飛行機がエジプトに向かって飛び立ち、しばらくすると機内の照明が絞られた。時差を考えると、機内ではなるべく眠っておいた方がいいだろう。
出発前、アヴドゥルさんは空条先輩と私にタロットカードを引かせた。
先輩の引いたカードは『星』。アヴドゥルさんは先輩のスタンドに『
続いて私。引いたカードは白紙だった。何の絵も描かれていない、ただの真っ白な一枚。これにはアヴドゥルさんが慌てていた。予備のカードが混ざっていたらしい。少し考えて、アヴドゥルさんは言った。
「あるいはこれが君のスタンドの啓示かもしれないな――タロットの暗示の外側にあるもの、という。私が名付けても構わないかな?」
「お願いします。私が考えてたら何日もかかっちゃいそう」
何年も守護霊くん呼びしてたし、占い師のアヴドゥルさんの方がいい名前を付けてくれそうだ。
「では名付けよう。君のスタンド名は――リミナルスフィア」
私のスタンドはリミナルスフィア、これからもよろしく。
周りの乗客もだんだん眠りに落ちたんだろう、話し声もなくなってきた。目を閉じて、うとうとしてきた頃、なにか異様な音が静寂を破った。
「スタンドか⁉︎」
ジョースターさんの声に慌てて起きる。出発してすぐ、しかもこんなに大勢の人がいる場所で襲撃してくるなんて。
なにか虫のようなものが飛び回っているーー素早すぎてそれくらいしかわからない。さっきの音はこの羽音だったらしい。他の乗客たちには聞こえない、スタンドの立てる音だ。
「JOJO!君の頭の横にいるぞ!で…でかい!」
人間の顔ほどもある巨大なクワガタムシだ。昆虫特有の、生理的嫌悪を感じさせる見た目をしている。
「気もちわりいな。だが、ここはおれにまかせろ」
「き、気をつけろ…スタンドだとしたら、『人の舌を好んで食いちぎる虫のスタンド』使いがいるという話をきいたことがある」
悪趣味極まりないスタンドだ。
スタープラチナが拳を繰り出す――が、避けられた。
信じられない。至近距離であれをかわすって、どんなスピードだ。スタープラチナが捕まえられないなら、私では目で追うのも無理だろう。
……点ではなく、面ならどうなる?考えるより、まず実行!
花京院くんに小声で、
「少し試してみたいことがあるの。もし、あいつの動きを止められたら後はよろしく」
リミナルスフィアを出す。目や関節の球体の回転速度が上がっていく。
私のスタンドで操作できる重力はせいぜい半径5メートル、予想が当たれば上手くいくはずだ。多分、きっと……頼むよ。
「あ゙あ⁉︎」
私たちの数メートル先で上がった声の方を見れば、バランスを崩して落下した巨大クワガタムシをハイエロファントグリーンの触脚が捕らえていた。
よかった!うまくいった!細かく言わなかったのに、あれだけでよく伝わったなぁ。察しが良すぎて怖いくらいだ。花京院くん、頼もしいよ!
