館の中に差し込む光にDIOが退いていく。例えどれほど強いスタンド使いだとしても、あいつは絶対に太陽の下には出て来られないんだ。ヴァニラ・アイスと同じように。
「今のがッ! DIOだなッ!」
館の奥に消えたDIOを追うジョースターさんたちをポルナレフが止めた。
「やつを追う前に言っておくッ! 俺は今やつのスタンドをほんのちょっぴりだが体験した。い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……。
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
『俺は奴の前で階段を登っていたと思ったらいつの間にか降りていた』
な…
頭がどうにかなりそうだった…。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
私はDIOのスタンドの姿を見ただけだ。合流するまでの僅かな間にその能力に触れたのはポルナレフしかいない。
これまで本当にいろいろなスタンド使いと戦ってきたポルナレフが、DIOの力にまったく見当がつかないでいる。
周りを見渡して空条先輩が尋ねる、
「アヴドゥルとイギーは?」
「もう戦える状態じゃあねえ……。片足を失くした…俺たちを助けるために…」
「……イギーも酷い怪我で……館の外に連れて行ったんです。すぐにでも治療しないと……危ないと思う」
「……そうか……外にはSPW財団の医療チームが待機している。彼らに任せれば大丈夫じゃ」
ジョースターさんの言葉に、少しホッとした。きっと、大丈夫だよね。
「ジョースターさん、陽が沈みかけています……。急がないと……」
「とにかくいま言えることはDIOは太陽の光には弱いってことだけじゃ………」
花京院くんが一抱えほどの袋を放り投げた。え?何コレ?
「おい『ヌケサク』、お前とくだらん会話しているヒマはない……質問にはすばやく答えるんだ、いいな。
この階の上はどうなっている?」
「と…塔です。てっぺんに部屋がひとつあります。DIO様は昼はいつもそこにいます」
「よし案内しろ」
コイツ、あっさりDIOの情報喋ったな。
「何、コイツ。スタンド使い?」
「ただの吸血鬼だ。スタンド使いじゃあねえから、大した相手じゃない」
さっきの吸血鬼はDIOの狂信者って感じだったのに、部下の忠誠心の振り幅極端すぎない?
ヌケサクの案内で辿り着いた部屋も、途中の階段も全ての窓が塞がれた暗闇の中にあった。
部屋の中央には棺桶。
スタープラチナが窓を破ると夕陽が部屋に差し込んだ。
「気を付けろ、ヤツはその棺桶の中とは限らん。どこか…その辺に潜んでいるかもしれん」
日差しの中からDIOの棺を見つめる。少なくとも、太陽の光の当たる場所は安全だろう。
先輩は、旅から抜けていいと言った。
アヴドゥルさんは、逃げてもいいから生きろと言った。
……もしも帰りたいと言えば、いつでも日本に帰れただろう。
私も、他のみんなもスタンド使いになるのを選んだわけじゃない。そういう風に生まれついただけ。
だけど、今ここにいるのは私が選び続けたこと。自分が決めたことなんだ。
「承太郎、お前は棺桶の右へ行け。ポルナレフと晶くんは左側だ! 花京院とわしは中央だ。ヌケサク、お前がその棺桶のフタを開けろ。出てきたら攻撃する」
ジョースターさんの指示で棺桶を取り囲んだ。
ヌケサクはDIOを裏切ってない、DIOの力を信じているからこいつらを案内したと呟きながら棺桶のフタに手をかける。……いや、無理があるでしょ。私がDIOでも信じないよ、それ。
それぞれの位置から棺桶を見つめる。ゆっくりとフタが開かれ、その中にいたのは――輪切りにされたヌケサクだった。
「!!?」
全員でしっかり見ていた。一瞬も目を離さず。なのに、誰もヌケサクが棺に入れられた瞬間を見ていない。
「ポルナレフの言う通り、これは超
DIOの姿も見つからない。この部屋にいるはずなのに。
その時、全身が総毛だった。まるで、冷たい手に心臓を掴まれたように。
「やばい! なにかやばいぜッ!」
「逃げろーーッ‼︎」
その叫び声で硬直していた体が動いた。窓から外へ飛び出そうとしたが、ポルナレフはまだ部屋の中を睨んでいる。
「ポルナレフ、今は退こう!」
腕をつかんで、一緒に飛び出した。
みんな、感じたんだ。DIOの凄まじい殺気を。あのままあそこにいたら、全員が殺されていただろう。
窓の外、街は夕焼けに染まっている。
夜が来る。DIOの時間が。――どうする?
