急がなければ。さっきから何度も時間が停止している。
対抗する術は掴んだ。けど、止まる度にみんながDIOの攻撃を受けているってことなんだ。
また、世界が止まった。先輩たちはどこにいるんだ……いや、この静まり返った世界で、音がする。
視線を巡らす――いた!
ポルナレフがDIOに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。動けないポルナレフに向かって、DIOはへし折った道路標識を手に近づいている。
まさか、あれで⁉︎ ――殺される、ポルナレフが!
思わず叫んだ。
「DIOーー!!」
隙を見て奇襲できればよかったんだろうけど、仕方がない。
だけど、そこで見たのは倒れたポルナレフと、そして――
ああ。これは予測していなかった。いや、全くってわけじゃないけど、可能性は低く見ていた。
最後に立っているのが自分になるなんてね。
いつもずっと、必ず誰かが一緒にいてくれた。それが前でも隣でも、必ず。
「空条、先輩……」
頭にも、胸にもナイフが刺さっている。何本も。血溜まりの中で動かない。
私は心のどこかで思っていなかったか? この人は死なない、死ぬわけがないって。
――この人がいればどんなことがあっても大丈夫だって。
そんなわけない、人間は刺されたり打ちどころが悪かったりすれば、あっけなく死ぬ。
――信じたくない、だけど。
目の前にDIOがいる。楽しそうに笑っている。本当に楽しそうに。
「そういえばお前もいたな、小娘。見ろ、承太郎は死んだぞ。ジョセフ・ジョースターも死んだ。私に都合よく使われてきた一族だったな。
他の連中も瀕死だ。頼りにならん男どもだなァ? 今の私は機嫌がいい。無様に這いつくばって命乞いするなら見逃してやらんでもないぞ?」
彼らを嘲りながら話しかけてくる。
心に浮かんだのは、あの日見た夜明けの空。冷たい空気。
逃げないよ。
空条承太郎に向かって「頼ってくれ」なんて大見得切っちゃったんだから。
空条承太郎なら、いいや、他の誰だって私の仲間たちは逃げたりしない。
逃げて、その後どうなる? 私は、あの人たちに恥じない自分でいたい。
怖いけど。命は惜しいけど、――それでも。
震えそうになる足と手を叱咤する。立て。立って、立ち向かえ!
「『
DIOは、私になんの脅威も感じていない。自分に敵うわけがないと知っている。
リミナルスフィアを出しても気にも留めていない。
「花京院は大したものだな、よくぞ死に際に見破った。だが、だからどうだと言うんだ? わかったからとてなにができる?
こいつらは私の能力を知った上で挑み、敗北した。
ヤツも無駄死にだったなァ」
花京院くんは、確信をくれた。スタンドにはそこまでの可能性があると。
「どうかな? そうとは限らないんじゃない?」
「……まったくジョースター一行はどうしてこうも諦めが悪いのかね? すっ飛んで逃げれば少しは長生きできようものを。ならば見せてやろう、全てを支配するこのDIOのスタンド、『
再び、時が止まった。耳が痛いほどの静寂、何一つ動くものの無い世界。――たった1人の例外を除いて。
「なにもわからん内に死を与えるのは慈悲深いと言えような。だが、自分が誰に刃向かったのか、その愚かしさをゆっくり味わって死ぬがいい。
哀れだなァ? ジョースターなんぞに関わったからお前は死ぬのだ」
誰も聞いていないはずの停止した世界で、1人でベラベラと喋っている。
こいつは自分を王様だと思っているんだろうけど。
ジョースターさんは、生物として圧倒的に格上の柱の男から人間の世界を守った。お前なんか、柱の男がいたらそいつらの餌だったんだ。
花京院くんは、ショック死してもおかしくない痛みの中でお前のスタンドの謎を解いた。
私の仲間たちの方が、ずっとずっと、お前よりすごい人たちなんだ。
首にDIOの手がかかる。まだ力は込められてない。でも、急所を触れられているだけでゾッとする。
性格悪いなあ。私の首なんかわけもなく落とせるだろうに。怖がらせたいのか。……お前なんかこの世の終わりまで海の底に沈んでればよかったんだ。
安心しなよ、ちゃんと怖い。なけなしの意地で顔に出してないだけだ。
「――時は動きだす」
ここで一気に首を絞めるつもりだったんだろう。
でも、
「動けないでしょう?」
今度は私の、リミナルスフィアの時間。
DIOの『
街の喧騒が聞こえる。範囲数メートルだけが止まった時間の中にある。
それで充分だ。
そして、DIOの首にナイフを突き立てた。手に伝わる悍ましい感触……そのまま刃を進めようとするが、
――ダメだ。力が足りない。刃は途中で止まってしまった。…硬い。骨だ。
あともう少しでいいのに!! もう、少し……
……時間切れだ。時は動きだす。
DIOの顔が驚愕から、怒りに歪む。元の造形が整っている分、より醜悪だ。
「貴様……貴様などが、このDIOの領域に…ッ!
……あってはならん……あってはならんことだ‼︎」
驚いただろう。名前も憶えてない、ジョースター一行のオマケくらいにしか思ってないやつが時間を止めて見せたんだから。
DIOは首からナイフを引き抜いた。見る間に傷は塞がっていく。
首にかかったDIOの指にゆっくりと力が込められていく。
外そうともがくが、びくともしない。
――苦しい。
「ここまでのようだな、小娘。わずか数秒命が伸びただけだ……所詮、貴様らに勝ち目はない。
それともまだなにかあるのか?……あるのなら見せてもらおうか、そら、やってみせろ。フフ、…ハハハハ……
答えろ、人間風情がァア……‼︎」
アヴドゥルさんの炎が、ポルナレフの剣が、ジョースターさんの波紋が、先輩の圧倒的なパワーが、花京院くんの知略が。
何かもう一つあれば、きっとここで終わらせられた。私はそのどれも持っていない。
だけどここにたどり着いた。お前も、もう気がついたんじゃないか? DIO。
届いてみせたよ、お前の領域に。
どんな気分なんだろうね。1日の半分は太陽の光が降り注ぐこの世界で、触れれば絶死の光から隠れて暗闇に逃げ込むしかない。
いつか誰かが必ずやって来る。お前と同じ、止まった時間の中に。
私にも、出来たんだから。
寿命が、終わりがないなら、やがて来るその誰かのことは頭から消えないだろう。
だから、それまでせいぜい――
「暗闇の…中、で怯えて…ろ……」
これは予言で、呪いだよ。
笑って見せたかったけど、できただろうか。
何かのノイズみたいな音も、歪んで暗くなっていく視界も遠ざかっていく。爪を立てていた指も、もう力が入らない。
ほんの一瞬、青い光が瞬いた気がしたけど――もうなにも、わからない。
そこで、すべてが途切れた。
次回からは三日置きに投稿します。