ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、帰還してきたクリスの報告を受けているところですのよ。
「……ということで、こちらの損害はほとんど無い。負傷した者は報告書の通りだ。奪取してきた財産はあの骸骨めいた男に預けた」
「はい、ご苦労様。いい働きでしたわね。ちなみにその骸骨はジョヴァンという名ですわ。覚えておきなさい」
……流石と言うべきか、クリスはやっぱりこういう所に使うのに丁度いいんですのよねえ。見事、奴隷の軍団を率いて、ポアリスの貧民街と開拓地とを襲ってきてくれましたのよ。
おかげで、エルゼマリンにもその話は届いていますわ。無事、王家の兵士が民間人を襲った、という事実を生み出すことができましたわね。
「ではもう下がって休んでよくってよ。食事は取り分けてありますから適当に摂りなさいね」
「……失礼する」
クリスは今の自分の扱われ方に多少の疑問は抱いているようですけれど、四六時中反抗しているのはやっぱり疲れるのでしょうね。最近ではめっきり大人しくなりましたわ。奴隷根性が身に付いてきたようで結構なことですわね。
「はーい、お嬢さん。ご機嫌いかが?」
「良くってよ。これで明日、キャロルは王家の誘いを断る口実ができましたもの」
クリスと入れ替わりになるようにして部屋に入ってきたジョヴァンに答えると、ジョヴァンは『それは何より』とばかりににやりと笑って……それからふと、眉を顰めましたわ。
「……ところでお嬢さん。次の会食とやら、大丈夫かね」
「どういうことですの?やっぱりキャロルには護衛が余分に必要かしら?」
「いや、武力的にどうこうって話じゃなくってね」
とりあえずジョヴァンにソファとワインとを勧めつつ、私も向かいに座って話を聞くことにしますわ。飲み物はワイン、かつおつまみは特になし、というシンプルさですけれど……まあいいですわよね。ええ。
「ダクター王子がわざわざ自ら赴いてきた、っていうのが引っかかってるのよ。俺としては」
ジョヴァンはそう言って早速彼の分のワインに口を付けつつ、渋い顔をしましたわ。
……そうですわねえ。私もそこが気になっていますのよ。
王家側からの友好の意思を強調するため、とも取れますけれど……なら、会食にまではならないのではないかしら。
ものすごーく丁重にもてなしている、と言うにしても、だとしたら会食は国王が出るべきですわよね。わざわざ第七王子なんて微妙な立ち位置の者を使う理由が分かりませんわ。
「お嬢さん、何か心当たりは?」
「いいえ、全く。あなたは?何か考えがありますの?」
考えても考えても、ここから先はお手上げですわ。安楽椅子探偵には限界がありましてよ。後は、そうですわね、キャロルから話を聞くか……或いは、聖騎士の恰好をして私が同席するか、といったことで情報を取りに行かない限り、推理は進展しないでしょうね。
「……俺は1つ、考えてるよ」
あら。
私が匙を投げる推理に、ジョヴァンは何か閃いた、ということですの?
「その名推理、聞かせてもらってもいいかしら?」
「名推理、って程のもんでもないけどね。何なら迷う方で『めい』推理かも」
「随分と勿体ぶりますのねえ」
「そりゃあ、あんまりにも馬鹿げた発想なんでね。躊躇いもするのよ」
ジョヴァンはそう前置きしてから……言いましたわ。
「第七王子がリタル少年みたいに1人だけ王家と離れて行動する気になってる、なんてこたあ、無い?」
「……無いと思いますけれど。大聖堂との協力関係を構築しようとしているのは明らかに、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア対策』ですわ。もしダクター様がこの期に及んで私側へ着こうとしているのなら、そもそもこんなことはしていないと思いますの」
「いや、だからさ。国王他王族の皆様方が革命軍と対決姿勢を強めてるとして、もしかしてダクター王子だけ裏切る気があったりするんじゃないの、って」
……改めて考えてみますけれど、でも、あんまり納得のいかない答えですわねえ……。
何と言ってもダクター様は、長いものに巻かれる性格でらっしゃいますもの。国王他王族全員が私と対決しようとしているのに1人だけ裏切って行動しよう、なんて考えるような、気概のあるお方じゃあなくってよ。
「何らかの理由で、ダクター様が国王の意思とは別に動いている、という可能性は無い訳ではないと思いますわ。或いは、国王から『大聖堂は任せた』というように丸投げされているという可能性も考えられますわね。……でも、今更裏切りなんて、無いと思いますわよ」
言ってからまた考えますけれど……うーん、やっぱり無さそうですわねえ。ダクター様にはそもそも自分の意思というものがあるかも怪しいですし。
それなりに優秀なお方であることは分かっていますけれど、ここぞというところでの判断力は無いと思いますのよねえ……。
「あら、そ。なら俺の推理は迷う方の『めい』推理だった、ってことで」