ここで、意見が割れた。
ジョースターさんは、DIOのスタンドの正体を暴くチャンスを待つべきだと。
ポルナレフは、アヴドゥルさんやイギーの払った犠牲を思えば逃げることはできないと。
花京院くんもポルナレフと同じ気持ちだと言った。
「ジョースターさん、あんたを尊敬しているが逃げるって案だけは従えないッ! なんのためにここまできたんだ⁉︎
卑怯な手も使おう。地獄に落ちることもしよう。
だが逃げるってことだけは…しねーぜッ!」
ポルナレフは1人で走って行ってしまった。
「待てェーーッ ポルナレフッ!」
「ジジイ、止めても無駄だぜ」
「承太郎ッ! 君の意見を聞こうッ!」
「『ポルナレフは追いながらヤツと闘う』……『俺たちは逃げながらヤツと闘う』、つまりハサミ討ちの形になるな…」
空条先輩はポルナレフを追いかけて行った。1人では行かせられないもんね。
私と花京院くんとジョースターさんは近くにあったトラックで走り出した。
やがて、陽は完全に沈んだ。
「ヤツがかもし出しているドス黒い雰囲気は依然として遠くならない。追ってきているのだ。ヤツはわしらを追ってきている!」
「DIOにはジョースターさんの位置が正確にわかるのですか?」
「いいや……。ヤツの肉体は、わしの祖父ジョナサン・ジョースターの体……。不思議な肉体の波長のようなもので存在は感じるが『近く』…というだけで場所は正確にはわからない…。わしがDIOの館の近くまできながら正確にわからなかったようにな…………。
ヤツが感じているのは、なんとなく『ジョースターが近くにいる』というだけで
後ろからかなりのスピードの車が近づいてくる。
「ジョースターさん、後ろから車が!」
「…おそらくDIOが乗っているッ!」
「近づかれる前に様子を見ます」
花京院くんが『
そしてDIOのスタンドが姿を現し、『
「危ない!」
「気をつけろッ! 花京院ッ! ヤツに近づき過ぎじゃぞッ!」
「す…すみません、つ…つい」
「花京院くん…血が……、大丈夫?」
「…『
「ええ…今僕は10メートルの距離から攻撃しましたが、あと少し近づいていたらやられていました……。
しかし、ジョースターさん! あなたの推理通りヤツのスタンドが『接近パワー型』だということが確実にわかりました」
怪我をした手をおさえながら、花京院くんは続ける。
「つまり承太郎の『スタープラチナ』のような感じでした。……確かにヤツのスタンドはなにか想像を超える恐ろしい秘密が隠されている。しかし、二つだけわかりました。
1、僕の『
1、拳で攻撃してきたことから、『弾丸』などの飛び道具は持っていない」
わずかな接敵で、花京院くんは2つの事実をつかんだ。
射程距離10メートル……パワータイプとしては破格だろう。私のスタンドでは近づく前にDIOの攻撃が届いてしまう。
DIOに気づかれずに忍び寄ればチャンスがあると花京院くんは言うけれど、全員が見張る前で棺桶にヌケサクを入れていた方法はわからないままだ。
追いかけてくるDIOの車を見ていると、
「DIOの車が止まった!」
2人に警告するが、さらに異変に気づく。――あれは…!
「気をつけてッ!
花京院くんの叫びと同時に飛び込んできたのは、人間だった。
その衝撃でハンドルが取られ、トラックは壁に激突してしまう。その寸前に3人とも脱出するが……なんてことするんだよ。投げつけられた人は、死んでいた。
建物の上を行き、DIOと距離をとる。DIOの姿をとらえながら、花京院が足を止めた。
「花京院くん⁉︎」
「何をしている、花京院ッ!」
「思いつきました。DIOのスタンドの正体を暴く方法を…」
「なに!……」
私とジョースターさんは、二手に別れて花京院くんを見つめた。DIOが追って来た――が、足を下ろした瞬間、エメラルドスプラッシュが飛んでくる。当たった!
