オラ!ご注文のキツネうどんだ!!! 作:コントラポストは全てを解決する
締めの話
ガチャ、とドアを開くと、重力とも湿気とも違う重い空気が光良を襲った。
当然のごとく、発生源は智乃。
もはや流す涙はなくなったと言わんばかりに、擦れた目で呪詛を唱える。
「ちーちゃん、ただいま」
「……コウさん ? 」
光良の声を聞いた瞬間ハっとし、勢いのままに抱きつく──かと思ったら、すんでのところでそっぽを向いてしまった。
「何しに来たんですか。クビは撤回しませんよ。コウさんはずっと──」
「謝りに来たんだ」
「謝ったって許しません」
「それでも、聞いてほしい」
本棚から日記を取り出したのちに、智乃の隣へと座る。
そして、例のページを開いて智乃にも見えるよう床に置いた。
「俺、ちーちゃんに嘘をついたんだ」
これが最後。
泣いても笑っても……いや、光良が泣くための対話。
「ちーちゃんのお母さんが亡くなった時、俺の母さんも死んだって嘘をついた。ちーちゃんの隣にいたいがために、自分勝手に嘘をついた」
それを謝りたくて──と、言いかけたところで、智乃に押し倒される。
その顔は怒り1色と言った様子だ。
光良の胸もキュッと締まってしまう。
嫌っているどころか、恨まれている気さえした。
「──そんなの、ずっと前から知ってますよッ ! ! ! コウさんは私が大好きで、そんな嘘までつくほど、必死になってくれて……ずっと嘘をついて、私を元気づけけようと躍起になってたのに……なのになんで……なんで私を置いて行こうとしたんですか ! ! ! ! わたしが……どれだけ心配したか……」
ポロポロとした涙が光良の顔に落ちる。
頭が真っ白になった。
「えっ……なんで……全部、知って……はえ…… ? ち、ちーちゃん…… ? 」
「あなたが私を大好きなように……私もあなたが大好きなんです……。これくらいは、知っています……」
「あれ……じゃあ、俺……ずっと独り相撲を…… ? 」
「話を逸らさないでください……。なんで、私を置いて行こうとしたんですか……」
「いや、そらしてるわけじゃなくてね…… ? 」
アイデンティティとはまた違う、光良の根底にある大事な何かが崩れさる音がした。
「えっ、じゃあ……なんでちーちゃんは俺なんかと…… ? こんな、最低な奴といる意味なんてないのに……」
「今さっき……全部語りましたが……」
「いやいやいや ! だめだよ ! こんなヤツに惹かれちゃ ! 俺は ! 人が死んだのを喜んで── 」
智乃の目を覚ましたくて、必死に弁解を試みる光良だったが、その口は智乃の手で塞がれてしまう。
「いい加減にしてください……。さっきから俺なんかとか、最低な奴とか……。本人が言っているとは言え、好きな人の悪口を聞くのは辛いです……」
智乃の手から口が解放される。
もう二度と言うなと、智乃の目は訴えていた。
それでも、光良は止まるわけには行かない。
「一生のお願いなんだ。俺を嫌ってほしい」
「あなたは、私が嫌いなんですか…… ? 」
「好きだよ……死ぬほど。できればずっと一緒にいたい……片時も離れたくない……」
「じゃあ……なんで──」
今も昔も、ずっと矛盾した事を語る光良。
瞳に涙をためながら、その謎の答えを語りだした。
「離れたくないほど好きだから……離れて、二度と会えなくなるのが罰になるんだ」
唇を噛んで、悔しそうに言葉を漏らす。
「悪い事をしたから……俺は、一生苦しまないとダメなんだよ……」
ポロポロと泣きながら、胸のうちを語る。
光良のこんな本音、智乃でも初めて聞いた。
「でも……一人で何とかしたくても、出来なかった……。おれ、普通生まれの普通の男だもん……。一生の罪とか、背負えないし……ヤダよ……ちーちゃんといれないなんて……」
子供みたいに泣きながら、ずーっと胸のうちに隠してた本音の塊を吐き出し続けた。
「だから……ごめんね、ちーちゃん……。最低の上塗りで、最後のお願いを聞いて欲しい……」
それが、最初に言った嫌いになって欲しいの真意。
