ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、選手控室に居た連中にピンクスライムをけしかけたところですのよ!
連中は気づいていないでしょうけれど、控室の上の部屋はピンクスライムでミッチミチのムッチムチですわ!床のヒビからスライムが落ちていくのも時間の問題ですわねえ!
さあさあ!装備の力だけで勝とうとしていた貴族のボンボン共はどうするのかしら!?楽しみですわ!おほほほほほ!
とりあえず、ピンクスライムの放流が終わったらさっさとトンズラしますわよ。
お兄様が窓を溶かしたり床にヒビを入れたりなさったのは、ピンクスライムが外から入ってきた、という建前を作るためですもの。そこにいつまでも私達が居たらどうしようもなくってよ!
私とお兄様はピンクスライムでミチミチになった部屋から出て、さっとドアを閉めてしまいましたわ。
部屋の中にはピンクスライムの餌となるような、人間が着用した後の衣類なんかを置いておきましたから、きっと中ではもっとピンクスライムが増えていますわね。ええ。
「ひとまずここを離れましょう。結果を知るのは後でよくってよ」
「うむ。そうだな。……ドランが戻っていることは確認しておきたい。観客席を見てきてくれるか」
「ええ。お兄様は?」
「私はもう一仕事だ。その後もピンクスライムの騒動に紛れてもう少し会場に小細工をしていく」
あら。それは楽しみですわね!
ではお兄様の方はお兄様にお任せして、私は観客席に戻ることにしますわ!
「お帰り。……何やってきたの?」
「貴族のボンボン共を全裸にする下準備ですわ」
観客席に戻ると、キーブに早速怪しまれましたけれど、それは置いておくとして……ええ。ドランはちゃんとこちらに戻ってきていましたわ。
「ドラン。あなた、控室に忘れ物は無いかしら?」
「ああ。特にない」
そう。なら大丈夫ですわね。
……うっかりドランをピンクスライムの波に巻き込んでしまうと、彼がフルフェイス甲冑を着ている意味がなくなりますものねえ……。ここだけはしっかりしておかないといけなかったんですのよ。おほほほほ。
「なら、後は待つだけですわね!」
「全裸にするって……何してきたの?」
「ちょいとピンクスライムを仕掛けてきただけですわ!」
キーブとジョヴァンが『うわあ』というような顔をしていますけれど、チェスタはケラケラ笑うだけでしたわ。こういう所に性格って出ますわよねえ。
「……あ、そろそろかしら」
さて。私達が選手入場口の方を見ていると……そこから、装備を半分溶かされた選手が何人か逃げてくるのが見えましたわ!
大成功ですわね!
……当然ですけれど、突然のピンクスライム大量発生によって、武道大会は一時中断となりましたわ。
スライムの対処って、ちゃんとスライムと戦ったことがある者でないと難しいんですの。冒険者達は結構上手に対処して逃げてきたようですけれど……装備に頼っていた貴族のボンボン共は、ピンクスライムに取りつかれて装備を半壊させられていましたわ。
更に酷い例になりますと、ピンクスライムが一気に天井から降ってきた直後に逃げなかった愚か者については今も尚、控室の中でピンクスライムの中に取り込まれているそうですわ。
ピンクスライムって基本的に人間の装備と草しか食べませんの。ですから人命には関わりない事ではあるのですけれど……まあ、一応、救助隊が結成されて、取り残された選手を救出しに行くことになったようですわね。
……ええ。この場って、戦士の数には困りませんもの。
当然のように、救助隊は選手達で結成されましたわ!私も働かされることになりましたわ!まあ仕方ありませんわね!仕方ありませんから控室で無様な格好になっている貴族連中を拝みに行きますわ!
「スライムは火を恐れる傾向にある。火の魔法が使える者で前列を固めたい。誰か、火の魔法を使える者は」
……さて。私達選手はステージ上に集められて、そこでちょいと腹立たしいことに、クリス・ベイ・クラリノの指揮の下、隊列を組んでいるところですわ。
ええ。実に腹立たしいですわね。なんでこいつですの?まあ分かりますけれど!分かりますけれど!
「僕、魔法が使えます!」
さて、クリスの呼びかけには早速、リタルが応じましたわね。水の魔法だけでなく、火の魔法も使える、ということのようですわ。
「僕も。少しだけなら」
一方でキーブもさっと挙手しましたわ。えらいですわねえ……。
「私も使えましてよ」
さて、私も立候補しておきますわ。キーブが目ン玉かっ開いてますけれど、ええ、仕方なくってよ。ここで名乗り出ないと、今後、試合中に火の魔法を使えませんもの。手の内晒すようで癪ですけれど、後からギャーギャー騒がれるのは御免ですわ。
私はさっさと前列に進み出て、ちゃっかり一番端っこ、キーブの隣に陣取りましたわ。
「……出てきてよかったの?」
「ええ。仕方ありませんもの。何かあったらよろしくね」
キーブと2人だけで聞こえる音量で会話しつつ、私は……前列に出てきた理由の2つ目を果たすべく、クリスを観察しますわ。
そう。私が前列に出てきたのは……クリス・ベイ・クラリノの観察をするため。
そして、隙あらば彼にもピンクスライムを引っ付けてやるため、ですわ!
