没落令嬢の悪党賛歌   作:もちもち物質@布団

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15話「交代ですわよ!」

 私とキーブが見守る先で、ドランは数多の兵士達に襲い掛かられ……。

 ……ドランに迫った兵士達が吹っ飛びましたわ。

 包囲の一角が崩れてしまったら、もうそれは包囲の意味を成しませんわね。

 ドランはさっと包囲の外に出ると、外側から兵士達を相手に立ち回りはじめましたわ。

 千切っては投げ。千切っては投げ。そういう表現が相応しいような戦いぶりですわねえ。

 ……彼の戦いを見て、私、思い出しますわ。彼とジョヴァンとチェスタが、私を護送中の馬車を襲って救出しに来た時のこと。

 あの時も人間離れした戦いぶりで、大量の兵士を仕留めていましたわねえ……。

「……うわ、なんだよ、全然心配要らないじゃん」

「ええ。ドランは流石に裏世界で長年やってきているだけの能力がありましてよ。人を攻撃することに躊躇いもありませんし」

 こういう武道大会といった『できるだけ不殺』を掲げた場でも、人を攻撃することに躊躇いがある人は大勢いますわ。……というか、人間としてはそれが当たり前なのでしょうね。人は人を傷つけることを躊躇うようにできているのですわ。それをかなぐり捨ててしまえる者は強いですけれど……確かに、人間じゃない、のかもしれませんわね。ええ。

 ま、そういうドランはもう今更殺人が何だというような生き方していますから、人を攻撃することに躊躇いは無くってよ。

 そして、戦いの場に出たことのない、人を傷つける葛藤なんてまるで感じたことのない観客からは……ドランの異常なまでの躊躇いの無さは、きっと、鮮やかな武技に見えていますのね。

 

 

 

 兵士がどんどんやられていくのを見て、クリスは流石に焦りを隠せなくなってきましたわね。

「楽しいな。この『試合』は」

 ドランは兵士をまた1人ステージの外へ蹴落としながら、そう言って何とも悪どい笑みを浮かべましたわ。

「さて、随分と楽しませてもらったが……次は、貴様が楽しませてくれるんだろうな?クリス・ベイ・クラリノ!」

 ドランが牙を剥くように笑ってそう叫べば、観客席は大層盛り上がりましたわ。

 人狼という非現実的な存在。ステージ上に兵士が立ち並ぶ演劇めいた筋書き。そしてその兵士達があっさりとドランに倒されるという、また非現実的な光景。

 ……これらによって観客は、現実感をすっかり失っていますのよ。目の前の出来事を、仕組まれた演劇の一幕だと錯覚してしまっていますの。

 観客席とステージの間には、大きな隔たりがあるのですわ。

 ……そして、観客席の者がステージ上の演者の心を理解できないのと同じように、ステージの上の者はやはり、観客の心が分からないのですわ。

「黙れ、人狼!貴様の行動は国家への反逆だぞ!?」

「反逆だと!?笑わせる!今まで散々罪のない人狼を殺してきた貴様らに誓った忠誠など元より無い!」

 やはりどこか演劇めいて見える舞台の上、ドランはクリスを挑発するように言葉を重ねて……倒れた兵士達などまるで無視したまま、ただクリスに向けて身構えてみせましたわ。

「さあ、剣を抜け。どうした?さっきの威勢はどこへ行った?」

「貴様……!」

 さあさあ、観客はいよいよ盛り上がって、一方でクリスは追い詰められていきますわ。

 戦わずしてドランを排除しようなんて、ちょいとこっちを舐め腐りすぎでしたわね。

「それとも、俺に勝てる自信が無いのか?」

 ……結局、ドランの一言がクリスの中の何かをプツリと切ってしまったようですわね。

 

 

 

 クリスとドランが衝突しますわ。

 クリスは剣で。ドランはその肉体1つで。

 ……けれど、クリスの装備がどんなに立派でも関係なくってよ。怯えの見えるクリスの剣と、迷いのないドランの拳。どちらが勝るかは結果を見るまでもありませんわ。

 ドランが懐に潜り込めばクリスは後退し、クリスが苦し紛れに攻撃すればドランはひらりとそれを躱し。

 ……2人の内、どちらが勝つかなんて、誰の目にも明らか。それでも歓声が止まないのは……このよくできた『演劇』を、楽しんでいるから。

『演劇』の一番盛り上がる瞬間……『悪役』が倒される瞬間を、皆が待ち望んでいるからですわ。

 

 ……でも。

「駄目です!止めてください!」

 そこへ、『演劇』をぶち壊す闖入者がやってきたのですわ。

「クリス兄様!落ち着いてください!……ドランさんも!」

 リタルはたった1人ステージに駆け寄って、そう声を上げましたの。

 

 

 

