ボートで脱出して、私たちは海を漂流していた。
体力の消耗を抑えるために、みんな静かに目を閉じている。
ふと、ポルナレフが言った。
「名前の方を呼んでいいか?実は“柏木”って発音しづれェんだよ」
「そうなの?もちろんいいよ」
「それならわしもかまわんかな?」
「私もいいだろうか?」
「ジョースターさんもアヴドゥルも、もちろん。呼びやすい方でいいですよ」
海外勢にはイマイチ発音しづらいのか……。早く言ってくれればいいのに〜。
「水を飲むといい。救助信号はうってあるから、もうじき助けは来るだろう」
そう言ってジョースターさんが、アンちゃんを励ました。この人の言葉はいつでも前向きで明るいんだ。きっとなんとかなると思える。
「なにがなんだかわからないけど…あんたたち、いったい何者なの……?」
「君と同じに、旅を急ぐ者だよ。もっとも、君は父さんに会いに…わしは娘のためにだがね」
不安そうなアンちゃんに、ジョースターさんが答える。
密航した船がこんな事になるなんて、この子も災難だ。無事に陸に戻してあげたいな。
飲んでいた水をアンちゃんが吐きだした。大丈夫?むせた?
「み、みんなあれを!見て!」
彼女の指さす先には、巨大な貨物船があった。音もなく、まるで突然現れたかのようだった。こんなに大きな船なのに。
とにかく救助が来たと船員たちは、降ろされていたタラップを、ホッとした表情で登っていく。
先輩は動かない。タラップが降ろされているのに、誰ひとり顔も見せないのを不審に思っている。確かに、変だ。
ポルナレフは、誰も乗ってないわけがない、たとえ全員がスタンド使いとしても、乗ると言って船に乗りこんでいった。もしも罠だったとしても打ち破る自信があるんだろうな。
ここまできて乗船しないわけにもいかない。
船に乗ると、その異様さがますますはっきりしてきた。静まりかえっている。
操舵室も、無線室も誰もいない。それなのに、計器や機械類は作動している。
「メアリー・セレステ号みたいだね」
思わずつぶやいた。
「なんだぁ、そりゃ」
「1872年にニューヨークを出港してジェノヴァを目指した船です。
数週間後、ポルトガル沖で無人のまま漂流しているのが発見された。
船内は荒らされた形跡がなく、食料も残っていたのに、船員は全員消えていた……真相は不明のままです」
ポルナレフの問いに、花京院くんが答えた。おおっ、花京院くん詳しいね。細かい部分は覚えてなかった。
「晶、この状況でそんな縁起の悪そーなモンを…」
「ごめん、つい。あれ?まだ温かい食事がテーブルに残ってたとかいうのは?」
「それは都市伝説ですね」
「そっか〜」
「だからおめーらなあ!」
「あはは、ごめんって」
うん、ちょっと不謹慎だったかも。
「おいッ‼︎ 誰かいないのかッ!」
「みんな来てみて。こっちの船室。猿よ。オリの中に猿がいるわ」
アンちゃんが見つけたのは、オランウータンだった。
生き物がいるってことは、世話してる人も近くにいるよね。このオランウータンは元気そうに見えるし。
手わけして探そうと甲板に出たとき、それは起こった。
「アヴドゥル!その水兵が危ないッ!」
ジョースターさんの警告は、間に合わなかった。
突然動き出したクレーンが、水兵の頭を刺し貫いた。
「うおおおっ??⁈」
叫び声があがるが、私は声も出なかった。先輩は、アンちゃんの目をふさいでいる。見ない方がいい、こんなの。
誰も触っていないのに、クレーンが動いた。
ひとりでにクレーンが、あの人を刺し殺した。……そんなわけない。どこかにいる。敵のスタンド使いが。
でも、誰もスタンドを見ていない。気配も感じなかった。花京院くんはハイエロファントグリーンを探索に伸ばした。誰かが隠れていてもこれなら見つけられるだろう。
ジョースターさんは船員たちに、船室で動かないように指示している。スタンド使いではない彼らでは、異常なことが起こっても対処できないからだ。
アンちゃんも怯えている。当たり前だ。ジョースターさんが、アンちゃんに目線を合わせて言った。
「君に対して、ひとつだけ真実がある。我々は君の味方だ」
そうだよ。みんなで守る。必ず、無事に陸に連れて行くからね。
アンちゃんも、船員と一緒の部屋へ待機してもらう。
ハイエロファントグリーンが調べても、やっぱり誰もいなかった。でも、あの船員を殺したのは、スタンド使いでもなければ無理だろう。
「……もう、この船を出るのはどうなんでしょうか?」
「逃げるってことか?晶」
「どこかに敵は潜んでいるんでしょうけど、ハイエロファントグリーンでも見つからないところに隠れてる。でも、相手はこちらを殺す気です。マジシャンズレッドで船を燃やして、救命ボートで本当の救助を待つ方がいいんじゃないかと……思うんですけど」
うう、なんか酷いこと言ってるかな。どこから攻撃されるかわからない船にいるより、マシな気がするんだけどなあ。
「ふむ、いいかもしれんな」
「少々乱暴ではありますが、僕たち力技の手札があるんですから」
「逃げるみてーで、ちょっと気に入らねえがな」
「承太郎はどこにいる?船員たちも呼んでこなくては」
あ、“火攻め案”採用された。ポルナレフ、戦術的撤退って言ってよ。
これ以上の被害をだす前に脱出しようと動きはじめたが――少し遅かった。
「え、なにこれ!」
「し…しまったッ!」
全員、壁や床から伸びたなにかに捕まり、体が沈んでいる。
「こ…この貨物船は⁉︎ ま…まさかこの『船自体』がッ⁉︎」
この船自体が巨大なスタンドだった。
「花京院、ハイエロファントグリーンをはなって承太郎に連絡を!」
「だ…出せない…。ガッチリ『スタンド』自体がつかまえられているッ!」
本当だ……スタンドが出せない。物質だけなら、スタンドをつかまえる事は出来るわけがない。
この船は、物質とスタンド、両方なんだ。
圧迫が強まっている。考えたくもないけど、このままだとつぶされるか切断されてしまう。
空条先輩は、アンちゃんや船員のみんなはどうなってる?
最悪の想像をしたその時、骨がきしむほどの圧迫が、急激に弱まっていった。同時に、船がその形を大きく変えようとしていた。
「ゲホッ、助かったのかぁ⁉︎」
「これは……」
「承太郎、やってくれたのか!さすがわしの孫!」
や、やばかった……。死ぬかと思った……。
先輩がスタンド使いと遭遇していたみたいだ。
船内から先輩とアンちゃんが出てきた。もう、その入り口も歪んでいる。
元のボートで脱出するしかないだろう。
「あれ?先輩、船員さんたちは?」
「殺された。スタンド使いはオリにいたあのエテ公だ」
「なんだとッ!」
「動物のスタンド使い……そんなやつもいるのか」
なんてことだ。みんな、殺されてしまった。
あんなに巨大な船が、見る間に縮んで小さなボロ船に変わっていった。
再び、救命ボートでの漂流。でも、出航したときにいた船員は、もう誰もいない。
波の音だけが、やけに大きく聞こえた。