感からぐっすりと眠りについた。