なんだか現実味がありませんわね。この私が、撃たれるだなんて。しかも、元婚約者に。
一体どこで銃を手に入れたのかしら。うかつでしたわね。フルーティエ家の方から押収でもしていたのでしょうけれど……自分達以外が銃を使うという発想が無かったですわ。
それにしてもまさか、私を撃ちに来るとは思いませんでしたわ!女王の夫の身分が手に入らないならば殺してしまえ、ということなの?随分と思い切ったことをしましたのねえ。私、ダクター様のことは単なる無能だと想っていますけれど、私を撃ったことについてはそれなりに評価してやってもよくってよ!
……銃で撃たれるのって、こんな感覚なんですのね。痛みは熱さによく似ていて、なんだか余計に現実味がありませんわ。
でもその一方で開いた穴からは血がどくどくと流れ出していて、その分だけ、私が死に近づいていくのが分かりますのよ。ええ。それは分かっていますの。
ただ……現実味が無いのですわ。
私が撃たれた直後から、すぐに皆が動き始めましたわ。
チェスタが真っ先に動いてダクター様の横っ面を蹴り飛ばして吹っ飛ばして、それをドランが拘束。
ジョヴァンはすぐに部屋の外へリタルを放り出して応援を呼ぶように命令して、リタルは部屋の外へ駆けていって、キーブは私へ駆け寄ってきましたわ。
「ヴァイオリア!しっかり!」
キーブは自分の上着を脱いで私の傷口に当てて、圧迫しながら止血しようとしていますけれど……それを見て、私、はっとしましたわ。
「触るんじゃあありませんわッ!キーブ!死にたいのッ!?」
なんとか動いた片手でキーブを払いのけましたわ。ええ。私、今この状態で触られるわけにはいきませんわ!
「私の血がどういうものか、あなた、知っているでしょう!」
……だって私の傷からは、猛毒が溢れ出しているんですもの。
「はあ!?そんなの関係ないね!」
けれどキーブは言うことを聞いてくれませんわ。躊躇なく、私の傷口に上着を押し当てて、止血しにかかってきましたのよ。
「キーブ……おやめなさい!」
「黙ってろ!何言われたって僕、やめねえから!」
キーブは動転しているようですわ。しかも情けないことに私、もう、まともに体が動かせませんのよ。痛みに体が麻痺してしまって、キーブの手を払いのけることすらできませんわ。
何なら、キーブを払いのけようにも、私の手はもう私の血に塗れていて、とてもキーブに触れていい状態じゃあありませんの。
「ドラン!キーブを引きはがして!」
ですから私、ドランに助けを求めましたわ。恐らく、彼がこの中で一番冷静なはず。ですから正しい判断をしてくれるでしょう、と信じて。
「……だそうだ。キーブ。悪いがそこを退け」
「やだね!ヴァイオリアが死ぬくらいなら僕が死んでやるよ!どうせ死にっこないけどな!」
「そうか。まあ俺もだが」
……私、信じてましたのに。信じてましたのに……ドランも冷静じゃなかったですわ!
「そういうことだ。悪いな、ヴァイオリア」
ドランはそう言うと……血塗れの私を!抱き上げやがりましたのよーッ!
「あなた死にたいんですの!?」
キーブは駄目ですけれど、ドランも駄目ですわ!なんなら、ドランの方が駄目ですわ!
だって彼、つい昼過ぎまで私と死闘を繰り広げていたんですのよ!?当然、全身に傷があるはずで……そこに私の血が入り込みでもしたら!
「死にたくはないな。だが死ぬ気はない。まあ、安心しろ」
これが安心していられますの!?していられませんわよ!?
「まあまあ、お嬢さん。今は落ち着いて。ね、大丈夫だから。大丈夫。だから……今はちょいと落ち着いててね。うん。ドランとキーブはさ、大丈夫だから。ね」
しかも明らかに落ち着いていない様子のジョヴァンが横から顔を出しつつ、そんなことを言ってきますわ。
……え?大丈夫、って、どういうことですの……?
あ、駄目ですわ、考えようにも頭が回りませんわ。私、一体……?
「おい、ヴァイオリア!大丈夫かよ?一発キメとくか?」
や、薬のお世話には……なりませんわよォ……。
あら、どうしてかしら、なんだか眠くて……ぼーっとして……あら?もしかしてこれ、私、死ぬんですの?
