The Blank Card   作:カナヤン

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賭けの対象は

 

「じゃ、ノーロープバンジージャンプいってみようか」

「そ、それって死ねってことじゃ…!」

「そうとも言うね」

 

私は屋上の端にいた。右手に男の足を掴んで。風に揺られる彼の顔は真っ青になっている。

 

どうしてこうなったのか。

話は、ほんの10分ほど前に遡る。

 

 

***

 

旅の果てにたどり着いたカイロは、巨大な都市だった。ジョースターさんの念写で写った写真を元にした聞き込みも、見つけるのは簡単ではなさそうだ。

何より私たちには時間がない。みんな口には出さないが、こうしている間にもホリィさんの命の砂時計は残り少なくなっているのだ。

 

何軒目になるのか、聞き込みに入ったカフェで写真の館を知っていると言う男が現れた。

 

「どこだ、教えてくれ!? どこなんだ!?」

 

ジョースターさんの問いかけに、男は黙って手元のトランプを扇のように広げたり、シャッフルしたりしている。まるで手品師のようだ。

 

「…タダで教えろと言うんですか?」

 

お金を払おうとするジョースターさんに、男は賭けを持ちかけてきた。

情報に対してお金を要求するのはわかる。でも、賭けってなに?黙っていられなかった。

 

「待ってください。事情はお話しできませんが、人の命がかかってるんです。一秒でも早くこの場所に行かなきゃならないんです。お願いですから教えてください!」

「賭けに勝ったらいくらでもお教えしますよ」

 

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

みんなが息を呑む音が聞こえた。

 

「……もう一度言っていただけますか?」

「ですから、賭けですよ。私はこれに目がなくてね。これで飯を食っている」

「ああそうですか」

 

静かに男に近づく。こいつは、今、なんて言った?

こいつ、ホリィさんの命を賭けのネタにした。

 

「ちょっとお付き合いいただけますか?ミスター」

 

私を見上げる男の襟首を掴み上げた。

 

 

そして、屋上にいる。

みんなも何か言っていたが、止める間もなかっただろう。10秒もかかっていない。こいつを引っ掴み、スタンドで壁を駆け上がったのだ。

 

「スパイダーマン⁉︎⁇」

 

地上からそんな叫びも聞こえる。

私はにっこりと笑った。でも、きっと目は笑っていないだろう。

 

「あなたはDIOの手先だよね?

覚悟して来たんだよね?ホリィさんの命を軽んじて、自分も死ぬ覚悟を持ってここに来ているよね?」

「ヒィィィィ!!!」

「賭けが好きなんだね?

じゃあ賭けよう、あなたはDIOの手先、ならばこのまま落とす。もし違うならあなたの勝ち、無事に降ろしてあげるよ。

――おっと、手が滑った!ね、話す気になった?」

「や、やめてくれ……!」

 

男は口から泡を吹きながら叫んだ。私の手が離れれば地上へ真っ逆さまだ。まあ、スタンドがこいつを支えているから、手を離しても落ちたりしないけど。

胸の奥で、抑えきれない怒りが膨らんだ。目の前のこいつに対してだけじゃない。これまでの敵もみんな、何でこうも人の命を踏みにじれるの⁉︎

ホリィさんには、もう時間がないのに。DIOの館の場所を知ってて教えないなら、こいつも敵だ。

 

「柏木、降ろしてやれ。このままじゃ喋るものも喋らねえ」

 

追って来た先輩たちが呆れたような声で話しかけてくる。

 

「もう少し粘れば口が軽くなりそうじゃない?」

「その前にこいつの心臓が止まりそうじゃよ」

 

舌打ちを飲み込んで、男を引き上げた。

 

「冗談なのか、本気だったのか?」

「アヴドゥル、俺は晶を怒らせるのはやめようと思ったぜ」

 

後ろでアヴドゥルさんとポルナレフが小声でやり取りしている。

呆れられてしまっただろうか。だんだん頭が冷えてくる。もしも私がやりすぎたら、きっとみんなが止めてくれると思っていた。……甘えてるなあ。

 

「お前さんがホリィのために怒ってくれたのはわかっとるよ。ここはわしに任せておけ。なに、このジョセフ・ジョースター、こう見えて賭けにも強いんじゃ」

 

大きな手が背中を叩いた。深く息を吐く。落ちつかなければ。

 

「大体、あいつがDIOの手先かどうかはわかんねーだろ?」

 

ポルナレフの言葉にちょっと目をそらしながら小さく呟いた。

 

