喉を裂くみたいに、冷たいものが流れ込んできた。
「っ……ひ」
変な音が出た。
――なに?
少し遅れて、それが自分の声だとわかった。
空気だ。空気が、勝手に喉へ流れ込んでくる。
吸っているつもりはないのに、肺が無理やりひらいて、それを押し込まれる。
――苦しい。
うまく吸えない。足りない。全然足りない。
胸が焼ける。喉がひりつく。遅れて、咳がこみ上げた。
「っ、げほ……ッ、げほっ……!」
体が折れる。勝手に前に引きずられるみたいに。
何度も、何度も咳き込む。
視界が滲む。鉄の味が口の中に広がった。苦しい…けど、苦しいって感じるってことは……、生き、てる?
ぼやけた視界の向こうに、誰かがいる。
覗きこんでいる。
青じゃない――翡翠の瞳。死んだって、あいつは言ったのに。……あれ? じゃあやっぱり私は死んでるのか…?
いや、それにしては痛いし苦しいな……?
「……せ んぱい……、生きて、ます?」
「おめーもな」
喋るだけで喉が痛い。石畳の上に横たわっているけど、起き上がろうとして諦めた。力が入らない。
「DIOは倒したぜ」
見上げた私に先輩が言った。DIOの止まった世界にたどり着いた誰かは、この人だったんだ。
……ああ、そうか。
「いつか」はずいぶん早く訪れたらしい。
「暗闇の中で怯えてろ」は、精一杯の嫌がらせでもあったんだけどな。怯える暇もなかったに違いない。
そのあっけなさがなんだか可笑しくて、少し笑った。それを見ていたらしい先輩の眉間に皺がよる。
「なに笑ってやがる。テメー、何で逃げねえんだ。死ぬつもりはないだの散々言ってなかったか? ……一度は心臓止まってたぜ、テメーは」
あ、あれー? なんだか怒られてる? 仕方ないじゃないか。私は、自分のことが好きでいたいんだ。
心臓止まってたんだ、そうか……。まあ、生きてるしオッケーってことで。
「おい、生きてるからいいだろとか思ってねえだろうな」
「ソンナコトオモッテナイデスヨ」
心を読むのはやめて下さい。
***
平気そうな顔で立っているけど、先輩だってあちこち刺されたりの重傷だ。
同じく瀕死のジョースターさんとDIOの遺体もろともSPW財団の救護車に回収された。
瀕死、そう、ジョースターさんも生きていた。失血が酷かったから今は輸血をしているけど、意識もある。
意識が戻ったら自分の波紋で傷を癒している。……すごいな、波紋。もう一人でもこれが使える人がいれば旅はもう少しは楽になったんだろうか。
もしも私に波紋が使えたら……いや、無理か。
あれだけ私を警戒しなかったのは私がDIOに対して無力だと思われていたからだ。波紋も使えたら即座に殺されていたはずだ。
ポルナレフも花京院くんも別の救護車で治療を受けている。重傷だが、命に別状はないらしい。
アヴドゥルさんとイギーも大丈夫だった。無くした足は元には戻らないけれども。
でも、全員生きている。生きてこの夜を越えることができた。
救護車はどこかに向かっている。街の中心部から外れ、さらに外へと。
「どこへ向かってるんですか?」
「こいつを……DIOを完全に消滅させる。太陽の光でな」
「晶くん、君ももうちょっとだけ付き合ってくれ。すまんの」
「いいえ……一緒に行きたいです」
カイロの市街地を離れると、乾いた砂と岩、日干しレンガの遺跡だけの大地が広がっている。
まだふらつく体を車に寄りかからせながら、DIOを運ぶのを見つめる。
そして、太陽が昇り始めた。
光を浴びたDIOの体は、音も無く崩れた。灰は風に散らされ跡形もなく消えていく。
「これで終わったな……」
「DIOにはみんなが
あの不思議な駅でDIOを黒い炎の中に放ったあの人。
先輩とジョースターさんによく似ていた。
光が眩しくて、2人の背中が滲んだ。
いつか話せるかな? 私に「戻れ」と言ってくれたあの人のことを。
きっと、笑ったりしないで聞いてくれると思うんだ。
次回、最終話です。