メインよりもサブの方に力を入れてしまいたくなってしまう作者を許してください。
宣言通り、ラウラは体調不良の旨を次の授業の担任に伝え、足早に教室を去った。
彼女が体調を崩していると言い出した事にクラス中の人間は驚きを隠せなかったが、いくら彼女が軍人で生活を摂生していたとしてもそれくらいの事はあるだろうと誰も疑問を抱かなかった。
そしてそれを見届けた箒はすぐさまセシリアの元へと向かった。
「セシリア。ちょっといいか?」
「ええ。別に構いませんが………どうかなさいましたか?」
「少し気になることが出来たのでな。こればかりはセシリアに聞いておかなければと思ってな」
かしこまって言う箒に何事かとセシリアは疑問を抱くが、それを無視して箒は言葉を続ける。
「…………ここで話すのもなんだ。場所を変えよう」
「時間もあまりない分、単刀直入に訊くが、将輝と何があった?」
「ッ⁉︎別に……何もございませんわ」
箒の問いにセシリアは一瞬だけ目を見開くが、すぐに否定する。
けれど、箒にとってそれは肯定している事と何ら変わりはなかった為、話をそのまま続ける。
「理由はなんだ?今、将輝が抱えている問題か?セシリアの抱えている問題か?それともただの喧嘩か?」
「ですから何もないとーーー」
「そんな訳がないだろう。将輝が体調を崩して、ここ数日休んでいるというのにお前が普通に授業を受けているなどあり得ん」
「それなら箒さんも」
「私か?私は何度か行ったが断られてな。『風をうつすと悪いから』だそうだ。将輝がそう言っている以上、それが言い訳なのか、それとも本当に風邪なのかはわからない…………が、お前のここ数日の振る舞いを見るに何かあったのは明白だ。だからもう一度訊く。将輝と何があった」
二度目の同じ問い。だが、それは問いかけるような口調ではなく、話せと言わんばかりの語尾の強さがあった。
セシリアは数度迷ったのち、ぽつりと呟いた。
「……箒さんは……あの人と何時お会いになられましたか?」
問いの意味がわからなかった箒だが、それにも何か意味があるだろうと答える。
「中学二年生の時だな。将輝がイギリスからの帰国子女として編入してきた………それがどうした?」
「………もしかしたら、その時にはもうあの人はあの人でなかったのかもしれませんね」
「どういう意味だ?言葉の意味がわからんぞ」
「あの人は………藤本将輝さんは………わたくしの知る彼ではなかった。何もかも同じで………別人でした」
セシリアの言葉の真意がわからずに箒は思わず眉を顰める。だが、それも仕方のない事だった。理由を知らない限り、セシリアが一体何を言っているのか、理解など出来なかっただろう。
しかし、理解の追いつかない箒をよそにセシリアは続ける。
「わたくしの知るあの人はもういない………いるのは別の誰か。それなのに………わたくしはずっと……きっと始めから……わたくしの恋慕は幻想だったのかもしれません………一方的に憧れて………愛して………彼にとってわたくしはただの枷に過ぎなかった……」
「………セシリア。私はお前が何を言っているのかはさっぱりわからないがな。もし、さっきの言葉。全てがお前の真意であるというなら私はお前を一発殴らないと気が済まんかもしれない」
深いため息を吐いた後、箒は呆れたような表情をしつつも、声には怒気が含まれており、瞳はセシリアを睨みつけていた。
普通なら物怖じしそうな程の鋭い視線ではあるものの、セシリアはそれを意に介する事はなく、寧ろそれを鼻で嗤った。
「何も知らず、わからない貴女がとやかく言うつもりですか?貴女は良いですわね。たかたが半年程度で分かり合えて、信頼されて、なんでも知っているかのような気になれたのですから。貴女のように単純であるなら、わたくしもどれだけ幸せな事か」
「…………気は済んだか?セシリア」
明らかな挑発とも取れるセシリアの言葉全てを箒は全く意に介さなかった。それどころか、先程と打って変わって憐憫の表情で彼女を見据えていた。
「そうか。どういう経緯があったのかはわからないが、お前程の人間が将輝を信頼出来なくなったのだな。あいつはどうにもやり方が不器用な所がある………だが、セシリアよ。それはお前とてわかっているはずだ。だというのに何故将輝の真意を測ろうとしない?」