ジョヴァンは少しほっとしたような顔でそう言って、またワイングラスに手を伸ばしましたわ。ついでに私も自分のグラスにワインを注ぎ足しながら……折角ですし、もう少し付き合ってもらいましょうか。
「ところでジョヴァン。どうしてそんなことを考えたんですの?」
「ん?」
「ダクター様が王家を裏切って何かする、だなんて、中々面白い発想だと思いますけれど。どうしてその考えに至ったのかしら。それによっては『名』推理、かもしれなくってよ?」
私が尋ねると、ジョヴァンはなんとも決まりの悪そうな顔をしましたわね。
「あー……それ聞くの?大したことじゃあ……ほんとにどうでもいい俺の思い付きでしかないんだけれど、それでも聞く?」
「ええ。是非聞かせて頂きたいですわね」
ここはしっかり聞かせて頂きますわよ。私、一度気になったら滅茶苦茶気になる性質ですの。
期待の眼差しを向けてジョヴァンを見つめれば、彼はやっぱり気まずそうな顔でワインをちびちびやりながら、やっと話し始めましたのよ。
「……王子がまだお嬢さんにホの字なんじゃあないかって疑っただけよ」
「……それは一体」
「だから、ダクター王子がお嬢さんへの愛のために王家を裏切る気を起こしたりとかそういうことはないんですかねえって、そういう話だってば」
あらぁ……それはまた随分とぶっ飛んだ発想ですわねえ。
「婚約破棄を申し渡した相手への愛に今更目覚めたというのなら、それはものすごく愉快なことですわね」
「ああうん、そうね。俺だってバカらしい発想だとは思ったよ。うん。お嬢さん関係だと愛だの恋だのよりゃあ、『勝ちそうな方に付く』の方がよっぽど説得力があるってね」
ですわねえ。私もそう思いますわ。おほほほほほ。
「ダクター様が私に対して何かするとしても、それは作戦の上でのことでしょうね。『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアを絆してこい』みたいな無茶な命令を受けたりですとか」
「ああうん、つまり愛も恋もへったくれも無い奴ね」
そうですわね。元々が政略結婚のための婚約でしたもの。それを考えると、『王家のために愛を偽る』事は考えられても、『愛のために王家を裏切る』なんてことはあるわけが……。
「……それですわ」
「え?」
そこで私、気づいてしまいましたわ。
「ダクター様の狙いは、大聖堂との協力ですのよ。そこは本当で……ただし、大聖堂を確実に手に入れるために、『大聖堂』ではないものを落とそうとしていますのよ!」
「え?え?どういうこと?やっぱりお嬢さん狙いだって?」
「違いますわ!」
ああ、どうしてこんなことに気づけなかったのかしら!第七王子という微妙な立ち位置の者がわざわざ出しゃばってくる理由なんて、1つしかないじゃあありませんの!
「ダクター様の狙いは聖女ですのよ!」
「つまりダクター様はキャロルを狙っているのですわ!キャロルに手を出すつもりなんですわーッ!許しませんわよ!あの野郎ーッ!」
はい。気づいてしまった以上、私の怒りは止められませんわよ。
許しませんわ。確かに王子の行動としては納得がいきますわ。聖女と結婚してしまえば大聖堂も革命軍に立ち向かうしかありませんし、王家の地位も安泰となりますわよ。でもだからこそ許しませんわ!
そんな理由でキャロルに近づこうとしているのも許しませんし、その割にやり方がヘタクソなのも許しませんわ!そもそも、私の可愛い教え子に手ェ出そうっていうその根性が許せませんわァーッ!
「あいつは私が直々にブチ殺して差し上げますわ!絶対に許しませんわ!」
「……それは、王子の気持ちがキャロルに向いてるから、ってこと?」
「そうですわね!許しませんわ!絶対に許しませんわ!キャロルは私が守りますわ!」
「あ、そっち」
「そっちもこっちも無いでしょう。他に何がありますの」
「……いや、だから……お嬢さんが嫉妬してるのかと」
……ここで私、ちょっぴり冷静になれましてよ。こう、とっぴなことを突然に言われると、びっくりついでに勢いを殺がれるというか、冷静になってしまうというか……。
「あの……言いませんでしたかしら?私、ダクター様のことは殺すつもりでしたのよ……?」
それはもう、惨い死に方待ったなしでしたもの。ええ。ダクター様はちんたま腐り落ちて死ぬ予定でしたのよ。ええ。その上で、私が嫉妬?それは無いですわねえ……。
うーん……よーく考えてみても、やっぱり無いですわねえ……。
「……ええ。ありえなくってよ。私、ダクター様には殺意以外の何も抱いておりませんの」
「ああうん、知ってるよ。知ってます。だから今のはナシ。……そーね。お嬢さんにそういうのがあるわきゃーないわな。うん……」
元々愛があったかと言われれば難しいところでしたわ。勿論、婚約者として好意を抱き抱かれるように努力はしましたけれど、それが愛だというのなら何と打算ずくの愛だったことか。
それに加えて婚約破棄だのなんだので、仮初の愛すらも消し飛びましたし、今、キャロルへ魔の手を伸ばそうとしているということが分かったのですからそりゃあもう殺意が倍増ですわよ!ええ!
