MACROSSΔ INFINITY   作:旭日提督

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Mission 02 灰色の魔女

A.D.2067 Aug.25,The Planet “Ragna”,Battleship “Macross Elysion

西暦2067年8月25日、惑星ラグナ 戦艦〈マクロス・エリシオン〉

 

 惑星ラグナの青い海を見下ろすように鎮座する、ケイオス・ラグナ支部の拠点、SDF/C-108 マクロス・エリシオン。

 

 戦術音楽ユニット『ワルキューレ』の拠点を兼ねたこのマクロス級戦艦は、近年に生産が始まった800m級の可変機構を備えた新鋭艦であり、強攻型と呼ばれる人型形態で首都バレッタシティを見下ろす姿は何者にも変えられない頼もしさと畏怖を植え付ける。

 その深奥にある艦長室は、重苦しい紫煙とコーヒーの香り、そして隠しきれない焦燥感に包まれていた。

 

「…………冗談でしょう、艦長」

 

 一人の男が、デスクに放り投げられた電子端末(データパッド)を睨みつけ、低い声で唸った。

 ケイオス・ラグナ支部 第三戦闘航空団 Δ小隊隊長、アラド・メルダース少佐だ。

 その画面には、新統合軍本部からの辞令と、一人の女性士官のプロフィールが表示されている。

 添付された写真は、氷のように冷ややかな美貌を持つ、銀髪の女性士官の姿が映し出されていた。

 その瞳は硝子玉のように無機質で、見る者に絶対零度の威圧感すら感じさせる。

 

「冗談なら、どれほど良かったか」

 

 マクロス・エリシオン艦長を務め、そしてケイオス・ラグナ支部を率いる、艦長服に身を包んだ緑肌の巨漢、アーネスト・ジョンソン大佐は、深々とシートに背を預け、天井を仰いだ。

 

「決定事項だ。……新統合軍総司令部直轄、第616戦術特務飛行隊『ガーゴイル』。その隊長自らが、我々の『技術交流』のために出向してくる」

 

()()()()()が技術交流、ですか」

 

 アラドは鼻で笑う素振りを見せたが。その笑みに陽気さは欠片もない。

 

「聞こえはいいですが、要するに『査察』でしょう。……それも、一番質の悪い『掃除屋』を寄越してくるとは」

 

 アーネストは、ゆっくりと頷いた。

 

 彼らの懸念は、単なる人事異動への不満ではない。

 この時期──ヴァールシンドロームの脅威が増し、球状星団全体で情勢への緊張が高まる中での、軍部の「異物」の混入。

 それは、ケイオスとワルキューレの存在意義を根底から揺るがしかねない、政治的かつ軍事的な猛毒だった。

 

「態々神話の怪物を名乗っている辺り、只者って訳じゃあないでしょう」

 

「その通りだ。十中八九、コードネームだろうな」

 

 アーネストが、電子端末の(ページ)をめくる。

 

「プロフィール上では『ヴァールへの耐性を有する特務士官』とあるが、それの意味するところは明白だろう」

 

「"サイバーグラント"、ですか……。噂には聞いたことがあります」

 

 アラドは、画面の女性──セイレーンを見据えた。

 

 軍のパイロットたちの間で、その噂知らぬ者はいない。

 

 曰く、マクロス・ギャラクシー船団の技術を利用した、感情に囚われない最強のサイボーグ兵。

 曰く、その冷徹なサイボーグパイロットの小隊が、人知れずヴァールに罹った友軍機を()()しているのだという。

 恐怖と、嫌悪と、畏怖の対象だ。

 

「『歌を必要としない掃除屋』。あるいは『ギャラクシーの亡霊』」

 

 アラドが忌々しげにその噂を口にする。

 

「元・新統合軍の俺が言うのもなんですがね」 

 

 アラドは、かつての古巣の闇を思い出すように眉をひそめた。 

 

「今の軍主流派にとって、我々ケイオスは目障りなんです。歌だの愛だのと不確定な要素に頼り、民間企業のくせに最新鋭機を乗り回して、英雄気取りでいる」

 

