旅館の一室。壁の時計は既に四時前を指している。
既に三時間以上も目を覚ましていない将輝の横に控えている私ーーー篠ノ之箒は、ずっとこうして横に控えていた。
ベッドに横たわる将輝は力なく横たわっていて、時折痛みに顔を歪めている。
ISの防御機能を超えて人体に届いた熱波に身を焼かれ、将輝の至る所には包帯が巻かれている。それは私を庇った時の傷もそうだが、その後、おそらく私と一夏を逃がすために福音と対峙した際につけられた傷が目立っていた。
(私のせいだ………私の力が足りないばかりに………)
不意に頭をよぎる思い出の中でも将輝は微笑んでいた。本来なら苦痛に顔を歪め、意識も飛びそうな程であるのに、将輝は笑って私達を逃がすと言った。
何時しか将輝は言っていた。
俺は弱いから、最悪皆の盾くらいにはなる、と。
本当に盾になってどうするのだ、馬鹿者。お前がそんな状態になってしまっては意味がないのに。
私が力に溺れたばかりに、心が弱かったばかりに。こうなってしまった。
やっと、将輝の隣に立てる力を得たかと思うと、それを証明したくてたまらなかった。もう足手まといではないというところを見せたかった。なのに、私はまた力に溺れて将輝をこんな目に合わせてしまった。
今でこそ、落ち着きを見せてはいるが、未だ命は危険な状態である事に変わりはない。重傷の状態で福音にさらにトドメの攻撃を受けたんだ。はっきり言って即死じゃない方が奇跡とまで言われた。それは将輝の怪我具合を見れば素人の私にも痛い程わかった。
結局、私は将輝と出会った頃と何も変わってはいなかった。もう力に溺れはしない、そう思っていただけで、その実根底はそのままだった。
変わっていたと思い込んでいただけだった。
私は一体何処まで愚かな人間なんだ……。
本当ならいの一番に駆けつけたい筈のセシリアは将輝の仇を取るべく、ISのパッケージをインストールしている。私のようにただ祈るという無駄な行為ではなく、セシリアは戦う道を選んだ。本当にあいつは強い人間だ。私なんかとは比べものにならないくらいに。
「一体、私はどうすればいいのだろうな……将輝」
こんな状態だと言うのに、結局私は将輝に答えを求めてしまう。
問えば答えが返ってくる。そんな気がして仕方がない。けれど将輝から返ってきたのは無言の返事。
それに私は強く拳を握り締める。自分があまりにも不甲斐なさ過ぎて、どうしようもないくらい惨めで。
ふと、そんな時、私にある一つの疑問が浮かんだ。
「私はどうして将輝を好きになったのだろう………」
至極単純で、それでいて複雑怪奇な問題。
あれ程まで一夏に依存していた私が、何故将輝を好きになったのか。
深く考えた事はなかった。好きになってから、それが当たり前と化していた。しかし今思うと好きになったキッカケは何処かにあった筈だ。
そんな事を考えている状況ではないのはわかっていた。けれど、考えずにはいられなかった。こんな時だからこそ、私は理由を探さずにはいられなかった。
そんな時、私の脳裏をとある出来事が過ぎった。
「そういえば、何故将輝は私と行動を共にしているんだ?」
部活動を終え、帰る準備をしていた時、私は何気なく将輝に聞いた。
これと言って深い意味はなかった。ただ、私と違って、将輝には他にも友人がいる。けれど、将輝は何時も私と行動を共にしていた。何時もは気にならない事なのに、今日だけは無性に気になった。
「うん?それはもちろん箒といたいからだけど?箒といると楽しいし、癒されるからね」
まるで当然と言わんばかりに将輝はさらりとその言葉を口にした。あまりにも自然と放たれた言葉に私は一瞬理解が追いつかなかったが、すぐに理解して、顔が熱くなるのを感じた。
「お、お前というやつは…………よくもそんな歯の浮くような台詞が出てくるな……」
「へ?何が?」
…………もしかして自覚がないのか?ますます一夏と似ているような気がしてならないな。
「逆に箒は俺以外の人といるのを見ないけど……」
「そ、それは………」
言えない。将輝以外の友人がいないなど……………多分、本気で心配される。
「ま、まあそれはさておき」
「露骨に話を逸らしたね。ま、いいか」
「将輝はもう少し他の友人との時間を大切にした方がーーー」
「その必要はないね。俺にとっては箒との時間が何より大切だから」
まただ。こいつは私の心を見透かしたかのように私の求める答えを返してくる。それが嘘偽りない本心からの答えで、将輝ならきっとそう言うと思っていたからこそ、私はこんな質問をしたのかもしれない。少し前までの四六時中気を張っていたのが嘘と思えるくらい、篠ノ之箒は藤本将輝を信頼している。
先日の一件が思ったよりも私の心を揺さぶったからなのだろうか?
