ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、武道大会の決勝戦、ドランとの死闘に見事勝ち抜いて、国王として十分な強さと威厳を知らしめたところですのよ。
ええ。戦いの内容にも結果にも大満足、ですわ!
……けれどその後、ジョヴァンが寄ってきましたのよ。
私、知ってますわ!こうやってジョヴァンが寄ってくる時ってのは大体碌でもない話題を持ってくる時ですわ!事実『会場の入り口に挑戦者が来ている』なんていうよく分からない話を持ってきましたわ!
……本当に何ですの?それ。
「挑戦者、って……?」
「いや、俺もちらっと聞いてきただけだからね、分かんないぜ。けどとりあえず衛兵達の話じゃあ、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア陛下にお目通りしたい』っていう男が1人、来てるんだってさ」
あらぁ……その人、参加日時を間違えていてよ。たった今、大会は終わりましたわぁ……。
「間が悪いのか運が悪いのか頭が悪いのかはさておき、その人、今どうしてますの?」
「さあ。まだ入り口に居るんじゃない?」
ということは、衛兵達の手が煩わされっぱなしってことですのね?うーん、どうしようかしら。
「……いいわ。私、行ってきます」
「あらそ?俺は別に行かなくてもいいと思うけどね。なんというかむしろ、お嬢さんはそのごたごたに巻き込まれないようにそっと逃げた方がいいんじゃないかしら」
「それもなんだか後味が悪いですもの。それに、大抵の野郎なら今の私の恰好を見ただけでほとんどの用件を諦めると思いますわ」
「……うん、確かにね」
ええ。今の私、数々の挑戦者たちの返り血で汚れていますもの。勝者のマントが背に翻る様子がまた一層、強者としての雰囲気を醸し出していて、まあ、余計に近寄りがたいと思いますわ。多分。
ちなみにこの返り血、ドランのも混じってますのよ!私、彼の横っ面に一撃入れた時に鼻血を出させてやりましたわ!うふふ、男前の横っ面に一撃入れてやるってのは中々気分がいいものでしたわね!
「……なーんか嫌な予感がするのよね、俺。ついてっていい?」
「まあ、構いませんけれど……」
な、なんかジョヴァンが不穏なことを言ってきますわ!どうせ杞憂だと思いますけれど、この骨が言うとなんか本当に不穏ですわ!ああ、心配になってきましたわ!どうしようかしら!そしてどうしてくれようかしらこの骨!
でも仕方なくってよ。衛兵達にはさっさと会場の片づけに回ってもらわなければなりませんし、こんな所で闖入者1人のために仕事を滞らせるのはあまりにも無駄というものですわね。
……ということで、私、会場の入り口へとやって参りましたの。
すると。
「だから!僕には正当な権利があるのだと何度言えば分かる!さあ、通してくれ!ヴァイオリアに会いに行かなければ!」
「……何してますの、あなた」
そこに居たのは、驚きの人物でしたわ。
私が呆れながら声をかけると……彼ははっとして、私を見つめて……私の名を、呼びましたのよ。
「ヴァイオリア……久しぶり、だな」
「ええ。お久しぶりですわね、ダクター様」
……ええ。
そこに居たのは、失踪したまま行方知れずだったダクター・フィーラ・オーケスタでしたのよ。
滅びた国の王子が今更何のためにここへ来たのかしら、とか、ああ確かに元王家の兵士であった衛兵達が対応に困るわけですわ、とか、そもそもこいつ生きてましたのね、とか、色々と思うことはあるのですけれど、今はそれらを全て横へ置いておくことへしましょう。
「それで、ダクター様。さっさとそこをお退きなさいな」
とりあえず私は今、目の前にいるこいつをどうにかしなければなりませんわね。
さっさと捕らえてムショにぶち込むというのもアリだとは思いますけれど、兵士達に『元の主人を捕らえろ』というのもねえ……。まあ、元々因縁の相手ですし、私がお相手しても問題ありませんわね。
「な……僕は君に会いにここへ」
「とりあえず、あなた、邪魔なのよ。あなたのせいで兵士達も民衆も困っているじゃあありませんの。今すぐお退きなさい。入り口で騒ぐなんてみっともない」
私がそう言ってやると、ダクター様はやっと周囲の様子に気づいたようですわね。気まずげに道を空けましたわ。
ということは、一応は人間の言葉が通じるのですわね?とりあえず最低限の意思疎通はできそうで安心しましたわ。
「……それで、私に何の用ですの?」
さて。民衆はある程度ひそひそと囁きながらも遠巻きになって、兵士達はしっかりと身構えて、ダクター様を相手にする環境が整いましたわ。
この状況になって初めて、私、ダクター様にそう尋ねましたのよ。
「え、あ……それは」
ダクター様は周囲をちらり、と見て、なんとも気まずげな顔をしていますわねえ……。どうやら、民衆と兵士達の目、ついでに兵士達が向けている槍の穂先が気になるようですけれど。
「……場所を変えたい。いいだろうか」
何様のつもりですの?こいつ。流石にそろそろぶん殴っていいかしら?