「ああ。奴らは、我々のやり方が気に入らない。……だからこそ、彼女を送り込んできた」

 

 アーネストは、葉巻の煙を吐き出した。 

 

「彼女は、全身を機械化したサイバーグラントだ。感情に左右されず、恐怖を感じず、Gリミッターも存在しない。……軍が考える『理想のパイロット』の完成形だよ」

 

「そんな奴を、Δ小隊に混ぜる気ですか? それに、ワルキューレの連中にも悪影響が出ます」

 

「拒否権はない。これはレディMも絡んだ、高度な政治的取引の結果だ」

 

 拳を握り締めたアラドをよそに、天井を見上げながらアーネストが諦観を含んだ視線を向けた。

 

「それに、奴らの狙いはワルキューレだけじゃない」

 

 アーネストが、デスクのホログラムを起動する。

 そこには、現在ケイオスで運用中の最新鋭機、VF-31 ジークフリードの設計データが表示されていた。

 

「スーリヤ・エアロスペースとの共同開発機……。こいつのデータも、標的だ」

 

 VF-31は、YF-30 クロノスをベースに、新星インダストリーと、L.A.I、飛鳳航天工業公司、バーラトが合併して設立された合弁企業「スーリヤ・エアロスペース」によって開発された。

 

 だが、その開発経緯は複雑だ。

 

 Δ小隊が運用するVF-31ジークフリードは、表向きVF-31A カイロスの改造機という体裁を取っている。

 しかし、その実態は基本的な設計を共有しているだけのハイエンド機であり、コスト度外視でフォールドクォーツを搭載し、ピンポイントバリアやエネルギー転換装甲、そして空力特性を改善し強化した、いわば「特注のチューンナップ機」だ。

 

「我々は、『ジークフリード』の開発にあたり独自の改造やオプションパックの使用を許されているが…………どうもそれが気に入らん奴もいるらしい。()()()()なんて大層なお題目で、それを丸裸にするのが狙いだろう」

 

 アーネストは分析する。 

 態々技術交流という名目であからさまにサイバーグラントを寄越してくる意図など、誰の目にも明らかだ。

 VF-31 ジークフリード…………SYF-31の開発にあたってその拠点をここケイオス・ラグナ支部へ移したことは、肝煎りでその開発を進めてきた新統合軍も了承している事項の筈だ。

 しかし、当初から軍はそれに懸念を表明していたように、今回の彼女の派遣は、軍から見てヴェールの"向こう側"へと飛んでしまったSYF-31の全貌を手中に収めようという試みに他ならない。

 

「だからこそのサイボーグ、ですか。テストパイロット気取りで、俺達のジークフリードを値踏みするために」

 

「もっと悪いかもしれんぞ」

 

 アーネストが、皮肉っぽく笑う。

 

「『こんなオモチャより、私のインプラントと操縦技術の方が上だ』と証明しに来るのかもしれん」

 

「だといいんですがねぇ。その方が、俺も色々とやりやすいんですが」

 

 アラドは、ふっと息を吐き、顔を上げた。

 その目には、元軍人としての冷たさではなく、Δ小隊隊長としての熱い光が宿っていた。

 

「……上等だ。軍が何を企んでいようと、現場に来れば関係ありません。……空を飛ぶのは、理屈じゃねえ」 

 

 アラドは、セイレーンの顔写真──その冷徹な瞳を指で弾いた。

 

「機械だろうが、サイボーグだろうが、空の上ではただのパイロットだ。……ウチの連中も、ただのアイドルやお行儀のいい兵隊じゃありません。計算と効率だけの女に、俺たちの"風"が読めるもんか」

 

 アラドは、ニヤリと笑った。

 

「それに、技術交流ってのは、お互いの手の内を晒すってことでしょう? ……逆に、あっちの技術を食ってやるくらいの気概でいきますよ」

 

「頼もしいな」

 

 勇壮なアラドの言葉に対して、アーネストもまた不敵な笑みを以て返した。

 

「その通りだ。彼女が『毒』になるか『薬』になるかは、こちらの扱い次第。……毒を以て毒を制す、という手もある」

 

