「一夏くーん?藤本くーん?ちゃんと着たー?」
「「………」」
「開けるわよ」
「開けてから言わないでくださいよ!」
「確認になってねえよ、人権守れよ」
「なんだ、二人ともちゃんと着てるじゃない。おねーさんがっかり」
「取り敢えず殴っていいか、会長」
第四アリーナの更衣室。普段はISスーツの着替え場所として使われるそこに、俺と一夏はいた。
服装は西洋の王子をイメージした服装。頭の上には王冠が載っており、腰にはレイピアの模造品が装備されている。これの為だけにわざわざこんなものを用意するなんて、本当に愉快犯みたいな人間だ。
「はぁ……必要な事ってわかってるけど、なんか複雑だな……」
「あら、それならシンデレラ役の方が良かった?」
「嫌に決まってます!」
ああ言えばこう言う。そろそろ一夏はこの会長に対する対応の仕方を考えておくべきだと思う。
「さて、そろそろ始まるわよ。一夏くん、藤本くん。貴方達二人の行動に今回の作戦はかかっているわ。あくまで自然体で、普通にこの学園祭を楽しんでちょうだいね」
真剣な表情で会長は言う。
ぶっちゃけ、この作戦が有ろうが無かろうが、楽しめなかったとは思うけどな。
「ところで脚本とか台本とかは?まだ一度も見てない上に作品すらわからないんですけど」
「大丈夫。基本的にこちらからアナウンスするから、その通りに話を進めてくれればいいわ。因みに作品名は『
「シンデレラか……。普通の作品なのに、なんであの人が言うと安心できないんだろうな」
「それはな。本能が危険を察知してるからだよ、一夏」
ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。
俺達が舞台袖に移動すると同時にセット全体にかけられていた幕が上がっていき、アリーナのライトが点灯した。
「昔々、あるところに、シンデレラという少女がいました」
「良かった。普通の出だしだ」
「だと思うか?」
そんなわけはない。あの会長に限って、というよりも原作だって絶対にマトモじゃなかった。
「否、それは最早名前ではない。幾多の舞踏会を潜り抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえ厭わぬ地上最強の兵士達。彼女らを呼ぶに相応しい称号……それが『
「え?」
「今宵もまた、血に飢えたシンデレラ達の夜が始まる。王子達の冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女達が舞い踊る!」
「は、はぁ⁉︎それもうシンデレラじゃなくなってるじゃないですか、楯無さん!」
一夏のツッコミはもっともだ。あの会長はある意味では束に精通している。別に他人を巻き込んでもいいか思考の束よりもタチが悪いのはあの会長は他人を巻き込む事を念頭に置いている。振り回されるこっちの身にもなれ。
「吠えるのはいいが、逃げるぞ一夏。ここにいたらーー」
「もらったぁぁぁ!」
「チッ!もう来たか!」
いきなりの叫び声と共に現れたのは白地に銀のあしらいが綺麗なシンデレラ・ドレスを身に纏った鈴。
指の間に中国の手裏剣ーー飛刀を挟み、それで俺達を的確に狙ってくる。
「馬鹿!死んだらどうすんだよ!」
「安心しなさい、一夏!私があんたを殺す事なんてありえないわ!ちゃんと服狙ってるから問題ないわ。あんたが変な避け方さえしない限りね!」
と豪語する鈴。
言うだけあって、確かに頭部への投擲は一度もない。王冠を叩き落とすにも、それだと俺達が危ないからだろう。さっきから装飾の凝った部分を狙ってきて、その場に繋ぎとめるつもりだ。
「いいから、寄越しなさい!無駄な抵抗は傷を増やすだけよ!」
「じゃあ攻撃するなよ!」
「それは無理な話、よ!」
投擲された飛刀をテーブルの上にあったティーセットのトレーで防ぐ一夏。それを鈴が飛び蹴りで吹き飛ばし、続けざまにかかと落としをかました。殺す気はないが、何がなんでも王冠は欲しいらしい。
と、その時、赤い光線が視界をちらついた。
咄嗟に身を仰け反らせるとチュンッ!という音と共に地面に何かが当たった。
スナイプされてるのか。となると相手はセシリアか。
サイレンサー装備で発砲音とマズルフラッシュがわからない上にセシリアの性格上、弾は麻酔弾のはずだ。偶然でも実弾が当たるとえらいことになるからな。当たるとその場でおねんねって事か。
おまけに連射性にも優れているらしい。立て続けに俺の王冠めがけて撃ち込んできた。
ここじゃ遮蔽物が少ないし、分が悪いか。
俺は全力で襲われている一夏の元へと走る。
「来たわね、将輝!あんたの相手はセシリアだけど、あんたとこうして闘ってみるのも乙なものよね!」
「生憎と俺は戦闘狂じゃない!一人でやってろ!」
飛んでくる飛刀。俺の痛覚が鈍い事を知ってか、それとも単にスイッチが入ってるのか、飛刀の軌道は俺の動きを制限するために関節を狙ってなかなかの速さで飛んでくる。
だが、甘い!
