一日二時間の掃除を始めて三日が経過した。
未だ束は連絡を寄越さないが、特にすることのない将輝は掃除作業に精を出していた。
生徒会室はようやく三分の一がかたづいたものの、未だ三分の二は散らかったままだ。
何が将輝の掃除の進行を妨げているかというと、書類の整理が出来ていない事が原因だ。
ただの紙なのか、それとも重要な書類なのかを判別しながらしている為、より時間がかかってしまう。おまけに生徒会メンバーは揃いも揃って、掃除の時は部屋にいない。いても邪魔になるのは確かではあるが、せめて書類の整理だけはしてほしかった、というのが偽らざる本音だ。
「後、邪魔しにくるのも勘弁願いたいな、篝火さん」
「おや?気配も足音もバッチリ消してた筈なのによく気づいたね、少年」
「こういう事には敏感なんだよ、少女」
背後から音もなく忍び寄ってきたヒカルノに視線を向ける事なく釘をさす将輝。
「で、何しにここに?」
「ちょっち、忘れ物を取りに来ただけさ。あ、あったあった」
ヒカルノは壁に掛けられてあった白衣を取ると、すぐにそれを羽織る。彼女が研究者である事を知っているからか、白衣を着ている姿は非常に様になって見えていた。
「それにしても、よくもまあ赤の他人が使っている部屋の掃除なんてする気になったねぇ」
「暇だから、それに織斑がいなきゃ今頃路頭に迷ってる」
本当に心の底から千冬には感謝している。彼女がいなければ将輝は半ばホームレスと化していただろう。或いは最終手段としてゴロツキ共をぶちのめしてトップに君臨するか、どちらにしても碌な状態ではないのは確かだ。
「つまるところ恩返しって訳ね。殊勝な心掛けだ」
「まあ、これだけ部屋が汚いと気になって仕方がないっていうのもあるけどな。本当、よくこんな所にいて、身体壊さないよな」
「天才は風邪なんて引かないんだにゃあ」
「それって馬鹿の間違いじゃないのか?」
「馬鹿と天才は紙一重って言うぐらいだから、間違っては無いはずさ」
馬鹿と天才は紙一重。将輝は束と出会ってから、その言葉の深さを噛み締めていた。あの奇人変人でも、世間に認知される何かを残せば天才になる。しかし、何も残せなければただの阿呆だ。つまり馬鹿か天才かは大衆に認められるか否かで決まると言っても過言ではない。
「………一つ聞いていいか?」
「何でもオーケーだよん」
「生徒会って何でこんなにバラバラなんだ?」
この三日間で疑問に思っていた事。
それは生徒会メンバーの事についてだ。
こうして何度か千冬や静やヒカルノが訪れる事はあった。しかし、三人とも一人でしか来ず、誰か一人が入ってくれば誰か一人が出て行く。それはさながら元恋人同士や喧嘩している最中の親友同士のような特有の気まずさがあった。
「どうしてバラバラだと思う?」
ヒカルノの質問に将輝は頭を悩ませる。
別に彼女達は嫌悪しあっている訳でも避けている訳でもない。そりが合わない訳でもないし、ライバル意識を持っているわけでもなかった。そうただ純粋にーーー
「興味を持ってない」
「正解」
そう言って大袈裟に拍手をするヒカルノだが、次の瞬間には拍手するのを止めて何処か呆れたような表情で話し始めた。
「私達は生徒会メンバーっていう一括りの人間だけど、その実、皆向いてる方向はバラバラ。その最たる例が篠ノ之束だ。彼女にとっては織斑千冬以外眼中にないし、織斑千冬自身もそれに近い。だから私や黒桐とは殆ど口を利かない。別に会話を楽しみたい訳じゃないからいいけど。そもそも生徒の抑止力になる為にこの生徒会を立ち上げた教員達も機能さえしてくれればお仲間ごっこなんて求めていないしさ。そうなると互いを殆ど無視してる私達生徒会は、必然的にバラバラの行動を取るわけ。何せこの生徒会にいるのは学問と実戦の首席と次席なんだから、チームワークなんてなくても問題なく回る。最も首席と次席の間には越えられない壁があるわけだけど。個々のスペックが高いから噛み合わない歯車も辛うじて動くってわけさ」
「でも、それじゃ足し算も出来ない。それどころか」
「引き算になる、かい?その通りだ。言ったろ?辛うじて動いてるって。文句は言われない程度には動いているが、私達の成績を考えれば部屋が汚い事はさて置き、こんなにも書類の山が出来るなんてありえない。それどころか暇過ぎて君と同じく退屈に押し殺されそうになってるところさ。この生徒会が他の生徒から何て噂されてると思う?ーーーーー『最凶最低の生徒会』だよ。優秀な人材を集めただけで結果必要最低限の役割しかしていない最底辺の組織。これじゃまだ中学生の方が仕事が出来るって」