「ええ。……精々、手厚く歓迎してやりますよ。この『ガーゴイル』のお姫様を」

 

 アラドは敬礼し、踵を返した。

 その背中には、これから始まる困難への覚悟と強い意志が滲んでいた。

 

 扉が閉まる。

 

 一人残されたアーネストは、再びセイレーンの写真を見つめた。

 

「セイレーン……。神話の怪物の名を冠する少女か」 

 

 彼は、窓の外に広がるラグナの青い空を見上げた。

 

「……鉄と計算でできた君の翼が、この空でどう変わるか。あるいは、折れるか。───見せてもらおうか。新統合軍の最高傑作の実力とやらを」

 

 

 …………………………………………………………

 

 

 その数日後。惑星ラグナの上空に、一筋の異質な飛行機雲(コントレイル)が引かれた。

 

 この星特有の、鮮やかで生命力に満ちた青い空。それを切り裂くように現れたのは、無機質で病的なまでに灰色の制空迷彩を纏った機体だった。

 

 RVF-171EX/Block 52+ “ナイトシーカー”

 

 本来、宇宙空間での電子戦や索敵を主任務とするこの機体は、大気圏内での空力特性において致命的な欠陥を抱えている。

 

 背面に背負った巨大な円盤型レドームは、空気抵抗の塊となって気流を乱し、機体のバランスを絶えず崩そうとする。さらに、機体下部に増設された電子戦用ブレードアンテナを兼ねた大型の垂直尾翼は、着陸時のクリアランスを極端に狭め、パイロットに針の穴を通すような精密な進入降下角(ディセント・アングル)の維持を強いる。

 

 ───大気密度、湿度、風向。すべて想定内。

 

 コックピットの中、セイレーンは氷のような無表情で操縦桿を握っていた。

 彼女の首筋にあるインプラント端子が、機体のフライトコンピュータと直結し、翼の上を流れる空気の剥離すらも、自身の皮膚感覚として知覚する。

 

 眼下には、巨人の姿でバレッタシティに鎮座するケイオス・ラグナ支部の母艦〈マクロス・エリシオン〉。その左腕にドッキングされたエンタープライズ級航宙航空母艦、CV/C-109〈アイテール〉の広大な飛行甲板が、彼女の機体を待ち受けている。

 

「ガーゴイル1、アプローチに入る」

 

《アイテールHQ了解。ガーゴイル1、着艦を許可する》

 

 セイレーンはスロットルを絞る。

 

 機体が降下を始めると同時に、ラグナ特有の複雑な海風がレドームを叩いた。機首が大きく右へ流されそうになる。

 通常のパイロットであればラダーとフラップで調整を試みるだろう局面だが、その加減を誤れば失速(ストール)して再アプローチを強いられる場面だ。

 

 セイレーンは、動じない。

 

 彼女は修正舵を当てるのではなく、各部の偏向ノズルの推力をマイクロ秒単位で非対称に制御し、機体全体を「滑らせる」ようにして風を受け流した。

 

「進入速度、並びに接地角度、適正。着艦まであと3秒」

 

 重く、不安定な機体が、まるでレールの上を走っているかのような安定感で甲板へと吸い込まれていく。

 タイヤが甲板を叩く衝撃すら、最小限に抑え込まれていた。

 アレスティング・ワイヤーがフックを捉え、灰色の機体は、計算された停止線の真上で、ピタリと静止した。

 

 風も、重力も、空気抵抗も。

 

 すべてをねじ伏せた、完全無欠の着艦。

 

 キャノピーが、開く。

 装甲に覆われた全天周囲モニターの繭から身を乗り出したセイレーンは、ヘルメットを小脇に抱えてタラップを降り立った。

 高層ビルに匹敵する高度に位置する〈アイテール〉の甲板にまで微かに流れ込む潮の香りと、南国の湿った熱気が、彼女の白い肌を包む。

 しかし病的なまでに透明な白磁の肌は、澄ましたように汗一つ浮かべない。

 その硝子玉のような瞳は、出迎えに現れた整備兵たちの驚愕の表情など歯牙にもかけず、ただ冷徹に、現地(アウェー)の空気を見定めていた。

 