「あー、くそったれ、あのクソ王子絶対に許さねえ……おいチェスタ!ちょいと俺も乗っけてドラゴン飛ばせ!お嬢さん用の薬とか出してくる!」
「分かった!……ヴァイオリア!薬、要るか!?」
「要りませんわァーッ……げほ」
あ、咳き込んだらなんだか血が……血ですわァーッ!?ああーッ!私ったら、猛毒吐き出してますわね!?これはヤバい奴ですわ!誰かの目だのなんだのに入り込んだら殺してしまいますわーッ!
「い、いっそ殺してくださいまし!私、色々撒き散らすくらいならここで死にますわーッ!」
「黙ってろって言ったよね!?ねえ、黙ってて!いいから黙ってて!黙らないならキスするから!」
ひぇっ……キーブに自殺宣言されましたわ!ああ、この子ったらどうしてそんなことを……!今の私にキスなんざしようもんならイッパツであの世行きですわよ!
「……まあ、意識は保ってくれていた方がいい。だが喋るな。文句は後で聞く」
ドランも止めてくれればいいのに、全くキーブを止めてくれませんのよ!それどころか、ドランは私を抱えたまま、せかせか早足で歩き始めましたわ!
動かしたら!私との接触が多くなりますでしょうに!その分、命が危ないでしょうに!なんてことしてくれやがりますのこいつはァーッ!
ドランに運ばれた先は客室の1つでしたわ。そこの寝具がいつの間にか取り払われていて、私はそこに寝かされましたわ。ああーッ!シーツが血塗れにーッ!もうこのシーツ駄目ですわね!汚染ですわ!汚染されましたわーッ!
「お医者様を呼んできました!それから兵士と魔法使い達も!」
そこへリタルが医者だのなんだのを連れてやってきて、私は治療を受けることになったのですけれど……。
「いいな?決して女王の血には直接触れるな」
「触らなきゃいけないところは全部、僕がやるから」
「そういうことだ。100万倍以下の希釈の血に触れる時は俺かキーブが担当する。さあ、指示を出せ」
……な、なんなんですの?これ、どういう状況ですの?ドランとキーブは死ぬ気なんですの……?私、流石にそれは望んでなくってよ……?
でも、私にはもう彼らを止める力もなく……粛々と、私の治療は進んでいったのですわ……。
何回か、意識を失いましたわね。そして、意識を取り戻す度に、状況は変わっていましたわ。
最初に意識を失ってもう一度目を覚ましたら、ドランに傷を縫われていましたわ。
「……ああ、目が覚めたか。意識があるのはいいことだが……まあ、少し耐えろよ?」
「え?……いだだだだだだ!?いっだい!いっだいですわこれ!何してんですの!?」
「縫ってる。安心しろ。俺は自分の体で何回かやっている。腕は悪くないだろう」
私、ちょっと目を覚ましたことを後悔しましてよ。だって私、麻痺毒の類も効かないんですもの。ふっつーに痛みはそのまんまですわ!体を針が貫通していく感覚、分かりますこと!?死ぬかと思いましたわッ!そしてまた気が遠くなりましたわッ!
で、そこでまた意識を失って、次に起きたらキーブに包帯を巻かれていましたわ。
「……あ、ヴァイオリア……起きたの?」
「え、ええ……」
なんというか、この頃には私、すっかり消耗していて、声を出すのも億劫な状態でしたわ。さっき、縫合されていた時に声が出たのはもうアレですわね、あれが最後の力の残りカスだったということでしょうね……。
「もう大丈夫だよ。一応、傷は塞がったから」
「私は……よくってよ。あなたは……」
憎たらしいことに目も霞んでよく見えないのですけれど、それでも、キーブがにんまりと笑ったことだけは、分かりましたわ。
「僕も大丈夫。この通り。勿論、ドランも平気だよ」
そ、それはよかった、ですけれど……。でも、一体どうして?
「……じゃあ、ヴァイオリア。今はゆっくり寝て休んで。後のことはこっちに任せてよ」
キーブはそう言って、私の包帯を巻き終えると……ちら、と、私の方を見ましたわ。
「あ、それから……その、ヴァイオリア」
そして、気まずそうに、言うのですわ……。
「あの、ちょっと今、ヴァイオリアさ、血塗れだから……ふ、拭いておいても、いい?その、ちょっと触っちゃうかもだけれど、その、できるだけ見ないようにするし、気を付けるからさ……」
拭いて……?私の血で、血塗れだから……?キーブが?血に?触り……?
