陽は傾き、空が夕焼けに赤く染まり始めた頃。
一夏と将輝は第二アリーナの上空で対峙していた。
周囲には誰もいない。時間が遅いという事もあるが、学園祭が近いということもあり、皆そちらに集中しているためだ。
「準備はいいな?」
「いつでも行けるぜ」
将輝は《無想》を一夏は《雪片弐型》を静かに構える。審判役はいないため、どちらかか動けば試合開始の合図となる。
そして先に動いたのは一夏だった。
「おおおおおっ!」
瞬時加速で一気に距離を詰めると『零落白夜』を発動させた《雪片弐型》を横一閃に振るう。楯無との特訓の成果かその一連の動作には以前に比べて無駄が省かれている。
だが、その一撃は空を切る。
将輝は振るわれた《雪片弐型》を仰け反って躱すとそのまま蹴り上げる。
「ぐっ⁉︎」
胸部を蹴り上げられた事で苦悶の声を上げる一夏はすぐさま態勢を立て直し、再度斬りかかる。
「馬鹿の一つ覚えか?そんなものが当たるか!」
上段から振り下ろされた一撃をひらりと躱し、将輝は《無想》ではなく、拳を横腹に叩き込む。
「スピードはあるが、攻撃が単調、何の捻りもない同じ動作。その程度で俺に何かを示そうなどと笑わせてくれる」
「くっ……」
「どうした?来ないなら此方から行くぞ!」
瞬時加速の使用していない通常の加速で一夏へと肉薄し、《無想》を上段から振り下ろす。
一夏はそれを《雪片弐型》で受け止めるが、回し蹴りを放たれて吹き飛ばされる。
「咄嗟に後ろに飛んでダメージを殺したか。こと才能という点に関して言えば、やはり俺はお前の足元にも及ばないらしい。もっとも、それが勝敗に関係すると言われれば話は別だがな」
(後手に回れば圧倒的に不利だ………でも先手を打ってもあしらわれて反撃されるだけ………どうすればいい⁉︎)
「戦場で悩むなど愚か者にも程があるぞ、一夏!」
「ぐあっ⁉︎」
振るわれた《無想》が一夏を襲う。
夢幻の特性で強化された一撃ではないものの、《無想》の一撃は白式のエネルギーを少なからず奪い、既にそのエネルギーは半分近くまで消費されていた。
白式はワンオフ・アビリティーである『零落白夜』の使用によって自身のエネルギーを消費し、攻撃力に転換する。その際に発生する攻撃力は間違いなく全ISの中でもトップクラスの一撃であり、絶対防御すら斬り裂く事もある。そうでなくとも、当たりさえすれば大部分のエネルギーを持っていくのは確実で、掠っただけでも三割程度ほど持っていかれる。
だが、その際のエネルギー消費は尋常ではなく、一夏の白式は短期決戦型。そしていかにダメージを喰らわずに敵を即座に仕留め切るかにかかっている。
だというのに、現在一夏は一撃も当てる事が出来ずにエネルギーだけを消費してしまっている。
まだ勝ち目がないわけではないものの、敗色は濃厚であった。
「他愛もないな。その程度の力で誰かを護るなどと片腹痛い。現時点では俺の方が強いが、それでも命を懸けなければ護れない。何かを犠牲にしなければな」
「何かを犠牲にして護るなんて間違ってるんだ!誰も犠牲になんかしちゃいけない!」
「何を言う。お前は福音の時、わざわざ密漁船を助けたではないか。俺達の行動を犠牲にしてな」
「ッ⁉︎」
「あの後俺が箒を庇って死んだ事について言えばお前を責めるつもりなんて毛頭ない。俺が箒を護りたかったから、命を投げ打ってでも助けたいと願ったからそうしただけだ。だがな、あの戦闘。下手をすれば死ぬのは俺だけでは済まなかった。もしも福音があの場に留まらず、何処か都市を襲えば数万人の死者が出た。お前は密漁船に乗った数人の犯罪者を助けるために罪もない一般人を犠牲にしかけたんだよ」
