時間はあっと言う間に過ぎ、現在七時半。
大広間三つを繋げた大宴会場で、将輝達は夕食を摂っていた。
「うん、うむい!昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だなぁ」
「そうだね。ほんと、IS学園って羽振りがいいよ」
そう言って頷いたのは一夏の右隣に座っているシャルロット。因みに将輝は左で、その隣には箒が座っている。
今は全員が浴衣姿だ。どういう決まりなのか、『お食事中は浴衣着用』なのだ。普通は禁止するものだが、その辺りは店の決まりである以上、なんとも言えない。
ずらりと並んだ一学年の生徒たちは座敷なので当然正座。そして一人一人に膳が置かれている。
メニューは刺身と小鍋、それに山菜の和え物が二種類。それに赤だし味噌汁と御新香。
これだけ書くと一般的な旅館だが、刺身はカワハギで、しかも肝付ととても信じられないものだ。
「あー、うまい。しかもこのわさび、本わさじゃないか。凄えな、おい。高校生の飯じゃねえぞ」
「確かにな。こりゃ研修っていうよりただの旅行だ」
そう言いながらも将輝はとても美味しそうにご飯を頬張る。おかずが美味しければ白米を食べる箸が進むのは当然だと言える。
「一夏」
「何だ?シャルーーーッ!?!?!?」
シャルロットに呼ばれて、そちらの方に向くと、一夏の口に刺身+本わさの塊が入れられる。突然口の中に入った食べ物を反射的に食す一夏。その姿は一見「はい、あーん」的な感じで差し出された料理を食べたように見えるが、直後本わさのダメージを受けた一夏の悶絶に周囲の人間は「あちゃー」といった表情をするが、シャルロットはシャルロットで何処か楽しそうな表情を浮かべていた。
「何するんだ!シャルロット!」
「一夏が凄いっていうから、あげたら喜ぶかと思って」
「確かに嬉しいけどあれはそのまま食べるものじゃ…………いや、シャルロットも食べてみろよ、あれ、美味いぞ?」
其処でピコン!と一夏の頭の上で電球がついた。シャルロットの悪戯に自身も同じように返してやろうと考えたのだ。
「わあっ、ホントに?じゃあ一夏のやつちょうだい」
「おう、いいぞ」
そう言って一夏も刺身上に本わさの塊を乗せて、シャルロットの方に差し出す。
「はい、あーん」
「あーん♪」
ごく自然に行われたそれに思わず女子達は目を見開く。二人しかいない内の男子の一人とカップルのような真似が目の前でシャルロットと行われているのだ。代償が本わさの塊を食す事だが、それも十代女子の溢れるパワーで何とかなるというものだ。
シャルロットはモグモグと口を動かす。一夏は次に来るであろうリアクションに期待を込めて待つが、シャルロットは表情一つ変える事なく食べ切った。
「ホントだ。風味があって美味しかったよ」
「嘘……だろ?本わさまるまる食って無傷だって……?」
「俺でも半分が限界だな」
「最早新人類だな、シャルロットは」
一夏達が各々にシャルロットの凄さに様々な感想を言う中で、当の本人はキョトンと首を傾げる。
「将輝」
「何?」
今度は箒が先程の一夏やシャルロットと同様の行動に出た。将輝は口に入った食べ物を食べる事なく、箒の箸をくわえたまま、ダラダラと冷や汗を流している。
「安心しろ、本わさの塊なんて乗っていない」
そう言われて、箒の膳を見ると、本わさの塊が残っていた為、将輝は安心して食べた。
「びっくりしたぁ〜、箒もシャルロットの同じ事してきたのかと思ったよ」
「何を言う。私はあんな事はしないぞ。………ただ」
「ただ?」
「私もしたのだから、将輝も私にすべきだ」
どういう理屈なのか、やられたらやり返す倍返しだ的な感じで、見返りを求めてきた。因みに国語的には倍返しだの使い方は間違っていると某H先生は言っていた。倍返しは良い意味で何かをお返しするという意味らしい。
「わかった。じゃあ、あっち向いて」
「いや、其処からしなくていい。ただ食べさせてくれるだけで………」
先程のシーンを再現しようとした将輝を箒が制する。将輝は結局食べさせて欲しかっただけという事実に意味がわからず、首を傾げつつも、取り敢えず箒に言われた通りにする。