俺は腰のレイピアを抜き、全て叩き落とした。
「全部叩き落とすなんてやるじゃない!やっぱりあんたは最っ高の獲物ね!もっともっと闘いましょう!」
ええい、戦闘狂め!
「一人でやってろって、言ってるだろ!」
鈴が腰に携えていた青龍刀を抜くよりも早く、距離を詰めて、そのまま力任せに投げ飛ばす。
前よりも力は劣るが、それでも俺は十分規格外。逃げ回るだけならなんとかなる。
「ッ⁉︎ホントに化け物並みの力ね。おまけに射線軸にあたしを投げるなんて」
姿勢を立て直し、セシリアの目の前に着地する鈴。
「流石は将輝さんですわ。抜かりがありません」
「感心してる場合?いくら別の目的があるって言っても、出来ることなら『報酬』は欲しいでしょ?」
肩にスナイパーライフルを担いで感心したように言うセシリアに嘆息する鈴。
このイベントは将輝が言った通りの出来事を起こすための前座だ。本命は別にある。
だが、それでも楯無はそれだけではモチベーションが上がらないといい、結果として、『二人の男子の王冠のどちらかを奪えば、その所有者と同居できる』という報酬が彼女達にはあった。もちろん、それを将輝も一夏も知らないし、例え知って将輝がわざと箒に渡すようなことがあればそれは不問となる。
もっとも、内容はともかく、鈴のモチベーションから将輝はおおよその事情を察しているのだが。
「もちろんですわ。ですが、わたくしは正面から狙っても躱されますので、パートナーがいなければ成立しません。鈴さんのように、標的が別の方でないと」
「箒もラウラも絶対に将輝狙いだもんね。シャルロットは前に出て身体を張るタイプでも無さそうだし……」
「ですから鈴さん。頑張ってくださいね、援護は完璧にこなしますから」
「言うじゃない。そう言うからには一夏の王冠も将輝の王冠もあたし達が取るわよ!」
「ふぅ。ここまで来れば後は適当に身を潜めれば大丈夫そうだな」
「はぁ……はぁ……あの二人、何であんなに
「さあな。あのバ会長が何か吹き込んだんじゃないか?」
まさかとは思うが原作通りに取った奴は同じ部屋にするみたいなのじゃないだろうな。洒落になってないぞ、それ。
「とにかく、その辺に隠れてやり過ご「せると思ったか?」ッ⁉︎」
その場を飛び退くと数瞬遅れでそこにサバイバルナイフを手にしたラウラが降り立った。
刃は潰されてるが、地面に突き刺さる辺り、刺さることには刺さるって事か。
「甘いな。お前達二人には常に監視の目がついている。隠れてやり過ごせるなど思わない事だな」
「……で、ラウラもこれ、欲しいわけ?」
「無論だ。こうしてお前と闘うのは二度目だからな。リベンジさせてもらう」
両手にサバイバルナイフを構え、ラウラは肉薄してくる。こいつの場合、報酬みたいなのを抜きにしても、ガチでやり合ってきそうだ!