先程の挑発で内容はどうであれ、箒はある程度理解した。何か理由があって、将輝はセシリアを自分から引き離したのだと。陶酔にも近い愛情を抱いていたセシリアから名前すら碌に呼ばれない程信頼を失うというのはどんな事をしたのかは箒にはわからないが、その不器用さを知っているのはセシリアも同様だ。ならばそれを理解した上でセシリアが何故真意を測ろうとしないのか、疑問を感じていた。
「先程、お前は言ったな。分かり合えて、信頼されていると。そしてなんでも知っているかのような気になっているとな………事実だ。お前と出会うまで私は将輝と心の底から分かり合えているとそう信じていた。誰よりも信頼されているとそう思っていた…………だがな。お前と出会って薄々感じていた。そして今回はっきりした。私のそれはただの傲慢で真実から目を背けていただけだとな」
今までもそういう事がなかったわけではなかった。
ただ、以前将輝とセシリアが話している時、箒は偶然見た。将輝が自分には見せたことのない表情をセシリアに見せている事を。そして今回、将輝はセシリアに頼まれたからとはいえ、その巨大すぎる苦悩を打ち明けた。彼女を勘違いから解放するという名目で。
「将輝は……他の誰でもない、セシリア。お前にその悩みを打ち明けたのだ。本当なら誰にも話したくなかったであろう事をな」
「ッ………ですが、それとこれとは……」
「いい加減意地を張るのはやめたらどうだ?お前らしくもない。本当は話をする以前から将輝の抱えている問題に薄々勘付いていたのだろう?」
箒のその鋭い一言はセシリアを激しく動揺させた。何故ならそれはあまりにも的を射すぎていたから。
実は将輝が話す前からセシリアは何処と無く違和感に気がついていた。
同じ人間であるはずなのに、時折別人を相手にしているような違和感。
セシリアが将輝とIS学園に出会う以前に過ごした時間は半日足らず。ともすれば、その違和感は自分の知らない将輝を見せられているからだろうと、始めはそう思っていた。
しかし、IS学園で過ごしているうちにその違和感は疑念へと変わっていった。
明確な疑問はない。ただ、そう感じずにはいられなかった。
そしてそんな時に将輝本人からのカミングアウトはセシリアに心の迷いを生じさせ、更に将輝が自らに対する恋慕を完全に断ち切らせようと画策した言動からセシリアはなお一層混乱してしまい、結果あのような事へと発展してしまった。
あんな事をするつもりはなかった。
そういったところで後の祭りではあるが、あの状況に再度立ち会ったとして、セシリアは同じ行動を取らないとは言い切れなかった。それが将輝の本心ではないとわかっていたとしても。
「では………どうすればいいと仰るのですか……?わたくしはあの人を拒絶してしまった………。本当は……誰よりもその事に苦しんでいたはずなのに………わたくしが不甲斐ないばかりに………。けれど、もうあの人と………将輝さんとどう接していいのか、わたくしにはわからない」
「簡単な事だ。頭を下げればいいだけなんだからな」
あっけらかんとそう言う箒にセシリアは「はい?」と淑女らしからぬ間の抜けた声を上げてしまった。
「そして将輝にも頭を下げさせろ。いくら真意が別の所にあったとはいえ、勘違いをさせるような事をした事をな。私達くらいの年齢の女子は皆繊細なのだ。勘違いさせるような言い回しをする将輝も悪い」
箒は腕組みをしてうんうんと頷く。セシリアは目をぱちくりとさせた後、思わず吹き出した。
「ふふっ。なんというか、箒さんは男らしいですわね」
「む?それはマズイな。男らしいと将輝と恋仲になった時に色々と困るではないか」
「ふふっ、そうですね」
「くっ……これが余裕というーーー」
箒の言葉は突然発生した巨大な音によって遮断される。
それは同時になったであろう授業開始のチャイムすらもかき消した。
「なんだ今の音は⁉︎」
「わかりません。しかも僅かにですが、音にズレがありました。一つではないと捉えたほうが良いかと」
『篠ノ之、オルコット。貴様達一体何処をほっつき歩いている?』
二人が爆音の正体がなんであるかを考えていると二人の開放回線に担任である織斑千冬の声が聞こえてきた。
「織斑先生!一体何があったのですか⁉︎」
『私達にも詳しい事はわからんがな。アリーナの防犯カメラには
「了解しました。敵機が以前と同系統ならばわたくしと箒さんならば倒す事は難しくはありません」
