オラ!ご注文のキツネうどんだ!!! 作:コントラポストは全てを解決する
心愛の悲鳴が止んだのは、朝九時を回ってからだった。
地獄絵図が確定しているので店に行きたくない光良だが、心愛を見捨てるのは後味が悪い。
「お、おはようございまーす……」
「おはよ、コンたろー。どうしたんだ ? 浮気がバレた時みたいな顔して」
「浮気に選ばれた側、だからかな。ここあは元気 ? 」
「リゼと一緒にランニングに行ったよ ! 」
「そっか……。ちーちゃんは何してる ? 」
「台所でお皿洗ってる ! 」
罰則か何かで、心愛がマラソンに付き合わされたのは確定と見ていい。
予想以上に智乃が激おこすぎて、自分まで怒られるのではないかと身構えてしまう。
「ち、ちーちゃん ? おはよ……」
「おはようございます。体調はどうですか ? 」
「た、体調 ? 朝から万全だけど」
「精神的な方ですよ。ココアさんに襲われかけたんですから」
「あはは……」
今までに見たことがない勢いで智乃に優しくされる。
そっと優しく頭を撫でられ、心配の気持ちがこもった目でまっすぐ見つめられ。
智乃に呆れ以外の目を向けられたのは、いつ以来だろうか。
「心配してくれてありがと。でも、ココアも間違えて俺のところに来ちゃっただけなんだ」
「なんでココアさんを庇うんですか」
「そうだねぇ……」
重症すぎる。
これはもう、光良がアホになるしかない。
狐の出番を前に、肩をグルグル回して準備運動を始めた。
「コウさんも走りに行くんですか ? 」
「それはまた今度かな。今は、兎を笑かすために準備をしているところ」
「なに言ってるんですか……」
「狐が踊れば兎が笑い、兎が笑えば月が回る」
「本当になに言ってるんですか…… ? やっぱり、頭がおかしくなったんじゃ……」
カッコつけた光良が狂言回しをしていると、店の方から壊れそうな勢いでドアの開く音が聞こえた。
ドタドタと、誰かがこちらに駆けてくる。
「コンたろー ! モカって人がコンたろーと一日恋人になりたいとか言って攻め込んで来たぞ ! ! ! 道場破りだ ! ! ! ! 」
「ほい来た」
フラグやら乱数の調整やらが実ったと言わんばかりに、光良はるんるんスキップで店の方へと向かう。
そこには、なにやら限界を迎えたであろうモカがいて、ヤケコーヒーを飲んでいた。
「おはよう、モカさん。こんな朝っぱらからどうしたの ? 」
「コーくん ! 一日私とデートして ! ! ! もう耐えられないの ! ! ! 」
「限界社会人だ……」
目の中がグルグル回っているモカ。
パン屋とは修羅の職業なのだろうか。
◇
光良と腕を組み、結構本気めのカップルごっこにモカは励む。
「とりま、事情聞いても良いですか ? 」
「昨日ね……お気に入りの恋愛ドラマが最終回を迎えちゃって……」
「内容は ? 」
「小学生以来の幼馴染が、パン屋を開くために紆余曲折するって感じなんだけど」
「終わり方がアレだったとか ? 」
「全然ハッピーエンドだよ。でも、なんか……最後に結婚して幸せそうにしている光景を見たら……言葉にできないモヤモヤ ? みたいなのを感じてね ? 」
「衝動のままここへ来たと」
「うん……」
自分でも行動の理由が分からない。
そんな顔でモカは事情を語った。
「生き遅れって年齢でもないのに、なんでそんな焦りを ? 」
「焦りっていうか、なんだろう……羨ましくなっちゃったっていうのかな ? 」
「気持ちは分かりますけども……」
頼るのが光良で良いのかと、光良自身が訝しんでしまう。
「モカさんが声をかければ、男の一人や二人」
「愛がなくて嫌でしょ ? 」
「まあ…………そうっすね」
「だから、宛に出来そうな男の子を思い浮かべたんだけど」
「それで真っ先に俺が出てきたんですか ? 」
「うん。ダメだったかな ? 」
「未成年を壁を平気で踏み越えるの、結構まずいんじゃ ? 」
「そ、それはほら ! コーくんって見た目は大人だし、私と並んでも大丈夫かなって」
確かに、智乃と並んで歩くと犯罪臭がすると言われて来た光良だが、やはり綺麗には飲み込めない話だった。
「まあ……レンタル彼氏ですし、あんまり厳しい事は言いませんけども」
「そ、そういう事は全部終わった後に言って ! 夢から覚めちゃう ! 」
「重症だ……」
ドラマロスのせいか、いつもより余裕のなさそうなモカ。
限界過ぎて、まともにエスコート出来るのかすら怪しくなって来た。
ちゃんと歩いてくれるだろうか。
「とりあえず、なんか良い感じの露店でも探しましょうか。木組みの街って、結構食べ歩きが盛んなんですよ」
「へ〜、楽しみだな〜」
なんとか食べ物で釣り、限界の煮詰まった面持ちからモカを解放できた。
ここまで来るとデートではなく介護である。
◇
リゼとのランニングで体力の限界を迎え、やむなくリタイアしたココア。
帰り道はずっと息切れをしており、帰れば激おこの智乃が待っている。
今までに類を見ない足取りの重さだ。
「あれ……チノちゃん…… ? 」
露店街の入り口近くの電柱で、コソコソと何かを覗く智乃がいた。
「チノちゃん ? 何してるの ? 」
「んみ──! ? ! ? こ、ココアさん ? もう…… 驚かさないでください……」
「ご、ごめんね ? それで……えっと、何してたの…… ? 」
「あそこ。見れば分かりますよ」
智乃が指差す方を覗くと、なにやら見知った影が2つ歩いていた。
「あれは……こーくん……と、おねーちゃん ! ? 」
「こ、声が大きいですよ…… ! 」
「ご、ごめん ! えっと、なんでおねーちゃんが ? 」
「コウさんと1日デートしたいとかで、朝イチで店に来たんですよ……」
「そういえばこの前、お気に入りのドラマが終わっちゃうとかで落ち込んでたっけ。それで来たのかな ? 」
「なんでドラマのツケをコウさんが払わなきゃいけないんですか……」
「恋愛ドラマが終わると、引きずってああなっちゃうんだ。昔はおとーさんが相手してたんだけど……そっか、こーくんのところに……」
心愛も好きなアニメが終わるとあんな感じになるので、気持ちはわかる。
ただ、姉が女になる瞬間というのは、さすがの心愛でも堪えるものがあるのだ。
「ま、まあ……でも、満足したらいつも通りに戻るし、このままで大丈夫だよ」
「なに呑気なこと言ってるんですか。コウさんが取られるかもしれないのに」
「お、おねーちゃんはそんな事しないよ ! 」
「でも、ココアさんはコウさんを襲ってたじゃないですか」
「お、襲ってないよ ! 本当にたまたまああなっちゃっただけで ! 」
「やってる人は皆そういうんですよ」
「チノちゃ〜〜〜ん ! 」
このまま誤解が一生解けないのではないかと、今更ながらに心愛は不安になってしまう。
もはやゴミを見る目ではなく、『そういう人』として智乃は他人行儀で接するようになってしまった。
心愛史上、最大級のピンチかもしれない。