ジョースターさんの到着まであと一日ある。地図は見ていたけど、せっかくだから町を散策することにした。
その前に、再びプライベートビーチに来ている。盗み聞き対策だから仕方がない。
「昨日の夜、来ましたよ、『チリ・ペッパー』。
「そうか…。大丈夫だったのか?」
「警告されただけですから。あとは、スタンド使いかどうか探りを入れに来たんでしょう。とぼけておきましたけど、信じたかは五分五分かな」
受話器越しの電撃は思ったより痛かったが、それ以上のことはされなかった。
余程、空条さんを警戒しているんだろう。念入りに彼の周辺を見張っている。私への警告というより、空条さんへの牽制に聞こえた。
スタンドは見えないふりをしたけど、騙せたかはわからない。ジョースターさんが来たら、すぐにでも本体の居場所を探してもらわないと。
「手に入れた力を使うのが面白くて仕方ないって感じですかね?」
「そんなとこだろう。スタンドの矢もどんな使い方をするか知れたもんじゃないからな」
まったく、とんでもないヤツがスタンド使いになったもんだ。
***
今日の予定は、杜王町の散策だ。まったく土地勘がないからね。地図で見るだけではわからないこともある。
ホテルから住宅地を通り、駅へ向かう。ゆっくり歩いても2時間くらいだろう。
ごくありふれた地方都市、S市のベッドタウンとして1980年代から急速に発展した町だ。それもあって、駅周辺には放射状に広がる街路が整備されている。
平日の駅前や商店街は買い物をする人たちで賑わっている。
駅近くのカフェでいったん休憩だ。
町にも、そこで生活する人々にも特におかしな様子はない。公園では小さな子供を遊ばせる人たちもいる、ごく普通の平和な光景だ。ほとんどの人にとってはスタンドなんて存在すら知らないものだから、当然だろう。
今のところ、スタンド使いだと判明したのは仗助くんを除いて7人。虹村億泰、広瀬康一、小林玉美、間田敏和、山岸由花子、正体不明の『レッド・ホット・チリ・ペッパー』、そしてトニオ・トラサルディー。
トニオ・トラサルディーを除いて全員が弓矢でスタンドに目覚めている。
いや、もう一人、アンジェロもいた。
アンジェロは極端な例だけど、判明している者の多くは、自分の欲望をかなえるためにスタンドを使うことをまったく躊躇わない人物だった。
これで全員かはわからないんだから、頭が痛い。
もうひとつ、妙に気にかかる数字がある。この町の行方不明者の数だ。全国平均の5倍にもなる。なんだか不穏なデータだ。スタンドとは関係ないのかもしれないけれど。
私は、空条さんたちに会うまで自分以外のスタンド使いに会ったことさえなかった。世界中にどれだけいるのかも分からないが、少なくとも、そう簡単に出会うものではないと思っていた。
弓矢で意図的に生み出しでもしない限りは。
間田敏和は「スタンド使いは引かれ合う」と言ったという。
それが本当なら、これまでだって、すれ違っただけで案外近くにいたのかもしれないな。
***
一夜明け、今日はジョースターさんの船が杜王町へ到着する。
『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を警戒して、動くのは到着直前になった。
「本当に直前も直前ですね。あと40分もないじゃないですか」
「仕方ない、こちらの動きはやつに監視されてると思った方がいいからな」
ジョースターさんの『
やって来たのは見晴らしのいい野原、近くに電線もない。隠れて近づくのも無理だ。
写真で見た通りの三人がいる。何か揉めてるみたいだけど。
一昨日の夜、『チリ・ペッパー』は仗助くんのところにも現れたという。町の中なら、本当に自由自在に侵入できるんだ。電気の通ってない建物なんてないしね。
虹村億泰にとっては、『チリ・ペッパー』は兄の仇だ。あいつが姿を見せたのに、黙っていたのを怒っている。
「電気の通っている街中じゃあ…ヤツの話をするのは危険だ…。俺が仗助に黙ってろと言ったのだ」
「あっ!」
「承太郎さんッ!」
君たち、こんな目立つ大男が近づくのに気がつかないのか。
「こんな野原に集めたのも、話を聞かれないためだ…」
「億泰ゥー、俺だってよぉー『チリ・ペッパー』にゃあ完全に頭に来てる! ヤツは知らねー間に人ン家に入り込んでやがった…。聞いたりカッパラったりはやつの自由さ…いろんな家で物や金を盗んでいると俺は見たぜェ〜」
仗助くんの言葉に、億泰くんは悔しそうに口を噤む。
康一くんがこちらを見て言った。
「あの、そちらの人は?」
「柏木晶、古い友人だ」
「初めまして。よろしくね」
「承太郎さんの友人ッ⁉︎」
「承太郎さんダチいたんスかァ⁉︎ しかも女の人のォ!」
「億泰くん!」
……空条さん、ぼっちだと思われてないですか? あと、説明足りな過ぎじゃない?