情けなくて、弱っちい、そして頼りない。
やっぱり光良は、ずっと光良だった。
それが分かった智乃は──そっと光良にキスをした。
「はっ……え……ち、ちーちゃん…… ? なにして……」
パチクリした光良の目が、光良の混乱を物語っている。
「あなたの苦しみが、人の死を喜んだ事で始まったのなら、私にも非はあります」
「ち、ちーちゃんには無いよ ! 」
「私はあの時、残念がってしまいました。本当はコウさんのお母様が生きてるって知って。なら、いつか……コウさんをつれて行くかもしれないって思ったので」
「そ、それは、仕方ないよ ! だって、ちーちゃんは ! 」
「言い訳はしません。コウさんはしなかったでしょう ? 」
なにも言い返せない。
ただ、智乃にはもっと自分に優しくなって欲しかった。
「私も最低なんです。ですから、コウさんのお願いもちょっとだけ聞いてあげます」
智乃は優しく笑っていた。
「あなたをクビにします。バイトにも、手伝いにも、明日から来ないでください」
慰めるように、光良に罰を告げて行く。
「店も出禁です」
光良の胸が軋むように痛み出す。
けど、悲願が叶ったようで、少しだけ安心もできた。
「あなたを嫌いに……なりたいところですが、ごめんなさい。ここは譲れません」
譲れない一線を見せる智乃。
しかし、光良にも同じ物がある──
「最低の上塗りで、私にもお願いをさせてください」
それを見越してか、智乃は光良が逆らえない言い方でお願いを要求して来た。
すう……はぁ……と、自分を落ち着かせて、ゆっくりと口を開く。
「──あなたを、好きでいさせてください。自分の気持ちが分からなくなる時もありましたが、私はやっぱり……あなたが好きみたいです」
そんな堂々と真正面から告白されてしまっては、光良も顔を赤くするしかない。
でも、それもここで終わる話。
「うん……ありがと。俺も、ちーちゃんが好き……」
「はい……」
お互いにポロポロと泣きながら、ギューっと抱きしめ合った。
◇
ひとしきりラブロマンスを終えた。
そう言わんばかりの智乃は、起き上がって光良に手を差し伸べる。
「さっ、帰りましょう。皆さんも待っている事ですし」
「気遣わなくて良いよ。もう、帰る場所は違うんだから」
「同じですよ。なに言ってるんですか」
言葉がかみ合わない。
さっき、思いっきり別れの告白をしたのに。
「俺のことクビにしたよね…… ? あれ ? 勘違い ? 」
「勘違いじゃありませんよ。バイトをクビにしました」
「ほら、やっぱり──」
「バイトをクビにしないと、跡取りの婿として囲えませんから」
「……はぇ ? 」
なにか、盛大な詐欺を食らった気分だ。
いや、しかし、光良にはもう一個言質がある。
「店を出禁って言った ! ! ! 」
「はい。店から出るのを禁止って言いましたけど」
「詐欺だああああぁッ ! ! ! ! 」
「コウさんも狐としてまだまだなようですね。コンコン」
自慢げな顔で、狐のアイデンティティを奪って来る智乃。
光良は生まれて初めて、好きな女の子に恨みを抱きかけた。
「ひ、卑怯な……」
「そもそも、罪人が望む罰って罰なんですか ? ごんぎつねが射殺を望んでいれば、あの子は生き残ってたって学校の先生が言ってましたよ ? 」
「ちーちゃんの学校、どういう教育してるの…… ? 」
たくましい教育をなされている智乃を前にして、光良は思い悩む。
やはり、今一度やり直しが必要なのではないか……と。
「ノーカン ! 話をすり合わせたうえで再家族会議を──」
智乃に要求を通そうとする光良。
しかし、目の前に迫る、背伸びして目を瞑る智乃に気を取られ、最後までセリフを言えなかった。
「ちーちゃん、なにしてるの ? 」
「うるさい口なので塞ごうと思ったのですが、身長が足りませんでした。私に対する嫌がらせですか ? 」
「漢気と理不尽が同時に押し寄せて来て気が狂っちゃいそう…… ! 」
限界までつま先をピンと張り、智乃はキスを試みた。
