シンガポールを出発、アンちゃんともお別れだ。
彼女がいなくなって、残ったのはやたらとでっかい男ばかり。……なんだかなぁ。
「なんだよ晶、ため息なんかついて」
ポルナレフが怪訝そうにこちらを見る。まじまじと見つめ返すと、
「おっ、なんだ、俺のカッコよさに見惚れたかァ?ま、無理もねえけどな!」
「ポルナレフ、性転換しない?」
先輩と花京院くんが無表情のまま飲み物をふいた。
切実に募集中、むさ苦しくない旅の仲間! 誰か同性だったらな〜って思っちゃったんだ……。
陸路と海路を経て、インド上陸が近づいている。イエローテンパランスの襲撃の後、敵の姿は見ていない。
それはいい。別に私もみんなも、戦闘中毒者ってわけじゃないんだから。
でも、ポルナレフが時々すごくピリついた空気を放っている。原因はわかっている。先輩がイエローテンパランスから聞き出したことだ。
両腕が右手の男。ポルナレフの妹さんの仇。ずっと追い求めていた相手が、そう遠くないうちに現れる。
誰も何も言わない。だけど、確実にその時は訪れるだろう。
***
ジョースターさんがインド上陸後のことを心配している。敵スタンド使いの襲撃のことではない。
乞食とか泥棒ばかりがいて、カレーばかり食べていて、熱病かなんかにすぐにでもかかりそうなイメージだとか。ポルナレフもカルチャーギャップが心配だとこぼしている。
私も、インドについては旅行記を読んだくらいのことしか知らない。でも旅行に行った知人が、マジで毎日カレーだと言っていた。それは本当だったんだ……。
ナーバスになっている二人に、アヴドゥルさんは「素朴な国民のいい国ですよ」と励ましている。なんだか楽しそうだ。ちょっとウキウキしてない?
インド、カルカッタに到着した私たちを待っていたのは混沌と熱気だった。
客引き、物乞い、スリ、物売りetc……あっという間にもみくちゃになる。痴漢もいる!わしづかみする位置に手がスタンバイしてるよ!こんな堂々とした痴漢初めて見た!
さりげなく先輩とポルナレフが間に入ってくれた。紳士だ……。
「うえぇ〜〜!牛のウンコを踏んづけちまった、チクショー」
「僕はもう財布をすられてしまった」
花京院くんからスるなんて、相当の凄腕では?
かわしてもかわしても客引きと物売りと物乞いがついてくる。
「ハハッ!いい国でしょう。これだからいいんですよ、これが!」
アヴドゥルさんはイキイキしている。楽しそうでなによりです。
「柏木さん、子供たちに何か渡してましたね?」
「金やってたらキリがねーぞ、晶」
「お金じゃなくて飴だよ」
物乞いの子供にお金をあげても、全部元締めに取られてしまうそうだ。飴なら、確実にその子の口に入るからね。こんなこともあろうかとポーチに入れといてよかった。渡すと、一瞬だけど嬉しそうに笑ってくれた。
どうにかタクシーに乗り、レストランに向かう。
到着早々の洗礼には驚かされたが、やっと一息つける。
出てきたチャーイは美味しいけど、かなり甘い。
「要は慣れですよ。慣れればこの国のふところの深さがわかります」
「なかなか気にいった。いい所だぜ」
「マジか承太郎!マジに言ってんの?おまえ」
「インドか…驚くべきカルチャー・ショック。慣れれば好きになる…か。ま、人間は環境に慣れるっていうからな」
長期間の個人旅行をしている人が、旅行の本来の目的である観光を中断して、一つの街への滞在を目的としてしまうことを『沈没』と呼ぶ。アヴドゥルさんは、インドで『沈没』したことがあるのかな?