「こいつ、なんで急にバランス崩したんじゃ?」
「私たちの周りの重力を重くしてたんです。スピード重視でパワーがそれほどじゃなければ、体勢崩せるかと思って」
「こいつは…やはりヤツだ!タロットでの『塔のカード』!破壊と災害…そして旅の中止の暗示をもつスタンド…『
自分たちはもちろん、周りの乗客にも加重しないように調節するのは結構しんどい。はー、疲れた……。ちょっと手が震えている。こんなに集中するのは初めてだ。さっさと引っかかってくれて良かった。
「うわさにはきいていたスタンドだがこいつがDIOの仲間になっていたのか!『
覚えてる……酷い事故だと思っていたけど、スタンド使いの大量殺戮だったんだ。
「は、放せッ!」
「逃すわけないだろ」
なおもがいていたタワーオブグレーをハイエロファントグリーンが引きちぎった。
「ぐばぁっ」
誰かが前方で叫んだ。見れば、通路の向こうで老人が血を流して倒れている。
「こいつが本体か」
「こいつの額にはDIOの肉の芽が埋め込まれていないようだが……⁉︎」
「タワーオブグレーはもともと旅行者を事故にみせかけて殺し金品をまきあげている根っからの悪党スタンド。金で雇われ欲に目がくらんでそこをDIOに利用されたんだろーよ」
アヴドゥルさんは淡々と言いながらブランケットを老人にかけた。
その時、機体が大きく揺れた。
「変じゃ。さっきから気のせいか機体がかたむいて飛行しているぞ…」
みんなが顔を見合わせる。
「やはり傾いている…ま…まさか!」
全員、コックピットへ走った。
スチュワーデスさんに止められるが先輩が払いのけて先に進む。ちょ、乱暴だな!と思ったらよろけた彼女たちを花京院くんが支えた。
「失礼。女性をぞんざいに扱うとは許せんやつだが……今は緊急時なのです。許してやってください」
……ジゴロだ!ジゴロがいる!カサノヴァ村の住人だ!こいつは女の敵予備軍の匂いがプンプンするぜ!
唖然とするアヴドゥルさんと目が合った。今、心は一つだ。花京院くん、本当に高校生?
そんなくだらないことを考えていた自分を、次の瞬間、激しく後悔した。
コックピットは血の海だった。パイロットは舌を食いちぎられて死んでいる。自動操縦の機器も壊されている。
この人たちは、巻き添えになっただけなんだ。私たちを殺すために――。敵は他の乗客全員の命なんて、最初からどうでもよかったんだ。
充満する血の臭いに息が詰まる。
……なんてことをするんだよ!
「ぶわばばばあははは――――ッ!」
突然、コックピットに叫び声が響いた。いや、違う。これは笑い声だ。
振り向くと、さっきの老人が立っていた。血塗れのまま、なおも嘲笑う。
「ブワロロロ~~~ベロォォォ わしは事故と旅の中止を暗示する「塔」のカードをもつスタンド!
おまえらはDIO様の所へは行けン!たとえこの機の墜落から助かったとて、エジプトまでは一万キロ!
その間!DIO様に忠誠を誓った者どもが四六時中きさまらをつけねらうのドァッ!
世界中にはおまえらの知らん想像を超えた『スタンド』が存在するゥ!」
老人が口を開くたびに血が滴り落ちる。
「DIO様は『スタンド』をきわめるお方!DIO様はそれらに君臨できる力を持ったお方なのドァ!
たどりつけるわけがぬぁ~~~~い!
きさまらエジプトへは決して行けんのどあああああばばばばゲロゲロ~~~」
老人が崩れ落ちた。今度こそ事切れたようだ。
この惨状を目撃してしまったスチュワーデスさんたちは、青ざめて震えながらもしっかりと立っている。きっとなにが起こったのかもわからないだろうに、強い人たちだ。
「さすがスチュワーデス。プロ中のプロ…悲鳴をあげないのはうっとーしくなくてよいぜ。そこでたのむが、このじじいがこの機をこれから海上に不時着させる!他の乗客に救命具つけて座席ベルトしめさせな」
「は、はいッ!」
空条先輩の言葉に、スチュワーデスさんたちは走っていった。
プロペラ機なら操縦したことがあると言うジョースターさんに花京院くんの顔が引きつった。
こっちを見るが、無理だよ。こんな大きな機体を浮かべるなんて無理。下手なことしたら機体が折れるかもしれない。
「しかし承太郎……わしゃこれで3度目だぞ。人生で3回も飛行機で墜落するなんてそんなやつあるかなぁ」
全員、顔を見合わせた。
「2度とテメーとはいっしょに乗らねえ」
逆に考えるんだ、何回墜落しても死んでないって!
……でも、もうご一緒したくないです。ジョースターさん、ジンクスは続くからジンクスって言うんですよぉ――!