「どうにかしようとは思わないのか?」
「思わないね。私は何もお仲間ごっこがしたくて、ここに来たわけじゃないからね。自分が好き勝手できて、それが世間に評価してもらえるからここにいるんだ。仲良しこよしで学園生活を送りたいなら、もうちとマシな所を選んでる」
彼女の言うとおりだ。
この学園は仲良しこよしで青春を謳歌するには些か無理がある。国から他国を出し抜くようにと仕込まれている生徒達にとって、友情とは素直に育めるものではない。同国の人間に関してその限りではないにしろ、この学園での日本人と外国人の割合は4:1。つまり五人に一人は外国人なのだ。それでも四人は日本人であるが、同じ日本人同士とは言っても競争相手である事実に変わりはない。それ故に
「第一だ。私と黒桐に関していえば織斑と篠ノ之っていう化け物達の補佐でしかない。スペアにすらなり得ないんだよ、私と黒桐は。それ程までにあの二人は絶対的で圧倒的な存在だ。一つ聞くけど、少年は自分の事を人と見ていない人間と仲良くしようと考えるか?」
答えはもちろんNOだ。
格下扱いされていたり、嫌っているだけならどうにかしようもあるだろう。けれど、そもそも人として認識されていないのなら、対等な関係を気づくどころの問題ではない。
「ま、無理な話さ。それにこの最凶最低の生徒会も私達が卒業すれば次に引き継がれる訳だから、問題はないさ…………っと長話が過ぎたにゃあ。これ以上少年のお仕事を邪魔しちゃうと悪いから、お暇するよん。はい、これあげる」
「ポッキー?」
「いやぁ、少年とポッキーゲームしようと持ってきたんだけど、シリアスな雰囲気になっちったから、そういう気分じゃなくなったからさ、あげるよ」
「ありがとう。後、悪かったな、篝火」
「良いって良いって。私が何でも聞けって言ったんだし」
「ついでに言うと同い年の人間に少年はやめろ。名前で呼んでくれ、藤本でも将輝でもいいから」
「少年が私の事をヒ・カ・ル・ノ♡って呼んでくれたら良いよ」
「じゃあヒカルノ。俺の事は将輝って呼んでくれ」
事も無げにあっさりと彼女の名前を口にする将輝。しかし、顔を其方に向けていないため、ばれてはいないが若干将輝の目は泳いでいる。IS学園での生活でかなり慣れたが、元々将輝はあまり女子の相手をするのが得意ではない。高校でも女子を呼び捨てにした事など無かったし、そもそも下の名前で呼んだ事もない程だ。だがいくら得意でなくとも慣れはするのだ。もっとも一夏ならば相手の目を見てそう言えるのだろうが、それは些かハードルが高い。
「…………うん、わかった」
からかうつもりだったヒカルノからしてみれば、将輝のあまりにもあっさりとした態度には面を食らっていた。何せ、初対面時に彼女は将輝が異性の相手をするのは苦手なタイプである事は見抜いていたからだ。しかし、いざ実行に移せば逆に思わぬ反撃を受け、思わず素で返してしまっていた。だが、其処で諦める彼女ではない。
「それじゃ、お仕事頑張ってねぃ、将輝♡」
猫撫で声全開で発せられた自身の名前に思わず身震いする将輝。それを見届けたヒカルノはしてやったりと「うははは」と笑いながら生徒会室を出て行った。すると入れ違いで不思議そうな顔をして入ったきたのは静だった。
「篝火の奴、えらく機嫌が良さそうだったな。何かあったのか?」
「反撃したら、手痛いしっぺ返しを食らったよ」
「それは災難だったな」
「全くだ。それで黒桐は何しに此処へ?」
「私か?将輝と少し話がしたくてな、邪魔ならすぐに退散しよう」
「別に良いよ。無心でやるのにもそろそろ疲れてきた」
なんやかんやでヒカルノと話しながら作業をするのは進行スピードこそやや落ちたものの、同じ作業に病みかけていた将輝としてはいい気分転換にはなった。それに静は邪魔はしてこないだろうと踏んでいるので、別に良いかと肯定した。
「篝火の奴とは何の話をした?」
「ん?生徒会の事かな」
「という事は、生徒会が何と呼ばれているかも知っているという事だな」
「ああ。ヒカルノは『最凶最低の生徒会』って言ってた」
「全く酷い話だろう?勝手に選出した挙句、このザマだ。教員達もおそらく私達の事はアテにしていないだろう。問題が起これば生徒会に投げて、面倒事は回避する。まあ言ってしまえば社会の摂理だ。いくら優れていても権力には勝てんということさ」