「二分の一の確率なら違ったら謝ればいいかなって」

「Oh my god!すっかり過激派になったのう!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

ポルナレフが賭けに負けた。正確には、イカサマに引っかかったのだ。

ダービーと名乗った男のスタンドはポルナレフから魂を抜き取り、コインの形に変えてしまった。

崩れ落ちたポルナレフの体には、脈がない。息もしていない。

……やっぱり敵だった。

激昂したアヴドゥルさんが、今度は私より早くダービーの襟首を掴み上げた。

詰め寄る私たちに、ダービーは薄笑いを浮かべながら言った。イカサマは見抜けなかった人間の敗北だと。

そして、自分を殺せばポルナレフの魂も死ぬのだと。

 

「いいか……貴様はこのまま無事で帰ることはできない……」

 

そう言うアヴドゥルさんにダービーは、コレクションケースを開きながら言った。

 

「スティーブン・ムーアというアメリカ人が私と賭けをして、あなたの今のセリフと同じセリフを私に言ったのです。その男がこいつです。この下のやつがムーアの父親で、隣が女房です。

ポルナレフの『魂』を取り戻したければ続けるしかないんですよ。私との賭けをね」

 

分厚いコレクションケースに収められた魂のコイン。

きっとそのほとんどはスタンド使いではないだろう。そんな理不尽な力が存在する事すら知らない、「魂を賭ける」が文字通りだなんて想像すらしなかったはずだ。

最初からロシアンルーレットを提示されたら、どれだけの人間が賭けなんかするだろうか? 

手が震える。今さら気が付いた。さっきの自分は、コイツと変わらないんじゃないか? 手も足も出ない相手に理不尽な力をぶつけたんだから。

結果的にコイツは真っ黒だったけど、そうじゃない可能性もあった。それもわかっていたのに。

自分のやらかしに、正直ドン引きだ。

 

でも、今は目の前の事に集中しなくては。後悔も脳内反省会も後だ、後! ポルナレフの魂を取り返さなきゃ!

 

「どうしました、お嬢さん? 顔色が悪いですよ?」

 

うっるさいよ! こちとら、お前と同レベルに堕ちたかと思ったら吐きそうになってるんだ。

 

「バンジージャンプ」

ぽそっと呟くと、ダービーの顔が引きつった。

 

 

今度はジョースターさんがダービーに挑む。酒をグラスのフチまで注ぎ、交互にコインを入れて酒を溢れさせた方が負けだ。

アヴドゥルさんは慌てて止める。空条先輩も厳しい顔をしている。

私も止めたい。だけど、ダービーとの賭けに勝てなければポルナレフを助けられない。

 

「賭けよう、わしの『魂』を!」

「グッド!」

 

空条先輩がイカサマを見張るなかで賭けが始まった。

まずはダービーから。ダービーは一度に5枚もコインを入れた。酒は溢れない。

これはスタンドは関係ない、こいつ自身の能力だ。わずかでも手元が狂っていればここで勝負はついていた。

次はジョースターさん。「わしは1枚にしとこう」とこちらも危なげなくコインを入れる。

 

「フー、心臓に悪いわい! 溢れるかと思ったわい。

さ…君の番だ、オービーくん」

「ダービーだ…。二度とまちがえるな! 私の名はダービーというんだ! オービーでもバービーでもない!」

「すまんね」

 

さっきからジョースターさん、わざと名前を間違えてるみたいだ。これやられる方は結構イラッとくるだろうなぁ。

心理戦のうちってやつなのかも。

……実を言うとコインの入る限界が全然わからない。2人とも平然とやってるけど、下手な人がやれば最初の1枚で溢れそうだ。

ダービーはグラスに影が落ちるからと体の位置を変えた。

 

「『もう酒の表面張力は限界だ…』『無理だ』と考えているのだろう…………? 違うんだなそれが……」

 

そしてもう1枚のコインがグラスに沈んだ。酒は溢れない。

ジョースターさんの顔色が変わった。「溢れないハズは」と焦っている。

ダービーにおかしな動きはなかったはずだ。何よりスタープラチナの目で見張っていたんだから。

 

「GO AHEAD! Mr.Joestar! 早くしたまえッ! 酒が蒸発してしまうまで待つ気かね?」

 

ジョースターさんは震える手でコインを構え――それが酒に触れるか触れないかの瞬間、魂が体から抜け出した。

 

「ジョースターは賭けに負けたのを自らの心の中で認めたのだッ‼︎ だから魂が外へ出たッ! ギャンブルはこのダービーの勝ちだ!」

 

酒がグラスから溢れ、ジョースターさんの魂はポルナレフと同じ様にコインの形に変えられてしまった。

アヴドゥルさんが再びダービーを掴み上げる。

でも、それはもうダメだ。私たちには選択肢がない。諦めるのもダービーを殺す事もできない。賭けを続けるしかないんだ。

……さっき反省したばかりだけど。やっぱりバンジージャンプさせとけばよかったかもしれない。

 

