ここからは将輝と一夏のダブル主人公。互いに影が薄くならないように張り切っていきたいと思います!
開始と再会
(こ、これは………なかなか……)
背後から突き刺さる好奇の視線に黒髪で端正の整った顔立ちをした青年━━━織斑一夏は肩を強張らせていた。
不運にも彼の席は中央の最前列。左右と後ろから視線の攻撃に晒され、針のむしろになっている気分だった。正確にはその視線攻撃の半分は隣に座る天然パーマの青年━━━藤本将輝にも注がれているので、幾分かはマシである。因みに将輝も視線攻撃に背を丸くし、食い入るように参考書を読んでいる。気を紛らわせようとの努力だが、全くと言っていいほどに効果は見られていない。
一夏は窓際の最前列に座る幼馴染みへと視線を投げかけるが、彼女はその視線を感じとると、ふいと顔を外へお向けた。
(それが数年振りに再会した幼馴染みへの態度かよ……)
頼みの綱も断ち切られ、残るは静寂の中、未だ無駄な足掻きを見せるもう一人に話しかけるか、或いはこの拷問のような空間を耐えるか、の二択となり、何方にするかを悩む一夏だったが、その選択よりも早くに静寂は終わりを告げた。
「……くん。織斑一夏くんっ」
「は、はいっ⁉︎」
脳内で究極の選択をしていた一夏はいきなり大声で名前を呼ばれ、返事をした声が裏返る。案の定、くすくすと笑い声が周囲から漏れ、ますます頭の中がこんがらかる。
別段女子への苦手意識はない。一夏とて思春期の男子だ。しかし、限度というものがある。こんな状況を喜ぶのは見境ない種蒔き馬くらいのものだろう。少なくとも一夏はそんな品のない人間ではない。
兎も角、クラスで男は二人だけ。他の生徒は二十八名が女子。当然ながら副担任とこの場に姿を見せていない担任も女子だ。
「あ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね!でもね、自己紹介『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?」
一夏が気がつくと副担任の山田真耶はぺこぺこと頭を下げていた。何度も頭を下げている所為か、微妙にサイズの合っていない眼鏡がずり落ちそうになっている。
「あの、自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
「ほ、本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ。絶対ですよ!」
下げていた頭をガバッと上げ、一夏の手を取って熱心に詰め寄る真耶。その行為が更に注目を集めていた。
しかしああ言った手前、引くわけにもいかない。一夏はしっかりと立ち上がり、後ろを向く。
(うっ……)
その決意は一気に向けられた視線によって早くも揺らいでいた。男子の自己紹介ということもあり、将輝が担っていた半分の視線も一夏へと向けられていた。
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
儀礼的に頭を下げて、上げる。だが、男子に飢えた獣のような女子達は視線で「もっと喋れ」と囃し立てていた。まだまだ肌寒い時期だというのにだらだらと背中に流れる汗を感じながら、一夏は一呼吸置いて………
「以上です」
周囲の視線に抗った。
がたたっ、と思わずずっこける女子数名と背後から「あ、あのー」と涙声成分二割り増しの声にダメだったのかと気づくが、取り敢えず色々手遅れで、次の瞬間にはパァンッという音と共に頭部を鋭い衝撃が襲った。
「いっ━━━⁉︎」
痛い、という無脊髄反射よりも、先にある事が一夏の頭をよぎった。
威力、角度、速さ。全てが自分のよく知る人間と同じだと感じたからで、恐る恐る振り向くとまさしくそうだった。
「げえっ、か「言わせんぞ、馬鹿者」あだっ⁉︎」
一夏が言葉を発する前に拳もとい出席簿で捩じ伏せた。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田くん。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
一夏自身も聞いた事のないような優しさ溢れる声は、とても先程から理不尽にも出席簿アタックを振るっている人物だとは思えない。
「い、いえっ。副担任ですから」
先程の涙声は何処へやら。真耶は若干熱っぽい声と視線で担任━━━織斑千冬へと答えていた。