「良くても悪くても初めての奴は後の人間達の経験値になる……か。教師が取っていい選択じゃないな、それ」
違いない、と肩をすくめてみせる静。彼女としても現状には不満が無いわけではない。だからこうして愚痴をこぼしてしまっている訳だが、だからといってどうこうできる問題でもない。権力の前には何事と無力なのは世の常であり、自然の摂理だ。ましてや生徒会とはいえ、一学生である事に変わりはない以上、その摂理には抗うことは出来ない。
「そういえば、何で黒桐はこの学園に?」
「私か?自慢話になるが、私は小中学とも男子にモテてな。私としては誰とも付き合う気は無かったし、タイプでもないから、全部断った訳だ。因みに告白された回数は二百くらいかな?それと同じくらい女子には罵倒されたが、トドメにストーキングだ。もちろん全員見つけてぶちのめした。まあ、そんな事があって男子と絡むのは何かと疲れていたからな。女子高に行こうと考えていた時、ちょうどIS学園へ入学しないかと話を持ちかけられてな。全寮制のこの学園ならストーキングされる事も登下校時に待ち伏せ告白される事もないからな」
ようは早い話がモテ過ぎて辛いからIS学園に入学したということだ。とても七年後には中学生相手にリア充爆発しろと言っている人間とは思えない。おそらく七年後の彼女がここに来れば彼氏を作っておけと助言しているところだろう。後悔先に立たず、実に静にあった言葉だ。因みにもう一つの言葉は過ぎたるは及ばざるが如しだ。
「将輝なら少しは脈があったのだがな」
「そうか?どうせ脈があるだけで断るんだろう?」
「よくわかっているな。私はまだ独り身の方が楽だからな」
「将来それで泣くなよ?」
「その時はお前にでも貰ってもらうさ」
「俺の意志ないな、それ」
もっとも既に彼には恋人がいる以上、そんな選択肢はどう間違っても取ることのないチョイスだ。因みに将輝が彼女持ちである事を明かさないのは聞かれていないし、もし名前を聞かれた時に答えられないからだ。答えたら千冬や束にロリコン扱いされた挙句、殺されるビジョンしか見えない。
「そうだ。ポッキーいるか?口、寂しいんだろ?」
「……よくわかったな」
「何となくだ。知ってる人も同じ癖だった」
知ってる人も何も同一人物なのだが。そういうわけにもいかず、あくまで知人と一緒である事を強調する。
静は差し出された箱からポッキーを取り、カリッと音を立てて食べ始めるが、二本目はすぐには食べず、咥えたままの状態で器用にも話を続ける。
「やはり落ち着くな」
「将来ヘビースモーカー確定コースだな」
「そんな気がするよ。で、先程の話の続きだが、男に絡まれる事に疲れてきた私はここを選んだ訳だ。別に将来ISの操縦者になりたい訳ではないのだが、やる以上手を抜くのは主義に反するから、私は全力で勉学に取り組んだよ。まあ、それでも篠ノ之は当然だが、篝火には勝てなかった。もっとも私が得意なのは実技の方だが、其方も織斑には勝てなかった。悔しくない、といえば嘘にはなるが、全力を尽くして負けたんだから仕方ない。そう思っていた時だ、教員達が職員会議で『生徒達の抑止力となるシステム』を作ることを決めてな。その時の選出方法が『筆記と実技の上位二名ずつの計四名の選出』だった。そして篠ノ之、織斑、篝火、私の四人で生徒会を立ち上げた。はっきりいえばこの選出方法はとても有効的だ。生徒達を纏め上げる生徒会長に織斑を置いて、自由きままな篠ノ之を特別顧問。私と篝火を役職持ちの役員として置く。これが普通の学校ならその教員の手腕は褒め称えられるレベルだ。だが、このIS学園は普通じゃない。多数の国家の人間がひしめき合い、成果を得ようと躍起になっている。ここに来た時点でどんなまともな奴でもまともじゃいられない。その中で
静が言ったように組織の構成的にはこの生徒会は申し分ないものだ。
人並み外れた統率力を持つ千冬ならば生徒達を纏め上げる事が出来る。
本来なら副会長のポジションに置きたい束を、性格を考慮して特別顧問にして生徒会に在籍しているという結果だけを残す。
束にこそ劣るが、天才であるヒカルノには会計という役職は適役であるし、静もまた字などは生徒会で一番綺麗であるから構成だけみればあまりにもIS学園生徒会は完璧過ぎた。