福音はあの時自己防衛から危険度の高い相手を自動的に撃墜する防衛本能にも似た概念で動いていた。それ故に将輝が撃墜された後は、危険が排除されたと判断し、あの宙域に留まったものの、もし福音が無差別に悪意を撒き散らす兵器とかしていたのなら、あの場で撃墜出来なかった時点で大規模の死傷者が出る事態になっていた。
「一夏。お前はな「誰かを護りたい」のではない。『誰かを護る事に憧れている』だけなんだよ」
そう言って将輝は《無想》で斬りかかる。凄まじいまでの剣戟の応酬に何とか一夏は食らいつき、ダメージを避ける。その間も将輝の言葉が止まることはない。
「目的も!理由も!ただの後付けだ!お前は誰かを護ったという結果が欲しいだけだ!感謝などされなくてもいい!自分の中で誰かを護ったという自己満足に浸っているだけだ!その護った対象が犯罪者でも一般人でも仲間でも家族でも!お前にとっては等しく同等でしかない!織斑千冬に護り続けられたお前はその行為に憧れた!他人に織斑千冬の弟として結果を求め続けられ、煩わしく思っていたはずのお前自身が!誰よりも織斑千冬の弟として生きようとした!」
「そんな事……ないっ!」
「ならば何故犯罪者どもを助けた!あの時、お前は箒を叱咤したが、言っていることは箒の方が正しかった!あの場で犯罪者どもを助けるというのは愚行以外の何物でもない!お前は皆を護りたいとのたまいながらも誰よりも皆を危険に晒した!己が理想を叶えたいがために!」
「ならお前は見捨てろってそういうのかよ!目の前で危険な目にあってるなら、一般人でも犯罪者でも一緒だろ!」
「その価値観が間違っていると言っているんだ!その考えのままいけば、何れお前は自分の行いを誰よりも悔いる!それが世界中から評価されたとしても誰よりもその行いを後悔する!人間である以上、優先順位は存在するのだから!大切なものを護る為には犠牲する事を躊躇うな!大を救いたいなら小は切り捨てろ!零れ落ちるものまで救おうとするな!それが出来ないというのなら、その歪んだ理想を抱いて溺死しろ!」
ガギンッ‼︎
夢幻の特性によって爆発的な火力に引き上げられた一撃が《雪片弐型》を断ち切り、その衝撃で、一夏を吹き飛ばし、一夏は壁へと打ち付けられる。
(雪片が斬られた………これじゃもう闘えない………)
殆ど柄のみとなった《雪片弐型》を見た後、一夏は上空で見下ろす将輝を見た。
(でも………ここで諦めるわけにはいかない。ここで諦めたら………認めることになる。何かを犠牲にして救うやり方を!)
一夏とてわかっていた。零れ落ちる全てを救う事など到底出来はしないと。大を救うために小を切り捨てる事はごく当たり前の事であると。自分の理想は姉の影を追い続けた結果の酷く歪な理想であると。
けれど………それでも一夏は思う。例え全てを護る事が出来なかったとしても、自分を失う事になったとしても自分は無力な人々を護ると。それが例え何者であろうと。それが、それこそが織斑一夏の憧れたーーー追い続けた理想なのだから。
「俺の想いに応えろ!白式ぃぃぃぃ‼︎」
一夏の叫びと共に白式が強く光を放ち、アリーナが眩い光に包まれた。
その光の中で一夏は不思議な暖かさを感じていた。
(懐かしい………何でかわからないけど、ものすごく懐かしいような気がする……)
《君は何を望む?》
一夏の脳内に女性の声が響き渡る。
声の主は何処かと一夏は辺りを見回すが、真っ白い空間が続くばかりだ。
《君は何を望む?》
もう一度響き渡る声に一夏は答える。
「俺は………力が欲しい。もう護られるだけの存在は嫌だ。皆を護られるくらい強くなりたい………今はせめてあいつを認めさせられるぐらいの力が!)
