ヘリコプターが運んできたのはイギーだけではない。
物資と情報もだ。
ホリィさんの容体は深刻なものだった。体力の消耗が激しく、もってあと2週間だと――言いにくそうに告げられた。
たったの2週間……。それまでに、何とかしなければ。
もうひとつは、DIOが潜伏しているらしい所から旅立った9人の男女のことだった。
おそらくはスタンド使い、予想できるのはそれだけだ。
スタンド使いではないSPW財団の人間では、追跡は危険すぎて不可能だろう。この人たちも命がけで旅を支えてくれている。
「やれやれ。残り2週間の間にあと9人か……
ちょっぴり疲れるというところか…」
メジャーリーグもびっくりな過密スケジュールだよね。
再び、車に乗り込む。イギーは後ろの座席に走っていく。
さあ、ブラッシングさせておくれ!
短毛種用のブラシを手に座る。ポルナレフも座ろうとするが、無茶苦茶威嚇されていた。
「何でおめーは座れてるんだよ⁉︎」
「ん〜、犬の下僕か、そうじゃないかの違いじゃない?」
「おまっ、自分で下僕って言うかぁッ⁉︎」
車は3列シート、誰か1人は荷台行きだ。ジャンケンの結果――敗者、ポルナレフ。
♪犬〜、神の最高傑作〜るる〜
鼻歌混じりにブラッシングをする。お客様、痒いところはございませんか〜?
「さっきからなんなんだ、その歌」
「私が作った犬を讃える歌」
イギーが鼻を鳴らした。よし! 毛艶が良くなったよ!
その時、急ブレーキがかかった。
何事⁉︎
「み……見ろッ、あれを!」
ジョースターさんが指差す方で、ヘリコプターが砂に埋まっている。
……先程、飛び去ったSPW財団のヘリコプターだった。
機体には、攻撃された跡はない。それなら、なぜ落ちた?
「気をつけろッ!敵スタンドの攻撃の可能性が大きい!」
「見ろ、パイロットだ」
パイロットは、ヘリから這いだしたあたりで死んでいた。きっと、なんとか着陸させようとしたんだろう。
空条先輩が遺体を調べると、口から大量の水が溢れた。
「溺れ死んでいるぜ! この砂漠のど真ん中で……」
だから、機体をかきむしった跡があるんだ……苦しかったはずだ。――もう1人は?
「お…おい…もう1人はここにいる! 生きてるぞ!」
「大丈夫かッ! しっかりしろ‼︎ いったい何があったんだッ!」
「み……み…ず」
パイロットは、震える声でつぶやいた。良かった、生きてる。
「ほら、しっかりしろ水だ。ゆっくり飲んで」
ジョースターさんが水筒を差し出した。
その途端、パイロットは恐怖に顔を歪めた。
「ヒィィィィィィィ 違うゥゥゥゥーーーッ 水が襲ってくるゥゥゥゥウウウウウ‼︎」
「なにイイイイイッー‼︎」
水筒から飛び出した手がパイロットの首を引きちぎり、首ごと水筒の中に消えた。
みんな、後ずさって距離を取る。
誰も、何もできなかった。……あの人は生きていたのに。この場には、スタンド使いが6人もいたのに。
スタープラチナが双眼鏡で周囲を探すが、視界の中には敵本体は見つからない。『
「ポルナレフ、水筒を攻撃しろ」
「いやだぜ! 花京院、オメーの方が近いぜ。お前がエメラルドスプラッシュくらわせてやりゃあいいじゃねーか」
「僕だっていやだ!」
比較的近くにいる花京院くんとポルナレフが、どっちが攻撃するしないで揉めている。
スタンドは、水筒に潜んだままだ。……あの中にはパイロットの頭が引きずり込まれている。
突然、花京院くんの顔をなにかが切り裂いた。
「かっ!花京院!」
「水だッ! もうすでに水筒からは外へ出ていたんだッ! 血と一緒にッ!」
「『スタンド』が水筒の中に潜んでいたのではなくて!
『水』がスタンドなのだッ!」
そうだ、ヒントはたくさんあった。彼は「水が襲ってくる」と言っていた。スタンド使い以外にも見える、物質一体型のスタンドなんだ。
目の前で攻撃を受けた花京院くんの怪我に、ポルナレフがパニックになっている。砂から湧き出した水がポルナレフを切り裂こうとしたその時、場に似合わないアラーム音が鳴り響いた。
水は途端に向きを変え、パイロットの遺体を攻撃した。――正確には、アラームの鳴る腕時計を。
「音だ。音で探知して攻撃しているんだ!」
「やばい。ポルナレフ、今度こそ襲ってくるぞッ!車まで走れッ!」
こちらに走ってくるポルナレフに向かって、私は水平に飛んだ。花京院くんを抱えるポルナレフごと捕まえて車へ戻る。
足音を辿っていた水は、ポルナレフを見失いその場に溜まっている。そして、すぐに砂の中に姿を消した。
花京院くんは、目を切られていた。早く医者の所に連れて行かなければ、失明の危険がある。
花京院くんの目から血が落ちる。
だめだ。これ、だめだ。急がなきゃ。
車を走らせるより、私のスタンドで飛んだ方が早いだろう。この砂漠の真ん中なら邪魔な建物もないし、人に見られて大騒ぎになることもない。
……だけど、このスタンド使いをどうしたらいい?どこまでも追ってくるかもしれない。本体を見つけて倒さないと、関係ない人たちにも危険が及ぶだろう。
「あれ? イギーは?」
「ああ? あのクソ犬、いつの間にかあんな所にいるぜッ!」
その時、タイヤが砂にめり込んだ。水がタイヤに入り込み、車体が傾いていく。――させないよ。
リミナルスフィアが車を水平に戻す。前輪は切断されてしまったが、問題ない。そのまま数メートル移動する。
「柏木、イギーの所まで移動しろ」
もちろん、イギーを置いていったりしない。
イギーの前まで移動すると、先輩は車から降りた。
いささか乱暴にイギーを抱える。まあ、非常事態だしね。急がないと。
車から落ちる砂の音を辿っているんだろう、水が向かって来ている。
「先輩、早く車に!」
「いや……ここでカタを付けるぜ」
先輩は引っ掴んだイギーを地面に押し付けた。――なにしてくれてるんですか!