 リタルがステージの上によじ登ってきたのを、クリスもドランも、ぽかんとして見ていましたわ。そりゃあ、両者共に予想外の闖入者だったのでしょうし。

 周囲に居た兵士達もリタルに驚いていましたけれど、リタルがステージによじ登って、その上でクリスへ向かって行こうとするのを見て、ようやく羽交い絞めにして止めますわね。自らの主がステージの上で無様に戦っている様子を見て何を思っているのか、とりあえずは邪魔が入らないように、ということでリタルをステージの端でなんとか止めたのでしょうけれど……。

「クリス兄様!誤解です!ドランさんは悪い人じゃありません!」

 体を押さえつけられていても、リタルの言葉までは止められませんわね。リタルは必死になって声を張り上げましたわ。クリスだけでなく、会場のすべての人々に聞かせようとしているように。

「どうしてクリス兄様はそんなに人狼を狙うのですか!彼は何もしていないのに!」

 

 どうして、なんて、答えられるはずがありませんわね。

『人狼だから殺す』。それだけしか考えていないクリスに、その先の理由付けなんてできるはずがありませんもの。

 そうですわ。そもそもその先に、理由なんてありませんのよ。人狼へ全ての恨みを向けさせたかつての王家の、チンケな思惑がそこに残っているだけですわ。

 ……だから、クリスはリタルの言葉を聞いて、答えられませんの。

 でも、ここで『答えられない』なんて、クリスにとって、許されることではないのでしょうね。

 

「……そうか。お前も人狼の仲間か!」

「え?」

 クリスは困惑するリタルを一睨みして……。

「ならば死ね!」

 ……押さえつけられて身動きの取れないリタルへと、剣が振り下ろされましたわ。

 

 

 

 ばっ、と飛び散る鮮血。鮮やかな赤は、観客に悲鳴を上げさせましたわ。

 今まで、観客達は『武道大会』しか見ていませんでしたもの。『殺し合い』なんて、見ていなかったのですもの。

 人が人を深く切りつける、その瞬間はさぞかし刺激が強かったことでしょうね。

 さあ、目ン玉かっ開いてごらんなさい。よく覚えておきなさい。

 見世物ではない戦いは、これほど見苦しく血生臭いものなのですから。

 

「……余所見をするな。お前の対戦相手は俺だろう?」

 クリスの剣は、リタルを庇ったドランを切り裂いていましたの。

 

 

 

「ドランっ」

 キーブが飛び出していこうとするのをまた私は引き留めて、考えますわ。

 ……もし。

 もし、リタルが裏切った結果がこれなら、もうどうしようもありませんわ。私の存在だってとっくに把握されていて、その上でリタルがステージの上で小芝居を打っている、ということになりますもの。

 でも。

 ……これはそうじゃあないと、私は思っていますのよ!

 

 選手のための予備として用意されていた弓と矢を手に取ると、すぐ、矢をつがえましたわ。

 狙うのは……ただ一点。

 クリスの頭?いいえ、違いますわ。

 リタルを羽交い絞めにしている兵士。そいつのガントレットを狙って、私は矢を放ちましたの。

 

 

 

 矢が鎧の一部、手甲の板金に勢いよくぶつかって、凄まじい音を立てましたわ。

 その瞬間、クリスの張りつめた意識はそちらへ散らされ……その隙に、リタルが動きましたの。

 ガントレットを矢に打たれた兵士は、思わずリタルを放していましたわ。その隙に、リタルは動いて……今度こそ、ドランを庇うように、クリスの前に立ちましたのよ。

 これでクリスの動きは止まりましたわ。目の前に立つリタルと、血を流すドラン、そして……どこからともなく矢を放ってきた『何者か』。クリスの周りは敵だらけですもの。疑心暗鬼のビビり野郎には中々辛い状況ですわねえ?

 ……そして、ビビり野郎がビビってくれているのなら、私達の優雅な出場も十分に可能、ということになりますのよ。

 

 

 

「決勝戦が乱闘になるなんて聞いてないけど?」

 キーブが軽やかに歩いてステージへ向かえば、クリスはそちらへ意識をやりますわ。

 突如として現れたキーブの姿に、観客席も沸き立ちますわね!