レイピアで相手をするのは危ないので、俺は先程拾った鈴の飛刀でサバイバルナイフを受け止める。かなり無茶だが、怪我させると危ないからな。
「ほう。それは凰鈴音の持っていた飛刀だな。投擲武器で私のナイフとやり合うか……面白い!」
演り合う気はあっても、殺り合う気はないんだけどな。
そんな俺の心情もラウラには通じず、攻め手はどんどん苛烈さを増していく。さっきの鈴よりも加減されていない。多分、王冠とかどうでもいいんだろうな……なら!
放たれた回し蹴りを俺は避けずに敢えて受ける。脇腹にモロに入ったが、その程度で根をあげられるほど、柔な身体の作りじゃ無くなってるからな。
何はともあれ、捕まえた。後は思いっきり投げ……⁉︎
「一夏!伏せろ!」
「え?お、おう!」
混乱している一夏だが、俺の言葉通りに身を屈める。
俺も掴んでいたラウラの足を離し、ラウラを突き飛ばした後、飛び退くと絶妙な角度で
「あちゃー、気づかれちゃった」
「しゃ、シャルまで⁉︎一体全体何がどうしたっていうんだ⁉︎」
どうやら一夏の中ではシャルロットだけはこれに参加していないと思っていたらしい。いや、まあ。シャルロットも一夏の事を好きなわけだから、何かあるとすれば参加しない道理がない。だって、ラウラも参加してるのに。
つーか、ここまで来ると箒が出てきてない事が不気味すぎる。いや、もしかしたら参加してない可能性……「ま、将輝」はたった今無くなりました。
其処にはシンデレラ・ドレス姿で日本刀(当然刃は潰されてる)を構えた箒が。成る程、シャルロットはともかくとして、原作の一夏はこれよりも危ない状況を一人で潜り抜けてきたのか。
「一夏。マジでお前尊敬するよ」
「?何のことだ?ていうか、それよりもどうやって逃げるんだ、これ⁉︎」
そうこうしているうちにセシリアと鈴も来た。唯一の退路と思しき場所には箒が立っているし、馬鹿正直に相手をしてたら、セシリアとシャルロットに王冠を掻っ攫われる。
「詰みだな。大人しく
いや、これ渡すと俺負けになるんだけど。
「大丈夫だ、将輝。そ、それさえ渡してくれるのなら、私はお前を守る……ぞ」
「それはわたくしも同じですわ。目的はあくまでその王冠にあるわけですから」
だからこれ渡しちゃうとダメなんだって。しかも渡そうとしたら電撃待った無しだからな。この場で自滅すると元も子もない。
仕方ない。こうなったら……
「一夏。口閉じてろよ」
「へ?」
一夏の足を掴んで、そのまま力任せにぶん投げた。
「あ、あぁぁぁぁ……」
良し。これで鈴とシャルロットはあっちに注意が……
「ちょい待て。なんで全員一夏には目もくれないんだ」
「元々、私は織斑一夏に興味はない」
「私も目的は将輝だからな」
「鈴さん、一夏さんはあちらに参りましたが」
「追いかけたいけど、将輝が一夏と合流したら鬼ごっこが始まるでしょ。なら、ここで闘いを楽しみつつ、将輝を先に倒したほうが妥当でしょ。ていうか、こんな美味しいの譲れるわけないじゃない」
「だね。こっちの方が確率上がるし、全員で一人に当たった方が効率良いから」
そ、そう来たか。となると俺は自分の生存確率を下げただけじゃね?
流石にこの五人相手に逃げるのはハードル高過ぎるぞ。おまけに若干二名は俺と闘うことがご所望らしい。勘弁してくれ。
「さあ、どうする?大人しく軍門に下るか。それとも私達とやり合うか。私としては後者を希望するが、一人で何処まで持つかな」
おおっ、ラウラの顔つきが完全に軍人っぽくなってる。最早、これの趣旨完全に忘れちゃってる顔してるよ!