「だめですわ!」
……それからまた意識を失って、起きたらチェスタが私を眺めてましたわ。
「お、起きた」
「……ごきげんよう」
「あー……まあ、俺はあんま機嫌よくねえけど」
「私もですわよ」
私だって機嫌はよくなくってよ。最悪ですわ。傷は痛むし頭は回りませんわ。なんですの、これ。
……更に言いますとね、もっとヤバいことが起きてますのよ。
「ああ、お嬢さん。おはよ。痛み止め切れてきた?ならもうちょっと待ってね。次の奴、あと2時間くらいしないと飲ませちゃ駄目だってさ」
「いえ、まあ……そうじゃなくて、あなた、なにしてますの?」
「ん?拭いてる。お嬢さんがいつまでも血塗れってのはね、流石にどうかと思う訳よ」
ええ。ジョヴァンはお湯で絞った布で私の血を拭いてくれていたわけなのですわ。……ねえこれって、ヤバいんじゃーありませんこと?
「ちょ、ちょっと。あなたどういうつもりですの!?」
「我儘言わないの。キーブにやらせんのは抵抗あったんでしょ?まああいつ、女慣れはしてなさそうだしね。ってことで、ならまあ、俺ならいいかって。役得役得」
……ちょっと言ってる意味もやってることも分かりませんわね?
「あの、ジョヴァン。その、別にそこはいいんですのよ。緊急事態は緊急事態ですし、多少見られようが触られようが構いませんの」
「あ、ほんと?ならまじまじと見つめてもいい?」
「けどね?あなた、モロに私の血に触ってませんこと?」
「え?そりゃあね。俺、多少はもうお嬢さんの毒に耐性ついてるから」
……ん?え?
「説明していただきましょうか。あなた達、一体何をどうやってこうなりましたの?」
ということで、野郎共を招集して緊急会議ですわ。私はベッドの上に寝たきりで、『点滴』とかいうらしいものを施されて動けない状態ですけれどね?ええ、これ、すごいんですのよ。血の代わりになる薬液を血管の中に注ぎ込んでいるんですって。最近の技術ってすごいもんですわねえ……。
……で、私の点滴はいいんですのよ。問題は!今!私の目の前にいる野郎共ですわ!
「私の血に躊躇なく触った理由を各自述べなさいッ!」
「まず俺だが」
「ええ!ドラン!あなた、随分と躊躇なく触ってくれましたわねえ!?しかもあなた、傷だらけでしたわよねえ!?傷口から私の血が入ったら死ぬって分かりませんでしたの!?」
「まあ、死なないからな。もうお前の血にはある程度耐性が付いた」
……しょっぱなからこれですわ!もう意味が分かりませんわ!
「ど、どういうことですの?耐性?それってなんですの?私の血に耐性なんて、つけられまして?」
「ああ。武道大会の褒美にお前の血を貰ったからな。あれを適当に希釈して打っては月光で回復しながら慣れていった。……それなりに時間が掛かったが、今はもうお前の血が多少入り込んでも、手足が多少痺れる程度だな」
ゲェーッ!?この人狼、そんなことしてましたの!?私の血を!?打ったァ!?とんだキチガイがいたもんですわね!?
た、確かに私の血だって毒ですから、ある程度は体の方で慣れることもできる、のかもしれませんけれど……いや、でも確かに、人狼の力を使えばこの程度はできるということ、なのでしょうね……。と、とんでもない野郎ですわぁ……。
「って、ああ!もしかしてキーブも!?キーブもそんなキチガイじみたことしてましたの!?」
「僕はそんな野蛮なやり方してない。もっと賢いやり方でやった。ヴァイオリアの血って要は複雑な魔法毒ってことでしょ?だからちゃんとヴァイオリアの毒を分析して、一部は魔法で対抗できるようにしながら一部は……まあ、何回か魔法毒を飲んで、耐性つけたけど。でも、おかげで直接血管に入ったりしなければ、触るくらいなら大丈夫になったから」
「つまりあなたは賢いキチガイでしたのね!?」
キーブが私の血を欲しがったのもそれでしたのね!?な、なんか裏切られた気分ですわァーッ!
