没落令嬢の悪党賛歌   作:もちもち物質@布団

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18話(間奏:王城の会議室にて)

 国王は頭を抱えていた。

 どうしてこうなってしまったのだろうか。英雄を生み出すはずの武道大会は、犯罪者がその存在を誇示するだけの結果に終わってしまった。

 この国の英雄として祀り上げるに相応しい貴族の戦士達はあまり良い結果を残せず、貴族の中で最も優れた成績を残したクリス・ベイ・クラリノについてもまた、圧倒的な敗北によってその存在感を薄れさせてしまっている。

 ……全ての元凶は、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア。

 革命家を気取り始めた、凶悪犯罪者その人である。

 

 

 

「……民衆はすっかり革命家気取りに流されているようだな」

「は、はい。残念ながら……」

 今回の武道大会で、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが齎した損害はあまりにも大きい。

 民衆の前で国王を糾弾し、フォルテシア家の悲劇を切々と語り、果ては、革命を起こそうだなどと宣った。

 ……民衆達は残念ながら、悪魔の甘言に惑わされ始めている。

「嘆かわしいことだ。この国が今日まで平穏であったのは全て統治者の力故であるというのに」

「全くもってその通りで……しかし民衆というものは愚かであるもの。安定を停滞と思い、破滅を変化として喜ぶような、そんな連中です。そのような連中には当然、能力ある統治者が必要でしょうとも」

 大臣の言葉を聞いて、国王は深く頷いた。

 民衆など、革命家気取りの犯罪者の言葉に惑わされる程度の頭脳しか持ち合わせていないのだ。だからこそ先導者が必要であり……その役目に就くのは、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアなどではなく、国王その人でなければならない。

 

 

 

 だが、国王がそう決意を新たにしたところで、状況は何も変わっていない。状況は依然として、厳しいところにある。

「大聖堂からの声明があったそうだな」

「はい。こちらに」

 大臣から手渡された書簡を開けて中を見てみれば、そこには聖女キャロルの筆跡で、実に恐ろしいことが書いてある。

 それは、『罪なき人狼の保護』。

 そう。大聖堂は王家に反発し、魔物の保護を始めるなどと宣言したのである。

 

「人狼を保護する、という内容の声明ですね。……如何なさいますか」

「……これは、武道大会に紛れ込んでいた人狼のせいか」

「そのように思われます。あの人狼の言葉は、反王家の立場をとるものでした。そして今回はその後にヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの革命宣言などが重なり……嘆かわしいことに、人狼の言葉にも共感してしまった者が多いのかと。また、例の人狼ですが、大聖堂によって保護されている模様です」

「そうか……まさか、聖女までもが惑わされるとは思わなかったが……」

 国王はまた早速、頭を抱えたい気持ちになる。

 大聖堂の聖女が今までにない人気を背負って新しく就任してからというもの、王家は大聖堂へ擦り寄るように動いてきた。それは、大聖堂が王家よりも民衆の心を集める立場となってしまったからであり、王家の度重なる不運のせいで失われた信頼を取り戻すためでもあったのだ。

 ……だがそれも水の泡である。

 大聖堂は人狼の保護を打ち出したことによって、完全に王家と対立する立場をとった。最早、王家の立場など知ったことかと言わんばかりの暴挙である。

 聖女にはそれなりによくしてやった覚えがあるだけに、国王としては裏切られたような思いである。

 ……民を導く立場の大聖堂がこのような動きをしているのでは、この国もいよいよ危うい。これは、大聖堂をどうするかも考えなければなるまい。

 