「火の魔法を使える者はもう居ないか?……なら仕方ない。これより、選手控室方面の制圧を行う!標的はピンクスライム、数は推定で100余りだ!室内での駆除剤の使用は控え、可能な限り外に追い出してから駆除剤を散布する。そのため、今回は火魔法でスライムを囲んで窓まで誘導していく。もし火魔法の範囲から逃れたスライムがいれば、適宜駆逐していけ!」
クリスは流石に職業軍人なだけはありますわねえ。こういう時の指揮官役もバッチリ、ということのようですわ。
これをステージ上でわざわざやっているのは……他に集まる場所が無かったから、というよりは、この勇ましい指揮官の姿を民衆に見せるため、なのでしょうね。
クリスは見目も悪くは無いですし、それなりの実力も地位もありますわ。彼ならば『英雄』としてぴったりかもしれませんわね。
……まあ、その『英雄』には尻を出して頂きますけれど!
「私も前列で火の魔法を使用する。何かあった場合、後列の……ダクター・フィーラ・オーケスタ殿下に指揮を一任する」
さて、更にここで、ダクター様の登場ですわ。
王族がこうして一般人と交ざって武道大会に出場している、というだけでもそれなりに好感が持てる対応ですけれど、更にここでスライム討伐にまで参加しているともなれば、ダクター様の人気も上昇することでしょうねえ。ええ。勿論彼にも尻を出して頂きますけれど!
「以上だ。何か質問は。……無いようだな。ではこれより、突入する!各自、注意を怠るな!」
さてさて。いよいよピンクスライム駆除隊は進軍を始めましたわ。
そこでどんな悲劇が待ち受けているかも知らずに、ね。おほほほほ。
「さて、念のため、駆除剤を自分に使っておきましょうか」
私は他の者達にも見えるように、自分にスライム駆除剤を吹き付けておきますわ。
それを見ていた貴族連中は私を馬鹿にしたような目で見ましたけれど、冒険者達は私に倣って、駆除剤を自分の装備に撒き始めましたわね。
……こうしておけば、装備に取りついたスライムは死にますから、装備が駄目になることは無い、という訳ですの。金持ち貴族ならまだしも、貧乏その日暮らしの冒険者にとっては当たり前の対策ですわね。
ただ……この駆除剤、独特の匂いがありますし、ちょっとヌルッとしますから、まあ、あんまり使いたくない代物ではありますわね。ええ。ですから貴族連中は駆除剤を自分に使う気は無いようですの。
「あの、僕にも駆除剤を分けて頂けますか?」
でも、リタルは違ったようですわ。
リタルが駆除剤を求めてやってきましたので、私は黙って瓶を差し出しておきましたの。するとリタルは周囲の貴族、何なら自分の親戚達からも奇異の目で見られながら、駆除剤を被っていましたわ。
……彼、本当に逞しくなりましたわねえ……。
さて。
準備も終わったところでいよいよ進軍が開始しましたわ。
クリスを先頭にやってきた私達は、選手控室のドアを開けましたの。
……ええ。『たかが』スライムの駆除ですもの。大して問題は起こらないはずでしたのよ。
だからこそクリスは前列に自ら出てくるような真似をしたのでしょうけれど……甘いですわ!
ドアを開けた瞬間……とんでもない量のピンクスライムが、溢れ出てきましたのよ!
「なっ!?なんだこの量は!」
ええ。常識を超えた量のスライムが居ますわね。部屋の中で分裂を繰り返しただけじゃあこうはならないだろう、という量のスライムが。
……それもそのはずですわ。今、お兄様がピンクスライムの補充を行っておいでですもの。部屋がミッチミチになって尚注ぎ込まれるピンクスライムに、部屋はパンク寸前だったのですわ!
それのドアを開けたらどうなるか……簡単ですわね?
……とんでもない勢いで、スライムが飛び出してきますのよ!
「火を!」
クリスはそれでも、冷静でしたわね。スライムが飛び出してくる中でもちゃんと火の魔法を使って、スライムをこれ以上漏らさないようにしていますわ。
クリスの横ではリタルやその他大勢の魔法使い達が、火の魔法を使ってはスライムを押し留めようとしていますの。
当然、私も火の魔法を使って私とキーブを重点的に守っていますわ!
