MACROSSΔ INFINITY   作:旭日提督

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Mission -01 蒼穹のプロローグ

A.D.2059 Sep.1,In orbit around THE Planet of“Vajra

西暦2059年9月1日、惑星 “バジュラ”軌道上

BGM:Bokura no Senjou(Instrument)

BGM:僕らの戦場(Instrument)

 

 

「行っくぜぇ、カワイコちゃん! イヤッホォォオオォォオウ!!」

 

 惑星バジュラ

 

 閃光と爆炎が果てしなく続く蒼穹の空を、一機の戦闘機が駆けていく。

 

 人目も憚らず己の思うがままに飛翔するクリーム色と黒色に彩られたその機体は、民間軍事プロバイダー・S.M.Sに所属するイサム・アルヴァ・ダイソン予備役少佐が駆る凶鳥、VF-19EF/A “イサム・スペシャル”だ。

 

 老朽化したVF-19シリーズの近代化改修を名目に、イサムの無茶振りに応えるべくかの機体の生みの親、“ヤン・ノイマン設計室”によって考え得る限りの魔改造が施されたこの機体は、最新鋭のVF-25にも匹敵する加速力とイサム当人の類稀なセンスが磨いた空戦機動によって、性能で上回る筈のギャラクシー船団が誇るVF-27ですら赤子の手を捻るように撃墜する。

 

 そもそも、何故彼が統合政府の統率が及ばない遠く離れた銀河系の奥地で、その天性の才に愛された翼を羽ばたかせて翔けるのか。

 

 その要因こそ、彼の眼前の"敵機"を駆る主、他ならぬ統合政府が送り出した大規模移民船団の一つ、第25次新マクロス級超長距離移民船団・通算第51次超長距離移民船団、マクロス・ギャラクシー船団を束ねる集合意識体が画策した恐るべき陰謀にあった。

 

 彼等は銀河規模のインプラント・ネットワークを構築し、全人類の思考を最上位から支配しようとする銀河並列思考ネットワーク計画を成就させるべく、超時空生命体バジュラが持つフォールド波によるネットワーク機構を悪用せんと蠢動していた。

 

 バジュラクイーンを意のままに操り銀河全土を自らの支配下とするべく暗躍する、マクロス・ギャラクシー船団。その上層部である集合意識体が束ねる超時空生命体・バジュラの群が、フロンティア船団護衛艦隊主力に襲いかかる。

 彼等は自らの旗艦、バトル級可変ステルス攻撃宇宙空母〈バトル・ギャラクシー〉を、得意とする最先端のインプラント技術を用いてバジュラクイーンと融合させて造り上げた異形の巨体、“クイーン・ギャラクシー”を以て、フロンティア船団主力と新統合軍・S.M.S連合艦隊に牙を剥いた。

 

 〈クイーン・ギャラクシー〉が放つ無数のエネルギー砲火と無人機や戦闘バジュラが放つマイクロミサイルの群を踊るように躱しながら、彼のVF-19は軽やかに駆け抜けていく。

 

「アホが! ハイテクに頼りすぎなんだよっ!」

 

 彼のVF-19EF/Aは、ギャラクシー船団の精鋭部隊と無人攻撃編隊からなる包囲網を、紙一重で軽快に食い破っていく。

 

「どいつもこいつも! 教科書以下の動きしかしねぇな!」

 

 イサムが瞬時に機体をバトロイドに変形させ、ガンポッドを乱射する。

 敵のVF-27βは、驚くほど正確に連携し、そして驚くほどあっさりと彼に撃墜されていく。

 

 彼らは「個」ではない。マクロス・ギャラクシー船団の集合意識体という「全体」にとって最適化されたシステムの一部であり、イサムという脅威を排除するためなら、自機を盾にして爆散することすら躊躇わない「特攻兵器」だ。

 

(つまんねえ。……ゴースト撃ち落としてるのと変わんねえぞ)