「?そうなんだ。じゃあ、あーん」
「あ、あーん」
やや恥ずかしそうに開かれた口に将輝は刺身を入れる。 箒はそれを頬張りながら、何度も何度も頷き、とても満足そうな表情を浮かべる。
「良いものだな」
「確かに美味しいよね、これ……あ」
将輝は何気なく食べていて気がついた。つい先程自身の使用する箸で箒に刺身を食べさせた。そしてその箸で自身は今刺身を食べた。つまり間接キスをしたという事だ。
それがわかった途端に将輝は顔を赤くし、ちらりと箒の方を見ると、箒も心なしか顔が赤く見える。
(もしかして気づいてた……?いや、気づいてたらそんな事しないか。多分、今気づいたんだな)
そう自分に言い聞かせて食事に戻ろうとするが、箒の口がついた箸と考えるとつい使用するのが躊躇われ、生唾を飲んでしまいそうになる。
(何を気にする必要がある……これは俺の箸なんだ。何も気にする必要はない)
自身にそう言い聞かせて、ようやく将輝は食を再開するのだが、それでもやはり気になって、この後の食事は味を全く覚えていなかった。
「ふ〜、さっぱりした」
「久々の温泉は気持ち良かったな」
海を一望できる露天風呂を二人で使った将輝と一夏は、かなりの上機嫌で部屋へと帰ってきていた。
千冬姉もいない辺り温泉に入っているのだろうか?そう考えているとちょうど千冬が帰ってきた。
案の定、温泉に行っていたようで、その髪はしっとりと濡れている。
「ん?何だ、お前達二人か?女の一人も連れ込まんとは詰まらん奴らだ」
「だから……はあ、もういいよ。それは」
「大体、連れ込んだら、怒るのは織斑先生でしょう」
「当たり前だ。教師の前で不純異性交遊など」
先程、あんな事を言っておきながら、やはりというべきか、千冬は女を連れ込むのを許可しない。大体、ここは二人の部屋である以前に『織斑先生』の部屋である。いかがわしいことを目的に連れ込んだら、後でどんな目にあうかは火を見るよりも明らかだ。
「なあ、千冬姉」
ごすっと鋭いチョップが一夏の頭を襲う。
「織斑先生と呼べ」
「まあ、それはいいじゃん。俺たちしかいないし、風呂上がりだし、久しぶりにーーー」
自身そっちのけで進められる話に将輝は一旦席を外すのだった。一夏がシスコン過ぎて居場所が無くなった件。
食事を終えた後、再度シャワーを浴びて、セシリアが向かったのは将輝達のいる部屋だった。
これといってやましい気持ちがあるわけではない。ただ、海に泳ぎに行った際、将輝がいなかった為に話す機会がなかったのだ。食事中は自身に課せた決まりとして話す事はしないし、何より正座をするというのがセシリアにはハードルが高く、こうして自由時間である今、将輝のいる教員室へと向かっているのだ。
部屋の前に着くと、其処には箒に鈴、シャルロットにラウラとある意味いつものメンバーが入り口のドアに耳を当てて、何やら盗み聞きをしている。
このまま話しかけても良かったが、盗み聞きをしている四人の表情はとても真剣だった為、自身も足音を立てずにすすっと四人の元に近づく。
「皆さん、何をしてますの?」
「聞けばわかるわ」
鈴がそう言ってセシリアに場所を譲る。するとドアの向こうから声が聞こえてきた。
『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』
『そんな訳あるか、馬鹿者ーーーんっ!す、少しは加減しろ……』
『はいはい。んじゃあ、ここは……と』
『くあっ!そ、そこは……やめっ、つぅっ‼︎』
『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね』
『あぁぁっ!』
(ななな、何ですの!これは……ッ!)
決して声には出さず、けれどその表情はひくひくと口元を震わせ、引きつった笑みを浮かべている。四人の表情を見てみると、同様に引きつった表情を浮かべる鈴とやはりかと悟った表情の箒、顔を真っ赤にして妄想爆発状態のシャルロットに冷静に中の状況を分析するラウラと他者多様だった。
『じゃあ次はーーー』
『一夏、少し待て』
二人の声が途切れ、全員があれ?と思ってドアによりぴたりと耳を寄せーーーーー
バンッ!