一夏と引き離され、両親とも離れ離れになり、ただ一人孤独に各地を転々とする日々。
何処へ行っても周囲の人間は私を【篠ノ之束の妹】として接してきた。
大人達は当然ながら、同世代の者達すら、私の顔色を伺いながら、私の気に触れないように気を配っていた。私にとっては、寧ろその気配りが苦痛だった。苛立ちを感じずにはいられなかった。
結局、私には一夏しかいないのだと。転校を繰り返す度にその思いが強くなっていった。
けれど、それも将輝が転校してきた事で終わりを告げた。
あの人がISを世界に発表して以来、初めて私を【篠ノ之束の妹】としてではなく、【篠ノ之箒】として接してくれた唯一の男子。
自分自身を抑制する枷である筈の剣道をただの暴力に貶めていた私に剣の道を思い出させてくれた恩人。
名前で呼び合うようになった後も一人でいる事の多い私を何かと気にかけてくれていた。
私がリボンを無くした時も、風邪で倒れた時も、助けてくれたのは将輝だった。
将輝がいてくれたから、私は私を取り戻す事が出来た。
最近、私は悪夢を見る事が無くなった。夢の内容は覚えてはいないが、朝は何時も酷い顔をしていたので、碌な夢を見ていないのはわかった。けれど、それも急に無くなった。将輝が寝言で呟いたあの言葉。ただの寝言だとわかっている、誰に向かっていったのかはわからない、それなのに私はその言葉に安心感を与えられた。
悪夢のような日々を、凍っていた心を溶かし、救ってくれた人。
そう。私は救われていた。織斑一夏ではない藤本将輝という一人の男子に。
「ほ、箒?どしたの?」
初めて将輝が焦ったような表情で私に問いかけた。
「何がだ?」
「いや、
私が泣いている?
言われて、頬を触ると濡れた感触が手に伝わった。確かに私は泣いている。けれど理由がわからない。
「何故泣いているんだ……ッ!」
「よくわからないけど、俺の所為かもしれないから取り敢えず謝るね。ごめん」
「違う。将輝の所為ではない…………私の心が弱い所為だ」
「まさか、それこそ違うよ」
「え?」
「箒の心は弱くなんかない。箒は女の子なんだから、悲しいと泣くし、嬉しいと喜ぶのが普通だよ。寧ろ、今の今までたった一人で戦ってきたんだから、強いくらいだ。俺には出来ない」
「………そう言ってくれたのはお前が初めてだ」
一夏も私の事を女子として扱ってはくれたが、言葉に出してそういう事はなかった。おそらく私を対等な相手として見てくれていたからなのだろうが、ある意味ではそれは私に負担だったのかもしれない。
「それにしても良かった。箒が俺の前で泣いてくれて」
「?どういう意味だ?」
「ああ、別に変な意味じゃないよ。ただ、泣いてるのは前にも見たけど、こうして俺の前で泣いてくれたって事はそれくらいは俺の事を信頼してくれてるって事だと俺は思うんだ。勝手な思い込みかもしれないけどさ。もちろん泣いてるより笑ってる方が良いよ?そっちの方がずっと似合ってるから」
「ふふふっ。何だそれは、口説いているつもりか?」
「何でそうなるのさ⁉︎何もおかしい事は言ってないだろ?」
「冗談、からかっただけだ」
「むぅ。箒ってそんな性格だったっけ?」
「まあな」
こういう感じに人をからかったのは将輝が初めてだ。どちらかというと何時もからかわれているのは私だからな。将輝が相手だとついガラにもない事をしてしまう。そう思っていた時、急に将輝に抱き締められた。