『ああ。だが、油断はするなよ?………どうにも今回はそう簡単には終わらない気がしてならんからな』
まるで思い当たる節でもあるかのようにポツリと千冬は呟いた後、健闘を祈るといって開放回線を切った。
「では行くぞ、セシリア」
「ええ。これを終わらせて早く謝罪しなくてはいけませんもの」
そう言って二人は敵機の待機する第二アリーナへと向かった。
「入るぞ」
授業が終わった直後、仮病を使って校内を抜け出したラウラは将輝の部屋へと訪れていた。
「驚いた。まさか本当に体調を崩していたとは」
「鍵は………って、ラウラならピッキングくらいは出来るか……」
将輝はベッドから上半身だけを起こして、来訪者であるラウラを迎え入れるが、その様子はまだ気怠そうであった。
「季節外れのインフルエンザだってさ。別に身体が弱い訳じゃないのにさ」
「オーバーワークが原因だろうな。最近までのお前の修練は軍人の私から見ても少々行き過ぎだ」
「みたいだね……っと、ラウラ。何か飲む?」
「いやいい。私はあくまで体調不良による早退という事になっているからな。用だけ済ませれば早急に部屋に戻らねばならん。それに病人のお前に気を遣われるわけにもいかんしな」
立ち上がろうとする将輝を手で制し、ラウラは近くにあった椅子に腰を下ろした。
「さて、私はあまり回りくどいのは好きではない………セシリアには話したようだな」
「………まあ、ね。結果は………大体分かってるだろ?」
「ああ。想像出来うる限りの最悪の結果だな」
「最悪の結果か………ラウラにそう見えるなら、俺やセシリアにとっては最善の結果だよ」
「その最善の結果とやらがお前の病を誘発したのなら、やはりそれは最悪の結果だ。今までお前を突き動かしていた強靭な精神力を瓦解させる程のな」
ラウラの言葉に将輝は押し黙った。
普段ならそんなに精神力なんて強くないくらいの軽口を叩くのだが、確かに凄まじい修練を行えていたのはオーバーワークによる疲労を無視出来る気合があったからだ。あのやり取りをした後、確実に精神が不安定になったのも事実であったし、疲労を無視出来ずに季節外れのインフルエンザになってしまったのがそれを表していた。
「何があったのかなど野暮な事は聞きはしない。だがな、以前も言ったが私はお前の強さを知りたい。その強さの根源が精神力であるというなら、現状は私にとって好ましくない。何よりお前とセシリアの関係がぎこちないのは好きではない。もし、くだらない事でセシリアと仲違いをしているというのであれば早急に解消しろ」
「………多分……いや、今後俺とセシリアが……前みたいな関係に戻る事はないよ………二度と、ね」
「……………そうか。ならば……」
ラウラは椅子から立ち上がるとおもむろに左目につけていた眼帯を外し、ベッドの上で座っている将輝の胸ぐらを掴み、自身の方へと引き寄せた。
「ら、ラウラ?」
少しでも前に顔を動かせば唇が触れ合いそうな程の近い距離に将輝はラウラの名を呼ぶ事で疑問を呼びかけるが、当のラウラは赤と金色の瞳でただ将輝を見据えていた。
たった十数秒の沈黙。だが、状況が状況であるだけに将輝はそれが何十分にも及ぶ時間だと錯覚してしまう程、緊張し、長い時間を過ごしたとかんじていた。
しかし、ラウラの突拍子のない行動はそれだけでは終わらない。空いているもう片方の手で将輝の右手を取ると自身の左胸にその掌を押し付ける。
抵抗しようにも未だ体調が悪いままの状態では軍人たるラウラには敵わず、何よりも有無を言わせないオーラが将輝の抵抗という選択を完全に奪い去った。
「…………どうだ?」
「な、何が?」
「もう少し自分の手に意識を集中してみろ」
(いや、それはマズい気がするんだけど………)
心の中でボヤきつつ、このままではずっとこの状態から抜け出せないと判断した将輝は何度か躊躇った後、意識を自身の掌に集中させる。
服越しに掌に伝わる柔らかな感触に将輝は手を離したい衝動に駆られるが、やはりと言うべきか、それをラウラは許さなかった。一体何を理解すればいいのかわからず、やけくそ気味に更に意識を集中すると柔らかな感触の向こう側から激しく脈打つ心臓の鼓動を感じた。
「わかったか?私が何も感じていないと思ったか?」
「……………いや、そういうわけじゃないけど……」