「どうする。大聖堂を潰すか」

 国王の言葉に、王子王女や貴族の面々はざわついた。

 確かに大聖堂は目障りだ。だが、潰すともなれば、流石に民衆が黙ってはいないだろう。

 貧民如きに何ができるか、とも思うが、羽虫も集まれば獅子を殺すこととてあり得る。下手に民衆を刺激したくはないが……。

「潰すかは別としても、放っておくべきではないでしょう。このまま放っておけば、大聖堂は人狼の保護だけではなく、革命にすら手を貸す可能性もあります」

 王子ダクターの言葉に、皆がはっとする。

 ……今回の武道大会の中で行われた忌々しい演説2つのせいで、人狼保護と革命の動きが大きくなっている。

 更に質の悪いことに、その2つは手と手を取り合いかねない内容なのだ。

 人狼は人狼保護を訴えると同時に、人狼狩りを行ってきた王家への反発をも表明している。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの望む『革命』とは非常に親和性が高い。

 であるからして、大聖堂もそうなる可能性がある。

 人狼の保護に始まり、徐々に大聖堂が汚染され……やがて、この国を覆さんとする可能性が、確かに存在しているのだ。

 

「大聖堂を攻撃するべきではありません。先手を打ちたいところですが、『王家が先に手を出した』などと言われてはいよいよ打つ手が無くなる」

「ではどうしろと言うのだ」

 放っておけば、大聖堂も『この国に革命を』などと言いだしかねない。かといって、大聖堂を下手に牽制すれば、それを言いがかりにまた攻撃されかねない。

 放っておいても触れても痛手を負うであろう相手に対し、どう動くべきなのだろうか。

 ……悩む会議室の静寂を打ち破ったのは、またも王子ダクターであった。

「我々はあくまでも、人狼と革命軍を分けて考えるべきです。我々がどうにかしなければならないのは反乱軍であり……最悪の場合、人狼については大聖堂の意見を呑んでもいいのではありませんか?」

 

「どういうことだ」

「人狼を狩る意味は薄れているのです。公共の敵が、人狼以外に生まれているのですから。……革命軍という、この国を混沌へ落とそうとする者達が居る以上、人狼にこだわる必要はありません」

 ダクターの意見に、国王は唸る。

 確かに、そこが落としどころかもしれない。

 人狼については手を引く。だがその代わり、大聖堂には革命軍を共に牽制する立場となるよう、話を持っていく。

 そうすれば大聖堂を味方に付けることも可能かもしれない。

「父上、ご決断を」

「ううむ……」

 王は悩んだ。だが……王家としては苦渋の選択となるが、これ以外に方法は無いだろう。

「分かった。大聖堂とはそのように会談の席を設けることとしよう。人狼の保護を許すと同時に、幾許かの人狼保護のための資金を供出してやってもよい。その代わり、大聖堂は革命軍の手に渡らぬようにせねば」

 最早、全てを守り抜くことは難しい。

 ならば、切り捨てるべき個所は切り捨て、本当に守るべきもの……この国の平穏こそを、守るべきなのだ。

 国王はそう、決断した。

 

 

 

 大聖堂についての計画を詰めている最中、会議室の扉が遠慮がちに叩かれた。

 訝しみつつも、警護の兵と共に大臣が扉を開け、外に居たらしい兵士2名と何やらやりとりをする。

 会議室の面々がその様子を見守っていると……やがて、大臣は何やら紙のようなものを手に、会議室へと戻ってきた。

「どうした」

「……陛下。兵士からこのようなものが」

 大臣が出してきた紙を手に取り、王は顔を顰める。

 それは如何にも貧民が使いそうな、粗悪な質の紙であった。ごわついた感触は、国王には親しみの無いものであった。

 だが、その紙の上にある内容は、紙の手触り以上に国王を不快にさせた。

「革命軍募集、か。……全く、随分と大っぴらに動くではないか。これで隠れているつもりか?」

 粗悪な紙の上の内容は、そのまま。『革命軍募集のお知らせ』である。

『王家を倒し、この国を正しい方へと導くため、共に戦う同志を求む。』そんな内容が不遜にも記されていた。

 ついでに随分と不用心なことに、会合の日時と場所までもが紙の上に記されている。およそ1か月後の夜、王都とエルゼマリンを結ぶ街道脇にある山の中、ということであったが……。