旅行記で読んだそれは、楽しそうだった。いつか自分もやってみたいと思っている。
「柏木さんは家族に連絡してるんですよね。なんて説明してるんですか?」
「スタンド関係のことで、どうしても行きたい、詳しくは言えないけど、信じて行かせて欲しいってだけ。今までの信頼を盾にしてるけど、めちゃくちゃ心配かけてるからね。帰ってからが怖い。正座で3時間説教かな」
「僕はなにも言わずに来ていますから、家では大騒ぎになっているでしょうね」
それは大騒ぎどころではないんじゃあないかな。今からでも電話のひとつもしてあげればいいのに。
花京院くんには花京院くんの考えがあるんだろうけど。
「…帰ったら5時間正座で叱られなよ」
「正座はともかく、いろいろ話をしたいと思っています、今は」
うん、それがいいと思うよ。
ポルナレフが「手洗い」と言い残して中座したまま、なかなか戻ってこない。遅いな、と思っていると、ガラスが割れる音が響きわたった。――まさか、襲撃⁉︎
みんなで駆けよると、ポルナレフが張りつめた顔をしている。
「ついに!やつが来たゼッ!承太郎!お前が聞いたという、鏡を使うという『スタンド使い』が来たッ!」
こちらに顔も向けず、通りを睨むポルナレフの目が座っている。
「俺の妹を殺したドブ野郎――ッ!! ついに会えるぜ!」
ポルナレフは、表情豊かな人だ。笑う時も、困った時も、――怒った時も。
でも、今は奇妙なくらいに静かな顔だ。それなのに、背筋が粟立つほどの怒りが伝わってくる。
「ジョースターさん。俺はここで、あんたたちとは別行動をとらせてもらうぜ」
えええ⁉︎ なんでそうなるの⁉︎
近くにいるのがわかった以上、襲ってくるのを待たずに探すって言うけど、無茶だよ。両手とも右腕だって、その右手を隠されたら探しようがないし、相手はポルナレフのことをよく知ってるはずだ。
もしも、襲撃されたのが自分以外だったら、ポルナレフは絶対に別行動するなんて思わなかっただろう。ポルナレフの性格まで読んで、その上で挑発しているんだ。
アヴドゥルさんも、ほかのみんなもきっと気づいている。
だけど、止めようとするアヴドゥルさんとポルナレフは怒鳴り合いになってしまった。
「DIOに洗脳されたのを忘れたのか!DIOが全ての元凶だということを忘れたのかッ!」
「てめーに妹を殺された俺の気持ちがわかってたまるかッッ!! 以前DIOに出会った時、恐ろしくて逃げ出したそうだなッ!そんな腰抜けに俺の気持ちはわからねーだろーからよォ!」
「なんだと」
アヴドゥルさんの顔色が変わった。それは言ってはいけないことだ。
「ポルナレフ、一人で行かないで。ポルナレフが妹さんを思う気持ちにはかなわないけど、みんなポルナレフが心配なんだよ」
「いらねー心配だぜ、晶。俺は負けねえ。
俺にさわるな。香港で運よく俺に勝ったってだけで、俺に説教はやめな」
アヴドゥルさんを振り払いながら、ポルナレフは言った。
「きさま!」
「ほお〜〜、プッツンくるかい! だがな、俺は今のてめー以上に、もっと怒ってることを忘れるな。あんたはいつものように、大人ぶってドンとかまえとれや!アヴドゥル」
「……こいつ」
拳を振りあげたアヴドゥルさんを、ジョースターさんが止めた。
「もういい、やめろ。行かせてやろう。こうなっては、誰にも彼をとめることはできん」
「いえ…彼に対して幻滅しただけです。あんな男だとは思わなかった」
先輩も花京院くんもなにも言わない。多分わかっているんだ。あの目のポルナレフは、言葉じゃ止まらないって。でも、このまま行かせて本当にいいの?
「ポルナレフ! 仇を討てたら死んでも構わないとか思ってないよね⁉︎ ダメだよそんなの!」
ポルナレフは、無言のまま振り返りもせずに行ってしまった。
不安で、怖かった。
このまま、二度とポルナレフが戻らない気がして。