ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、地下牢へ向かっておりますの。
……勿論、私自身がムショにぶち込まれるために歩いている訳ではありませんわ。
現在収容中のピンハネ嬢にこっそり会いに行くためでしてよ。
地下牢へは、私とドラン、そしてキャロルという安心安全の大聖堂ご一行で参りますわ。うっかり見つかってしまっても、キャロルが居ればいくらでも言い逃れできますものね。
……ということで、キャロルを先頭に地下牢を進むこと数分。
当然ですけれど、見張りの兵が居ましたわ。
「お勤めご苦労様です」
キャロルが一礼しながら通り過ぎますわ。
「え?あ、ああ、どうも」
兵士は『あれ?』みたいな顔をしながらも、聖女が聖騎士2人を引き連れて堂々と通り過ぎていくのを見送ることにしたようですわ。
夜間の地下牢の見張りなんて、大抵は下っ端の雑用ですわ。そして下っ端くらいなら、それなりの地位の者が堂々としているだけで誤魔化せますのよ。おほほほほ。
さて。
無事に地下牢への侵入を果たし、いよいよピンハネ嬢の牢の前まで参りましたわ。
そこにも見張りの兵が居ましたので、彼にはキャロル直々に『少し席を外してくださいませんか?』と真正面からお願いして退かしましたわ。
まあ、聖騎士が2人居る、ということで、信用はありますものね。下っ端の判断ですから妥当ですわ。
……そうして、いよいよピンハネ嬢の牢の前には私達3人だけとなり、牢の中のピンハネ嬢と相対することになりましたわ。
今のピンハネ嬢の何が問題って、完全に嘘とハッタリだけで生きていくしかないところですわ。
当然ですけれど、彼女が私に関して持っている情報って、碌に無いんですの。ギルドで私を売ってくれやがった時以来、何も情報は得られていないはずでしてよ。
ですから、彼女は今、国王に何も喋ることが無いんですわ!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの情報を出せ、なんて言われても、彼女には本当に何も出せることがありませんの!
……けれど、それを正直に言ったところで、信じてもらえるはずがありませんわね。国王としては『まさか何も持っていないという事はないだろう』くらいのつもりでしょうし……そもそも、情報を本当に何も持っていないと分かったならば、その時ピンハネ嬢の行き先は処刑台ですし。
ですからピンハネ嬢は『何も話せることが無い』のに、『何も情報を持っていない』とは言えませんわ。
よって、『何か情報は持っているけれど話しません』が彼女の最適解ということになりますわね。
……でも。
そこで彼女が、『何か話せることがある』と、どうなるかしら?
ピンハネ嬢が交渉材料を本当に持ったなら。
『何も話せない』状態を脱したら。
今の、『拷問が先か処刑が先かの延命』でしかない今の状況を打破して、王家に情報を流し始めると思いますの。
流石にこのまま無言を貫き通すことはできないと、ピンハネ嬢自身も分かっているはずですわ。
ですから、情報を手に入れれば、ピンハネ嬢はきっと話しますの。
……以上の仕組みを利用して、『大聖堂』が知り得ない情報を王家に流すことができるのですわーッ!