虚空に手を伸ばした一夏はその中で何かを掴み取ると一気に引き抜いた。
と同時にその光が嘘のように晴れた。
「これは……?」
一夏の手の中に握られていたのは先程断ち切られたはずの《雪片弐型》。
殆ど柄のみとなっていたはずのそれには先程と同じように刀身が存在していた。
それだけではない。
先程まで半分を切っていたエネルギーは回復し、白式の形態は様々な変化を遂げていた。
背中に新たなスラスターが増設され、左腕には見たこともない兵装が装備されていた。
訳もわからない一夏にまるで教えるように画面には『第二次形態移行完了』と表示されていた。
ほんの一瞬の出来事。視界が光で覆われ、晴れた直後に変化した白式の姿を将輝は知っている。この世界で誰も知るはずのない白式のその形態を。
「『
将輝が驚きの声を上げるのも無理はない。
何故なら二次移行とはISに多大なる経験値とダメージの蓄積が為された時、始めて起こる可能性を秘める。だが、それですら確実ではなく、一夏の白式はまだそのどちらも満たしていないはずだった。ともすれば、この状況は奇跡以外の何物でもない。
「一夏の意志がそれを可能にしたか…………面白い。あくまで自らの理想を貫くというのであれば、見せてみろ!」
将輝は仕掛ける。茫然としていた一夏は危険を告げるアラートによって将輝の接近に気づき、《雪片弐型》でその一撃を受け止めた。
加速から一気に力任せに押し切ろうとした将輝だが、白式の形態移行によって引き上げられた性能に完全に受け止められ、そしてはじき返された。
「ここまで力があがるのか?これでは殆ど箒の紅椿と同等のスペックだな」
「今度はこっちの番だ!行くぜ!」
一夏は左腕に装備された新武装《雪羅》を発動し、エネルギーで出来た爪状のものへと変化させ、将輝へと迫る。
襲いかかる一メートル以上に伸びたクローを将輝は受け止めることなく避け、それと連携して迫る《雪片弐型》は《無想》でいなすが、徐々に手数の差で押されていた。
「俺は!誰も見捨てたりしない!何でも全部救えるだなんて思っちゃいない!でも!それでも!俺は皆を護りたい!」
「それでまた仲間を危険に晒すのか⁉︎お前の自己満足の為に!」
「確かに自己満足かもしれない!将輝の言う通り、俺は千冬姉にずっと憧れてた!いつか、あんな風に誰かを守れたらいいって!」
「ようやく理解したか!お前の
「ああ、確かに俺は何か間違えている。けど、それでいいんだ!だって、誰かの為になりたいっていう思いが、間違えの筈がないんだから!」
その時、《雪羅》のクローが将輝を捉えた。
大して深いダメージではないものの、今まで掠る気配すら見せなかった一撃が当たった事に驚いたのは将輝ではなく、一夏だった。
仕掛けるなら今しかない。そう感じた一夏は《雪片弐型》を握る手に力を込める………が、動きを止めた。
何かされたというわけではない。将輝が《無想》を消したからだ。
「ふぅ……終わり終わり。あー、肩凝った」
「へ?え?あれ?何?どういう事?」
いきなり戦意を消した将輝に一夏は訳も分からず疑問の声を上げる。
「どういう事も何もあるか。これでしまいだよ」
「え、しまいって………まだ勝敗が……」
「はぁ……俺は一言も勝てなんざ言ってない」
将輝が溜め息混じりにそう言うと一夏はそういえばと思い至る。
この戦闘に至るまでの経緯で、一夏と将輝は口論になり、そして闘う事となったものの、その時将輝は「一夏に意志を示せ」とは言ったものの、「勝て」とは一言も言っていないのだ。一夏が将輝にその意志さえ示せばこの闘い自体は終わるのだ。
「お前の意志の強さはわかったよ。自力で二次移行するくらいだ。俺の言葉じゃどれだけ積み重ねても届かねえよ。正直、お前が言ってる事は綺麗事ばっかだし、はっきり言って現実を見てない」
「わかってる。でも……例え綺麗事ばっかで現実が見えてなくても、誰かに否定されたとしても、最後までこの理想を貫きたいんだ」