……でもまあ、よくってよ。折角いらっしゃったお客様、ですもの。話とやらがあるのなら、ちゃんと聞いてやらなくてはなりませんわね。
「仕方ありませんわね。公務室へ参りましょうか」
私はそう返事をしつつにっこり笑ってやるのですわ。
さて。ダクター様は、私を楽しませる材料を下さるのでしょうね?
ということで公務室まで戻ってきましたわ。要は、王城建設地の横にお兄様が建てて下さった集会所みたいな奴の一室ですわ。
「さあどうぞ、お掛けになってね」
部屋の中はそれなりに調度品が揃っていますから、仮ごしらえの公務室とはいえ、それなりに居心地は良くってよ。今、接客用に用意してあるソファは王城の待合室にあったものですし、座り心地は抜群ですわね。ええ。
「お飲み物は?紅茶でよかったかしら?」
「あ、ああ」
「お砂糖は1つで……ああ、ミルクでいいかしら?レモンは切らしていますの。あ、ミルクの時はお砂糖は2つだったかしら?」
「……覚えていてくれたのか」
「勘違いなさらないでね。私、一緒にお茶を飲んだことがある人のお茶の好みは全員分覚えていますの」
さて。私はお茶を淹れて、ダクター様の前に出してやりましたわ。するとダクター様は少々警戒しながらもそれを飲みましたわね。
……ということは、こちらに信頼を見せている、というわけですわ。どういう目的なのやら。
「はい。あなた達もお茶よ。ジョヴァンはミルクでお砂糖抜き。キーブはレモンでお砂糖1つ。リタルはミルクでお砂糖3つね。ドランは紅茶はやめておきなさいな。レモン水にしておきましたわ。チェスタは……そこらへんのワイン開けていいですわよ」
「女王様手ずから淹れて下さったお茶とは、贅沢だね」
「やった。僕、ヴァイオリアが淹れた紅茶、好きだよ」
「ありがたく頂戴します!」
「貰おう。……できれば酒がいいが」
「駄目よ。お酒はチェスタだけにしておきなさいね」
「わかってんじゃん。この瓶は俺の。ドランは怪我人なんだから水飲んでろよ」
……ということで、今回は同席者がいっぱいいますのよ。ええ。しかも揃いも揃ってヤバそうなのばっかり。
「……あの、ヴァイオリア。彼らは」
「部下ですわ」
「どーも、王子様。お邪魔してますよ。ま、今のあんたは『王子』じゃあないか。とは言っても我々下々のモンとは格の違うお方でしょうからね。まあこっちのことはお気になさらず」
ジョヴァンがちょいと棘の強い言葉を吐いて皮肉気に笑っているのを見て、ダクター様は益々居心地が悪そうですわねえ。
ええ。私、『場所を変える』事には応じましたけれど、『人払いをする』なんて言ってませんわよ!
何なら、私についてきていたジョヴァンが勝手にいつもの面子を集めてくるかどうかなんて私には分からないことですもの!しかたありませんわよねえ?おほほほほ!