何事かとそう問おうかとした時、不意に耳元で囁かれた。
「俺は箒の全部を護りたい。似合っていても、そうでなくても、美しくても、醜くても、全部が篠ノ之箒だから、俺はそれ全部を護りたいんだ」
「…………」
「……なんてね。口説くっていうならこんな感じかな。俺なりに仕返しのつもりだったんだけど………………あれ?箒?おーい」
完全に不意を突かれた。今度は一夏と被って見える事はなかった。けれど、先程の表情も声も温もりも私の心に深く残ってしまった。
将輝が私に何か言っているが、それも酷く遠いように感じてしまう。
全ての音が遠く聞こえ、顔も熱いし、考えもまとまらない。
この時からかはわからない。もしかしたらそれよりも以前にそうであったのかもしれない。けれど、少なくともこの時点ではそうなっていた。
織斑一夏ではなくーーーーー
「………あぅ」
藤本将輝に惚れていた。
こうして、思い返してみれば、なかなか恥ずかしい記憶だ。はっきり言って思い出した今、滝にでも打たれて煩悩を払いたいと思う。
しかし、今はそんな事をしている場合ではない。
恥ずかしさに身悶えるのは全てが終わった後だ。それに私だけ恥ずかしい思いをするというのは不公平だ。また将輝が起きた時にでもあの時の話をして、一緒の思いをしてもらわなければ。
その前に、私にはすべき事がある。
将輝をこんな目に合わせてしまった私自身の後始末と敵討ち。
この思いはどちらも一方的なものだ。何せ両方悪いのは私なのだから。
私が力に溺れなければ、戦場のど真ん中で一夏に説教を受ける事もなかった。そして敵の目の前でショックを受けて無防備な状態を晒すことも無かったのだから。
だが、そうとわかった上でも私はそうしなければいけない。気が済まない。
また唯の八つ当たりをしているだけなのかもしれない。湧き上がる怒りを何かにぶつけたいだけなのかもしれない。
けれど、次は力に飲まれはしない。もうそんな失態は晒さない。だから………
「お前は私の帰りを待っていてくれ………将輝」
私は髪を束ねていたリボンを外し、将輝の左腕に巻く。包帯を巻いている中、一つだけリボンというのは酷く目立つ。何より後で来る先生方に外されるかもしれないが、とにかく今はこうしていたい。
「必ずお前の敵は私が取るからな」
そう言って部屋を出ようとしたその時
「それを言うなら、俺たちが、だろ?」
「一夏……」
扉を開けて入ってきたのは一夏を含めた専用機持ちの面々。
「どうして」
「どうしても何も将輝がそうなった原因は俺にもあるんだ。敵を討つ理由は俺にだってある」
「将輝さんをそんな目に合わせた方にはそれ相応の責任を取ってもらいます。貴方にも一夏さんにも、何より福音にも」
「あたしの獲物を取ろうとする奴は誰が相手でも許さないわ」
「将輝は大切な友人だからね。友人を傷つける奴には加減なんてしないよ」
「折角見つけた良い人材を他国の暴走IS如きに取られてたまるか」
そうか。こんなにも将輝は皆に大切に思われているんだな。
当然か。私が惚れたのはそんな将輝なのだから。
何回も書き直した結果、これです。
箒が将輝に惚れた理由を頑張って書いたのですが、おそらく納得されない方もいるかもしれませんが、すみません。これが作者の限界です。
次回、福音戦。そして将輝に何かがっ⁉︎