革命軍より、24時間の猶予が与えられた。
それと同時に、受け入れがたい『降伏勧告』も出された。
それは国王にとって、実質の死刑宣告。24時間経ったら殺す、と剣を突き付けられているようなものである。
だが、それと同時に……腹立たしくはあるが、延命の時間を得られた、ということでもあるのだ。
考え様によっては、これは好機である。憎き革命軍とやらは、王家が反撃に出てくるなどとは思っていないだろう。だからこそ、この『猶予』を傲慢にも『与えた』のだ。
革命軍とやらの有象無象、とりわけヴァイオリア・ニコ・フォルテシアという大罪人が偉ぶっているのは非常に腹立たしいが、今はとにかく王城の包囲を脱出し、逃げ延びなければならない。そして来る日まで安全な場所で潜伏し、悪の革命軍を討つ日を待つのだ。
「父上……最早、どうすることもできません。諦めて降伏するしか」
「ならぬ!そのように革命軍へ媚を売ってやる必要はない!」
大丈夫だ。国王はそう信じる。
まだ兵士は居る。使用人達を囮にすることもできるであろうし、研究ばかりしていて役に立たない魔法使い共もようやく使い時が来たと言えるだろう。
彼らを一斉に表へ出して、その上で、王家の者達は王城を脱出するのだ。今、城に残っている人数があれば、それくらいは叶うだろう。
それに……王家にはドラゴンがある。
革命軍にもドラゴンがあるようだが、当然、王家にもドラゴンの備え程度はあるのだ。馬や馬車による脱出ばかりを警戒しているであろう革命軍にしてみれば、空を使った脱出は意外性があるに違いない。後は、革命軍が放っているドラゴンさえ撒ければそれでいいのだ。
早速、国王は命令を出した。
それは即ち、『残り6時間になったら一斉に城を出て革命軍を攪乱せよ。それまでは待機しているように』というものである。
その命令は城の兵士達だけではなく、使用人や魔法使い、学者に至るまでの全員へ出された。
……だが。
「お、お父様!あれを!」
窓から外を見ていた王女の1人が悲鳴を上げた。
国王も慌てて外を見る。
……すると、そこにあったのは、城から逃げ出していく使用人達の姿であった。
「馬鹿め……裏切りおって!」
国王は怒りに任せて、窓枠へ拳を打ち付けた。だが、使用人達の波は収まらない。革命軍は逃げ出してきた使用人達を受け入れて、革命軍の中へと加えていく。
それを見た国王は、『もしや、こうして革命軍に入り込んでおいて、内側から革命軍を崩壊させるつもりで裏切ったふりをしたのではないか』と考えたが、使用人達は特に動く様子が無い。
……どうやら、本当に使用人達は裏切ったらしい。今まで散々世話をしてやって城に置いておいてやったというのに、その恩を忘れて裏切ったのだ。
実に許し難い彼らの行動に、国王は怒りを露わにした。
だが……如何に怒れども、使用人達は戻ってこないのだ。
次に裏切ったのは魔法使いや学者連中だった。
研究ばかりしてまるで役に立たなかった彼らも、さっさと革命軍へ寝返ったのだ。
役立たずは最後まで役に立たない。国王はそう思い知って、いよいよ怒りを高めていく。
そして、城に残っていた貴族達や、更には城の兵士までもが外に出ていくのを見て……国王は、気づくのだ。
最早、誰も自分の命令に従わないのだ、ということに。
自分が思っていたよりも、事態はずっと深刻だったのだ。
深刻だと、城の者達に思われてしまっていた。最早、王家を捨てて革命軍に下った方が安全だ、などと思われてしまう程に。
そう気づいてしまった国王の視界の端に、空を飛ぶドラゴンの姿が映る。
……そのドラゴンは、周囲の他のドラゴンと少々毛色が違った。鱗に艶が無く、体つきも貧弱で、飛び方も少々弱弱しい。
だが、それでも他のドラゴン達に混じって仲良く飛ぶ様子を眺めていて……国王は、気づいた。
弱弱しいドラゴンの角に、きらりと煌めくものがある。それは、王家の紋章を刻んだ角飾り。王家が使うドラゴンに装備させておくものだ。
……つまり、あのドラゴンは、王家の脱出用に備えてあったドラゴンなのだ。国王はいよいよ、脱出経路すら、失ってしまったのだった。
「……最早、これまでか……」
「父上、やはり降伏しましょう。奴隷の身分に落ちたとしても、生きながらえることができれば復讐の機会もありましょう」
「そうですわ。お父様。このままでは革命軍が雪崩れ込んできて、私達、殺されてしまいますわ!」
「ああ、どうして私達がこんな目に遭わなければならないの!?何も悪いことなどしなかったのに……ああ、どうして……」
王子王女も嘆きを露わにして、国王へ降伏を呼び掛ける。
それを黙って聞きながら、国王はじっと考える。
……このまま革命軍に城を明け渡してやるのは、あまりにも情けない話である。そんなことは、国王の意地が許さない。
だが、命は惜しい。名誉も惜しい。亡命をする機会はもう失われてしまった。もっと早く行動していれば、命も名誉も損なわずにいられたかもしれないものを、どうして……。
答えの無い考えは堂々巡りに巡り巡って、国王の思考を停滞させた。
……だが、そうして国王は考え続け、ある考えに至る。
まるで夢物語のような、都合のいい結末。