「……ってことで、ま、要はつまんない男の嫉妬よ。笑って流してちょーだい」
「笑えない冗談ですけれど、まあ流して差し上げてもよくってよ」
色々とびっくりしたせいでダクター様への殺意が鈍ってしまいましたわ。全くもう。まあキャロルの護衛としてついて行く当日までにはしっかりバッチリ殺意を高めておきますけれどね!ええ!そのあたりは抜かりなくやりますわよ!
「それにしてもあなた、心配性なんですのね。疑り深い、とも言えますけれど」
「そりゃあね……まあ……今更俺達の女王様に抜けられちゃあ困るし。その確認」
あらあら。面と向かってそう言われると嫌な気持ちはそれほどありませんわね。
今更私が抜ける、なんてことは絶対にありえませんわ。裏切りに忌避感があるかどうかといった話ではなくってよ。単に私の目的が王家潰しだから、というだけですわね。でもだからこそ、私は絶対に、今更この盤面で降りることはしなくってよ。
「あら。それは随分と信用の無いことですわね」
「そういうもんでしょ。狂っちまうのは一瞬。そして愛だの恋だのに狂う人間のなんと多い事か」
ちら、とこちらへ向けられた目の、何とも湿っぽいこと。言っていることと相まって、まあ随分と女々しいですわねえ。
「私からしてみると縁遠いお話ですわねえ。あなたにとってもそうでしょうけれど」
「あ、そうくる?ま、違いないね。確かにお嬢さんにも俺にも縁遠いお話でした」
苦笑いしながらワインに口を付ければ、ジョヴァンもさっさとグラスを空にして、図々しくもおかわりを要求してきましたわ。まあその図々しさに免じてお代わりを注いであげますわよ。
「……ま、俺からしてみると、狂っちまえる奴の方が幸せなんじゃあないかとも思うけど」
あらあら、随分とロマンチストなことですわねえ。或いは単なるキチガイですわ。
……でも、そうねえ。
「憧れはしないでもないですけれど、私には恋に狂う才能はありませんわねえ」
憧れない訳ではありませんのよ?人並みには憧れもしますわ。でもまあ……私にそっちの才能はありませんわね。我が事ながら。
何なら私、人と明るくて柔らかくて美しい……真っ当な関係性を築き上げること自体が多分、苦手ですもの。
「……ま、そこはどうせ、お嬢さんにも俺にも縁遠いお話ですから?」
「それもそうですわね」
まあ、ありもしなかった『もしかして』なんて、考えるだけ無駄ですわね。
今ここに確かに存在する美味しいワインの為に時間と意識を使った方が有意義でしてよ。
はい。ということで、来ましたわ。
王城ですわ。会食ですわ。
キャロル狙いのくそったれ王子にお断りを突き付けてやる楽しい催しの始まりですわ!
私は今日も優雅にキャロルの後ろに控えておりますわ!聖騎士の鎧を着ていますけれど、よくよく考えてみたら最近ドランが聖騎士の中身だったことがバレていますから、私も危なかったんじゃあないかしら!まあその時はその時で懐の鞄からドラゴン出して逃げますからよくってよ!
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「いえ。私としても聖女キャロルとお話しする機会を頂けて光栄です」
出迎えに出てきたダクター様は、しっかりキャロルを見つめて微笑んでおられますわ。ええ。面構えは悪くなくってよ。美形に美形をかけ合わせてきた王族ならではの顔面と言えるでしょうね。
「ではどうぞ。食事の準備が整っております」
そのツラの裏、腹の中で大聖堂とキャロルを狙っていることはお見通しなのですわ!許しませんわよ!
さて。
会食の会場へと案内されて、キャロルとダクター様が着席し、お食事が運ばれてきましたわ。
始めに出てきたのは牡蠣をハーブと一緒にじっくりオイル煮にしたものと、白身魚と野菜のムース。私は食べませんけれど、王城の会食に相応しい上品なお味なのでしょうね。私はたべませんけれど。ええ。私は食べませんけれど。
「如何ですか?お口に合えばよいのですが……」
「ええ。とても美味しいです」
キャロルはにっこり微笑みながら完璧な所作で食事を進め……そして、前菜の皿が片付きましたわ。
皿が下げられてから次の品が出てくるまでの間、ダクター様が何か口に出そうとしましたわ。
天気の話か、花の話か。どうせ本題を切り出すつもりは無かったのでしょうけれど……まあ、それは全て無駄なことですわ。
「ダクター様。先に申し上げておきたいことがございまして」
キャロルは何か言おうとして口を開きかけたダクター様を遮り、こう言ってやるのですわ!
「大聖堂は王家との協力を拒否致します」
「え……?」
さあ!呆気に取られているダクター様ですけれど、まだまだ会食の時間は続きますわ!むしろここからが楽しいお食事会の始まりでしてよーッ!この空気の中、精々美味しくご飯をお召し上がりなさいなッ!おほほほほほほ!