「憂鬱だわ……」
「鈴さん。元気を出して下さい」
とあるウォーターワールド内喫茶店。其処にはもの凄く服に気合いが入っているのがありありとわかる鈴と適度におめかししているセシリアの姿があった。とはいっても、鈴のテンションは服とは正反対に絶不調の道を突き進んでいた。
「そりゃ私がうっかり携帯電話の電源を切って、早く寝たのも悪いけどさぁ。何でこう、一夏ってタイミングが悪いのかしら……」
「仕方ありませんわ。一夏さんはそういう星の下に生まれた人間なのでしょう」
優雅に紅茶を飲みながら答えるセシリアに鈴はまたもや溜め息を吐く。
こんなつもりではなかった。というのと、あんたの相手は唐変木じゃなくて良かったわね、という意味が含まれている。
何故こうなったのか。それは昨日、まだ天国であった日の出来事だった。
偶然にも鈴は友人から出来たばかりのウォーターワールドのチケットを引き取っていた。そのウォーターワールドは前売り券は即行で売り切れるのが普通で、当日券に至っては開場二時間前には並ばないと買えないとまで来ている。それをキャンセル品とはいえ、棚ぼた的に手に入れた鈴は即座に一夏の元へとダッシュ。紆余曲折を経て、デートをこじつけるに至った。その狂喜乱舞っぷりは同室のティナ・ハミルトンが思わず部屋を変えてくれと思うほどであった。
しかし、当日。天国は地獄へとクラスチェンジを果たした。
約束の時間から約五分前。
一夏から一本の電話が入った。内容は『白式のデータ取りがあるからいけない』というものだ。どういうわけか、原作は第二形態移行をしていた為に仕方ない部分があったものの、世界は一夏と鈴の仲を裂こうとしているようにしか思えない程にその部分だけは変わらなかった。しかし、鈴の寛大さは凄まじいもので、怒りたいような泣きたいような感情を隠して、一夏に『また今度遊びに行きましょ』とだけ言って電話を切った。その後、偶々暇を持て余していたセシリアを引っ捕まえて半ば強引に連れてきたものの、先程から溜め息ばかりついていた。
「それで、どうしますの?」
「どうしようかしら。泳ぐ気分でもないし、帰ろうかなぁ……」
鈴がそう決めて、立ち上がろうとした瞬間、園内放送が響き渡った。
『では!本日のメインイベント!水上ペア障害物レースは午後一時より開始いたします!参加希望の方は十二時までにフロントへとお届け下さい!優勝賞品はなんと沖縄五泊六日の旅をペアでご招待!』
(これだ!)
その言葉を聞いた鈴の脳裏にニュータイプばりの閃きが走った。
「セシリア!」
「大声を出さずとも、わかっていましてよ。協力しましょう」
ハイテンションな鈴とは対照的に落ち着いた様相で答えるセシリア。恋する乙女というのは同じ人間を好きになった時、激しくぶつかり合うが、それが別であった時、なによりも固い結束力を発揮するのだ。
「目指せ、優勝!」
たからかに突き出された拳。こうして、第一回大会にして歴代最強のコンビが結成されたのだった。
「さあ!第一回ウォーターワールド水上ペア障害物レース、開催です!」
司会のお姉さんがそう叫ぶと同時に大きくジャンプをする。その動きで大胆なビキニから豊満な胸が溢れそうになり、わぁぁぁっ……!と会場から(主に男性の声の)歓声と拍手が入り乱れる。
レース参加者は全員女性なのだから、観客のテンションも大いに上がっている。因みに参加希望者の中には男性もいたのだが、受付の時点で『お前空気読めよ』という無言の圧力に屈している。
女性優遇社会ではあるが、それはそれ。やはり水上を走るのは女性が良いに決まっている。何せどんなトラブるが起きても自己責任と参加前にその旨を伝えているし、トラブるが起きれば観客もオーナーとしても眼福の一言に尽きるからだ。
「さあ、皆さん!参加者の女性陣に今一度大きな拍手を!」