 

 

「……とんでもない化け物が来たな」

 

「ええ」

 

 マクロス・エリシオンのブリッジから、その着艦の一部始終を見下ろしていた男達がいた。

 Δ小隊隊長、アラド・メルダースと、小隊が誇るエースパイロット、メッサー・イーレフェルト中尉である。

 彼は腕を組み、険しい表情でモニターに映し出された灰色の機体を睨んでいた。

 嘗て新統合軍に所属していた彼らもまた、VF-171を駆っていた経験がある。だからこそ分かるのだ。あの機体であのような機動を行うことの異常性が。

 

「あのレドームを背負って、失速寸前の低速域であれほど安定させるとは……」

 

「……凄いですね! オートランディングですか?」

 

 彼等の横にいた女性士官、エリシオンのブリッジで管制を担当するオペレーターの一人、ニナ・オブライエンが、感嘆の声を漏らした。

 

「いや」

 

 メッサーは、即座にそれを否定する。

 

「あれはマニュアルだ。……風の息遣いを読んでいたわけじゃない。風が吹く前に、機体を最適な形に移動(スライド)させていた。……まるで、これから起こる乱気流がすべて見えているかのように」

 

 人間離れした予測演算と、機械的な反射神経。

 

 噂に聞く機械化兵(サイバーグラント)の実力に、メッサーは戦慄した。

 

「感情がないからこそ、恐怖もない。……恐怖がないから、極限まで機体を不安定にできる」

 

 メッサーは、拳を握りしめた。

 

 ヴァールどころか感情すらものともしない、呼吸する機械。

 それは、ヴァールの恐怖と戦いながら飛ぶ自分たちとは、対極にある強さだった。

 

 彼は、これから共に空を飛ぶことになる「異物」に対し、強烈な警戒心と、パイロットとしての純粋な興味を抱かずにはいられなかった。

 

 

 …………………………………………………………

 

 

 〈マクロス・エリシオン〉の艦内通路を、セイレーンは規則正しい足音を響かせて歩いていた。

 案内役のケイオス職員が小走りでついてくるが、彼女は視線も合わせない。

 彼女のインプラントは、すれ違う職員のID、監視カメラの死角、隔壁の厚さ、そして換気ダクトの構造までを瞬時にスキャンし、頭の中の3Dマップに書き込んでいく。

 

 ───セキュリティレベルは……まぁまぁか。民間にしては厳重だが、ザルだな。

 

 彼女は内心で鼻で笑った。

 民間とはいえ軍事組織。そこらの牙を抜かれた辺境軍に比べればそのセキュリティはまだマシだが、彼女の巣ともいえる軍の正規艦隊に比べれば、遊び場のようなものだった。

 

 やがて、重厚な扉の前に到着する。

 

 艦長室だ。

 

 彼女は軍服の襟を正し、一瞬で「完璧な軍人」の仮面を被った。

 

「入れ」

 

 くぐもった声と共に扉が開く。

 

 中には、二人の男が待っていた。

 

 マクロス・エリシオン艦長、アーネスト・ジョンソン。

 そして、Δ小隊隊長、アラド・メルダース。

 

 セイレーンは入室するなり彼らの正面まで歩み寄り、音が出るほどの鋭さで端正な敬礼を披露した。

 

「新統合軍総司令部直轄、第3遊撃空母艦隊所属、第616戦術特務飛行隊『ガーゴイル』隊長。セイレーン大尉です。本日只今をもちまして、ケイオス・ラグナ支部への着任を申告します」

 

 その声には、一切の抑揚がない。

 

 挨拶ではなく、事実の確認。

 

 上官に対する敬意というよりは、プログラムされた儀礼を実行しているだけのような冷たさがあった。

 

「遠路はるばるご苦労さん、大尉。楽にしてくれ」

 

 アーネストが椅子を勧めようとしたが、セイレーンは動かない。

 