 

 インプラント改造されたサイボーグ兵専用の超VF

 

 そんな前評判を彼の前では悪い意味で覆すモスグリーンの"ゴースト"を相手取るなかで、一抹の退屈が彼の感性を過ぎる。

 既にそのパターン化された動きを読み切ったイサムにとって、幾ら超機動といえどそれは無人機(ゴースト)と何ら代わり映えするものではない。

 既に"作業"と化した空戦に飽き飽きとしてきたためか、彼の双眸には退屈の色が浮かんでいた。

 イサムが欠伸を噛み殺そうとした、その時。

 

《Crazy Horse HQ:Alpha 1,Unknown rapidly approaching》

《クレイジー・ホースHQよりアルファ1、アンノウン急速接近中》

 

「チッ、今度は何だぁ」

 

 母艦からの通信が、彼の意識を戦場へと呼び戻す。

 

《ターゲット捕捉。……排除する》

 

 一機の灰色の機体が、死角から音もなく忍び寄る。

 

 先ほどまで相手取っていたものと何ら代わり映えしない、ありふれたVF-27β。

 

 イサムは、反射的に操縦桿を倒す。

 

 通常のサイボーグなら、ここで相討ち覚悟で突っ込んでくるタイミングだ。

 既に十数機の同型機を撃ち落とした彼にとって、その機動を読むことは赤子の手を捻るよりも容易い───筈だった。

 

 だが、その機体は違った。

 

 イサムがカウンターの機銃を放った瞬間、その機体は──

 

「あ?」

 

 イサムの目が、猛禽類のように細められた。

 

(避けた? 今、こいつ……任務(オーダー)より(ライフ)を優先しやがった?)

 

 敵機はほんの一瞬、コンマ数秒だけ反応を遅らせ、イサムの弾道を()()する挙動を見せたのだ。

 

 通常のVF-27ならば、直線的な高G機動で敵を翻弄するかのごとく、しかし彼の手に掛かればパターン化された単純な動きで容易に予測可能な機動で飛翔する筈が、それは彼の本能に裏打ちされた予測計算を裏切って"躱した"。

 

 結果、イサムの弾丸はコックピットを外れ、左翼を掠めただけに終わる。

 

 他のVF-27は、被弾など意に介さず突っ込んでくる。だが、こいつだけは"撃たれまい"という空戦の本能、そして"墜とされるものか"という、生物として当たり前の、しかしこの戦場では異端な()()()()を見せたのだ。

 

「ハッ! …………面白え!」

 

 イサムは、スロットル全開でその灰緑の機体を追いかけた。

 逃げる。速い。

 だが、その逃げ方は、計算された乱数機動ではない。

 必死で、泥臭く、そして何より「生き汚い」。

 この戦場では終ぞ見ることは叶わないと思っていた、本物の"翼"。

 それを感じた彼の胸は、自然と高揚に満たされていく。

 

 イサムは、口元を吊り上げた。

 

「いるじゃねえか! "中身"が入ってる奴がよ!」

 

 イサムは、その機体が放つ"ノイズ"を感じ取っていた。

 BDIシステムを介してギャラクシー船団の集合意識体が送る「死んで役目を果たせ」という命令に対し、パイロットの脳が「ふざけるな」と拒絶し、その衝突が機体の挙動に人間臭い迷い(ラグ)を生んでいる。

 

「いいぜ、お嬢ちゃん。……その"反抗期"、俺が買ってやるよ!」

 

 翼を翻して再び機首を此方に向けた敵機から、高出力のMDE重ビーム砲が放たれる。

 

 一般のパイロットでは回避すらも叶わない、完璧なタイミング。

 

 しかしイサムは、背後から迫る高出力ビームを、瞬時に自機をバトロイドへと変形させながらの背面跳びで回避した。

 

 だが、VF-27は減速することなく、イサムの動きを先読みしたかのように追随し、至近距離からピンポイントバリア・ナイフを突き出した。

 

《捕捉。回避不能》

 

 敵パイロットのインプラントが、イサムの回避パターンを完全解析し、逃げ場のない"詰み"を弾き出す。

 

 常人のパイロットなら、例えば幸運が微笑み重ビームを躱せていたとしても、そこで終わっていただろう。

 

 だが、相手が悪かった。

 

「……計算通りに動くと思うなよ、優等生ちゃん!」

 

ガギンッ!! 