再度巻き起こる拍手の嵐に、レース参加者は手を振ったりお辞儀をしたりとそれぞれ応える。
そんな中、特にどういう反応をする訳でもなく、念入りに準備体操をしているのが鈴だった。
「そういえばセシリアは将輝とどっか行かないの?」
「行きますわ。今度の休日、将輝さんがイギリスに里帰りをしますの。三日程彼方に滞在する予定と聞きましたので、わたくしも無理矢理将輝さんの日程に合わせました」
「うわぁ……」
何事もなくそういうセシリアに鈴は軽く引く。
最近、やたらとセシリアは積極的になった。それは将輝が箒と付き合い始めたという事実を知った上でなお、彼女はまだ諦めていないからだ。その為、淑女らしい振る舞いを常に心掛けているセシリアだが、将輝が関係してくるとなると途端に無茶苦茶になるが、タイミングだけは弁えていて、将輝と箒が二人きりになれる時は邪魔をしない代わりに自分と将輝が二人きりになれば全力でアプローチをかける。事実、日程を無理矢理合わせたのも、その里帰りには箒が来られないからである。理由を知らない鈴としてはついに壊れたかと思ってしまう程だが、別に壊れた訳ではない。
「あたし、セシリアが敵じゃなくて心底良かったと思うわ。なんで将輝が落ちないのか、不思議でならないわ」
「わたくしも積極的にアプローチをかけている鈴さんの気持ちに気がつかない一夏さんがとても不思議です」
乙女心が複雑怪奇なように男心も単純ではないのだが、好きな人間がいる将輝はともかく、一夏は特別製の為、例外も例外ではあるが。
「では!再度ルールの説明です!この50×50メートルの巨大プール!その中央の島へと渡り、フラッグを取ったペアが優勝です!なお、コースはご覧の通り、円を描くようにして中央の島へと続いています。その途中途中に設置された障害は基本的に二人でなければ抜けられないようになっています。ペアの協力かま必須な以上、二人の相性と友情が試される仕様になっています!」
鈴とセシリアはアナウンスを聞きながら、再度コースを見る。
中央の島というのがなかなかに厄介。何故ならワイヤーで宙づりになっているため、ショートカットは出来ず、剰え、プールに落ちれば再度一からやり直さなければならないからだ。その作りに二人はなかなか良く出来ていると感心させられる。
((参加者が一般人であればーーーね))
そう。それはあくまで参加者が一般人であればの話だ。
二人は専用のISを持つ国家代表候補生。その能力は旧世紀の一軍隊にも匹敵する。そして当然、それらを扱うに当たってあらゆる訓練を積んできた。その為、単純な戦闘能力は一般男性を軽く凌駕し、軍人も条件が同じなら限りなく互角に近く、或いはそれ以上を見込める。ISとはそれだけのものであり、そしてそれを扱うものも人材価値として非常に高い。その中でも凰鈴音とセシリア・オルコットは極めて戦闘能力が高かった。
「さあ!いよいよレース開始です!位置について、よ〜い……」
パァンッ!と乾いた競技用のピストル音が響き、二十四名十二組の水着の妖精達が一斉に駆け出す。
開始直後、二人の横のペアが足払いをかけようとするも、二人はそれよりも早くにその場から離脱し、一番目の島に到着する。
このレース、なんと『妨害OK』なのだが、二人からすれば一般人の妨害などあってないようなもの、そしてそのルールはぶっちゃけ有利になるだけだった。
「さあ、がんがん行くわよ……っと」
「あらあら、危ないですわね」
二人は向かってくるペアを悉く躱すと見向きもせずに先へと進むのだが、ここで問題が発生する。
最年少に近い二人は妨害こそしないが、その身のこなしから会場全ての注目を集めてしまい、以後の妨害全てが二人に集中してしまっていた。
「一般人でもこれだけの数となると流石に足止めさせられるわね」
「仕方ありません。此方も反撃に出ましょう」
