ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
今、この食堂は見事に空気が凍り付いていますわ!ダクター様の表情も凍り付いていますわ!
さあ、この空気のまま、楽しく会食を続けてごらんなさいな!おほほほほほほ!
「それは……理由をお伺いしても?」
次の皿が運ばれてきて、ようやくダクター様は口を開きましたわ。
「ええ。まず、大聖堂は中立的存在でなければならないという判断です」
「……民衆のために動くのが大聖堂だったのでは?」
「今の王家の動きを見ている限り、私達大聖堂が王家との協力を行ったとして、傷つけられる民を減らすことはできないと考えております」
キャロルの容赦のない言い方に、ダクター様はもう瀕死の重傷、といった具合ですわねえ。
「それは……残念です。あなたと手を取り合えば、少なくとも革命軍とやらの魔の手からは人々を救えると思ったのですが」
「そうでしょうか?私にはそうは思えません。……むしろ、王家に傷つけられる人々が居るのでは?実際、エルゼマリン近くの街でも、王家の兵に襲われた、という報告が上がっていますもの」
「何だって!?」
大きな声を上げてしまってからダクター様はその非礼に気づいたようですが、失礼、と非礼を詫びながらもその思考は『王家の兵に襲われた町』についてで手一杯のようですわ。
それもそのはず。王家の兵が出兵されたという記録はありませんし、勝手に出ていった兵士も当然、居ませんわ。
ですから王家としては調べてみればそのような事実は無かったと分かるのですけれど、それをキャロルの視点から信用する道理もありませんのよね。だって、実際に王家の兵士の恰好をした者達に襲われた町は存在していて、襲われた民の訴えはキャロルの下へ届いているのですもの。
王家が『その民を襲ったのは王家の兵の恰好をした革命軍です』と訴えたところでまるで説得力が無いということは言わずもがなですわね。おほほほ。
「……王家は一体何を考えているのですか?あなた達が考えているのは、本当に民のことなのでしょうか」
キャロルの目が、じっとダクター様を見つめますわ。ついでに私達聖騎士もダクター様を見つめますわ。
ダクター様はここで上手い言い訳の一つでもしないといけないわけですけれど……じっと向けられる視線の重圧に思考をかき乱されているようですわねえ。さあさあ頑張りなさいな。あなたが落とそうとしているキャロルはもう、あなたに不信感しか抱いておりませんのよ!
「……王家としては、民のことを考えている余裕が無い、というのが現状です」
あら。ここでダクター様、随分と思い切った方向に切り出してきましたわね。
「それはどういうことですか?」
「そのままの意味です。お恥ずかしいことに、王家はヴァイオリア・ニコ・フォルテシアへの決定打となるような兵力を持っていません。ですから、力をあちこちに分散させるわけにはいかないのです」
キャロルの視線が険しくなりますわよ。これは。勿論それくらい分かった上で発言しているのでしょうけれど……。
「ですから、王家は国を守ることに注力しようと考えています」
「国を?民あっての国なのでは?あなたの仰る国とは一体何なのですか?」
すっかり疑念の塊となっているキャロルに対して、ダクター様は、如何にも緊張しているように言いましたわ。
「……それは、『未来』です」
「革命軍がこの国を混沌の渦へ叩き落としたならば、我ら王家の滅びた後、必ずや民は振り回され、傷ついていくでしょう。満足な生活を送ることもできず、死んでいくものが数多く現れるはずです」
そうかしら。正直、今の王家が支配しているより巧くやれる自信はありますけれど。
「ですから、我々はその未来を回避しなければならないのです。現在の民を犠牲にすることになっても、この先、未来永劫苦しむことになる民を減らすため、今、ここで国が消えてしまうわけにはいかないのです」
「……納得ができません。未来の民は現在の民の延長線上にあるものです。現在の民が消えてしまっても未来には民がどこからともなく現れるとでもお考えですか?そして何より、あなた達に、未来の民を幸福へ導けると?今、こうして民が苦しんでいる現状を作り出したのはあなた達ではありませんか?」
「それは……」
ダクター様にしては珍しく思い切った言葉でしたけれど、キャロルを説得するには足りませんわね。
すっかり平行線となった議論はここで打ち切りとなって、また食事へと戻りましたわ。
しかしダクター様がこの状況で美味しくご飯を食べられるわけが無くってよ!彼の美しい所作とそれに見合わない渋い表情とを見ていると何とも愉快ですわねえ!