「さあてと、協力してもらうぜ。イギーよ。
どこから襲ってくる…教えろ!イギー。てめーも死ぬぜ! ガムはやらねーがなあ」
「アウウウゥゥウゥ」
イギーのスタンドが砂から立ち上がった――前と姿が違う! 大きな翼が生えている!
空へと逃げようとするイギーを、先輩がジャンプして捕まえた。そのままハングライダーのように飛んでいってしまった。
水はまだ私たちの周りにいる。
「少し移動しますよ」
車をそっと浮かせ、そのまま50メートルくらいの場所に再び降りる。
地面を走らなくても、車から落ちる砂の音は消せない。
水はこちらを追ってくる。……よし、少なくとも ‘こっちが本命’ と思わせられたはず。
「このくらいの移動じゃすぐ見つけるみたいだな」
「どうするんじゃ、晶くん」
「一応は撹乱できたと思います。先輩を追いかけましょう。ジョースターさん、花京院くんを固定してください」
「ん?これでいいか?」
車のシートにジョースターさんの茨で花京院くんを巻き付けて固定する。
「みんなも念の為つかまってくださいね!」
車全体を浮かべ、「前へ落ちる」ようにベクトルを変える 。空条先輩が向かった方向へ飛んだ。
「オォーーッ!ノォォーーー‼︎ 背筋がゾクゾクするぞッ‼︎」
「こ、これは……ッ‼︎」
「ギャーーッ! 晶、オメー! いきなり絶叫マシンはやめろッ‼︎」
「大丈夫! 振り落としたりしないから!」
「そういう問題じゃあねぇーーッ‼︎」
遠くに空条先輩の姿が見える。良かった、無事だ。
見る間に近づき、ふわりと車を地面に降ろす。みんなが小さく悲鳴を上げた。安全運転ですよ?
男が倒れている。これが、水を操るスタンド使いだったんだろう。
「晶くん、年寄りの心臓を止める気かッ⁉︎」
「オメー、あのスピードなんとかなんねーのか⁉︎ 内臓が持ち上がって気持ち悪ぃんだよ‼︎」
「正直、私はああいう浮遊感は苦手だ」
「お前ら、何騒いでやがる」
失礼な、加勢しようと急いだのに。
でも結局は間に合わずに先輩だけに戦わせてしまった。遺憾の意だ。
「先輩、帽子は? 血も出てますよ!」
「こいつに吹っ飛ばされた。傷は大したことねーよ」
でも、怪我をしたのは頭だ。掠めるだけで済んで良かった。
周りを見渡すと、少し離れたところに帽子が落ちている。拾いに行こうとすると、イギーがトコトコ走って帽子を咥えて戻ってきた。か、可愛い‼︎優しい‼︎賢ぉーい‼︎
先輩もちょっと嬉しそうに帽子を受け取る。一緒に戦って仲良くなったのかな? 羨ましい。イギー、私にも懐いておくれよ。――と思いきや、
「ガ、ガムだ。このクソ犬、ただものじゃねぇ」
帽子をかぶった先輩が舌打ちした。ガムがくっつけられている。しかも内側だ――わざとだ、これ。賢いのは間違いないけど、仲良くなるのは前途多難だなぁ。
「…承太郎、これはお前がやったんじゃあないな?」
「ああ…コイツ、自分で自分の頭を撃ち抜きやがった」
DIOの情報を渡さないためとはいえ、何の躊躇いもなく自分を……。
……私はコイツのことを何も知らない。だけど、見えたものもあった。多分コイツは、自分の命すら大切じゃなかったんだ。他人の命なんてもっとどうでもいいものだったんだろうな。
DIOに会えるのをずっと待っていた、かあ。
そこだけはちょっとだけわかるよ。
「おいッ、さっさと出発しようぜ! 花京院を医者にみせねーと」
「任せて!」
「…もう少しスピード抑えめで頼む」
私も待っていた。この人たちと会えるのを。
砂漠を渡る風が、砂を運んでいく。
墓標代わりの杖を残し、歩き出した。