『王族が革命軍を返り討ちにして国を奪い返す』という、あり得ない希望。
……そう。そんな都合のいい結末が、存在するのだ。存在しなければならない。
何故なら国王は、尊い血を引く尊い者なのだから。
……この尊い血は、確かに都合のいい結末を引き連れてくるだろう。王家の血は即ち、勝者の血。旧き王達はかつて、戦いの果てにこの地を手に入れた。歯向かってくる者達は全員返り討ちにして黙らせてきた。時には略奪紛いのこともしたと聞く。
そう。王家の者達は、強者の血を引く者達。戦いに勝ちに勝ってきた歴史が、それを物語っている。
……そして、かつて戦いを勝ち抜いてきた王家の者には、戦いに勝ち抜くための秘策が備わっているのだ。そう聞かされて、国王は育った。
当然、そんなものは今やすっかり失われ、今の今まで存在すら忘れられていた。夢物語や御伽噺、伝説の類だろうと思ったこともあったが……どうやら、本当に『秘策』は存在しているらしいのだ。
先王からも、半ば御伽噺のように聞いたそれは、確か……。
「宝物庫だ。宝物庫を探すぞ!そこに王家に伝わる秘術が隠されているはずだ!」
国王はそう言って、王子王女達を伴い、玉座の間を出た。
……宝物庫へ踏み入った国王は、愕然とした。
「な……なんだと」
宝物庫は、すっかり空になっていたのだ。
「ど、どういうことだ!ここには確かに……」
「もしかして掃除でも入ったのかしら?それで、一時的に、宝物庫の中身をどこかへ移してあるだけなのではなくって?ねえ、そうですわね、お父様……」
ここしばらく、革命軍とやらのせいで忙しく、宝物庫の管理などしていなかった。だが、それにしても、このように綺麗さっぱり物が失われている、というのは……。
「……別を探すぞ!」
仕方なく、国王は次の宝物庫へと急ぐ。城の宝物庫は1つだけではない。ならば、どこかには、何か、王家に伝わる秘術の欠片が残っているはずだ。
だが、国王の期待も空しく、次に探した宝物庫もまた、すっかり中身が失われていた。
その次も。その次も。
……そう。王城の中の宝物庫という宝物庫から、あらゆるものが消えていたのだ。
それだけではない。気が付けば、図書館の本も消え失せていたり、王女の部屋の鏡台が消えていたりと、あらゆるものが消えていたのだ。
それらがいつ盗まれたかも分からない。だが、確かにあった物が、確かに消えている。
その事実に、国王は愕然とした。
「一体、いつの間に……」
「もしかして、今さっき逃げていった兵士や使用人達が盗んでいったのか……?」
「ああ、なんてこと……!なんて恩知らずな奴ら……!これだから下賤な身分の者は!」
王子王女達も嘆くが、それ以上に国王の絶望は深い。
何故、こうも上手くいかないのか。家臣らにも裏切られ、最後の望みであった秘術ですら、これでは辿ることができないではないか。
王は、いよいよ迫った滅びを実感し、がっくりと項垂れた。
その時だった。
項垂れた国王の頭上から、王冠が滑り落ちる。
ガラン、と重い音を立てて床に落ちた王冠をしばらくぼんやりと見つめていた国王は……そこで、ふと、気づくのだ。
「これは……?」
王の証である王冠を拾い上げた国王は、王冠の内側に刻まれた文字を見つけた。
それは、古い文字で記された魔法。
ずっと探し求めていた、王家に伝わる秘術であったのだ!
王冠の内側に並ぶ文字を読んだ国王は……城の外の喧騒に気づき、はっとする。
窓の外に見えたのは、最後まで国を裏切らなかった兵士達が、革命軍に立ち向かっていく様子だった。
……そうだ。まだ終わりではない。
国王は希望を得た。
兵士達の姿に励まされ、王冠に刻まれた秘術を抱き……国王は、王子王女達を集めた。
「『王家の証、竜の守る血の輝きを介して、王は神にも勝る力を得る』。そう、王冠に記してある。王家の証であり竜の守る『血』とは……即ち、我ら王族の血のことであろう」
国王は王子王女達にそう語り掛ける。見えた希望は、只々国王を突き動かした。
「つまり、我らの力を合わせれば、神にも勝る力が得られるのだ!どんな大国にも勝ってきた我ら王家の真の力が、ここに蘇るのだ!」
そう。この秘術はあまりにも強大であるために封印された。このように王冠に残されただけの形となってしまったのは、安易に使えば国を滅ぼしかねないからだったのだ。
だが、今こそその時。王家の秘術を蘇らせ、革命軍を叩き潰すのだ。そうして、王家はかつての輝きを取り戻すのだ。
「さあ、時間が無い。魔法を使うぞ。我ら王家の、真の力をここに……」
王は玉座の間に集めた王子王女達と共に、その魔法を使い始めた。
王冠に記された魔法は複雑であったが、時間を掛ければ、きっと形にできる。
迫る制限時間をひしひしと感じながら、国王は必死に魔法を解きほぐしては編み上げていくのだった。
……城の外では轟音が響いていたが、そんなものには耳を貸さず、ただ、国王は必死に秘術へ縋ったのである。
国王は知らなかった。
王家の最後の脱出手段として備えてあったドラゴンが、1つの宝を守っていたことを。
大粒の赤いルビーが嵌め込まれた腕輪……『竜の守る血の輝き』は、もう王城から失われているのだということを。
国王は何も知らずに、只々魔法に集中していた。