クリスも立派に、自分の持ち場の守りを薄くするようなことはしなかったのですけれど……。
……残念なことに、その時には既に後列が、ピンクスライムにやられていましたのよ。ええ。
お兄様の仕掛けは上々でしたわね。
控室だけでなく、控室の2つ隣の部屋の天井も破って、そこからもピンクスライムが雪崩れるように仕組んでおいででしたのよ。
すると当然、ピンクスライムは控室以外のドアからも溢れ出てくることになりますから、火の魔法が使える者を控室前に集合させていた以上、後列が駄々崩れになるのは必然ですわね。
「な、何があった!?」
「後列がやられたようですわ!別の部屋からもスライムが溢れていてよ!」
クリスの顔がさっと青ざめるのが見えて中々よろしいですわね。間近でこの様子を見られたのですから、前列に来た甲斐があったというものですわ。
……それから。
この混乱の中ですから、誰が何をしようと、バレやしませんのよ。
というところで、前列にわざわざやってきた私の本領発揮ですわね。
慌てず騒がず、飛び出してきたピンクスライムをさりげなく1匹引っ掴んで、クリスのケツに投げつけてやりましてよ!
「な、なんだっ!?」
さて、クリスは前からも後ろからも出てくるスライムに集中していて、まさか自分の尻が攻撃されるとは思っていなかったわけですから、対応が当然、遅れますわね。その間にもスライムは次々に溢れてくるわけですから、まあ、手に負えるものじゃなくってよ。
スライム相手ですから、剣では不利。魔法を使える者は前列に集中している状況。後列に居た王子含め貴族のボンボン達は次々にスライムの餌食になっている喜劇。
……これらを前にしたら、クリスは決断するしかありませんわね。
「もう持ちこたえられない!駆除剤を使え!」
はい。ピンクスライムはその少々が駆除剤によって弾け飛び、残りはぴゃーっ、と窓から逃げていきましたわ。
……そしてあとに残されたのは、ピンクスライムの死体であるでろでろした粘液に塗れた控室と廊下と選手一同。
控室に取り残されていた者なんかは、もうすっかり装備を溶かされて悲惨な状況になっていますわ。全裸ですわ。まあお肌はすべすべになっていると思いますけれど。
更に、後列の方に居た者達の被害も甚大ですわね。大抵は装備をやられていますわ。ピンクスライムの食欲というか趣味への志の強さというかは本当に馬鹿にならないものですわね。
更に、そんな彼らもピンクの粘液に塗れた状況ですから……まあ、到底、勝利を収めた、とは言い難い状況でしてよ!
結局、武道大会は翌々日まで延期になりましたわ!
そりゃあそうですわね。掃除が大変ですもの。スライムを駆除剤でやってしまうと片付けが大変なんですのよねえ……。
……ちなみにその掃除、ですけれど、実は簡単な方法はいくつかありますの。
大人しいアオスライムを大量に連れてきてスライムの粘液塗れのところに放しておくと、粘液を勝手に食べて……いえ、粘液と勝手に同化して、部屋を綺麗にしてくれますのよ。私も最近発見したばっかりですわ。
勿論、そんな有益な情報を教えてやる義理はありませんから、王家の召使いや運営に携わっている者達に掃除は任せることにしますわ!頑張ってお掃除なさいね!おほほほほほ!
……そして。
スライム駆除剤をあらかじめ装備に吹きかけておいたために装備が無傷の私達や他の冒険者達の横で、スライム駆除剤を使わなかった貴族連中が慌てふためいていますわ。まあ、装備に頼っていた連中が装備を失ったら、そりゃあ慌てますわよね!
貴族連中が駆除剤を自分に掛けたがらなかった理由は分かりますわ。ヌルッとしてますし、独特の匂いがありますし。私だって、スライムがあふれ出てくると知らなかったら、スライム駆除剤は使わないで済まそうとしたでしょうしね。
でも、今回は駆除剤を使っておいた者の方が賢かった、ということになりますわねえ。おほほほほ。
……装備を喪った貴族の中には、今回の指揮を執っていたクリスへ文句を言う者も居ましたわ。クリスとしても、たかがスライムと侮って慎重さを欠いた進軍をしましたから、責任はあると感じているのでしょうね。言い返すことも出来ずにいますわ。
そして、そんなクリスも、装備がピンクスライムの餌食になっていますのよ。私がピンクスライムを投げつけてやったあたりが。つまり、臀部が。
……流石に貴族ですから、従者がマントを持ってきたりしていて、尻が衆目に晒された時間は短かったのですけれど……尻どころじゃなかったダクター様やその他大勢の貴族達には、深く深く、心の傷が残ったことと思いますわ!
ざまあ見やがれ、でしてよ!
こうして、武道大会トーナメントは、スライム騒ぎで一時中断されるという不名誉な幕開けになりましたの。
このスライム騒ぎでクリスには責任を擦り付けられましたし、奴らを酷い恰好にしてやれましたし、装備頼りの貴族共からは装備を奪ってやれましたし。
私、大満足!ですわ!
でも、満足して終わるのは二流ですわね。次の満足を目指して邁進するのが一流ですわ。
そしてフォルテシア流ですと、この満足をもうちょっとばかり引っ張りますの。
「はいはい、じゃあこちらの鎧。守りの魔法がたっぷり彫りこんである逸品を、黄金貨2枚から!」
無様に装備を食べられた貴族達からよりたっぷり絞るべく、ここでジョヴァンに稼いでもらうことにしますわ!