学園祭は何者からの襲撃も騒ぎが起きる事もなく、終わりを迎えた。
「皆、学園祭は楽しめた?俺は大いに楽しむ事が出来た。それもこれも皆のお蔭だ、ありがとう」
残されたのは締めの挨拶。これも何故だか、俺がすることになっているが、それも悪くない。何せ、俺が帰るのは今日なのだから。
「知っての通り、今日で俺は生徒会副会長を辞めて、このIS学園からも去る事になる。短い間だったけど、皆と過ごした時間は何者にも変え難い大切な時間だった。俺はこの学園を去った後もそれを忘れることは無い」
ここでの二ヶ月の記憶は俺にとって大切なものだ。故に忘れる訳がない。ここは俺の居場所ではなかったけれど、皆と楽しく過ごした大切な場所だ。
「我が儘で自分勝手な副会長を支持してくれてありがとう。そしてそんな副会長から最後に皆にお願いしたいことがある」
俺は本当に我が儘だ。元いた場所に帰るというのに、ここでの出来事は残すべきではないのに、彼女達にはずっと笑顔でいてほしいなど、本格的にエゴでしかない。
「俺がいなくなっても、IS学園生徒会を見守ってやってくれ。彼女達は皆、聡明で実力のある人間だけど、君達と同じように青春を謳歌する少女達だから。彼女達のこれからを生徒や教職員の皆で支えていってほしい。これが俺の最後のお願いです。皆、よろしくお願いします」
マイクから離れて一礼する。今までなら騒いでいた女子達も何も言わない。状況が状況だからか、それとも疲れているからか。おそらく前者ではあるが、出来れば騒いでいてほしいものだ。
「学園祭が終わってすぐなのに、こんなしみったれた空気にしてごめん。副会長としての最後のお願いはしたから、これは俺自身のお別れの挨拶って言う事で一つ言わせてもらうよーーーーーIS学園の皆!俺は皆の事が大好きだぁぁぁぁぁ!以上!」
音が割れるのではないかというくらい俺は全力で言った。この一言だけはどうしても言いたかった。少なくとも、この楽しい二ヶ月を過ごせたのは彼女達がいたからだ。そして俺がこの言葉を向けた相手は紛れもなく生徒会のメンバーへとメッセージだ。俺は臆病だから、こんな事を正面から言える勇気はない。
キーン………と尾を引いたハウリングが消えた後、どっと会場が沸いた。やはりIS学園は今も未来もこうでなくてはいけない。女子達の歓声と共に俺たちの学園祭は終わりを告げた。
午後十一時。学園祭の騒ぎも完全になりを潜め、既に誰もが眠りについている頃。
生徒会メンバーは第四アリーナピットに集まっていた。
理由はただ一つ。将輝を元いた時間軸に帰還させる為。
「そんな訳で俺は未来に帰るけど、皆言いたい事ある?」
わかりきっているというのに将輝はそう聞く。そして彼女達の返答は将輝の想像通りのものだった。
『ない!』
将輝にとってはここで別れたとしても一瞬の別れでしかないが、彼女達にとっては年単位での別れとなる。少なくとも、この時代にいる『藤本将輝』は違う人間なのだから。
「んー、俺は一つだけ言いたい事がある」
「何だよ、帰りたくなくなったか?」
「それはねえよ」
「ちぇっ、残念」
いかにもわざとらしく残念そうな表情を浮かべるヒカルノだが、すぐにいつも通りの楽しげなものへと戻る。彼女とて将輝が今更残りたいと言わない事はわかっている。
「俺にとっては一瞬だが、四人……いや来年真耶も生徒会に入るだろうから五人だな。五人とっては七年後だ。例外もいるけど取り敢えず七年後だ。七年後の七月十二日。また俺達で集まろう。その時は皆歳上って事になるけど、タメ口聞いても文句言うなよ?」
「逆に将輝が敬語を使ったら許さないがな」
「まーくんと壁を感じるからね」
「それは良かった。タメ口で話しかけた途端に攻撃されたら、溜まったものじゃないからな」
とはいえ、将輝は束に対してのみ普段からタメ口ではあるが、それを言うとまた色々面倒な事になるので言わない。
「将輝。また七年後だ」
スッと千冬が拳を突き出してくる。将輝はそれを見て、フッと笑うと拳を作り、コツンと軽く当てる。
「ああ、また七年後」
将輝は束の用意した『車じゃないけど、未来に帰るあれ』という完全に狙ったかのような名前の付いた機械に入る。
「じゃあ、ポチッとな」
機械についたスイッチを入れると共に将輝は光に包まれる。その光は徐々に増していき、一瞬眩い光がアリーナピットを埋め尽くす。
その光が止まった時、将輝の姿はもうなかった。
「帰ったな……」
静の呟きに三人は頷く。将輝がいる間は明るく努めてはいたが、その表情はやはり暗い。
どうしてもいて欲しかった。自分達と共に生きて欲しかった。彼女達の願いは届かなかった。けれど、また七年後、将輝に会える。それは揺るがない事実だ。決して短くはない時間であるが、それでも彼女達が立ち直ろうとするには充分な約束だ。