『へぶっ‼︎』
思いっきり、ドアに殴られた。
打撃の刹那に反射的に漏れた声は十代女子にあるまじき響きをしていた。
「何をしているか、馬鹿者ども」
「は、はは……」
「こ、こんばんは、織斑先生……」
「わ、わたくし達は偶然通りかかっただけで……」
「そ、そうなんです、そしたら偶々声が聞こえて……」
「中から教官と織斑一夏の怪しげな声が聞こえた為、全員で盗聴を行っていた次第です」
『ちょっ⁉︎』
千冬の問いにラウラがあっさりと自白する。相変わらず彼女の優先順位は何事においても織斑千冬が一番であった。それを聞いた千冬は「はぁ……」と溜め息を吐き、全員に部屋に入るように促す。
「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」
『えっ?』
予想外の言葉に目を丸くする五人は、何処かぎこちない足取りで部屋へと入る。
「何を突っ立っている。ほれ、全員好きな所に座れ」
言われた通り、各人が好きな場所(といってもベットとチェアの二択)へと座った。
「ふー。久々だから汗かいたな」
「手を抜かんからだ。要領良くやればいい」
「いや、折角日頃世話になってる相手にするんだから、全力でするのは当然だって」
「愚直だな」
「たまには褒めてくれてもバチは当たらないと思うぞ、千冬姉」
「どうだかな、お前は褒めるとすぐに調子に乗るからな」
楽しそうに会話する二人を見て、全員がやっと状況を飲み込む。つまり、今しがた盗み聞きしていた千冬の声はただマッサージをしていただけだということに。
それを理解した五人は脱力したり、妙な強がりを見せたり、初めから分かっていたような口ぶりで言い訳したり、想像と違う事にややがっかりしたり、勘違いを口から漏らしそうになったりと様々な態度を見せた。
「まあ、お前はもう一度風呂に入ってこい。部屋を汗臭くされては困る」
「ん。そうする」
「ああ、それとその時に藤本を見かけたら、外で時間を潰してこい、と伝えておけ」
「?わかった。そういや、将輝何処に行ったんだろう」
うーんと唸りながら、一夏はタオルと着替えを持って部屋を出る。
『……………』
どうしていいのかわからない五人は、言われたまま座った所で止まってしまっている。それを見兼ねた千冬が助け舟にと自ら話を切り出した。
「しょうがない奴らだ。どれ、私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」
いきなり名前を呼ばれて、箒はびくっと肩をすくませ、言葉がすぐに出てこずに、困っていた。
そうこうしていると千冬は旅館の備え付けの冷蔵庫を開け、中から清涼飲料水を五人分取り出していく。
「ラムネとオレンジとスポーツドリンクにコーヒー、紅茶だ。それぞれ他のがいい奴は各人で交換しろ」
そう言われたものを順番に箒、シャルロット、鈴、ラウラ、セシリアと受け取った全員が渡されたもので満足だった為に交換会は起きず、全員が「いただきます」と言って飲み物を口にする。
女子の喉がごくりと動いたのを見て、千冬がニヤリと笑った。
「飲んだな?」
「は、はい?」
「そ、そりゃ、飲みましたけど」
「まさか、何か盛られてましたの?」
「失礼な事を言うな。何、ちょっとした口封じだ」
そう言って千冬が新たに冷蔵庫から取り出したのは星のマークが入った缶ビールだった。
プシュッと景気のいい音を立てて飛沫と泡が飛び出す。それを唇で受け取って、そのまま千冬はゴクゴクと喉を鳴らした。
全員が唖然としている中で、千冬は上機嫌な様子でベッドにかける。
「ふむ。本当なら一夏に一品作らせる所だが、この際それは我慢するか」
いつもの規律正しく、全面厳戒態勢の『織斑先生』は何処へやら。その規律を自ら破っている千冬に女子全員がポカンとする。特にラウラは、さっきから何度も何度も瞬きをして、目の前の光景が信じられないかのようだった。
「おかしな顔をするなよ。私だって人間だ。酒くらいは飲むさ。それとも、私は作業オイルを飲む物体に見えるか?」
「い、いえ、そういう訳ではありませんが、仕事中なのでは……」
ポカンとした表情のまま、ラウラが千冬にそう言う。
