結局、ポルナレフは夜が明けても、ホテルに戻ってこなかった。
遅くに降りだした雨は、朝になってもまだ止まない。
いつも一番にぎやかな人がいないのもあって、朝食の場も静かだ。座る人のいない席。ポルナレフの分だ。
それを見つめながら、アヴドゥルさんが口を開いた。
「……ポルナレフは…今のあいつは、完全に頭に血が昇っている。それだけではない。相打ちになってでも仇を討つと考えているだろう。晶、君もそれを心配していたな」
頷いて、みんなを見る。
「ポルナレフを探すぜ……目立つやつだ、すぐ見つかるだろーぜ」
「両手とも右腕の男にも気をつけろ」
「相手のスタンドの性質もよくわかりませんからね、うかつに戦うのは危険でしょう」
「仕方のないやつじゃ、心配かけおって」
やっぱりみんな心配してるよね!
「迎えに行こう!それでもまだ駄々こねるなら、一発グーで殴っちゃえ!」
「フッ……いいこと言うじゃねーか、柏木。ちょっと目を覚まさせてやるか」
先輩はだいぶ加減してあげないと、ポルナレフを再起不能にしちゃいますよ。
折よく雨もあがった。ポルナレフを探しに行こう。心配させたんだから、みんなで叱ってやらなきゃね。
***
昨日、ポルナレフと別れた場所を中心に探し始める。
どこかで宿をとったのは確実だ。あちこちのホテルで銀髪を逆立てた白人の若い男性というかなり目立つ特徴を尋ねると、ポルナレフが泊まったホテルがあっさり見つかった。早朝にはチェックアウトしていたが、ここを起点に探せばきっとすぐ見つけられるだろう。
ポルナレフ、無事でいてね。
道を歩く人たちの左手を気にしながら、ポルナレフを探していると、銃声が響いた。驚いて周りを見渡すが、誰も気にした様子がない。
続いてもう一度、銃声がする。やはり、誰もなんの反応もしない。――聞こえていないんだ。スタンドの音だから。
音の聞こえた方向へ走る。とてつもない不安を抱えながら。
走る。走る。広場で妙なケンカだ、急に男が倒れた、そういう声が聞こえる。
ポルナレフじゃない。勝つから心配いらないって言ったよね、ポルナレフ!
「え……?」
広場に男の人が倒れている。ポルナレフじゃあない。ないけど、あれは……。周りの音が遠くなる。自分の心臓の音だけが耳のすぐそばで鳴っていた。見ているものが信じられない。だって、あれは。
「アヴドゥル!!」
ジョースターさんの叫び声がする。そうだ、あれは、アヴドゥルさんだ。頭から血を流し、周りには血だまりができている。そばに行かなきゃと思うのに、足が動かない。あんなに、血が。まるで、まるで……
「柏木、なにしてる!来い!」
先輩の声にやっと我にかえる。呆然としてる場合じゃない、なにしてんだ、私!
「まだ脈がある!生きておるぞ!」
ジョースターさんが触れた傷口から出血が止まった。その手から暖かな光が放たれ、ほんのわずか、蒼白だった顔色に血の気が戻る。生きてる――生きてる!
「急いで病院に運ぶぞ!出血が多すぎる!」
「急ぐぜ――泣いてんじゃねえ、柏木」
「……あれ?」
いつのまにか、涙が出ている。手でぬぐって、視界をクリアにする。抱えられたアヴドゥルさんをスタンドで軽くすると、先輩の口角が上がった。こんなこと、前にもあったな。花京院くんたちと初めて会った日、自分の世界が大きく変わった日のことだ。
そうだ、花京院くんとポルナレフは?