「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言う事はよく聴き、よく理解しろ。出来ないものには出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳までに鍛えぬく事だ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな」
凄まじい暴力発言に間違いなく自分の姉だと感心させられる一夏。だがクラスの女子達は暴力宣言など何のその困惑のざわめきを上げずに黄色い声援を上げた。
例年通りなのか、その声援を心底鬱陶しそうにかつ生徒達に聞こえるように愚痴るが、それすらも女子達はポジティブに受け止めていた。
「でだ。お前は挨拶も満足に出来んのか?」
「いや、千冬姉、俺は」
パァンッ!本日三度目の快音が響いた。人間の頭は叩くと五千程細胞が死ぬというが、こちらの場合は五万くらいは最低でも死んでいそうな音だ。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
と、このやり取りの所為で、教室中に姉弟である事が露見する。その事で再度周囲がざわつくが、千冬の「静かに!」という一喝で鎮まる。
「諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後の実習だが、基本動作は半月で身体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろよ。良くなくても返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」
軍隊のような鬼教官っぷりを発揮する姉に一夏は最早苦笑するしかなかった。時間も時間なのでSHRの終わりを告げようとした千冬だが、何かを思い出したように言う。
「そうだ。最後にもう一人の男子にも自己紹介をしてもらおうか。それでSHRは終わりだ」
(やっぱバレてた⁉︎)
今の今まで頑張って気配を消していた将輝だったが、それも人智を超えた生命体である千冬には通じなかった。将輝は渋々立ち上がると集まった視線に一瞬身を強張らせるが、コホンと一つ咳払いをして言った。
「あー、二番目にうっかりISを動かしてしまいました藤本将輝です。趣味はサッカー。武道に関しては一通りやってます。至らぬ点があると思いますが、何卒よろしくお願いします」
『キャーーーーー‼︎』
((耳がぁぁぁ⁉︎))
完全に油断しきっていた二人の鼓膜に兵器にも匹敵するハイパーボイスが襲う。千冬の時こそ警戒して耳を塞ぐことに成功した将輝だが、自己紹介を考えながら話していた所為で防御が遅れた。ついでに言えば一夏の時は叫ばなかった(自己紹介に失敗し、其処に千冬が来たため)ので、警戒心が弱まっていた事もあった。
「ぶっきらぼうな感じだけど、凄くいい!」
「それに武道を嗜んでるって言ってたから護ってくれそうだし!」
「顔も受けっぽいし………これは捗るわ!」
「静かにしろ!…………これでSHRは終わりだ。質問は次の時間にするように」
パンと手を叩いて、騒ぐ女子達を黙らせると千冬は教室から出て行った。その後の一時限目にあった「IS基礎理論授業」に於いても二人への視線レーザーは絶えず送られていた。
一時限目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。けれど、教室内は異様な雰囲気に包まれていた。
二人以外全員女子。それはクラスだけではなく、学園全体がそうなのだ。
『世界で二人だけのISを使える男達』というのは世界的にもニュースになっており、当然学園関係者から在校生まで皆二人の事を知っている。
というわけで現在、廊下には他クラスの女子はもちろん二、三年の先輩達でひしめいている。しかし、誰も二人に話しかけようとするでもなく、遠巻きに眺めているだけだ。正確にいえば互い同士に牽制し合っている為に打って出られないといったところではあるが。
因みにISに関する授業を組み入れている学校は全国様々だが、その何れもが女子校ゆえに彼女らの殆どが面識がない事も一因だ。
「えーと……藤本で合ってるよな?」
その状況に耐えかねたのはまぎれもない織斑一夏だった。逃げられるものなら今すぐ逃げ出したい。しかし、そんな事は出来ない。なら自分と同じ境遇の人間と少しでも親しくなっておこう。そう考えた一夏は早速将輝へと話しかけたのだ。
「合ってるよ。で、どうしたの織斑」