迷いのない瞳で一夏はそういった。其処に試合前までの陰鬱とした色は見られず、何時も通りのーーー或いはそれ以上の活力に満ちていた。
「一夏。一つ聞くが、お前にとって護るってのは手段か?目的か?」
「手段だ。大切な人達に笑顔でいてもらうための。幸せでいてもらうための」
「そっか。だったらもう迷うなよ。お前の理想にお前自身が疑問を持ったら、その時は誰に恨まれようが構わない。お前の理想ごとお前を叩き斬ってやるよ。それが俺のしてやれる唯一の救いだ」
一夏の胸に軽く拳を当てると将輝はそのまま身を翻し、アリーナのピットへと戻っていく。アリーナに残された一夏は新たに手に入れた力と改めて確認した自身の理想を胸に秘め、また別のピットへと帰っていった。
「お疲れ様、将輝くん」
「会長……見てたんですか?」
「ええ。あんなにピリピリした空気だと本当に喧嘩したのかって、ちょっぴり心配しちゃったわ………もっともその心配もすぐに杞憂だってわかったけれどね。どうだった?道化を演じてみた感想は?」
「なかなか楽しかったですよ。もう一度やりたいとまでは思いませんが」
楯無の問いに将輝は肩をすくめる。
始めからあのやり取り自体、将輝は本音で話していたものの、本気でなかった。自分と楯無との試合を見た一夏が思いつめているという事を悟った将輝は一夏のその負の感情を自らに向けつつ、以前からその片鱗を見せていた歪んだ理想を問い詰めた。
一夏にとって『護るべき対象』に優先順位はなく、そのどれもが等しく平等なのだ。目の前で命を脅かされている人間がいれば、その時の行動によって大多数の人間が犠牲になろうとも一夏はそちらを助けてしまう。目の前の人間を生かすためだけに大多数の人間を殺す。それが何を犠牲にしても護りたい人間であるならば、納得出来るものであるが、それは大切な存在であったり、或いは見ず知らずの人間である可能性すらもあった。織斑一夏にとっての理想とは『護る』という行いそのものであり、誰であるかは関係がなく、手段であるはずのその行為が目的とかしていた。
故に将輝はそれを否定した。道化を演じていたものの、全力で一夏を叩き潰しに行った。
結果、白式は一夏の意志に応えて二次移行を果たし、一夏自身は自らの理想の歪みを無意識のうちに修正した。誰も犠牲にしない、皆の幸せの為に皆を護ると。
それを聞けた時点で将輝は道化を演じる必要などなく、某弓兵の如く説教を垂れる事をやめて、最後にもう迷うなと釘を刺した。将輝の仕事はそれで終わりだった。
「なかなか迫真の演技だったけれど、あれが素?」
「違いますよ。あれはちょっとアニメのキャラを意識してみただけ」
「ふふっ、やっぱり貴方は私は簪ちゃんと同類ね」
「自分でもそう思いますよ」
苦笑する楯無に将輝も苦笑しつつ頷く。
ああいった場所でアニメのキャラクターを真似するなど普通ではない。元厨二病患者の将輝や現在進行形の簪くらいである。
「今回の一件に関しては貸し一つということで」
「ええ。今回の一件は元はと言えば私のミスが原因だものね。借り一つよ」
「それじゃあ俺はこれで」
「一夏くんには会っていかないの?」
「あいつとしても思うところはあるでしょうし、俺としても今回の一件でそろそろ隠し事はやめようかと思ったんでその準備をします」
将輝には誰にも言えない秘密がある。言う必要もなければ、言ったところで誰も信用などするはずもない秘密が。けれど今回の一件。一夏の心境の変化と同様に将輝の心境にも変化が訪れていた。親友が自らを信頼して、命を預けるというのであれば、隠し事はもうやめようと心に決めた。少なくとも、話すならこのタイミングしかないとも将輝は思っていた。
だからこそ、早い段階で全員に話す。一夏を筆頭とした原作主要キャラに向けて、自らがイレギュラーである事を。藤本将輝がーーー憑依転生者である事を。