だが、それ以上に彼女達は人間性に問題があった。
基本的に人と壁を作って、殆ど一匹狼の千冬。興味のない人間は歯牙にもかけない束。馴れ合うつもりのないヒカルノ。そしてこの中では真人間の方だが、何処かずれた静。
こんな四人に組織など務まるはずが無い。言うなれば全員俺様ドリブラーのサッカーチームみたいなものだ。仲間意識など欠片も持ち得ないし、寧ろ邪魔でしかない。流石にこの四人は其処までいっていないが、どちらにしても大差はない。
「私の勝手な憶測だが、組織崩壊を起こしていないのは、私達は欠片も信頼感を持ち合わせていないが、実力は認めているからだろうな」
(おそらくそれは合ってる。それがあるからこの生徒会は成り立ってるんだろうな)
「さて、私の話はした。次は将輝の話だ」
「俺の?別に話す事なんてない」
「まあそう言うな。それに私だけ話すのは不公平だ。世の中は等価交換。私の話を対価に差し出したんだ。お前の話を聞かせてもらうのは当然の権利だろう?」
「それもそうだけど……………まあいいか、何が聞きたい?」
「織斑と将輝はどういう関係だ?」
「どういう?助けた側と助けられた側。或いは同類」
「ふむ。では言い方を変えるが、織斑と将輝は付き合っているのか?」
「は?」
あまりにも予想の斜め上をいく質問に将輝は思わず間の抜けた声を上げてしまう。一体何をどう考えればそういった結論に行き着くのか?十代乙女のか不思議思考について悩みかけた将輝だが、こと静に関してはそれは当てはまらない。そして彼女は彼女なりにこの結論に至った訳があった。
「実は先日の集会で織斑がお前の事を話してな。その時、織斑が『篠ノ之束が男にもISを動かせないか実験をする為に一人この学園の寮に男子が一人入寮する事になった。基本的には外に出歩く事はないので、諸君らに危害を加える事はないし、本人にもその気はないだろう。また相当な実力者であるから、下手に難癖をつけて、喧嘩を売らないように』と言ったんだ」
「で?どの辺りで俺と織斑が付き合ってると思う要素があった?」
「まずあの規律に厳しい織斑が篠ノ之の考えでとはいえ、この学園に男子を留める事を認めた事。次に将輝の実力を知っていること。その上で監禁せずに自由にさせていることだ。多少なり、信頼がないと出来ない行為だ。それにラノベ風なら確実に現在進行形か、将来恋人になるオチだ」
ある意味ぶっとび思考に将輝は頭を抱える。途中までは割とまともであったのに、途中からもの凄いわけのわからない理屈で恋人認定されていた。だが、こんなぶっとび思考でなくとも、千冬が一目置いている人物ともなれば、そう考えるのはごく自然な事だ。
「言っておくが、俺は織斑とは付き合ってない。あいつが俺の実力を知っているのは成り行きで闘うことがあったからだ。織斑は確かに可愛いけど「……藤本?」ん?織斑か」
誤解を解こうと話していた時、素晴らし悔しく絶妙なタイミングで千冬が生徒会室に入ってきた。その頬はやや赤く染まり、何処と無く恥ずかしそうにしていた。
「藤本、さっき言ったのは………」
「本当の事ばっかだけど、どうかしたか?」
「い、いや、何でもない」
珍しく歯切れの悪い千冬に将輝は首を傾げ、静は目を丸くしている。気まずい沈黙が生徒会室を支配した時、また忘れ物をしていた事を思い出したヒカルノが帰ってきた。
「おや、織斑に黒桐か。何で二人とも突っ立ってーーー」
其処で言葉は強制的に遮られた。窓ガラスを破って現れた束の手によって。
「ヤッホー!おひさ〜、二人とも元気してた?束さんは元気一杯だよ!それにしても何か綺麗になってるね、ここ。前見たときはゴミの廃棄施設かと思ってんだけど、普通のゴミ屋敷にランクアップだね!それはそうと藤本将輝くんだっけ?私と話をした結果、未来人である君を今すぐ元の時代に返す方法はないね。けど、一ヶ月。或いは二ヶ月かければ何とかなるって結論に至ったから、まあ悪くても二ヶ月後には帰れるはずさ!よかったね!って、あれれ〜?どうしちゃったの二人揃って頭を抱えて?頭痛でもするの?」
頭痛はする。主に今の束の発言の所為で。
ここにいたのが千冬と将輝だけなら問題はなかった。けれど、今ここにはヒカルノと静がいるのだ。そして彼女らは将輝が未来から来た人間とは知らない。そしてそれはつい先程束が盛大に暴露してしまった。
そして図らずもこの時、初めて生徒会メンバー全員が生徒会室に揃う事となった。