「で、元・王子様が何の用?ヴァイオリアだって忙しんだからさっさと済ませろよな」
……ダクター様がキーブのカップを見て『レモンあるじゃないか』みたいな顔してますけれど、ええ。ありますわよ。キーブに出す分とドランに出す分くらいはね。でもダクター様に出すレモンは無かったというだけのお話でしてよ!物事には優先順位というものがあるのですわ!
「その……ヴァイオリア。できれば、人払いを」
「拒否致しますわ。あなた、自分の立場を弁えなさいね?」
ダクター様は、私が滅ぼした国の王子。つまり、敵ですわ。
オーケスタ家がずっと革命軍に反発していたことは明らかですし、その一族の生き残りがのこのこ現れて、警戒しないでほしいだなんて、流石に烏滸がましいんじゃあないかしら?
「それは……」
「言い訳は無用ですわ。あなたにはこの場でその用件とやらを言う以外の選択肢を与えられていませんのよ」
私が一睨みしてやれば、ダクター様は少し怯みましたわね。ええ。私、本気ですわよ。こいつが何を思ってやってきたのかは知りませんけれど、こいつを殺すことに躊躇いは無いのですわ。
「それではもう一度お伺いしますわね。『ご用件は?』」
そして、私がもう一度そう聞くと……ダクター様は、しばらく迷っているようでしたわ。
でも。
ダクター様は、ようやく言いましたのよ。
「ヴァイオリア。僕はあなたに求婚しに来た!」
……え?
「……球根」
「ああ。求婚だ」
あ、玉んこの根っこではなくって、プロポーズの……?
……え?なんでですの?なんで今更?ついでになんで私に?さらに言うならば、こいつ自分の身の程分かってますの?
「つまり、新たな国の女王たるこの私の夫になろうと?」
「そうだ」
「あなた……婚約破棄しましたわよね?」
「ああ。だから改めてもう一度」
「とんだ恥知らずですこと」
バッサリ切って捨ててやりましたわよ。ええ。
だって、意味が分かりまして?こいつ、今更、この関係、この状況で、求婚ですわよ?まるで理解できませんわ!
「王族の立場に戻れるなら、裏切った相手に片膝つくことも構わない、ということですの?浅ましいですわね」
「違う!僕は女王の身分を見て求婚している訳じゃないんだ」
「なら余計に分かりませんわねえ。冗談を言うにしても、もう少しまともな奴を考えてくるべきでしたわね、あなた」
さて。これ以上つまらないことしか言わないようなら、適当に伸してから縛り上げて、焚火の中に放り込むことになりますわね。フォルテシア武道大会の締めくくりの余興程度にはなるかしら。
「……分からないのは僕も同じだ。あなたの心が分からない」
あら、火炙りはお気に召さないかしら?
「どうしてあの時、僕を助けたんだ」
……あら?
あの時?それってどの時ですの?
……あ、思い出しましたわ。アレですわね。ええ。キャロルと聖騎士達をダクター様ごと殺そうとして王家がやらかした時ですわ!
あの時……確かに、ダクター様も会食の部屋から連れ出して、適当な庭に転がしておきましたわねえ。ええ、確かに助けたと言えば助けたと言えるでしょう。
……え?まさかそれを引きずってますの?
「僕をあのまま放っておけば、僕は確実に死んでいただろう。父上や兄上姉上達の裏切りによって……」
ま、まあそうでしょうね。ええ。……思えば、あの時死なせておいたらそれはそれで楽しめましたわね……。少なくとも今、こうした厄介なことにはなっていなかったでしょうし。
「でも、あなたは僕を助けた。それは、どうしてだ?」
「殺したかったからですわ」
正直に答えましたところ、ダクター様は首を横に振って益々『分からない』というような顔をされますわねえ……。
「……殺したかったというのなら、僕を助けなければよかったはずだ。でも、あなたはそうしなかった。僕を殺そうとしたのではなく、生かそうとした。それは、あなたの心が、僕に慈悲を与えてくれたからだろう?」
いえ、死んだら殺せないという話ですのよ?これ。結果的に死ぬことが殺すことになるとでも思ってますの?さてはこいつ、人を殺したことがありませんのね!?