「ポルナレフは?」
「花京院と一緒だろうよ。あいつら二人なら心配いらねえ」
うん、きっとそうだね。ちょっと悔しいな。きっと、私みたいに動けなくなったりしないんだ。
つかまえた車でアヴドゥルさんを病院に運ぶ。その間も、ジョースターさんの波紋の治療が続いている。
今の私にできるのは、せいぜい祈ることくらいだ。
アヴドゥルさんが助かりますように。
ポルナレフと花京院くんが無事でいますように。
***
病院で治療を受け、アヴドゥルさんは一命をとりとめた。まだ油断はできないが、安静にすれば心配いらないそうだ。
良かった。本当に、良かった。
座って聞いているのでなければ、その場に崩れ落ちていたと思う。
「腑抜けてんじゃあねーぞ、すぐあいつらのとこへ戻る」
「はい!」
そうだ、まだ終わってない。ポルナレフと花京院くんのところに行かなくちゃ。
「考えたんだがな、アヴドゥルは死んだことにしようと思う」
「えッ」
「いいかもしれねーな」
「今のアヴドゥルは動けない。だが、わしらは彼の回復を待って側にいてやる時間がない。生きていると敵に知られたら、彼が危険だ」
「……そうですね。アヴドゥルさんには安全なところで傷を癒してもらわないと」
「では、それでいくぞ、二人とも」
「ああ」
「はい」
***
「おお、見つけたぞ!」
ポルナレフと花京院くんと、もう一人誰かがいる。
アヴドゥルさんの傷から、敵は二人はいるだろうと予想していたが、そのうちの一人だろう。
なにか話している、と思ったら、急にそいつが逃げ出した。――逃がさないよ。
先輩が、スタンドではなく自分の拳でそいつを殴った。これは、かなり怒っているね。私もだけどさ!
「ジョースターさん!承太郎!柏木さん!」
「ひィィィィィィ」
「アヴドゥルのことはすでに知っている。彼の遺体は簡素ではあるが、埋葬して来たよ」
ジョースターさんが打ち合わせ通りの説明をした。
先輩が殴った男は、五人に囲まれてすっかり戦意をなくしているが、許しはしない。
「卑怯にもアヴドゥルさんを後ろから刺したのは、両右手の男だが、直接の死因はこのホル・ホースの『弾丸』だ。もっともアヴドゥルさんの『火炎』なら、簡単にかわせただろうがね…。この男をどうする?」
花京院くんが、大体のことを説明してくれた。ポルナレフが続ける。
「俺が判決を言うぜ。『死刑』!」
その言葉と同時にシルバーチャリオッツを繰りだしたが、突然ポルナレフに飛びついた女性に阻まれた。
「お逃げください!ホル・ホース様」
「な!なんだあーッ!この女はッ!」
「ホル・ホース様!わたくしには事情はよく分かりませぬが、あなたの身をいつも案じておりまする!
それがわたくしの生きがい!お逃げください!早く!」
「こ…このアマあ!はなせ!なに考えてんだあ!
承太郎!花京院なにやってんだよッ!ホル・ホースを逃すなよ!」
「もう遅い」
ホル・ホースは、ほんのわずか目を離した隙に馬に乗っていた。
「よく言ってくれた、ベイビー!おめーの気持ち!ありがたく受け取って生きのびるぜ!