 

 イサムは、VF-19のピンポイントバリアを拳に集中させ、VF-27のナイフを「殴り」飛ばした。

 そして、物理法則を無視したアドリブ全開の機動で、VF-27の頭上へと躍り出る。

 

《!? データにない挙動。予測不能》

 

 敵機の処理が、コンマ数秒遅れた如く、瞬間的にフリーズした。

 

 それを見逃すイサムではない。

 

 

「空はな、計算式じゃねえんだよ!」

 

 イサムは、VF-19の全翼を展開し、"風"を掴むような軽快かつ優雅な動きで、VF-27の死角に滑り込んだ。

 

「チェックメイトだ!」

 

ズダダダダッ! 

 

 ガンポッドが火を噴く。

 

 だが、イサムが狙ったのはコックピットではなかった。

 

 VF-27の主翼、エンジンナセル、そして頭部のセンサーユニット。

 

 殺さず、無力化するための、神業のような精密射撃。

 

《損傷甚大。戦闘継続不能。……理解、不能》

 

 炎を上げて墜落していく、灰緑のVF-27。

 そのパイロットは恐らく、産まれて初めて「敗北」というエラーコードを吐き出したのだろう。その表情には、凡そサイボーグ兵には不相応な驚愕が滲んでいた。

 

 なぜ撃墜しなかったのか。なぜ計算が外れたのか。

 

 瞳に一抹の疑問と怪訝、そして何よりも"生存した"ことへの安堵を無意識のうちに浮かべながら、彼女はマニュアル通りの操縦で惑星地表への不時着を試みる。

 

 薄れゆくその意識の中で、通信越しに男の声が聞こえた。

 

《いい腕だ。……だがな、機械に使われてるうちは、俺には勝てねえよ》

 

 誇らしげに翳された、彼の機体の機影が落ちた。

 

 空に溶け込む流麗なフォルムと空を切り裂く前進翼を誇示しながら、彼の言葉が無線越しに流れてくる。

 

《次は自分の「意志」で飛んで来な。……お嬢ちゃん》

 

 

___BGM Out

 

 

THE Planet “Planet Vajra”surface

惑星 “バジュラ”地表

 

 

 バジュラ本星での戦闘が終結してから、数時間。

 

 戦火の煙が燻る海岸線に、一羽の翼が不時着していた。

 翼は折れ、エンジンは停止している。あのクリーム色のVF-19に、急所(コックピット)以外を正確に破壊されたモスグリーンの戦乙女(バルキリー)、VF-27βだ。

 

「…………」

 

 堅い装甲に包まれた、機体のキャノピーが開かれる。

 

 "彼女"は子鹿のようにおぼつかない足取りでよろめきながら、這々の体で機外へと這い出した。

 

 ───頭が、割れるように痛い。

 

 これまで脳内を支配していた、マクロス・ギャラクシー船団中枢を統べる集合意識体からの強制リンクがプツリと途絶え、指令コードが消失する。

 船団幹部が斃されてクイーン・ギャラクシーが()()したことで、彼女は突然、広大な宇宙にたった一人で放り出されたような()()に襲われていた。

 

(命令が……ない)

 

(私は、どうすればいい? 自爆か? 待機か?)