「うし!また明日から頑張り……ッ⁉︎」
「?どうした、ヒカルノ……ッ⁉︎」
「クッ………急に頭が…」
「そ、そういう事かぁ………」
束は激しい頭痛に襲われながら、瞬時にこの状況を理解した。
たった二ヶ月とはいえ、未来の人物が過去に与える影響は計り知れない。そして将輝が与えた影響はとても微量ではなかった。本来の歴史なら彼女達が交わる事はなかった。IS学園の最初の生徒達は手を取り合う事など殆どなかった。あのテロ事件はIS二機が強奪される筈だった。それを将輝は変えた。交わる事のない道を一つにし、生徒達は手を取り合い、テロ事件は完全解決を果たした。その結果、将輝の帰る未来と今の間に大きな誤差が生まれた。それ故に生じたのがーーーーー彼女達の記憶から藤本将輝という存在を抹消する事だった。
将輝の帰還と同時に起きたそれは関係の浅いものから順番に記憶を消去していく。そして消えてしまったそれは二度と思い出すことはない。
天才であるが故にその絶望的な状況を理解した。そして天災であるが故に彼女はこの状況を
「舐めないでよね………この天災篠ノ之束を……ッ‼︎」
三人が意識を失い、激しい痛みに苛まれながら、将輝が帰還に使った装置についているもう一つのスイッチを入れる。それが起動したのを見届けた後、束もまた意識を失った。
「ただいま……って感じがしないな。うん」
過去からの帰還を果たした将輝は保健室に帰されていた。
時刻は束に過去に飛ばされた時間から三十分が経過しており、既に二時間目の授業が始まっていた。
「あちゃ〜。確か一組と二組の合同授業だったっけ。これは千ふ………織斑先生に怒られるな」
将輝が言い直したのは単純に公私を分ける為でもあるが、何処と無く気がついていたからだ。自分が未来に帰る事で彼女達の記憶から自分の存在が抹消される事を。
過去に合わせて未来が変わる事は良くある事だが、その逆はない。なのに何故その発想に至ったかといえば、束が将輝が残る事に異常なまでに固執した事だ。七年は会えないかもしれないが、いずれ会える。その気になれば七年も待たずに会える人間に対して其処まで今残る事を懇願しない。何より束であれば自分が未来に帰るや否や、その時代の将輝を拉致してしまえば良いのだから。手段としてはとても人道的とは言えないまでもたばならやりかねない行為だ。
今の将輝でないと駄目という意味合いもあったのかもしれないが、それ以上に彼女が何かを失う事を恐れていたのを将輝は気がついていた。そして帰る直前、それに気がついた。
今となってはどうしようもない事だ。仕方ない、と割り切る事が出来れば良いのだが、流石に将輝もそう簡単には割り切る事は出来ない。
罪悪感を感じつつ、将輝は一旦クラスに戻ると…………何故か一組のクラスメイト達は全員教室にいた。
「将輝さん。少し遅かったですね」
クラスメイト達がいる事に驚いていた将輝の元に現れたのはセシリアだった。こちらの時間にしては三十分程あっていなかっただけだというのにとても久しぶり会ったように感じてしまう。
「色々あってね。ところで二時間目って合同授業じゃなかったか?」
「それが織斑先生と山田先生が「用事を思い出した」とおっしゃって、自習になりましたの」
「じゃあ、一夏と箒がいないのは?」
「一夏さんも箒さんもお二人が出てすぐに教室から出て行きましたわ。てっきり、将輝さんの元に行かれたのかと思いましたが………」
「電話してみ………あれ?」
将輝はポケットに手を突っ込んでみて始めて自分の携帯電話が無いことに気がついた。つまり、忘れてきたのだ。七年前のIS学園に。
(や、やっちまった…………もう取りに帰れねぇ……)
忘れたからと取りに行けるような場所ではない。せめて俺だけはあの二ヶ月の時間を覚えておこうとした矢先にこれである。流石の将輝も項垂れた。
「ま、将輝さん?どうかなさいました?」
「いや………携帯なくしちゃって。ごめんだけど、箒に電話してくれる?」
「ええ。お安い御用です…………あ、もしもし箒さん、今何処に…………はい?生徒会室?何故そのような所に…」
「セシリア。携帯貸して」
「はい。箒さん、お電話変わりますわ」
「もしもし、箒」
『ま、将輝⁉︎な、何故セシリアの電話に将輝が⁉︎」
「携帯無くしたから、借りてるんだ。ところで今何処に?さっきセシリアが生徒会室にいるって言ってたけど」
『千冬さんと山田先生が急に何処かへ行ったものだから、つい気になって追いかけてきてしまってな。それにその時の様子がどうも普段の千冬さんではなかったというか。一夏は「昔あんな千冬姉を見た事がある気がする」といって追いかけて行ったものだから、私もなんとなく…………将輝?』
「了解。すぐにそっちに行く。セシリア。ありがとう」
将輝は電話を切って、セシリアに渡すと生徒会室に向けて走り出した。