確かに何時まで持つだろうか。囲まれた状態、おまけに俺は壁に追い詰められてる。高さ十メートル弱の。
普通に走り抜ければ簡単……にも見えるかもしれないが、セシリアとシャルロットの後方支援に前衛の箒、鈴、ラウラ。ある意味完璧の布陣に王冠守りつつ逃げるのはかなり無理ゲー。前と違って、全力ジャンプで十メートル跳ぶとか出来ないからね。五メートル行くか行かないかが限界。
お手上げか、と思っていたら、上から声がした。
「……残念。一人じゃなく、二人」
「簪⁉︎」
「……私の半身。助けに来た」
そこにいたのはシンデレラ・ドレスを翻し、こちらを見下ろしている簪。
なんとも絶妙なタイミングなのは多分狙ってやったに違いない。だってガッツポーズしてるし。
「ところで簪はそこから飛び降りられるのか?」
と素朴な疑問を箒がぶつける。
すると簪は不敵な笑みを浮かべる。
「……そんな事、無理に決まっている」
「カッコつけたかっただけかよ!」
「……だって、こんなベストタイミング狙わないと出来ないし……」
か、簪の助けに一瞬でも期待した俺がバカだった。あの子ただの厨二病だもん。ISに関しては凄いけど。
「でも、安心して。助けるのは事実」
「ふふん、そんな所からあたし達に何が出来るの?下手な飛び道具なんて牽制にもならないわよ」
「それはわかっている。だから……」
スカートの裾をつまんであげる簪。
するとスカートの中から浮遊する二十個の丸い球体が現れた。
「足りないものは他で補う。……行って、ファンネル」
「ファンネルだと⁉︎」
ラウラが驚愕の声を上げた。うん、俺もびっくりだよ、あの子なんてもの作ってるの⁉︎そして剰え、どんなタイミングで使用してるの⁉︎
「あれはビット⁉︎イギリスでもあれだけの数のものを使用する段階には至っていませんのに!」
「それにあれだけの数を動かすとなると空間認識能力がかなり高くないと出来ないよ。そうなったら、同時に動かすことはできない筈だけ、ど!」
縦横無尽に動くファンネルから、ビーム……ではなく、何か小さいものが発射される。
これは……コルクか?大怪我はしないけど、当たったらかなり痛いぞ。まぁ、他の面々に比べればマシか。セシリアのはともかくとして、他の面々は当たりどころが悪いとシャレにならん。
「くっ………射程距離外から攻撃してくる分、対応に困るな。ならば……」
箒は飛んでくるコルク弾を日本刀で叩き落とし、射撃が止まった瞬間に俺に接近してきた。
「ジリ貧になる前に目的を達成させてもらう!」
「……貴女なら、きっとそう言うと思った」
その時、俺の肩を何かが掴んだ。
それは機械で出来た手。ぶら下がったワイヤーのようなものが簪の方に………まさか。
「しっかり掴まってて」
「いや、これに掴まるも何も……」
掴まれてるのは俺の方なんですが。
瞬間、俺は思いっきり真上に引っ張られた。
凄まじい勢いで引っ張られ、そして空中に投げられたので、そのまま体勢を立て直しつつ、着地する。
「ホント、無茶苦茶するよな、簪」
「……この仮の体のスペックではあの五人の足元にも及ばない。本気を出す事がかなえば、右腕だけで全員消炭」
「邪眼の力を舐めるなよ!ってか?消し炭にしちゃマズいだろ」
「……それもそう。失念していた」
え、今の冗談だよな?消し炭に出来たらしてんの?簪なら厨二病の勢いだけでしそうなのが怖いんだけど。
「それはそうと、彼はーー織斑一夏は何処?」
「一夏なら、さっき思いっきりぶん投げたんだが………何処に行ったんだろうな」
あいつの事だし、多分無事だとは思うんだが。
と、簪が顎に手を当てた。
「それはマズい」
「マズいって………まさか」
俺が視線で問いかけると簪は頷いた。
「既にこの会場に標的が侵入している」