地下牢の中を進む、小さな光。
小さなランプに灯された控えめな灯りが真っ暗な地下牢の天井を照らして少しずつ進んで、それに合わせて鉄格子が落とす影もゆっくりと動いていって……どこか非現実的な光景ですわね。
暗闇を進む光というものは、暗闇の中で大層際立ちますわ。それから、かつかつ、と石畳を踏む3人分の靴音も、2人分の甲冑が擦れる重い音も。
……恐らく眠っていたであろうピンハネ嬢にも、誰かが近づいてくることが分かったのではないかしら。
「……アマヴィレ・レントさん。起きてらっしゃいますか?」
キャロルが小さくそう声を掛けた時にはもう、ピンハネ嬢はもう起きて、鉄格子の前に居ましたの。
「あれぇ?聖女さんじゃないですかぁ。どうしたんですかぁ?王様は?」
「国王陛下には内緒で来ました」
キャロルは打ち合わせ通り、国王に内緒で来たことは隠さずピンハネ嬢に伝えました。
『秘密の共有』。これって、互いに互いを信用しやすくなる効果がありますのよ。まあ、こちとらその秘密をバラされようが特に困りませんので、実質タダでピンハネ嬢の共感だけ得ているのですけれど。おほほほほ。
「内緒で?何の御用ですかぁ?あっ、もしかして私をここから出してくれるとかぁ?」
「そうしたいのは山々なのですが……」
キャロルは曖昧に困った笑みを浮かべて、ピンハネ嬢が冗談半分本気半分で言ってきたことをやんわりと脇に避けて……そして、さっさと本題に突入しますわ。
「あなたが持っている、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアさんの情報を教えて頂きに来ました」
「……それぇ、お昼にも言いましたけどぉ、私は無実で何にも知らないんですから話せることなんて何もないんですよぉ?」
ピンハネ嬢はそう言いつつ、注意深くキャロルを観察していますわ。
そりゃそうですわね。ここがピンハネ嬢にとっての大勝負。ここで本当に何も知らないなんて、純粋無垢な聖女様に知られてしまったら、国王に告げ口されてそのまま処刑台に上がることになりかねませんものね。
勿体ぶったような素振りを見せながら、ピンハネ嬢はそう言って……ちら、とキャロルを見ましたわ。
「それとも、王様に内緒で来た、っていうのは、何かあるからなんですかぁ?」
要は、情報があるなら先に出せ、と。そう言って、ピンハネ嬢はキャロルの反応を待っていますの。それを受けて、キャロルもまた、そっと周囲を窺って……背後に控えている私とドランと頷き合ってから、そっと、ピンハネ嬢に囁いたのですわ。
「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアさんは、戦争を起こそうとしている。……違いますか?」
キャロルがそう囁いて、たっぷり数秒。
勿体ぶるように頷いて、ピンハネ嬢は言いましたわ。
「……やっぱりぃ、知ってる人が居るんじゃないかと思ったんですよぉ」
あっ、やりましたわ!釣れましたわーッ!
やりましたわ!釣れましたわ!ピンハネ嬢ったら、嘘に話を合わせてきやがりましてよ!
全く!『やっぱりぃ、知ってる人が居るんじゃないかと思ったんですよぉ』じゃなくってよ!この知ったかぶりっこが!そんな話、知ってる人なんてこの世に居ませんのよ!あるはずの無い話を知ってる人が一体どこにいますのよ!本当にしれっとこういう出方をしてきますのよねえ、こいつ!
ピンハネ嬢のこの出方はむしろ想定内ですから、むしろ助かるのですけれど……でもそれとは別に腹は立ちますわね!
「ああ、やっぱり……!どうしてそんなことを……!」
「だからぁ、止めておいた方がいいって私はぁ、言ったんですけどぉ……」
キャロルが手で口元を覆って悲嘆に暮れるのを横目に、ピンハネ嬢もなんとなく曇った表情をしていますわね。ええ。話と同時に表情も合わせてきましたわ、こいつ。
「戦争なんて……そんなことが起きたら、多くの人が犠牲になってしまいます!」
キャロルは悲痛な声を上げて、ピンハネ嬢に向き合いましたわ。
「私は戦争を止めたいのです。あなたが知っている情報を教えてはいただけませんか?」
そして、ピンハネ嬢が今、一番困るであろう言葉を投げかけたのですわ。
「えぇー、どうしようかなぁー」
ピンハネ嬢は内心、綱渡りでしょうねえ。彼女としては何も知らないのですから、大ピンチですわ。
でも、上手くすればキャロルから情報を得られる。これってピンハネ嬢からしてみれば大チャンスでもありますのよね。
まあ、そのチャンス、私が釣り竿の先につけて垂らしているだけのものなのですけれど。
「どうか教えて下さい!アマヴィレさん!」
「えー、だってぇー、教えたってぇー、私が何の得をするんですかぁー?」
「そんな……どうか、ご協力頂けませんか?あなたが知っていることを教えて下されば、多くの命が救われるかもしれないのです!」
キャロルがそう悲痛な声を上げるも、ピンハネ嬢はだんまりを決め込んでいますわね。まあ、喋れること、なにもありませんものね。
……そうしてそのまま膠着状態が1分と少し続いたかしら。
先に折れるのは、当然、キャロルですわ。
「……もし話せないと仰るのなら、私が持っている情報が正しいのかどうかだけでも、教えていただけませんか。多くは望みませんから」
「そういうことなら……まあ、いいですけどぉ」
ほーら!また釣れましたわよーッ!今宵は大漁ですわね!一本釣りし放題ですわーッ!