逃げるのは、おめーを愛しているからだぜ、ベイビー。
ティッシュ一枚より軽そうなセリフを残して、ホル・ホースは逃げていった。嘘でしょう⁉︎
「野朗!待ちやがれッ!」
追おうとするポルナレフの足を離さない女性が引きずられる。
「ああ……」
「『ああ』じゃねえッ!こ…このアマあッ!」
「ポルナレフ、その女性も利用されているひとりにすぎん!それにヤツはもう闘う意思はなかった。攻撃してこないのに、我々に追うことは今はできない。ヤツにかまっているヒマはない」
地面にこすられて怪我をした女性の手当てをしながら、ジョースターさんが言った。
「アヴドゥルはもういない…。しかし、先を急がねばならんのだ……。もうすでに、日本を出て15日が過ぎている」
そうだ。あいつを追いかける時間はない。悔しいけれど、仕方がない。
私の顔を見たポルナレフは、気まずそうに目を逸らし、一瞬だけ、彼の喉がわずかに上下した。何か言いたいけど言えないときの仕草だった。……あー、さっき盛大に泣いたからね。アヴドゥルさんの死を悲しんでの涙だと思ったんだろう。生きてたことへの安堵の涙なんだけど、ちょうどいいや。
勝手なことしてみんなに心配かけたんだから、反省してくれ。
「さあ!エジプトへの旅を再開しようぜ。いいか!DIOを倒すにはよ、みんなの心をひとつにするんだぜ。ひとりでも勝手なことをするとよ、やつらはそこにつけこんでくるからよ。いいなッ!」
ポルナレフは、いつもの調子で言った。みんな、やれやれって顔をしてるけど、本当は気がついている。
笑ったり冗談を言ったり、おどけたりするその裏で、あの冷たい怒りを抱えていたポルナレフのことを。アヴドゥルさんの死を誰よりも重く受け止めているだろうことを。
「先を急ごうぜッ!」
でも当分、アヴドゥルさんが生きてることは内緒だよ。私もちょっと怒ってるんだからね!
***
「花京院くん、ちょっと話せる?」
次の日の早朝、起きてきた花京院くんを呼びとめた。同室のポルナレフはまだ寝ているらしいから、ちょうどいい。
廊下やロビーでは話せないからと、私の部屋に入ってもらう。
女性の部屋に入るのは…と遠慮されそうになったので、アヴドゥルさんの名前を出した。
「その……アヴドゥルさんは……」
ものすごく気を使われている。昨日、泣いたあとがはっきりわかる顔を見られたせいだ。自分だって、目の前でアヴドゥルさんが倒れるのを見てるのにね。ポルナレフにはまだ言わないけど、花京院くんは別だ。
と、その前に。
「リミナルスフィア」
この話は、万が一にも誰かに聞かれちゃいけない。半径二メートルほどの空気球の外側、境界部分だけ空気分子に一定方向の重力をかける。
外周に触れた瞬間、空気の揺れは重力に押し潰され、波になる前に消えていた。
「少し違和感あるかもだけど、ごめんね。外に話しがもれないように、念のため」
中にいる私たちは普通に声を出せる。耳がキーンとすることも、圧迫感もない。
小さな球状の空間は、まるで透明な防音壁に包まれているみたいだ。
「空気を止めてるんじゃない。音が揺れる“余地”を奪ってるだけ」
「……外の物音が消えましたね」
「必要以上に声を潜める必要はないよ」
私たちは、いつも通りの声で話し続ける。
でも、外の世界はすっかり遮断されていた――まるで、私たちだけの静かな空間に閉じ込められたように。
「手短に話すね。アヴドゥルさんは、生きてる」
「本当ですか⁉︎……あ」
「このくらいなら外には聞こえない。ジョースターさんの波紋があったから、間に合ったの。危ないところだったけど、安静にしていれば、もう心配ない。でも……」
「敵に知られたら、安静どころじゃあなくなる。それならってことですね」
「そういうこと。誰が聞いてるかわからない場所じゃ、話せなかった。だましてごめんなさい、辛かったでしょう」
「仕方ないですよ。でも……生きてるんですね……良かった……」
本当に嬉しそうだ。さっさと伝えられてよかった。……ポルナレフにはいつ話せばいいかな?
「……じゃあ、ポルナレフには内緒にしなくては」
おや?
「ポルナレフは口が軽……嘘がつけないから、うっかりバレたらアヴドゥルさんが危険だ。怪我が治るまで、あいつには黙っていましょう。僕からジョースターさんたちにうまく伝えます」
口が軽いって言ったね?うん、私もそう思う。すぐ顔にでるし。それからさ。
「花京院くん、ひょっとしなくても、結構怒ってる?」
「どうかな?そう見えるかい?」
実にいい笑顔です。怖!
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。