「SPW財団所属のスタンド使いです。当分この町にいるから、何かあったらすぐ連絡してね」
「僕は広瀬康一です」
「東方仗助っス」
「虹村億泰でス! ヨロシクオネガイシマス!」
それぞれ自己紹介をしてくれた。こっちは事前に顔も名前も知ってるけど、それはそれだ。
「仗助くん、そのヘアスタイル…」
ん? なんか周りの空気がピリッとした?
「気合い入ってるねえ。セットするの大変じゃない?」
「俺のこだわりなんで。これのために早起きしてるっス」
「お〜、なんかポリシーを感じる」
康一くんが深く息を吐いた。え? なに?
「あのー、仗助くんって髪型をちょっとでも貶されるとキレちゃうんです」
こっそりと耳打ちしてくれた。マジか。
……空条さん、そんな地雷があるなら先に言っといてくださいよ。キレると手が付けられないってだけじゃ足りないよ。
横目で空条さんを見る。目を逸らされた。……今のは『やべ、言ってなかった』って顔だ。
「とにかくだ、『チリ・ペッパー』は俺たちがいるからまだ騒ぎを起こさねーだけで、その気になったらスケベ電話をかけるのと同じくらいの手間ヒマで頭に来た人間の命を電線の中に引きずり込めるってことさ! 『弓と矢』でブッ刺すのはもちろん、もうスデに誰かがそーなってるかもしれねェーッ
ヤツは力を付けているのを俺は実感した! 早いとこヤツの『本体』を見つけ出さなきゃあなあーーっ‼︎」
「ど…どうやって『本体』を見つけ出すの? 仗助くん……?」
問いかける康一くんではなく、仗助くんは空条さんを見た。
「その方法を考えるために集まったんだろ? 承太郎さん…」
「いや…、少し違う……『
『見つけ出すことのできる人物』が、今日の正午に杜王町の港に到着するからだ!」
「え〜〜〜〜っ!!」
「見つけ出せるーー? 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の『本体』を捜し出せる人物だと‼︎」
「『スタンド使い』かよ、そいつ‼︎?」
驚く3人組に空条さんは淡々とそのスタンド使いのことを語りだした。79歳、年をとりすぎていて闘える体力とスタンド力はないこと、それでも『弓と矢』のことを知って杜王町に来ることを。
その人を守るために仗助くんたちに集まってもらったのだ。
最初に気が付いたのは康一くんだった。
「仗助くん! 79歳で外国人のスタンド使いといったらッ!」
その指摘に気が付いた仗助くんの顔色が変わった。
「
その時、バイクから火花が散り、勝手にエンジンがかかった。
「確かに……聞いたぞ……」
「レッド・ホット・チリ・ペッパー‼︎?」
バイクのバッテリーに潜んでいた『チリ・ペッパー』に聞かれてしまった。ジョースターさんのことを。
「『正午に』……‼︎ 『港』だとォ? この俺を捜し出せる老いたスタンド使いだとぉ〜〜っ。その老いぼれはーーッ! 港に到着と同時に必ず殺すッ!」
『チリ・ペッパー』はバイクで走り去る。逃すかっての。
「追いますよ、空条さん」
「……ああ」
……返事に間があった。リミナルスフィアの高速移動、軒並み不評なんだよなぁ。どこかにぶつけたりとか落としたこととか一度もないのに。大体、2度とごめんだと言われてしまう。
「仗助くん! 岩をブツけてあのバイクを破壊するんだよーーッ」
「いや、待ちなあーーっ」
康一くんと仗助くんを制して億泰くんが前に出た。
「あの野郎はよォーーーーッ、因縁的によォーーッ‼︎ この虹村億泰が仕留めるッ!」
『ザ・ハンド』が空間を削り取ると、億泰くんは瞬く間にバイクに追いついた。さらにバイクの前輪を削り取った。これでもう逃げられない。『チリ・ペッパー』の遠隔操作はスタンドが電源の近くにいなければならないからだ。
「『チリ・ペッパー』の野郎はバイクのバッテリーからあまり遠くまで離れることはできねえ〜。つまり見ろよッ! あと100メートルは電線がねーとこだから、捕まえたも同然ってェーこったなー〜〜」
「あ…危なかったね! ジョセフ・ジョースターさんのこと聞かれたからねッ!」
「いや…まだ捕まえたとは言えない…。見ろ、バイクのバッテリーは無事だ…。バッテリーさえ無事なら何としてでも逃げられるだろう……すなわち奴はバイクのバッテリーを守るため、必死で億泰を殺さなくてはならない…。俺たちがあそこへ行くまでな…。チッ、気は進まねーが仕方ない。柏木、頼む。お前たち、歯を食いしばっとけ」
