The Blank Card   作:カナヤン

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水面を駈ける者

 

香港の港からチャーターした船は、贅沢にも乗客は私たちだけだ。乗組員の身元も調べたそうだ。

スタンド使いの襲撃を警戒しているから仕方がない。他の乗客に敵が紛れこむ可能性があるし、無関係の人間を巻きこむのも避けたいからだ。

 

シンガポールまではおよそ三日。のんびり行くしかない。

 

「しかしお前らなあ、その学生服はなんとかならんのか?その格好で旅を続けるのか。クソ暑くないの?」

 

ジョースターさんが、学ランのままデッキチェアでくつろぐ空条先輩と花京院くんを見て言った。私もそう思う。2人とも暑くないの?なんのこだわりなのさ。

私はそもそも制服じゃない。カーゴパンツにTシャツ、フード付きの上着にスニーカー。スカートなんてこの旅には向いていないし、実用性重視だ。

「学生は学生らしくですよ」と答える花京院くん。

 

「ふん、日本の学生はお堅いのう」

「なるほど……これがブシドー。心頭滅却すれば火もまた涼し」

 

アヴドゥルさん、それちょっと違うと思うんですが。

 

「けどお前ら、そんなに堅いとモテないぞ」

 

ポルナレフのセリフに思わず水平線を見つめた。空条承太郎は生涯モテないなどという言葉とは無縁そうだし、花京院典明もカサノヴァ村の住人だ。

学校には先輩のファンクラブあるんだよと、ポルナレフに教えた方がいいだろうか。

 

――ちなみに、ポルナレフさんと呼んでいたら、「堅苦しいのはゴメンだぜ!」ということで、ポルナレフと呼ぶことにした。本人がそう言うんなら、いいかなぁ。

 

突然、甲板が騒がしくなった。なんと、密航者が見つかったのだ。しかも子供だ。

捕まりながらも威勢よく叫んでいる。

う〜ん、これってどうなの。少年が取り押さえられているのを見て、私はつい口にした。

 

「ねえ、密航者ってどうなるものなの?」

「普通なら次の寄港地で現地の警察に引き渡すと思いますよ。ただ、船も責任を問われることになりますね。警備が甘かったんですから」

「そうなんだ」

 

花京院くんが答える。本当によくそんなこと知ってるなぁ。博識だ。

少年を取り押さえた船員が、海上警察に引き渡すと言っている。やっぱりそうなんだ。

それを聞いた少年は、シンガポールにいる父親に会いに行きたい、乗せていってくれと頼みこんでいる。

しかし、船員は取り合わない。

泣き落としが通じないとみると、少年は腕に噛みついた。船員が怯んだすきに素早く抜けだすと、そのまま海に飛び込む。

えー⁉︎ 大丈夫なの?バイタリティあるっていうか、無謀じゃない? 陸までかなりあるのに。

泳ぎに自信があるなら放っておけと空条先輩が言うが、見ていた船員が慌てて叫んだ。

 

「ま、まずいっすよ‼︎ この辺はサメが集まってる海域なんだ‼︎」

 

全員が咄嗟に少年を見る。陸への距離も遠い。無事に泳ぎ着くのは不可能に近いだろう。少年にほど近い海中に大きな影が見える――サメだ!

考えるより先に手すりを飛び越え、ふわりと海面に降り立った。重力を扱うリミナルスフィアなら、水の上を歩くくらい造作もない。

水の上を地面と同じように走り、少年に追いつく。波しぶきに足を取られることもなく、静かに近づきながら、しっかりと少年を抱きかかえた。

 

「もう大丈夫、ほら、掴まって」

「あんた、一体何なの?水面を歩くなんて…」

「あー、うん、とりあえずそれは後でね。この辺、サメがいるんだって。陸に着く前に食べられちゃうよ」

 

少年は慌ててしがみつく。リミナルスフィアの力が、水面を踏みしめる足元を支えている。海の上での救助は、一瞬で完了した。船上を見ると、先輩が頷いている。

あれ?抱えた相手に、違和感がある。

 

「…君、もしかして女の子?」

「そーだよ!だったら悪いか!」

 

その時突然、海中からサメが鋭い背ビレを立てて近づいて来た。サメの位置を見極めて足元の重力を横に流し、少女を抱き寄せながらかわす。

しかし、サメはさらに後を追ってくる。

海上に飛び上がったサメ、その口の中に何かが見えたーー生き物とは違う、何かが。

 

「あれは、スタンド⁉︎」

 

私は腕の中の少女を見る。まさか、この子が?