このキスを受け入れないと話が進まないようなので、光良はそっと屈んで唇を重ねる。
「……こ、これで満足したでしょ ! 早く俺を追放してくれ ! 」
「ファーストキスを奪っておいて逃げる気ですか ? 」
「捧げてきたじゃん…… ! 」
「貴方が情けない事を言うからです。本当は……コウさんからして貰いたかったのに……」
「そ、それはごめん……」
シーン……と、気まずい空気が流れる。
お化け部屋の薄暗さのせいか、空気も冷え込んでいる気がした。
「じゃなくて ! 俺はちーちゃんに嫌われなきゃいけなくてさ ! 」
「強情ですね……。わかりましたよ、もう好きにしてください」
「わ、分かってくれたんだね ! 」
「どこに行ったとしても、絶対見つけ出して連れ戻しますから」
ハンターの目で智乃は語る。
逃さないという意思が嫌というほど伝わって来た。
「コウさんが罰して欲しいって言ったんじゃないですか。私に酷い事をしたからって」
「だから ! その罰に一番なのが俺がちーちゃんと別れる事で…… ! 」
「私と一緒にいるのが嫌そうなので、一生隣にいてください」
「そしたら俺が幸せになっちゃうじゃん ! 」
「幸せになりたくないなら、幸せになってください。それが罰ってものですよ」
「でも──」
「うるさい口ですね。ちょっと屈んでください」
「これ以上俺の頭をおかしくしないで…… ! ! ! 」
光良に3度目の喧嘩キスをお見舞いした智乃は、ため息混じりに光良へ告げる。
「良いですかコウさん。あなたはもう、一生私のものなんですよ。どこへ逃げようと、どれだけ自分が許せなかろうと、貴方の手綱は私が握ってるんです」
「どうしてそんな酷いことを ! 」
「あなたがここを脱走しなければ、もう少し穏便に済ませられたんですけどね」
「う゛っ……」
正論がぐさりと刺さる。
なぜ、あの時の光良は漢の度胸を出してしまったのか。
「あなたが私に火をつけたんです。責任、取ってくれますよね ? 」
「わかりました……今は諦めます……」
「やっとですか。手のかかる旦那さんですね」
「いつか……いつか絶対に嫌われてやる…… ! 」
「殴れば全部終わりますよ ? 」
「ちーちゃん、冗談でもそういう事は言っちゃダメだよ」
一気に真面目な顔になり、光良は真剣な眼差しで智乃を諭した。
「はい、知ってます」
そんな光良だから、智乃はこんなに落ち込んだし、だからこそ光良にいて欲しい。
きっと、そう伝えても光良は謙遜するから、智乃は胸のうちに言葉をしまった。
「とりあえず、誰から謝りに行きましょうか」
「ち、ちーちゃんは先に帰っててよ。謝罪巡礼して来るからさ……」
「旦那の不手際は嫁の不手際です。一緒に頭を下げるのが筋ってものでしょう」
「極みの道の人…… ? 」
配偶者ヅラでフンすフンすと目を輝かせる智乃の横で、光良はトホホと肩を落とす。
ものの見事に、智乃の尻に敷かれてしまった。
「まさか、本当に鬼嫁になるなんて……」
「良かったですね、願いが叶って。たくさん尻に敷いてあげますから」
「うん……。末永く手綱を握ってね。いつでも離して良いけど」
「はい。それじゃあ、屈んでください」
「へーい……」
喧嘩キスじゃない、ちゃんとしたキスをしておいた。
光良からすればご褒美みたいな展開なのに、本当にこれで良いのかと胸がつかえる。
明日、心臓が止まっていたらどうしよう。
「今更だけど、心配かけてごめんね」
「そもそも、それを謝りに来たんですよね ? なんでわざわざ日記の事を話したんですか ? 」
「ラビットハウスもクビになったし、潮時かなって」
「養うつもりだったのですが」
「それも聞いた。けど、そんな歪な関係、ちーちゃんには送らせたくなかった。だから、悪縁をすっぱり断ち切ろうと思って」
「そのまま首輪をつけられたと」
「俺の情緒はもうボロボロだよ……」
幸せという名の檻に封印されてしまう様は、正しく狐だった。
光良のなりたかった狐は、こういう物ではなかったはずなのだが。