見る間に傷が塞がっていく――だが、攻撃は通った。DIOだって、攻撃されれば無傷では済まないんだ。
DIOの周りはハイエロファントが結界のように覆っている。動けばさっきみたいにエメラルドスプラッシュが襲うだろう。
リミナルスフィアを出して集中する。DIOの動きを見落とさないように。
なのに、次の瞬間、
目の前を花京院くんが吹き飛んでいく。
その時、まるでコマ送りのように全てがゆっくりと動き出した。 リミナルスフィアが虹色にさざめき、球体の目と関節が勢いよく回転している。
飛び散った肉片や血。まるでビー玉のように丸い血の粒。あのひとつひとつが、彼の命の欠片。
――ダメだ! 行かせない!
重力で強引に引き寄せ、飛び散った血や肉片を体へ、本来あるべき場所へ押し戻す。
なに? 今のは――
見えたものに混乱しそうになるが、今はそれどころじゃない!
吹き飛ばされる花京院くんを追う。なんとか追いつき捕まえる――が、次の瞬間、給水塔に叩きつけられた。息がつまる。
でも、スタンドの集中を解いてはダメだ。
これは繋いでいるんじゃない。崩れるのを、無理やり押し止めているだけだ。
一瞬でも緩んだら終わってしまう。
押さえているだけの
ジョースターさん、ジョースターさんの波紋があれば!
視線を巡らすが……、無理だ。DIOがジョースターさんに向かっている。もしここへ来ても、DIOが治療する間を与えるわけがない。どうしよう。どうしたら……、
その時、『
まだ意識があったんだ……なんて人だよ。
――見つけた。もう一つの欠片、最後の一手を。
「ジョースターさんの頭の中で戦ったことを憶えてる?
あの時みたいに、『
君ならできる。君のスタンドなら、できるんだ」
そっと花京院くんをビルの屋上に横たえる。細く細く伸びた『
花京院くんが、ゆっくりと目を開ける。
「だい、じょうぶ?」
そんなわけはないのに、他に言葉が見つからない。
「上々…とは、言え…ないな。動けそうに……ない」
「体に大穴開いたんだよ……じっとしてて!」
花京院くんは辛うじて息をつき、微かな声で告げる。
「それより、伝え…ないと…DIOの…スタンドは……、時間を止める。……それ、なら……可能なんだ。僕たちが見たことが」
エメラルドスプラッシュを放った方を見る。あれはメッセージだったんだ。壊れた時計台……あの一瞬でよくこんなことを。
……先輩たちにも伝えなければ。なにもわからないままでは勝てない。
「私、行くね。……待ってて」
「…君が戻って来ると…… 信じている」
「うん、必ず。……ナイフ持ってるよね? 貸してくれる?……後で返すから」
「……」
花京院くんが震える手で取り出したナイフを受け取った。
「じゃあね、また後で」
ジョースターさんが消えた方へ向かう。
大丈夫、SPW財団の医療チームもいる。ジョースターさんの波紋だってある。助かる。……きっと、大丈夫だ。
私、ここに来て、良かった。
花京院くんが命を繋ぐほんの一瞬を稼げたなら。
それだけでも、本当に。
DIOはジョースターさんを追って行った。ジョースターさんなら、きっと花京院くんのメッセージを読み解いただろう。
だけど、時間を止める相手にどうやって対抗する?
スタンドにそんなことが可能だなんて……
いや、……違う。
私は何かを見落としていないか?
と言うよりは、
時間なんてものを変化させることができることを。
それなら、考えろ。
これまで、スタンドが引き起こす理不尽をどれだけ見て来た?
さっき、花京院くんが吹き飛ばされた時――まるでコマ送りみたいに世界がゆっくりに見えた。
あれは、錯覚なんかじゃない。あれは、私のスタンドの力。
――世界の方が、遅れていたんだ。
重力は、時空を歪める。時間の速度すら変えられる。
私のリミナルスフィアなら、できる。
止まった時間という理不尽を手繰り寄せることが。
……DIO。前例もお手本も無しにその概念にたどり着いたのは、やっぱり凄いよ。でも、お前にできたってことは、他の誰かができてもいいってことだ。
それが私でも。
その時、世界から音が消えた。
違う、世界が止まっている。走っていた車も、街の喧騒も何もかもが。……動けない。
でも――、見える。これが時間の停止した世界、DIOのスタンドの力。
私には、もう見えた。
それならば。次は、動ける。動いてみせる。
――やるしかないんだ。
花京院生還。
徐倫のスタンドの使い方そのままですね。