しかし、もしも違うなら放り出すわけにはいかない。スタンドがこの子を無視しても、サメがいる。子供をサメの海に落とすなんてできるわけがない。

走っても追いつかれそうだ。

重力を操作し、水平方向へ力を流す。水面を滑るように、立ったまま船の方向へ水平に飛ぶ。

 

「キャ―――‼︎」

 

突然のジェットコースターのような動きに、少女は悲鳴をあげる。仕方ない、こんな体験は初めてだろう。帽子が風圧で飛ばされる。ごめん、取りに戻る余裕はないよ。

スタンドはなおも追ってくるが、私の方が早い。

救助用の浮き輪が降ろされていたが、そのまま海面を駆け、ふわりと船上に着地した。

 

目撃した船員たちは唖然としていた。しまった、見られるのとか頭から消えてたよ。とっさに口を開き、

 

「ジャ、ジャパニーズニンジャ!」

 

やってしまった。

わかる、わかるぞ!これ、後々まで揶揄われるやつだ!ついでに全然誤魔化せてない!

 

「やるじゃないか、ニンジャ」

 

褒めながらも完全に目が笑っている花京院くん。

 

「よくやったな、ニンジャ」

 

いつも通りの無表情のまま追い打ちをかける空条先輩。

 

「ニンジャ…おお……ブラボー、ニンジャ‼︎」

 

目を輝かせて完全にガチで褒めているポルナレフ。

外人がニンジャ好きなのって本当だったんだ。

 

「ちょっ、みんなやめて!言葉の綾じゃん!…それより、さっきのただのサメじゃなかった!スタンドが中にいたの」

 

「何だって⁉︎ニン…晶!」

「おい、ポルナレフ、急に馴れ馴れしく名前呼びするなよ」

「気にするとこそこか?花京院」

「敵が近くにいるぞッ!」

「海中のスタンドだと⁉︎ 私も聞いたことがないぞッ!」

 

全員、目の前の女の子を見る。サメの海に私たちを誘い出そうとしたのか?

スタンド使いは見た目からは判断がつかない。か弱そうに見えても油断はできない。

……でも絵面は酷いな。ガタイのいい男5人と彼女よりは背の高い女1人、6対1で取り囲んでいる。女の子――アンというらしい、はなおも威勢よく啖呵を切っている。あ、ナイフを取り出した。

 

「俺と話がしてぇのか!?それとも殺されてぇのか!どっちだあぁん!?この妖刀が早えとこ340人目の血を啜りてぇって慟哭しているぜ!」

「今宵の虎徹は血に飢えておるってやつ?」

 

アンの言葉の後に小声で続けると花京院くんが吹き出した。

 

「何がおかしいこのドサンピン!」

 

ドサンピンって生で聞くの初めてだ。

 

「ドサンピン…なんかこの女の子は違うような気がしますが…」

「私もそう思うよ。でも…」

 

違うと証明する方法がないんだよね。

そこへ船長さんがやってきた。密航者を取り押さえるのだという。ナイフを持ったアンをあっさり拘束した。

かなり強い力でつかまれているのか、アンの手からナイフが落ちた。腕を掴んで乱暴に引いたせいで、アンの体が引きずり上げられる。

 

「キャプテン、相手は子供ですよ。あんまり乱暴な扱いしないであげてください」

「言ったでしょう、お嬢さん。女子供だからといって厳しくしないわけにはいかないのですよ」

 

密航者に甘い顔できないのはわかるけど、簡単に押さえ込める女の子相手にずいぶん乱暴なやり方だ。

ジョースターさんがこの船の船員の身元について確かめるが、全員十年以上勤めているベテランだという。

船長さんはアンを連れて行きながら、先輩に近寄ると先輩が吸っていたタバコを取り上げて帽子に押し付けて火を消した。さらにポケットに吸い殻を入れた。

甲板でタバコ吸ってたのは確かに悪いよ。もっと言うと未成年だし。でもアンの扱いといい感じ悪すぎない?

そう思っていたら、先輩がくってかかった。

 

「待ちな。口で言うだけで素直に消すんだよ。大物ぶってカッコつけてんじゃあねえ、このタコ!」

 

ジョースターさんが無礼はやめろと止めるが、先輩は「こいつは船長じゃあねえ。今わかった。スタンド使いはこいつだ」と断言した。

船長さんはキョトンとしている。みんなも何を根拠に断定したのかわからず困惑しているみたいだ。なにかおかしなことあった?感じ悪い以外で。

 

「スタンド使いに共通する見分け方を発見した。それはスタンド使いはタバコの煙を少しでも吸うとだな鼻の頭に血管が浮きでる」

「「「「「「えっ」」」」」」

 

思わず鼻を触る。そうなの?家に喫煙者いないからわからなかった。

 

「嘘だろ⁉︎承太郎」

「ああ、嘘だぜ。だが…マヌケは見つかったようだな」

 

船長さんが鼻を触っている。ポカンとしているのはアンだけだ。語るに落ちたね。

ちなみに、先輩は船の全員に今のカマかけをするつもりだったそうだ。真っ先にホシにたどり着いてしまったが。

 