「確かにな。だが、口止め料は払ったぞ」
千冬はそう言って五人の手元にある飲み物を指差すと、五人ははっとしたように自身の飲み物を見やる。
「前置きはこのくらいにして本題に入るか」
二本めのビールをラウラに言って取らせ、また景気のいい音を響かせて千冬が続ける。
「ぶっちゃけあいつらの何処が良いんだ?」
あいつら、と言ってはいるが、この学園で女子に対しての質問でのあいつらとは一夏と将輝の事を指している。
「それは……その……」
「言葉で表現しづらいといいますか……」
聞かれてそう答えたのは箒とセシリア。彼女らにとって、何処が良いと問われればそれはもう全てと答える。けれど、そう思った理由を問われればそれはかなり長い話になる。何故なら彼女らにとって彼との出会いはそれ程まで大きく複雑なものだからだ。
「ふむ。あまり長々と話されても困るし、そう言うなら構わんが、他の三人はどうだ?」
「え!あ、あたしは、その……ヒーローみたいにかっこいい所です、ね」
「無鉄砲な馬鹿とも言えるがな。次、デュノアは?」
「ふぇ?えーと、私は気がついたら目で追ってた的な感じで……」
「自分でもよくわからない……か。曖昧な返事ばかりだな」
鈴以外の三人がマトモに解答していない所為か、何処か不機嫌そうな千冬。おそらく彼女らの話を肴にでもしてビールを飲もうとしていた事が伺えるが、それは失敗だと言える。
「最後にラウラだが………」
「残念ですが、教官の望むお答えはお返し出来ません」
やはりかと千冬は溜め息を吐く。周囲の女子生徒達から見れば一見、ラウラが将輝を追い掛け回しているのは好意からと思うが、その実、それは好意よりも敬意からくるものであるのは、同じ感情のベクトルが向けられていた千冬にはすぐわかった。ただ、千冬の時はそんな行動は取らなかった辺り、脈はないわけではない。といったレベルだ。
「どいつもこいつもつまらんなぁ。もう少し腹を割って話をすればどうなんだ」
ゴクゴクと缶ビールを飲み干した千冬が頬を赤く染めながらそう言う。因みに今飲み終えたのは五本目だ。
「何、自棄酒してるんですか、織斑先生。傍目から見ればただの駄目人間っすよ」
そうツッコミを入れるのは今しがた帰ってきた将輝だった。その姿を見た千冬はこの際誰でも良いとばかりに問いを投げかけた。もう無差別である。
「藤本。お前の好きな奴は誰だ?」
無差別でおまけに女子のように であるが、どちらかわからないといった風ではない。名指しだ。それに箒とセシリアは当然ながら、他の三人も他人の色恋沙汰という事もあり、興味津々に聞き耳を立てている。
「言いませんよ」
「ほう。それはこの中にいるからか?」
「そう取ってもらって結構です。けど言いません」
「ここまで来たら、黙秘権はないぞ、話せ」
「何でないんですか………山田先生呼んできますよ」
「それはマズいな。行かせる訳にはいかん!」
真耶を呼びに行こうとする将輝を後ろから羽交い締めにする千冬。流石のブリュンヒルデのパワーは酔っていてもなお健在で、将輝は千冬の拘束から逃れられずにいた。
「ていうか、酒臭⁉︎どんだけ、酒飲んだんですか⁉︎」
「堅いのはこの際抜きだ。何ならお前も飲むか?」
「飲みませんよ‼︎離してください‼︎」
「離せばお前は真耶の所に行くだろう?なら無理だ」
「く、……おおっ!は、な、れ、ろぉぉぉ!」
「無駄な足掻きだ。どれだけ腐っても私はブリュンヒルデなのでな!はっはっはっはー」
「クソ、滅茶苦茶腹たつぞ、その笑い方。いいから離れてください、いや離れろ、この酔っ払いブラコン!」
「ほう………大きく出たな、藤本」
あ、マズい。そう思った時には遅かった。羽交い締めの姿勢から態勢を変えて放たれたのはコークスクリューバックドロップ。放ったのがブリュンヒルデで、床が畳ではなく木の板という事もあり、将輝はいとも容易く沈黙した。
「私は身内ネタでからかわれるのが大嫌いだ……ヒック」
織斑千冬。どれだけ酔っていても身内ネタでいじられるのだけは許せなかった。
この後、コークスクリューバックドロップの時に聞こえた音を聞きつけた真耶によって、千冬はこんこんと説教される事になった。