すぐさま否定しようとするが、出会う前からあった原作でのラウラのイメージと、そして知り合って以降のラウラに関する記憶が言葉を濁らせる。
「誤魔化す必要はない。私は感情に乏しいからな。こういう時、本当はもっと恥ずかしがれば良いのだろうが、どんな表情をすれば良いのか、私にはわからない」
わからないなら行動に移すほかあるまい。
ラウラの瞳は確かにそう物語っていた。
「以前話したな。私は鉄の子宮から生まれた試験管ベビーだと。軍人として生き、軍人として死ぬ為に生み出された一つの兵器だった。ISの出現で一度は落ちこぼれ、教官に救ってもらった時、私はそれをより強くそう感じた。私が求められているのは兵器としての真価だと。他を蹂躙する圧倒的強さこそが私に必要だと。だが、それをセシリアが、お前が破壊した。強さだけを追い求め、その全てを捨ててきた私を…………そしてお前は言ったな。ゼロからのスタートだ、三年間かけて自分を見つけてみろと」
あの時、ラウラの容態と誤解を解くために訪れた保健室で将輝はラウラに問われ、そう答えた。
今思えば、それは自身に向けて放った言葉でもあるのかもしれない。誰にもなりきれない自分自身に。
「私には未だ私が何であるか、どうすればいいのかという答えは見つけられない。だが、お前とならーーー将輝となら見つけられそうな気がする。だからーーーーー私と生涯を共にしてくれないか?」
一呼吸置いた後、ラウラの口から放たれた言葉に将輝は目を見開いた。
「ッ⁉︎ら、ラウラ、それってつまり……」
「ああ、所謂プロポーズというやつだ。色々と過程を無視してしまっているがな」
頬をわずかに紅潮させ、ラウラはそう答えた。
「今まではこの感情の正体がわからなかった。いや、今でもわかっていないのかもしれない。ただ、将輝といると私は心の奥底から温もりを感じるのだ。共にいたいと思う。篠ノ之箒やセシリアと親しくしていると胸が締め付けられるほど苦しい。私にはこの感情が何であるか、証明できるものを持っていない………だが、それが恋慕というものなのだろう?」
ラウラも以前からずっと悩んでいた事があった。
その感情が何であるかを理解出来ず、他の感情と結びつけようにもそれが別の感情であるとすぐに気がついてしまう。
そしてある時、その感情が今まで感じた事のない、何れにも当てはまらないものであることにラウラは気付いたが、あえて誰にも聞かず、調べる事もしなかった。そうする事で他人に自身の感情を決めつけられるの良しとしなかった事もそうであるが、ラウラ・ボーデヴィッヒとしての初めてぶつかった問題であったからだ。
「誰かの為に強くなれないと言うのなら私の為に強くなれ。私が軍人として生きる必要がない程に。お前が私を守ってくれ。お前が無茶をする理由を私が作ってやる。私の為に生きてくれ…………将輝」
そう言ってラウラは静かに瞳を閉じる。
それが何を意味するか、わからない将輝ではない。
このまま彼女の想いを受け入れれば、全てが丸く収まるのかもしれない。
護りたかった者を自ら遠ざけ、拒絶し、拒絶され、今の自身には何もないのだから。
しかしーーー
(本当にいいのか………?ラウラの想いを受け入れて。俺にとって………セシリアはその程度でしかなかったってのか?)
自問自答を繰り返す最中、ふとラウラが目を開く。
すると先程までの様相から一転し、将輝から離れた。
「教官?………はい。………敵は何機ですか?…………了解しました。すぐにシャルロット・デュノアと合流します」
開放回線で数度やり取りをした後、ラウラは左目に眼帯を付け直した。
「どうやら学園が謎のISから襲撃を受けたらしい。私はすぐにそちらに向かうが、お前はまだ体調も悪い。ここで安静にしておけ」
謎のISと聞いて、将輝はすぐさま脳裏に一人の人間を思い浮かべる。他者の都合を一切顧みず、自身の都合だけを一方的に押し付ける一人の天才を。
そう言い残して部屋を出ようとしたラウラは忘れていたと言って将輝に近づき、額に軽くキスを落とした。
「答えはこれが終わった後で聞こう。今はそれで我慢しておく」
くるりと踵を返し、今度こそラウラは部屋を出て行く。
そしてラウラが出て間もなく、将輝もまた部屋着から学園の制服へと着替え、自室を出た。
(妙な胸騒ぎがする。何もなければ良いんだが………)