「「え?」」
舌打ちしましたね? そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。
「じゃ、行きますよ」
全員を地面から30センチほど浮かべ、億泰くんの方向へ飛んだ。
「ヒィッ……! ナニこれェェーーッ!」
「ッうわぁあーーッ!!」
「…………ッ」
見る間に近づき、ふわりと降りる。その途端、康一くんが膝をついた。仗助くんの顔は引きつっている。
「なんスか今のはァーーッ! 先に説明してくださいよォ!」
「ごめん、急いでたから……そんなに怖い? 今まで事故ったことないんだけど」
「平気な人いるんですか、これ」
「私」
「……」
遊園地でみんなフリーフォールとかにお金払って乗ってるじゃないか。理屈としてはあれと変わらないと思うんだけどな。
そのあいだにも『ザ・ハンド』が『チリ・ペッパー』を追い詰めた。蹴りのラッシュを叩き込んでいる。
「とらえたぜーーーッ、ダボがァーーっ」
「やっ! やったあーーっ」
「億泰!……改めて考えてみりゃあよぉーー、やつのスタンド…恐ろしいスタンドだな……」
当たったら防御不可能って怖すぎる能力だと思うよ。『ザ・ハンド』の削り取る攻撃を『チリ・ペッパー』が転がりながら必死に避けている。
あれ、当たったら死ぬんじゃないの? まだ聞きださなきゃならないことあるんだけど。『弓と矢』の在処とかそれを誰かに使ったかとかさ。
「億泰ッ! とどめは刺すなッ! お前の勝ちだッ! そいつからは『弓と矢』が今どこにあるのか聞きださなくてはならんッ!」
「他にも聞きたいことがあるからね、生け捕りにさせて!」
力を使い果たしたらしい『チリ・ペッパー』が錆びた鉄のような色に変わった。億泰くんに向かって何か言っている。
挑発でもされたのか、億泰くんが叫んだ。
「ウオオオオオオウダラァーーッ、もうどっちか考えるのは面倒くせえぇぇッ! チクショオオオーーッ」
「攻撃するな!」
「俺を止めるな、承太郎さんよォーーッ 『こいつは兄貴を殺した』! 『
振りかぶった『ザ・ハンド』が『チリ・ペッパー』を削り取った。
「ひええっ!」
「グレート。これで『弓と矢』を探すのが面倒になった。しかし、カタがついたのは確かだがよぉ…」
「それはなんとかなるけど…『チリ・ペッパー』の本体が誰かを射ってたら厄介なんだよ」
「……いや、何か様子がおかしい…。『チリ・ペッパー』のやつ、やはり…何かをたくらんでいたようだ」
「「「えっ⁉︎」」」
削り取られた地面の奥に、電気ケーブルの断面が見える。それに触れた『チリ・ペッパー』は再び輝き出した。先程よりもずっと強く。
マズいな。これを掘らせるために億泰くんを挑発したのか。
「おかげで蘇った。町中の電線はどこを走っているか全て知っている……。さっきまでの俺にはこの地下ケーブルを掘り起こすスタンドパワーは……とてもなかった。だがなぁ〜、バイバイだ! 承太郎! 仗助! これから港に来る……たしかジョセフ・ジョースターだったかなァ! その老いぼれも虹村形兆と同じ目に遭ってもらうぜッ! お前らはそのあとだッ!」
そう言い捨てると『チリ・ペッパー』はケーブルの中に消えた。……電力の大きさ次第であそこまでのスピードが出せるのか。正直、目で追うのがやっとだった。
「く…くっそお〜〜、俺が地面をえぐり掘っちまった! 俺がやつを逃したんだ……」
「億泰くん……敵討ちとかじゃあなくて、ジョセフ・ジョースターさんを守ることを考えるんだよ。それが『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を倒すことにつながるんだ……。君はそれをしなくちゃあいけないよ! みんなのためにさ……。僕らが住んでるこの街のために……」
康一くんが億泰くんを励ましている。いい子だな。でもまあ、反省会は後だ。
「承太郎さん……。相当やばい相手っスよ〜っ。甘く見てたっスよ、俺ェ〜ッ!」
「チリ・ペッパーより先にジジイの船に着かなくてはならん。港に急ぐぞ……」
「ん。じゃあ早速、私のスタンドで……」
「いやぁー、あれを人目のあるとこじゃあマズいんじゃあないっスか〜?」
では途中までね。さ、行こうか。