「いえ、結構です。立ち話で済む要件でしょう」

 

 彼女は、硝子のような瞳で二人を見据えた。

 

「今回の出向目的は、貴社の対ヴァールシンドローム技術の視察、および新型機"SYF-31"の運用データの共有と認識しています。……それ以外の馴れ合いは、業務効率を低下させるだけでしょう」

 

 部屋の空気が凍りつく。

 

 アラドが、苦笑しながら頭をかく。

 セイレーンが、彼の表情に反応して小首を傾げた。その仕草は人形のように美しいが、どこか不気味だ。

 

「おいおい、手厳しいな。これから同じ釜の飯を食う仲間だぜ? もう少し肩の力を抜いたらどうだ?」

 

「メルダース隊長…………"アルカレリアの騎士"殿でしたか。貴方の武勇は噂に聞いてますよ」

 

 セイレーンは臆面もなく、気さくな表情のまま警戒心を隠さない眼前の男の姿を見据えた。

 

『アルカレリアの騎士』

 

 眼前の男、アラド・メルダースがとある任務を契機に呼ばれるようになった二つ名であるが、その詳細は市井には明らかではない。

 それを敢えて口にした彼女の背後にある思惑を見透かして、アラドは警戒心を一段と引き上げた。

 

「ハッ、まさか中央のエリート様にまで覚えられているとは。こりゃまた光栄なことで」

 

 アラドは態とらしく頭を搔いて腰に手を当てながら、見定めるような視線を向けた。

 対してセイレーンはどこ吹く風と言わんばかりに、自嘲気味に言い放つ。

 

「私は軍からの出向者。対して貴官らは民間軍事会社の社員。利害が一致している間の『協力関係』に過ぎません……こう見えて、私の()()()()ぐらいは理解しているつもりですよ」

 

「……はっきり言うねぇ」

 

 アラドは肩をすくめたが、その目は笑っていなかった。

 彼は知っているのだ。目の前の華奢な女性が、どれだけの同胞を「処理」してきたかを。

 敢えてサイボーグに似つかわしくないニヒルな笑みを浮かべる眼前の少女の内心までは、見透かすことはできなかったが。

 

「まあいい。……貴官の腕前は聞いている。だが、ここは軍ではない。我々の()()がある」

 

 アーネストが、静かに口を開いた。

 

「歌、ですか?」

 

 セイレーンは、侮蔑の色を隠そうともせずに言った。

 

「非科学的で、不確定。……戦場にアイドルを持ち込むなど、正気の沙汰とは思えませんね」

 

「それが、この星団で唯一、ヴァールを鎮められる手段だ」

 

 アーネストの言葉に、セイレーンは薄く笑った。

 

()()()()そうだった、というだけでしょう? ……私が来たからには、もっと確実で、効率的な解答(ソリューション)を提示してみせますよ」

 

 彼女の言葉の裏には、明確な挑発が含まれていた。 

 

 戦場にアイドルは不要だ。()のジャミングと火力があれば事足りる。

 

 そう言外に告げる彼女に対し、アーネストとアラドは、大人の余裕で受け流しつつも、腹の底で警戒レベルを引き上げた。

 

「お手並み拝見といこうか、ガーゴイル1」

 

「ええ。……ご期待ください、艦長」

 

 敬礼。

 

 セイレーンは踵を返し、一糸乱れぬ足取りで艦長室を後にした。

 扉が閉まった瞬間、彼女は小さく息を吐いた。

 

 ───吐き気がする。

 

 効率よりも、感情を優先する組織。

 確かに、戦場で歌うなどという"狂気"。生半可な覚悟では務まるまい。その点については敬意を払おう。

 だが、それを認めることは自らの存在意義(アイデンティティ)を否定することになりかねない。

 

 ───空は、私のものだ。

 

 窓の外に広がる青空。

 

 エリシオンの艦橋から見えるそれは、地上から見る空に比べて圧倒的に澄んでいる。

 

 どこまでも続く蒼穹を眺めながら、彼女ここでの生活が、自分にとって苦痛に満ちたものになることを予感していた。

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