「これはいい。この日この時この場所を叩き潰せば、革命軍とやらを一網打尽にできるということか」

「罠の可能性もあるのでは?」

「城下に同じものが複数枚出回っているということが分かれば、罠の可能性は限りなく低くなるだろう。……大臣。これを持ってきた兵士は、どのようにしてこれを手に入れたと?」

「はっ、非番の際に町を歩いていたところ、路地裏でこの紙を渡された、とのことでした」

 成程、流石に城の兵士と分かる恰好をしている者に『革命軍募集のお知らせ』を配る程愚かではないだろうとは思っていたが、そういうことであったか、と、国王は深く頷く。

「ならば、兵士を使って裏を取れ。罠ではないと判断できる数のこれが集まったなら、その時は一気に叩くぞ」

 迂闊な相手の出した尻尾をいよいよ捕まえた。国王はそう感じ、希望の光を見る。

 革命軍とやらを叩き潰してしまえれば、あとはどうとでもなるだろう。大聖堂も反発を収めるであろうし、民衆も従うべき相手が誰であるかを思い出すはずだ。

 

 ……しかし、そこで手を挙げる者があった。

「む、どうした」

「お言葉ですが、陛下。いくら報せを複数枚手に入れようとも、この情報が罠である可能性は否めないかと」

 挙手し、発言したのはクリス・ベイ・クラリノであった。

 彼が発言したことに、国王をはじめとして、王子王女もその他の貴族達も驚く。

 ……クリス・ベイ・クラリノはかの武道大会において、決定的な敗北を喫した。無様で屈辱的な敗北を与えられたクリス・ベイ・クラリノは、武道大会から数日間、屋敷に籠って一歩も外に出なかった、と噂されていたのだ。

 そんな彼が王の招集とはいえ、会議にこうして出席していること自体が驚かれることであったが……。

「ですから、王自ら、兵を動かすのはあまりにも危険です。罠であった時、取り返しのつかないことになります」

「いや……しかし……」

 クリスが一体何を言っているのか分からないまま、国王が言葉を濁すと。

「この仕事は私、クリス・ベイ・クラリノにお任せいただけませんでしょうか!」

 クリス・ベイ・クラリノは、決死の覚悟を秘めた瞳で、強く国王へ訴えかけたのである。

 

「それは……どうしてそのようなことを。貴殿が動いても、城の兵を動かしても、危険であることに変わりはないぞ」

「だからこそ、です。今、国の兵を危険に晒すべきではないでしょう。城の守りを手薄にすることこそが、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの狙いかもしれないのですから」

 クリスの言葉に、国王をはじめとした面々が唸る。

 ……確かに、その通りである。クリスの説明には、大いに納得させられた。

 そして同時に……クリスの説明を聞くより前から、王家の関係者全員が思っていたことなのだ。『誰か、城の戦力以外のところで動いてくれる者は居ないだろうか』と。

「しかし……本当に、いいのか。危険な戦いになろう」

「構いません。やらせて頂きたい。……武道大会で私が晒した醜態を雪ぐために、是非」

 ……武道大会でのクリスの敗北は、あまりにも衝撃的であった。貴族随一の腕前を持つクリスがあのように敗北するとは、誰も思っていなかったのだ。

 だからこそ……クリス以外の者も、望んだ。

『クリス・ベイ・クラリノの強さを今一度、確かなものとして示してほしい』と。

 

「……そういうことならば、よかろう」

 国王はそう、決断した。

「この件は貴殿に任せよう」

「ありがとうございます。必ずや、成果を持ち帰ります」

 クリスの瞳には、強く意志が燃えている。国王はそれを見て、クリスに任せようと決断したのだ。……勿論、クリスの申し出が国王にとって都合がよかった、ということでもあったが。

 

 

 

 ……こうして会議は終了した。

 それと同時に、クリス・ベイ・クラリノの誇りをかけた戦いが、始まったのである。

 

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