「ヴァイオリア。僕は王族の皆に裏切られて、分かった」
「自分がアホだということが、かしら?」
「ああ、そうだ。僕は馬鹿だった。……僕がとるべき手はただ1つだった」
アホがアホを認めたところでアホなだけでしてよ。
「ヴァイオリア。もし、君の心がまだ僕にあるなら……」
「ないですわ」
「……たとえ、君の心が僕に無くても、僕は君を想っている!君にその気が無いというなら、きっとその気にさせてみせよう。だから、どうか、僕ともう一度……婚約してはもらえないだろうか?」
……私、長く長く、ため息を吐きましたわ。
ああ、なんというか……本当に、どうしようもないお方。
「裏切られて分かった、と仰いましたわね」
「ああ。僕が本当に信じるべきだったのは父上の言葉でもなく、王家というしがらみでもなかった。ただ、あなただけを……」
「全然、分かっていないようですわ」
私、『全然分かってない』目の前の野郎に、言ってやらなければなりませんのね。
「分かったというのならば、あなたがすべきことは求婚なんかじゃあなくってよ。あなたがすべきことは……」
「ただ、私のために面白可笑しく死ぬことだけですわ」
「……君は、変わってしまったな」
「元々がこっちだっただけでしてよ」
私が変わったことといえば、多少、成長したくらいかしら。でもそれって成長であって、『変わってしまった』なんて言われるようなもんじゃあなくってよ。
「私が変わってしまったと感じたのならば、それはあなたが私のことを知らなすぎただけですわね。私はずっと、この調子ですもの」
「なら、城の庭で笑い合った君は一体何だったんだ?あれは全部嘘だったのか?」
「嘘か本当かで言えば本当ですわよ。全部、1人の私ですわ。私、あなたとお城の庭園で薔薇の花を見て笑い合った翌日には魔物を狩って楽しんでいましたわ。今だってそうよ。何人も殺して、何人も陥れて、それでも私、美しい花を見れば美しいと思いますの。何も変わっていなくてよ」
ダクター様には理解できないのでしょうね。ええ。理解できないはずですわ。
彼が考えているのは私の心でもなんでもなくて、ただ『自分が生き残る道をどのようにして得るか』ということだけですものね。きっと。
「……ね?ダクター様。あなただってそうなんじゃなくって?私と婚約して、私を愛する努力を重ねて、お互いに笑い合っておきながら、自分の保身のために私を大罪人扱いして婚約破棄した。……そして今、また恥知らずにも求婚してきている。一度捨てたものをもう一度手に入れようとしているあなたも、ずっと1人の人だったでしょう?」
「そ……それは……」
「そういうことですわ。ダクター様。私の愛が変わってしまったのかと問うならば、まずはあなた自身が私を裏切った罪をあなた自身に問いなさい。そして本当に私に求婚する気なら、罪を清算する心意気くらいは見せてほしいものですわね。例えばこの場で死んでみせるとか」
私がそう言うと、ダクター様は俯いてしまいましたわ。
ええ、そうですのよ。こいつは自分の命と自分の名誉ある未来を天秤にかけなければなりませんの。
確かに、私の夫となれば新たな国の王族ですわね。でも、タダでその身分が手に入る訳は無いのですわ。ましてや、目の前に居るアホがその身分を手に入れることは未来永劫ありませんのよ。
ダクター様はしばらく、茫然自失としたようにしていましたけれど、やがてノロノロと動き出しましたわ。
「……そうか。なら……そうだ、指輪を……」
「指輪?まさか婚約指輪ですの?要りませんわよ、そんなもん」
ダクター様は自分の懐に手を突っ込んで内側を探って、何かを取り出そうとしていますわね。当然、指輪なんて出されても態度を変えるつもりはありませんけれど。というか、何が出てきたって態度を変えるつもりはありませんけれど。
「持ってきたんだ……」
……ダクター様はノロノロとした調子で……上着の内側で、何かを構えましたのよ。
ダン、と、大きな音。
それが銃声だと気づいたのは、ダクター様の上着と私の脇腹とに穴が開いてから、でしたわね。