 

 空虚に放り出されたインプラントの思考回路が、命令を求めて空転する。

 だが、そのノイズの合間に、あの男(イサム)の声が蘇った。

 

 ───自分の意志で飛んで来な。

 

「───、意志……」

 

 掌に視線を落とし、その華奢な細腕を視界に収める。

 

 初めてまともに踏んだ、天然の土。

 

 機体から這い出るときにでも付いたのだろう。

 泥と草の繊維で汚れたその手を、無機質な瞳で観測するように見つめていた。

 

(…………空、か)

 

 精々しいほどに晴れ晴れとした晴天の青空を照らす恒星に、汚れた掌を翳して見上げる。

 

 その時、上空から轟音が響いた。

 

 新統合軍の救難ヘリと、完全武装のVF部隊だ。彼らはフロンティア船団の部隊ではなく、後詰めとして展開していた"地球本国軍の情報部直轄部隊"だった。

 

「動くな! 手を上げろ!」

 

 流れるような見事な手つきで救難ヘリから降下した黒尽くめのEXギアを纏った集団から、無数の銃口が向けられる。

 通常なら、機密保持のために自爆シークエンスが起動する場面だ。

 だが、彼女は動かなかった。自爆コードを入力する指が、止まっていた。

 

 …………

 

 彼女は、泥にまみれた手で、空を掴むように上げた。

 視線を空から眼前の黒尽くめの集団へと戻し、両掌を開く。

 それは降伏のサインであり、初めて彼女が自分の意志で選んだ「生存」への渇望だった。

 

 黒尽くめの集団に続いて、着陸した救難ヘリから端正な白い軍服を纏った男が降りてくる。

 

 新統合軍の将校だ。

 

 彼は"彼女"元へ歩み寄ると、その首筋にあるインプラント端子と墜落したVF-27に視線を落として値踏みするように目を細めた。

 

「ギャラクシーのサイボーグ兵か。……生体部品(Bio components)としての価値はありそうだな」

 

 男は、セイレーンに銃を突きつけたまま尋ねた。

 

「選択肢をやろう。このまま"故障した兵器"として、無様に廃棄処分される道を辿るか。……それとも、我々(新しい飼い主)のために、その性能(スペック)を提供するか」

 

 彼女は、硝子玉のような瞳で男を見返した。

 

 その口元が、僅かに動く。

 

「…………条件がある」

 

「ほう?」

 

「私を"部品"ではなく、"パイロット"として扱え」

 

 凛とした、それでいて心地よいほどに澄んだ力強い音色が辺りに響く。

 

 "彼女"は恐らく産まれて初めて、確たる意思を込めて自らの軌道(レール)に置かれた分岐器(ポイント)のレバーを倒した。

 操縦桿を引くかの如く、高らかに。そして晴れやかに。

 

「私は───私の翼で翔ぶ。そこだけは履き違えるなよ、政治屋」

 

 将校は、驚いたように眉を上げ、やがて薄ら笑いを浮かべた。

 

「面白い。……自我が残っていたとはな。いいだろう、契約成立だ」

 

 男が片腕を上げると即座に、彼の後ろに控えていた白衣を纏った医療班が彼女に駆け寄る。

 "彼女"は、手際よく用意されていた新品の無機質な担架へと乗せられながら、燃え尽きた戦場を見上げた。

 

 …………ギャラクシーは、滅んだ。

 

 しかし───自分はまだ、生きている。

 

 ──見ていろ

 

 ガタガタと伝わる担架の振動を背景に、彼女は静かにその胸中で蒼い焰を燃え滾らせた。

 

(私は生き延びる。……そしていつか、私の翼で、この空を掴んでみせる)

 

 どこまでも続き蒼穹に掌を翳しながら、言葉にならない自らの意思を高らかに叫ぶ。

 

 ──此処は…………私の空だ

 

 掌に落ちる、ソラノカケラ。

 

 離すまいと掴むように、彼女は広げた掌を握り締めた。

 

 それが、彼女が“セイレーン・アルファ”というコードネームで呼ばれるようになる前の、名も無き少女としての最初で最後の誓いだった。

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