「とりあえず、彼は負傷者だ!誰か、救護を!」

 キーブがドランに肩を貸しながらそう叫べば、救護班はおろおろするばかりでちっとも動きやしませんわ。

「こちらへ!私が救護します!」

 けれど、貴賓席から飛び出してきたキャロルが、誰よりも先にドランの下へと辿り着きましたわ。これには国王もクリスも驚いたでしょうね。聖女ともあろう人が、人狼へと駆け寄るなんて、と。

 ……でも、そう驚くなんて、あまりにも周囲が見えていなくってよ。

 

 キャロルとキャロルの護衛の聖騎士達(こっちはモノホンですわよ。ただし私達と知り合いの元・冒険者崩れですけれど)に連れられて、ドランはステージを降りていきますわ。

 ……けれど、退場の前に、彼は一言、会場へ言葉を投げかけましたのよ。

「……俺が、怖いか?」

 ステージ上ではなく、観客達へ。どこか寂し気に聞こえるその言葉は、会場を静まり返らせるに十分なものでしたわ。

「俺が怖くても構わない。人狼を恐れることを、否定しは、しない」

 静まり返った会場の中心で、ドランは皆の視線を一身に受けて語りますわ。……リタル(人間)をクリス(人間)から庇ったせいで負った深い傷から、人間と同じ赤い色の血を流しながら。

「人狼が人を傷つけることもある。殺すことだって、あるだろう。だがそれは……人間と、同じ、というだけだ」

 

 

 

 リタルに恩を着せるでもなく、クリスを糾弾するでもなく、ただそれだけ言ってドランは退場していきましたわ。

 悪党にしては、あまりにも大人しい退場ですわね。まあ、ドランらしくていいんじゃありませんこと?彼が本当に主張したかったことを主張して、彼が一番望んでいることを人々に訴えかけられた。復讐のふの字も無いところは少々の減点になるかもしれませんけれど……まあ……そこも含めて、彼らしくていい、ですわ。

 ……キーブじゃないですけれど、本当に悪党に不向きなのは、私よりもドランなのではないかしら。

 彼は悪党になりたくてなったわけではありませんもの。仕方なしにこの道へやってきてしまった者ですから……ね。

 

 観客席はドランの言葉をどう受け止めたのかしら。

 ……まあ、説得力は絶大ですわね。

『人間を傷つけることもあれば殺すこともある。それは人間と同じ』。ええ。とっても説得力がありましたわ。

 そう。人狼が人間を傷つけ、人間を殺すことよりも、きっと、ずっと……人間が人間を傷つけ、人間を殺すことの方が、多いですわね。

 

 例えば、今、ステージの中央で立ち尽くしているクリスなんて、そのいい例じゃあありませんこと?

 

 

 

「……で、どうすんの?これ。僕はこのまま続行でもいいけど。そこの人は武道大会、続ける気、あるの?」

 さて、キーブがそう切り出せば、クリスはようやく反応しましたわね。

「それ、は……」

 ええ。クリスの頭なら、冷静に考えれば十分に分かるはずですわよ。

 今から人狼狩りを申し出ても民衆には受け入れられないだろうということ。

 今の会場は間違いなくドランおよび人狼の方に感情移入してしまっているということ。

 そして、今、この会場で『悪役』なのは、間違いなく自分の方だということも、ね!

「……当然、だ。続行しよう。先程はつまらない諍いを……いや」

 そうですわね。さっきのを『つまらない諍い』だなんて言ったら敵が増えますわね。流石、クラリノ家の優秀なご子息。ご聡明であらせられますわぁ。

「会場の清掃が終わったら、君達の方の準決勝を再開しよう」

 クリスはそう言うと、ステージの上から去ろうとしますわ。

『勝った方が自分と決勝戦だ』とは言わないあたりが中々卑怯ですわねえ。まあ、その小賢しさ、嫌いじゃなくってよ。

「クリス兄様!」

 呼び止めるリタルの声も振り切って、クリスはステージを下りていき……。

「……ああ、だったらいいや。僕、棄権するから」

 キーブの投げやりな言葉に、足を止めましたわ。

 

「……棄権、だと?」

 ざわつく会場と動揺するクリス。そしてキーブは、にやにやと笑って言うのですわ。

「そう。棄権する。流石に分が悪いっていうか……まあ、ただの冒険者の僕にはちょっと荷が重いかなって」

「どういうことだ」

「まだ分からねえの?『主役は譲る』。そういうことだよ。……ほら、てめーもだよ」

 クリスがキーブの言葉の意味を理解するより先に、キーブはまだステージの上に居たリタルを引っ張ってステージを降りていきましたわ。

 

 

 

 ……そして。

 困惑するクリスだけが取り残されたステージを臨む会場中が大いにざわめく中。

 カツカツと靴音を鳴らして、控室から出てくるのは……私ですわ!

 

 

 

「おほほほほほほ!滑稽ですわねえ、クリス・ベイ・クラリノ!さあ、観念なさい!この決勝戦があなたの処刑場ですわ!」

 私は高笑いしながら、キーブの反対側の通路を使ってステージ上へと向かいましたわ。

 一歩一歩、私が成敗すべき『悪者』に向けて迷いなく足を進めていきながら……仮面を投げ捨て、マントを脱ぎ捨て。ステージの上に現れた私の姿にクリスは慄き、国王は慄き……そして、観客席からは、わっと歓声が上がりましたわ!

「会場の皆様、ごきげんよう!……ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!」

 

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