「では、本日はどうもありがとうございました」
やがて会食も終わって、キャロルが王城を辞する時になりましたわ。
「是非またお誘いさせてください。あなたとはまだお話ししたい」
「大聖堂からはお話しすることはもうありませんが」
「……大聖堂の立場は関係なく、あなたとお話ししてみたいと、思っております」
「ならば余計にお話しすることはありませんね」
ダクター様をにべもなく振って、キャロルは笑みの欠片も無い表情ですわ!これにはダクター様もどうしようもありませんわね!
「では失礼します」
去っていくキャロルを止めることもできず、ダクター様はいよいよ頭を抱えんばかりですわ!軽率に『大聖堂が落とせないならキャロルを落とせばいい』なんて浅はかな考えを実行しようとするからこうなるのですわー!いい気味ですこと!おほほほほほ!
「ということで、無事、キャロルは守り抜きましたし王家は振ってきましたわよ」
「そうか」
帰還して報告。いつものことですわね。今回、ドランは聖騎士に扮することなくお留守番でしたから、会食の様子をしっかり話して聞かせて差し上げますわよ!
「……国のため、か。俺には理解できない考えだな」
「そうですわね。私は……まあ、理解はできますけれど、民に受け入れられない考えだということも理解できますわ」
ダクター様の『国のために今の民を切り捨てる』という考え方の理屈は分かりますわよ。現在の統治者の立場からすればまあ、採らざるを得ない選択肢、ということなのでしょう。
けれど、それを言われて今の民が黙って切り捨てられてくれるわけはないのですわ。切り捨てられると分かったならば、彼らは全員革命軍に下るでしょうね。というか現状が既にそんなかんじでしてよ。
そして何より、今の王家には未来の国を率いる能力がありませんの。それが透けて見えるから、余計に民はついて行かない。たとえ、王家がどんなに民に優しくして、どんなに民のことを思っていたとしても、能力が無いなら民はついて行きませんわ。そこには残酷なまでに王家の能力への評価がそのまま表れますわね。
「未来とやらが見えているのは王家だけだ。民衆には明日のことも見えていない」
まあ、ドランの言う通り……そうなんですのよね。立場の違いも生活の違いもありますけれど、やっぱり、王家は民に見えていないものが見えすぎなのですわ。ついでに、民にはそれらが見えていないということを忘れすぎですわね。民が自分達に見えていないものを信じるわけが無くってよ。
未来も幸福も、見えていなければ信じられませんの。だから手っ取り早く、現在をぶち壊す『変化』だけを求める。今回、革命軍である私が妙に受け入れられているのは、私が受け入れられるに足る下地を王家が築き上げてきたからだと思いますのよ。
「……ところで、ヴァイオリア。お前は王家を潰した後、どうするか決めているか」
「ええ。まあ、恐らくはお兄様がしばらくこの国を治められるでしょうから、私はその補佐をしようかと」
さて、王家の次は私達の未来のお話、ですわね。
……まあ、革命軍なんてやるくらいですから、王家の連中や貴族連中を皆殺しにしてはいお終い、というわけには参りませんわね。王家を倒してしまったのなら、その後の国を王家よりも上手く導いてやる責務が生じるものですのよねえ……。
と、いうようなつもりで、私はドランにそう言ったのですけれど。
「……コントラウスが国を統治するのか?」
「え?他に適任が居まして?あ、あなたがやるつもりでしたかしら?」
「いや、そうじゃあないが」
ドランは何やら珍しくも困ったような顔をしましたわ。そして、言いましたの。
「俺は、お前がこの国の統治者になるものだとばかり思っていた」
「……私が?」
「ああ」
「お兄様ではなくて?」
「そうだ」
……え?私が、ですの?
ええと……ちょっと考えてみますけれど、私、お兄様以上に優れた点なんて、血が毒であることと毒ではほぼほぼ死なないというところくらいでしてよ?何なら血が毒だということは欠点としても数えられますし……私、そもそも自分の血を絶やさないようにすることってできるのかしら?
諸々を考えてみても、私が統治者になる理由がこれっぽっちも無くってよ!