先輩がグラスの底を調べると、溶けたチョコレートが付いていた。ダービーは最初にグラスを調べた時にチョコの破片を付け、溢れるギリギリになったら溶かしたチョコの分でコイン1枚入る細工をしていたのだ。

解説されてやっとわかった。

ダービーはジョースターさんが賭けの提示をしたあのわずかな間にそれを思いついて実行した。

どうしよう。自分が勝てるイメージが湧かない。こいつのイカサマを見破るのも、イカサマを仕掛けるのも私じゃ無理だ。

 

そんな相手に先輩はポーカーを挑んだ。

 

「『ポーカー』だってッ! こいつはジョースターさんより上手の男なんだぞッ! き…危険だッ!」

「わかってる…危険な男だ…。暴力は使わないが……今まで出会ったどんなスタンド使いより危険なヤツだ。

だがやらねえわけにもいかねーぜ」

 

ゲームに入る前に試したい事があると、先輩はダービーにカードをシャッフルさせた。

そしてダービーの好きな所でカードをめくらせる。そのカードを、いや、上から順番に全てのカードも当ててみせた。

スタープラチナの目がシャッフルする瞬間のカードの並びを全て見ていたのだ。

 

待って。見ていたのはスタープラチナかもしれないよ。でもカードを覚えてるのは先輩の素の記憶力だよね? 

どうなってるのそれって。神経衰弱とか一緒にやりたくない。

 

ジョースターさんも先輩も、悔しいけどダービーもスタンド関係ない能力が高すぎない? スタンド使いなこと除いたら私ってただの高校生だよ。

 

先輩はこれからお前がイカサマするのは容易ではないと宣言し、勝負が始まった。

初めに引いたカードの数字でディーラーはダービーに決まり、カードを配り始め――いきなりスタープラチナがダービーの指を折った。

早速イカサマを仕掛け、スタープラチナが見破ったのだ。

 

「ひ、ひどいやつだッ……指を折るなんて…!」

「いいや、慈悲深いぜ。指を切断しなかっただけな…」

 

多分、次に同じことをすれば本当にそうするだろう。

 

もうダービーにはカードを切らせられないと、近くで遊んでいた少年を呼びよせてディーラーを任せることになった。

折られた指の痛みに脂汗を流しながら、ダービーは全身全霊を注いでゲームに挑むと宣言した。

 

「私はDIO様のために闘いに来たのではないッ!

生まれついての『賭け師(ギャンブラー)』だから闘いに来たのだッ!」

 

ポーカーのチップにするためにポルナレフとジョースターさんの魂がそれぞれ6個に分けられた。

 

「さて! 承太郎。賭けをするなら君の方にもチップを渡したいと思うが、まだ例の言葉を聞いてなかったな」

「いいだろう……。俺の『魂』を賭けるぜ」

「グッド!」

 

真っ白なチップが6個、これが空条先輩の魂の象徴。

ダービーはもう痛みに顔を歪めていない。

 

「参加料にポルナレフを1個払う。フフフ」

 

挑発なんだろうけど、腹の立つ言い方だ。先輩も白いチップを払った。

配られたカードから一度だけ交換する。それにもチップが1個、さらに勝負するためにもう1個。

先輩のカードは8と9の2(ツー)ペア。

ダービーのカードはJ(ジャック)Q(クイーン)2(ツー)ペア。

……負けだ。残りのチップは3個。次のゲームに負けたら先輩の魂もこいつに取られてしまう。

無意識のうちに手が汗ばんでいる。出来ることがないって苦しいな。

 

NEXT GAME(ネクスト ゲーム)だ。配ってくれ」

 

チップを1個払いながら、先輩は顔色ひとつ変えない。

ダービーはカードをチェンジした。

先輩はカードを見もせずにこのまま勝負すると言う。どういうこと? ダービーも訝しんでいる。

 

「ふざけるなよ! 答えろ! お前はその伏せてあるカードをめくってもいないのになぜ勝負できる⁉︎」

 

そして、先輩はアヴドゥルさんにあることを頼んだ。

 

「答えろと言っているのだ! 承太郎!」

 

先輩はそれには答えない。そして、

 

「残り3個に加えて、アヴドゥルの『魂』を全部賭ける!」

 

ダービーは驚きの声をあげた。私は、声も出ない。

アヴドゥルさんは空条先輩を信じて自分の魂を賭けた。

 