「この学校って、男子俺たちしかいないし、これからよろしくな!それと織斑じゃ、千冬姉と被るし、一夏って呼んでくれ」
「了解一夏。俺の事は将輝でいい」
互いに初対面だというのに僅か数十秒で固い絆で結ばれた運命共同体のようなものを感じていた。この学園でもし片方が欠ければ精神など到底持たないだろう。それを僅か一カ月程で慣れた原作一夏は相当のメンタルの持ち主といえる。
「二人共、ちょっといいか?」
「「え?」」
突然話しかけられ、固い握手を交わしていた二人は間の抜けた声をあげた。話しかけてきた人物は女子同士の小競り合いに勝ったわけではなく、どうやら単独で行動に出たようで教室内外共にざわめきに包まれていた。
「……箒?」
「久しぶり、箒」
「ああ、久しぶりだな。一夏、将輝」
二人の目の前にいたのは、一夏にとっては六年ぶり、将輝にとって約一年半ぶりの再会となる少女、篠ノ之箒だった。
髪型は今も変わらずポニーテールで、肩下まである黒い髪は白いリボンで結われている。
(あれ?何か丸くなったような気がする…)
日本刀のような鋭さを思わせる雰囲気が一夏にとっての彼女の印象だったのだが、それは空白の六年でややなりを潜めていた。
「廊下でいいか?」
「お、おう」
「ああ」
三人がすたすたと廊下に出るとそこに集まっていた女子がモーゼの海渡りのようにざあっと道を空けるが、四メートル程離れた位置で聞き耳を立てて、完全に包囲していた。これが戦争なら三人はもれなく蜂の巣だろう。結局、どこで話しても一緒だった。
「先ずは剣道の全国大会優勝おめでとう。将輝」
「それは箒も同じだろ?優勝おめでとう」
互いにどうしても言いたかった一言。本来ならば優勝したその日にでも言いたかった一言は一年半越しにようやく伝えられた。
「そういや、箒は何で将輝の事を知ってるんだ?」
一夏の疑問は最もだ。彼女の空白の期間を知らない彼からしてみれば、将輝とは初対面だと思っていたからだ。
「実は中学の頃、半年しかいなかったが、同じクラスで隣の席だったのだ。同じく剣道部にも所属していたぞ」
「へぇ〜、まさか箒に友達が出来るなんて…………幼馴染みとしては嬉しい事だ」
「失礼な事を言うやつだな。私にだって友人の一人や二人いる……ぞ」
初めこそ非難するような口調だったが、心当たりのあり過ぎる発言にだんだんと尻すぼみになっていくが、一応箒にも友人はいる。それは転校後の話なので、二人にはわからない事であるが。
「あー、後。久しぶり。六年ぶりで、凄く綺麗になってるから、ちょっと自信なかったけど、箒ってすぐわかったぞ」
「え……」
「髪型も一緒だしな」
身内贔屓を抜きにしても一夏の目には箒はとても綺麗になったと思った。スタイルもかなり良くなっているし、口調こそ昔のような武士のようなものであるが他人を全然寄せ付けない空気も今では殆ど見られない。
「お、お前は昔から変わらないな……」
「そうか?結構変わったと思うけど……」
一夏はそんなに変わらないものかと見た目を気にしていたが、箒が言いたかったのは先程の発言である。はっきり言って一夏はかなりのイケメンで体格もいい。おまけに素で先程のような発言をする為、大抵の女子はコロリといってしまうのだ。そして告白しようものなら織斑一夏最大の特徴『鈍感+唐変木』が発動し、あえなく撃沈するといったコンボ。兎に角、織斑一夏という人間は女心にとっての天敵とも言える存在だった。
「ンンッ‼︎それはそうと一夏に続いて将輝がISを動かしたと聞いたときは驚いたぞ」
「俺も、動かせるなんて思ってなかったよ。まあお蔭で予定よりもずっと早く約束が果たせたから良かったんだけどね」
「そう…だな」
「約束?約束ってなんだ?」
それが気になるのは一夏だけでなく、聞き耳を立てている女子一同も一緒だ。少しでも多くの情報を得たい女子一同にとって、『二人だけの約束』というのはかなり重要な事だ。しかし、将輝も箒もそれを誰かに教えようなどという気は更々無い。
「悪いがこればかりは一夏にも教えられないな」
「他人に言いふらすような事でもないし」
「そうか。それは聞いちゃいけないな」
ちょうどその時、二時限目開始を告げるチャイムがなり、三人を囲んでいた包囲網も自然と瓦解する。さなかまらそれは蜘蛛の子を散らすように。
一夏達も同じようにして教室へ帰り、席へとつく。
(ん?何か視線を感じる………って、当たり前か)
将輝は不意に後方から視線を感じたが、当然の事と思い、後ろへと振り向かなかった。
その背中をじっと見つめる少女に気づかずに。