「恐らく一部の民衆は、『革命軍』ではなく、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』についているぞ」
……けれど、ドランにそう言われてしまうと、咄嗟に言い返せませんわねえ。
そうですわ。私、確かに今までにものすごく目立って参りましたもの。処刑台の上で演説しましたし、聖女投票の時には硝子の部屋の中でやっぱり演説しましたし、先の武道大会では優勝しましたし。ものすごーく、目立っておりますわね。ええ。
それで……一方のお兄様は、よくよく考えるとこの1年以上、表舞台には上がっておられませんわ。
私と合流なさってからも、表に出ることはなく、ずっと裏方に徹しておいででしたけれど……まさか、この時のことを見越して、ご自分より私の知名度が高くなるようにされていたのかしら!?お兄様ならやりかねませんわ!
「ついでに俺も、お前がこの国を治めるのだろうと思っていたんだが」
「あらぁ……それはまた随分ととんでもない思い違いをしてくれやがりましたわね。あなた……」
……私、つい最近までフォルテシアの没落に関わった人間を皆殺しにした後のことはほとんど考えていませんでしたし、革命を起こした後のことなんてもっと考えていませんでしたわ。
そうですわよね。国王を殺してはいお終い、とできないように、革命を起こしてはいお終い、ともいかないですわ。それは分かっていますのよ。ええ。
けれど、私が統治者、というのは……どうなのかしらね。
「やっぱり他に適任が居ないか探した方がいいと思いますわよ。何なら、私よりあなたが適任だと思いますわ」
「俺はそうは思わないがな」
「能力だけで考えるなら、私の方が上でしょうね。ええ。私、少なくとも今の王家よりはうまくやれますわよ」
人の上に立って人を動かすことも、敵を作らないように立ち回るのも、或いは敵に回していい者の見極めも、敵を徹底的に潰しに行くのも、今の王家より上手い自信がありますわ。
けれど、それだけですのよ。
「ただ……気質としては、私、とっても不適ですわね」
「……そうか」
「ええ。私、私にとってより良い方へ物事を動かすのは得意ですけれど、『万人の幸福のために』なんて、到底できっこありませんわ」
私にはそういった真っ当な感覚はございませんもの。日陰で楽しく悪党生活をしている方が性に合っているのかもしれませんわ。
……だって今、結構楽しいんですもの。
ですから私、王よりは執政官の方が向いていると思いますわ。できるだけ、日向に居ないような。そういうところに居るべきなのだと思いますわ。
「……まあ、考えておいた方がいい。本当に次の王になる気が無くても、その時には周囲が逃がさないだろうからな」
「あらあら。なら今から脱走計画を企てておかないといけませんのね。大変ですわぁ」
そういうことなら、国王を殺した瞬間にトンズラこけるように準備しておかなければならないのですわねえ。とは言っても、準備なんてそんなに必要ないとは思いますけれど……。
……まあ、冗談半分くらいに考えておきますわ。ええ。
「そうだな……もし、逃げるならその時は俺も連れていけ」
「あら?あなたがそれを言いますの?」
けれども、突然のドランの発言に私、ちょっぴり驚きましてよ。まさかトンズラこく予定の2人目が出てくるとは思いませんでしたわ。
「あなた、1人で適当にトンズラこいた方がいいんじゃありませんこと?何なら、これからこそ、真っ当に生きていく道がたくさん選べるようになるでしょうに」
「俺も同じだ。性に合わない。俺だって今更、真っ当な生き方なんてできやしないだろう。……そしてどうせなら、面白そうな奴と一緒に逃げた方が楽しめそうだ」
随分と買いかぶられていますわねえ。私、おもしろ製造機じゃあないのですけれど。
「……ま、考えておいてあげますわ」
「期待している」
そうねえ……革命を起こした後にどうするかも、よーく考えておかなければならないのですわね。
そういうことなら……私はどうしようかしら?
お兄様と一度相談しておいた方がいいでしょうね。それから……お父様とお母様についても、詳しくお伺いしなくてはなりませんわ。
そろそろ、お会いすることになるでしょうから。
……さて。
翌日、私達はまた適当に王都の貴族街に盗みに入ろうか、なんて計画を立てていたのですけれど、丁度そこに、ジョヴァンが報せをもってやってきましたわ。
「ああ、丁度良かった。お嬢さんにドランも居たか」
「どうした」
ちょっと慌てた様子のジョヴァンを見て、私、なんだか嫌な予感がしてきましてよ……?
……そして私の予感を裏切らず、ジョヴァンは言いましたのよ。
「なんだか大聖堂の方に王家の印の馬車が停まってるらしいぜ。もしかしてまたあの王子サマなんじゃあないの?」
私!あいつ!許しませんわーッ!