「ち、ちなみにチェスタとジョヴァンは……?」
「ん?俺?うん、なんか元々薬?っつーか魔法系の薬には割と耐性ついちまってたらしくってさ。そのせいかミスティックルビーも2回目くらいであんまり効かなくなっちまって。で、一回割としっかりめにラリってる時に希釈濃度間違えてお前の血、入れちまったことあってさ」
「なにやってんですの!?この天然キチガイ!」
「でもまあジョヴァンが解毒剤ありったけぶち込んでくれたんでギリギリ生きてたし、そん時滅茶苦茶死にそうだったけど滅茶苦茶よかったからもう一回やってみっかな、またもう一回やってみっかな、ってやってたらまあ、ミスティックルビー原液じゃねえとラリれなくなってた。しかもそれジョヴァンに言ったら、なんかリューゲルんとこ連れてかれてなんか腕に仕込まれた……」
「あ、仕込ませたのはキーブの研究ね」
「あ、でも大丈夫だぜ。ちゃんと原液ならトべるから!」
「流石天然モンのキチガイはやることが違いますわねェ!?」
チェスタの評価が一気に変わりましたわ!こいつはいろんな意味でやべえ奴でしたわ!
「ちなみに俺は元々、多少は毒の類に耐性あったのよね」
「え?そうでしたの?」
「言ったでしょ。俺、元々は貴族の家の子だったのよ、お嬢さん。何かの時に使えるかもってことで、毒っくらいチビチビ盛られてたに決まってるでしょーが」
あー……あ、そういえばそういう……。確かに、何かあった時のため、不義の子を影武者代わりに育てておくということはやられる手段ですけれど……。
「あとはキーブの研究手伝うフリして、ちょいとね」
「僕の努力を盗みやがってさあ……」
しかもそういうことやってたんですのね?
キーブが私の血の分析をしてたっていうのもびっくりですけれど、それを自分で試す気になったことにもびっくりですわぁ……。
「……とりあえず分かりましたわ。あなた達、揃いも揃ってキチガイ揃いでしたのね?」
なんというか、私、全く気づきませんでしたけれど、とりあえずこいつら全員キチガイでしたわ。もうリタルぐらいですわ、真っ当な奴は……。
「ちなみにリタルもがんばってるらしいよ。翌日が休みの日の夜とかに頑張って毒飲んでる」
「頑張らせるんじゃーありませんわッ!あの子までキチガイにしないで頂戴なッ!」
本当に!本当にリタルには悪い事しましたわーッ!
「……けれど、どうしてあなた達、そんなアホなことする気になったんですの?」
さて。目の前の野郎共がキチガイだってことは分かりましたけれど、そこに至った理由は分かりませんわね。
だって、わざわざ死へ近づく理由ってありまして?いえ、チェスタはまあ、分かりますけれど……。
「……今、既にその答えは出ていると思うがな」
「え?」
「お前が血を流した時、近づける者が1人も居ないというわけにはいかないだろう」
……え?
「ヴァイオリアが怪我することって滅多にないとは思うけど、そういう時ほど傍に居たいじゃん。なのに、怪我したら触っちゃいけないなんてさ、ちょっとどうかと思うよね」
「ま、女王陛下を救える手は多い方がいいでしょ。この国の安寧の為にもね」
……なんというか。
本当に、予想外、でしたわ。
別に頼んでもいませんし、むしろ頼むなら『馬鹿なことはおやめなさい』と頼みたかったところですけれど……でも、このキチガイな野郎共のおかげで私、今回は助かってますのよね……。
……変な気分ですわ。私、自分の血は最強だと思っていましたのに。こうも簡単に突破されてしまうなんてね。魔法毒であるという点で、魔法的な突破方法が使えてしまうのが問題なわけですけれど、しかしまさかこんなことになるなんて……。
まあ、今まで『希釈した血を延々と与え続けて耐性がつくかどうか確かめる』なんてことはしたことがなかったわけですし、『血に含まれる魔法を分析する』なんてこともやったことはありませんでしたし、殺すラリらせる以外の用途で使った事もありませんでしたし、耐性なんて気にもしませんでしたけれど……。
……本当に変な気分ですわ。
でも、嫌じゃあ、ない、と思いますのよ。多分。
翌日にはお兄様が飛んで帰ってらっしゃいましたわ。
「ヴァイオリアーッ!無事かーッ!」
「ええ!この通り、無事でしてよ!」
お兄様は私が凶弾に倒れたという報せを受けて、すぐさま隣国から戻ってらっしゃったらしいんですのよ。申し訳ないことをしましたわぁ……。
「ふむ……まあ、一応は無事、ということか。ならよかった……」
「ご心配をおかけしましたわね」
「ああ。全くだ」
お兄様は私のベッドの横の椅子に深く腰を下ろされて、それから、じっと私を見つめられましたのよ。
「……だが、よかった。お前が無事で。そして、お前を救う者が、ちゃんと居て」
ですから私、頷いてお答えしましたわ。
「ええ。私、こんな悪党ですけれど、愛すべき仲間(キチガイ)達に恵まれましたのよ」