第一グループが二番目の島に渡っている事に少し焦りを感じた鈴とセシリアは回避だけにするのを止めて、妨害してきたペアを投げ飛ばし、他のペアにぶつけた。
「これで多少は稼げるでしょ」
「少し遅れましたわ、早く追撃しましょう」
一番目の島ではロープで繋がれた小島を一人が固定して渡り、それから向こう岸で支えてもう一人も渡るというものだったがーーーあろうことか二人は同時に小島へと飛び移る。ただでさえ、女性一人分しか支えられない筈のそれを二人は軽やかな動きで渡っていく。
「こ、これはすごい!二人は高校生ということですが、何か特別な練習でもしているのでしょうか⁉︎」
二人の身のこなしに会場が沸く。二人はその後も障害そっちのけで突き進み、第二、第三、第四と全て走って突っ切った。
そんなこんなで最後の第五の島に到着したのだが、ここで問題が起きた。
「ここで決着をつけるわよ!」
マトモに走ったのでは負けると踏んだのか、トップのペアが反転して鈴とセシリアに向かってきた。
「何この二人。体格が凄いんだけど」
「何か格闘技を嗜んでいるのでしょう」
「構えから察するに片方がレスリングで、もう片方が柔道ってところかしら?筋肉がえげつないわね、それはさておきーーー」
「競技が違うのに息ぴったりというのには感心させられますわ。それはそうとーーー」
マッチョ・ウーマンという単語がぴったりと合うそのペアは気合い十分の怒号とともに鈴とセシリアへと仕掛ける。二人はそれに対して互いの感想を述べる。まるですぐ目の前まで迫っている危機など歯牙にもかけないかのように。
「「邪魔」」
向かってきた二人の格闘家を鈴とセシリアは何でもないかのように吹き飛ばし、投げ飛ばした。因みにこの時、セシリアはレスリング使いを合気道の要領で力を全く使わずに投げ飛ばし、鈴は柔道家を鉄山靠と呼ばれる八極拳の技の一つであろうことか正面から吹き飛ばした。体格差をものともしないその一撃に会場は騒然とする中、二人は揃って手にしたフラッグを掲げた。
「いや〜、今日は楽しかったわね」
「そうですわね。一時はどうなる事かと思いましたが」
満面の笑みを浮かべて歩く鈴とその隣で同じく微笑を浮かべるセシリア。
鈴の手には優勝賞品である『沖縄五泊六日のペア旅行券』が握られている。
優勝が決まった後、最年少のペアが優勝組ということもあり、色々と質問などが飛び交っていたが、その間も鈴は満面の笑みを張り付けたまま、にぱーっとしていた。それもそのはず、何故なら合法的に一夏と二人きりの期間を手にする事が出来たからである。そしてその五泊六日の内に鈴は勝負を決めるつもりだった。
「それにしてもやるわね、セシリア。まさか合気道の心得があるなんて」
「あくまで護身術の延長戦ですが嗜みはありましてよ。最近では柔術と呼ばれる武術にも手を伸ばしていますわ」
「あんたって本当に自分磨きを怠らないわよね。淑女の鏡ね」
「ありがとうございます。最高の褒め言葉ですわ」
「私も頑張んないとね、目指せ、一夏のお嫁さんってね」
宣言すると同時に鈴が旅行券を手にしていた拳を突き上げた時、事件は起きた。
偶々、その旅行券に反射する光を目にした鴉が低空飛行で接近し、その手から旅行券を取り上げたのだ。
ギャグ漫画もかくやというような展開に思わず、鈴は顎が外れそうになるが、そうおいそれと幸せを逃すわけにはいかない。
「逃すか、このバ鴉!」
鈴は素早くISを展開したのち、威力を抑えて衝撃砲を鴉に向けて放った。
当たれば即ミンチ確定の一撃を鴉は辛くも回避するのだが、それがマズかった。
鴉は衝撃砲の一撃を辛うじて回避したものの、口に咥えられた旅行券は見事に衝撃砲の餌食になり、見るも無残な姿となっていた。
「あ……あ……あぁぁぁ⁉︎」
目の前で儚く散っていく幸せの片道切符の無残な姿に鈴は悲痛な叫び声を上げるのだった。
結論、人の夢と書いて儚い。