「シブイねェ…まったくおたくシブイぜ。たしかに俺は船長じゃねー…本物の船長はすでに香港の海底で寝ぼけているぜ」

 

正体がバレた偽船長は、開き直ったのか聞いてもいないことを喋りだした。こいつもタワーオブグレーと同じ、目的のためなら手段を選ばないやつだ。

 

「それじゃあテメーは地獄の底で寝ぼけな!」

 

6対1だけど、遠慮する必要はないよね。

しかし、こちらが攻撃するより早く、偽船長の青い鱗とヒレを持つ半魚人みたいなスタンドがアンを捕らえた。

 

「しまった!」

 

無力な女の子を人質に、自分が最も強い海中に追ってこいと海に飛び込むその瞬間、スタープラチナのラッシュが半魚人をとらえた。たまらず放り出されたアンをスタープラチナが空中で確保する。

――その間、わずか0.5秒。そんなナレーションが頭をよぎった。

自分のスタンド自慢をした割に、あっけない退場だったな……。

 

「承太郎どうした?さっさと女の子を引っぱりあげてやらんかい!」

「ちくしょう、ひきずり込まれる」

「え⁉︎ なんだって!」

 

スタープラチナの腕にはフジツボみたいなものがびっしり張り付いている。しかも、どんどん増えてる!

 

「やつはまだ闘う気だ……やつを殴った時くっつけやがった。俺のスタンドから力が抜けていく……パワーを吸い出して海中に引きずり込もうとしている……」

 

いつの間にか偽船長の姿は見えなくなっている。

ジョースターさんが引っ張るが、先輩は手すりから落ちてしまった。アンを空中に放り投げ、自分は海の中へ落ちていく。法皇の緑(ハイエロファントグリーン)がアンをキャッチしたが、先輩の姿は海中へ消えた。

 

海中には渦が巻き、姿もよく見えない。あのフジツボがスタンドのパワーを吸い取っているとしたら、自力では上がって来れないかもしれない。

花京院くんがハイエロファントグリーンの触腕を伸ばし、私も海面に降りようとした――が、「痛ッ!」途端に走った痛みに驚いて水面から離れる。海の中はカッターのように鋭いウロコが渦と一緒に舞っている。

ちょっと水に入っただけでこれだなんて、先輩はどうなっている?

どうすれば……海水を押し戻して空気を……もしかしたら、できるかも。いや、かもじゃない、できる!

 

「――リミナルスフィア!」

 

重力の向きを内側へ曲げる。海水を押し返し、空気を留める――リミナルスフィアならできる。

渦に向かって突入する。でも、私に海水は届かない。直径4メートルくらいの空気の球が私の周りを包んでいる。海の中に大きなシャボン玉が沈んでいくように見えるだろう。

空気球の表面にもウロコが刺さるが、わずかに揺らぐだけだ。

先輩は――いた! 近づいて空気球の中に入れる。あちこちから血が出ているが、それほどの深傷ではなさそうだ。

だけど、フジツボはさっきよりも広がっている。これではろくに動けないんじゃ……。

 

「大丈夫ですか⁉︎」

「柏木、あいつに近づけ」

「はい!」

「溺れ死ぬのは先延ばしになったみたいだなァ、おにいちゃん! だがその力の抜けたスタンドでなにができる? さっきのような自慢のパンチを、俺にあびせられる自信があるなら向かってきな。そのおねえちゃんもろともこの『暗青の月(ダークブルームーン)』が刺身にしてやる!」

 

ダークブルームーンが腕を振り上げる――そこへ、ほとんど動かなかったスタープラチナがフジツボに覆われた指を向けた。

 

流星指刺(スターフィンガー)‼︎』

 

突然スタープラチナの指が伸びてダークブルームーンを貫いた。

えええええッ⁉︎ スタープラチナってそんなことできるの⁉︎

もしかして、私が来なくても先輩ひとりで勝てたんじゃない?

 

「やっぱりテメーだ。刺身になったのは」

 

海流にゆっくり流されながら、偽船長がなにかを言っている。

 

「なにィ?聞こえねーな!水中だからよ、はっきり言えや!」

「力を吸い取られていたのに…力を指の一点にためるために……わざとぐったりしてたな……そ…そう考えてたな」

「違うね。俺が考えてたのは……テメーがやられたとき、小便ちびられたら水中だから汚ねえなってことだけさ。おっさん!」

 

偽船長はもうなにも答えず海底に沈んでいった。海中は静かになり、ただ泡の帯だけが漂っている。

 

「おお!2人とも無事だ!」

「よくやったぞ!」

 

浮上すると、みんなが安堵の表情で迎えてくれた。

ほぼほぼ私はなにもしてないけどね!

ホッとしたその時だった。船のあちこちで爆発が起こったのだ。……やってくれたな、あいつ。

 

ボートを降ろし、脱出するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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