「フン、いいだろう? 3個に加えてポルナレフの6個でコールだ……しかしさらに! ジョースターの6個を上のせ(レイズ)する! 全部だ、計15枚!」

 

……ふうん、そう来るのか。

 

「な…なんだとお〜〜〜、貴様! まさか!」

 

アヴドゥルさん、自分のはあっさり賭けたのにね。私は片手を上げて宣誓した。さっきまで息も上手くできなかった。今は大丈夫だ。

 

「よろしい、私の『魂』を賭ける!」

「晶ッ!」

「目の前で先生がお手本を見せてくれたので」

「……ッ!」

 

そんな言い合いをしてる間にいつの間にか先輩はタバコを吸っている。ダービーの顔色が変わった。

気が付けばジュースまで飲んでる。ダービーはさっきまでの余裕をなくしたようだ。顔は引きつり、冷や汗をかいている。

 

「きっ貴様! なめやがって、いいだろうッ!

勝負だッ! 私のカードはッ!……」

「待ちな……俺の『上のせ(レイズ)』の権利がまだすんでないぜ……」

「えッ⁉︎ レレレレレレレレレレ『上のせ(レイズ)』だとッ! もう賭けるものが…⁉︎」

「『上のせ(レイズ)』するのは俺の母親の『魂』だ」

「なにィィーーッ!!」

「母親だと! 承太郎ッ! ホリィさんの魂をッ!」

「先輩⁉︎」

 

空条先輩は表情ひとつ変えずに淡々と続けた。

 

「俺はお袋を助けるためにこのエジプトに来た。だから、お袋は自分の魂を賭けられても俺に文句は言わない!

だがダービー…お前にもお袋の魂に見合ったものを賭けてもらうぜ。

それはッ! てめーにDIOのスタンドの秘密を喋ってもらう…………」

 

ダービーはその言葉に椅子から転げ落ちた。

……こいつは知っているんだ。DIOの秘密を。きっと喋ったらDIOに殺される。だけど、負けたら必ず支払わなければならないんだろう。バクチ打ちの誇りのために。

 

「さあ! 賭ける(コール)か! 賭けない(ドロップ)か! ハッキリ言葉に出して言ってもらおうッ! 

ダービー!」

 

ダービーは手に持ったカードを握りしめ、震え出した。冷や汗――ではない、脂汗をかき、息も絶え絶えだ。

 

「コ…う う…コ…………………………………………………………

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………う……………………………………ううう………………」

 

あれ?

 

「こ…この男」

「気絶してる……よね?」

 

ダービーはそのまま倒れた。――その瞬間、チップにされていたポルナレフとジョースターさんの魂が元の姿になり、体に戻っていった。

 

「あまりの緊張で気を失ったな…。そして心の中でこいつは賭けを降りた! 負けを認めたから皆の魂が解放されたというわけか…」

「こ…こいつの手はK(キング)4(フォア)カードだ……。じょ…承太郎! お前自身のこの札はいったいなんなんだ⁉︎」

 

伏せられたままだった先輩のカードをアヴドゥルさんがめくった。それを見たら立ちくらみを起こしたみたいにふらついている。

一緒にのぞき込んだディーラー役の少年は腰が抜けたようだ。……もしかしてこの少年、ダービーの仕込み?

 

先輩に配られていたのはブタだった。……えッ?え?……ブタってあのブタ? 何の役も揃ってないあれ?

 

「いくらスタープラチナでもダービーほどの男の目を盗んでイカサマは不可能だ。ビビらせて降ろす作戦は成功したようだがブタだったとは…。やれやれ、もし知ってたらゾッとしたぜ」

「ゾッとしたぜじゃあないですよ! 何してくれてんですか先輩!

アヴドゥル先生、こいつちょっとシメてくださいよ!」

 

慄いてる場合じゃあないですよ!

 

その時、倒れたままだったダービーが笑い出した。

 

「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ

そおーれッ! みんなあ〜〜一緒にマージャンやろーよおー。バックギャモンも楽しいしサイコロもスリルあるよ〜、僕が一番だろーけどさぁー」

 

コレクションにされていた魂のコインがみんな元の姿になり、飛び去って行った。彼らはもう戻れる体はないだろうけれど、やっと解放されたんだ。

 

ダービーは完全に正気を失ってしまった。もうDIOの秘密は聞き出せない。

 

「しかし強敵だった……。たったひとりで俺たち5人を一度に倒そうとしたんだから、大したヤツだぜ…」

「……」

 

おいコラ、空条承太郎。ブタに全員の魂を賭けたの、忘れてないからね。ちゃんとこっちを見ろ。

ジョースターさん、聞いてくださいよ、お宅のお孫さんがヒドイんですよー!!

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